18
美香の顔色が真っ青になっていた。
みんな3人のことを見ている。
私もその1人。
なんだか見ちゃいけないような気がした。
でも視線を外すことができない。
たまこだけやっぱりうつむいたまま……。
たまこの気持ちを考えたらそうするのが当たり前だって思った。
何も教室で問い詰めなくても……。
「ねぇ? 聞いてるんだけど」
吉田さんはあくまで冷静な声だった。
怒っているようにも見えない。
ただ淡々としていた。
それがなんだか怖く感じた。
友達に何かを聞いているとかそういう雰囲気じゃなかったから。
そして対象的に前川さんは見ただけで怒ってるって分かった。
顔を真赤にして、睨みつけるように美香を見ている。
「援助交際してるのかって」
再び同じ質問をした。
援助交際。
何だか意味は分かるけどふわふわとした印象しかなかった。
小説とかでたまに出てくるもの。
そういう認識だった。
だからすぐ近くにいる美香がそんなことをしてたなんて、信じられなかった。
本当にそんなことをする人がいるなんて……。
「お金貰ってこのおっさん達と色々してるんでしょ?」
ぞっとするような冷たい声だった。
「色々なんてしてないっ!」
美香が強く机を叩く。
思わずびくって反応してしまう。
でもできるだけたまこには分からないように気をつけた。
たまこは今にも泣き出しそうな表情。
こんな話を聞くのが辛いのだろうって思う。
「援助交際自体は認めるんだ」
「それは……でもお金貰って喋ってご飯食べるだけ……」
「ふぅん。そうなんだ」
あくまで冷静な声で言う。
怖い。本当に怖い。
「実際に何をしてたかなんて関係ないって分かるよね?」
吉田さんは言う。
「大事なのは周りがどう思うかだから」
美香は一緒にご飯を食べただけと言う。
でも周りの人がそれを信じるかは分からない。
私も信じていいか分からない。
そして美香も疑いを消すのはとっても難しいって思う。
やったことなら証拠を見せればいい。
でもやってない証拠っていうのはなかなか出すのが難しい。
「正直言って!」
今まで黙ってた前川さんが言う。
前川さんはどちかというとふんわかしたイメージだった。
だから今のように怒った姿を見るのは初めてだった。
「援助交際なんて最低だって思うっ!」
どうやら本当に怒っているのは前川さんの方のようだ。
吉田さんが前川さんをなだめている。
「落ち着きなって。喧嘩しにきたわけじゃないんでしょ?」
吉田さんの言葉で落ち着いたようだ。
前川さんは怒鳴らずに言った。
「……同じことしてるって思われたくない。だからもう話しかけないでね」
絶好宣言。
結局のところ2人が言いたかったのはそのことのようだ。
援助交際をしてたのが許せないみたいだった。
「そうね。私、前に言ったよね? こんなことしてたら絶交だって」
「…………」
美香は黙ったままうつむいている。
援助交際をしていた。
その秘密がバレて周りから糾弾されている。
話しかけるなって言われている。
でもあんなに勝ち気だった美香は何も言えなかった。
「他校の女子生徒と揉め事起こした時は庇ったけどこれはさすがに無理」
美香は唇を強く噛んだ。
目にはうっすらと涙がたまっている。
何か言いたい。
でも言うことができない。
そんな感じがした。
美香がそんな姿を見せるなんて想像もできなかった。
「それじゃ事実を確認できたからもういいわ」
スマートフォンをポケットに入れる。
「あんたとはもう付き合いきれない」
そう言い残して吉田さんは自分の席へ戻る。
前川さんは何も言わなかった。
みんなが黙っていたので教室は嫌に静かだった。
吉田さんが動かす椅子の音がやけに大きく聞こえた。
……
…………
……………
休み時間になった。
朝はみんな静かだったけど今はそうじゃない。
あれは終わったこと。
そんな感じでみんな雑談をしている。
もちろん美香の噂話とかもしている人もいる。
けれど本人が教室にいるのでその声はとても小さく、静かなものだった。
美香は自分の席に座ったまま動かなかった。
ずっとうつむいたままだ。
もちろん、そんな美香に話をかける人は誰もいない。
一番仲が良かった2人が絶好宣言したぐらいだし……。
美香は人生のどん族にいるんだろうって思う。
真っ暗の穴の中で身動きが取れずにいるんだって思う。
自分の秘密がみんなに知られてしまったから。
美香は色々なものを失った。
そんな美香を見て私は思った。
自分の秘密が知られたら、きっとああなるんだろうって。
いやもっとひどいかもしれない……。
そう考えるから、今の美香を見ると何だか他人事じゃないような気がした。
たまこは何か考え事をしているのか黙ったまま。
私が声をかけても上の空だった。
きっととてもショックを受けてるんだろうって思う。
友達だと思っていた人の秘密を知ってしまったんだから……。
もし私の秘密を知られたらって思ってしまう。
もし私が地球人じゃないって知られたら……。
今以上にショックを受けるかもしれない。
だから絶対に秘密にしようって心に決めた。
こんなに落ち込むたまこは絶対に見たくないから……。
それにたまこに嫌われたくないから……。
今日は朝から本当に大変な1日。
そんな日でも時間は淡々と進んでいく。
授業を受けて、休み時間……を少し繰り返して昼休みになった。
美香は先生に呼ばれて教室を出た。
どうやら噂は先生のところまでいったみたい。
もしかしたら朝の時点で知ってて、昼休みに話そうと思ってたのかもしれないけど。
先生は困ったような顔をして教室を出る。
その後ろを美香が続いた。
先生は頭ごなしに怒ったりはしないだろう。
きっと優しく接してくれるっていうのは分かる。
でもそんな先生だからこそ、どうしたらいいか悩んでるのかもしれない。
ここの学校は真面目な生徒が多いし、こんなことは初めてだろうし……。
だから教室を出ていく2人にはとても緊張感があった。
反対に美香が教室を出ることで少し教室の空気が柔らかくなった。
みんな仲良さそうにおしゃべりをしている。
でもたまこは落ち込んだままだ。
こんなたまこを残して教室を出ていく気にはなれなかった。
私は用事ができたってカナにメッセージを送った。
残念だねっ!
っていう文字と可愛い絵文字。
私はそれを見てスマートフォンを鞄に入れた。
「たまこ……」
そして私はたまこに話をかけた。
いつも美味しそうに食べているお弁当も手をつけてない。
食欲がないんだろうって思う。
元気を出してほしい。
でも私には話をかけることしかできない。
「大丈夫?」
そう言うとこっちを見てくれた。
「あっ……。いっくん……」
その声は全然元気が無いものだった。
でもそう見せないように笑顔を作るたまこ。
なんだかその姿は痛々しくて見てられなかった。
「たまこはその……大丈夫ですよ」
「そうは見えないけど」
言いながらたまこの前の席の人の椅子に座る。
持ち主は別の場所で食べているみたいだ。
「やっぱりショックだったの?」
「ショックだったっていうか……」
たまこは考える。
「たまこのせいかなって思うんです……」
「たまこのせい?」
私には何がたまこのせいなのか分からなかった。
悪いのは全部、美香。
たまこはむしろ被害者なのに……。
そんな風に考えてしまう。
そう考えている私の様子を察したのかたまこは言った。
「たまこが放課後に一緒に遊ばなくなったから……」
言いながらうつむく。
無理に作った笑顔もなくなった。
「たまこが部活に行かずに一緒にいてあげれば、美香ちゃんもあんなことをせずに……」
「それは……」
私は何も言えなかった。
もしかしたらそのような可能性もあるって思ったから。
美香が寂しそうな表情を見せていたことを思い出してしまったから。
でもって思う。
もし本当にそうだったとしても……
「それでもたまこは何にも悪くないよ」
私は言った。
「たまこは頑張ってただけだから。それで気に病むのは駄目だって思う」
「でも……」
「たまこが美香に気を使って一緒に遊んでも絶対にお互いのためになってなかった」
それどこかたまこまで同じ目に合ってたかもしれない。
「だからたまこは間違ってなかったよ」
「でも……間違ってなくても……」
美香があんな目にあってる。
それがとっても悲しんだろうって思う。
自分に嫌がらせをしてきた人なのに。
なんだか空気が重かった。
周りはもうそんなことないのに。
私達の周りだけなんだか異質な気がした。
「……ちょっといい?」
そんな私とたまこに声をかける人が1人。
吉田さんだった。
1人で私達のところに来ていた。
「どうかしたの?」
私は言った。
たまこは話せそうな感じじゃなかったから。
「たまこさんに謝ろうって思って」
「謝る……ですか?」
今度はたまこは言った。
おそるおそるって感じで。
「美香はたまこさんの友達だったでしょ」
その言葉にたまこはうなずく。
「だから嫌な思いをさせて申し訳なかったなって」
「ううん」
言いながらふるふると首を振る。
落ち込んでいてもやっぱりたまこはたまこなんだなって思った。
「悪いのは美香ちゃんだから……」
たまこはうつむく。
ちょっと間があった。
もしかしたら何か考えていたのかもしれない。
私は何も言わずに2人を見ていた。
私は部外者のようなものだから。
「あの……」
考えがまとまったのか。
または言う決心がついたのか。
たまこは言った。
「美香ちゃんって退学になるでしょうか?」
多分、たまこが1番気にしていることかもしれないって思った。
問題を起こしたら停学。または退学。
美香の場合は停学は間違いないって思う。
もしかしたら退学かもしれない。
退学になったら今以上に会うことは難しくなるかもしれない。
二度と会えない可能性だってある。
たまこはそれを気に病んでたのかもしれない。
「どうだろう……」
吉田さんは考える。
「補導されて見つかったら退学って思うんだよね」
やっぱり退学……。
援助交際。
絶対にしちゃいけないことなんだなって思う。
「退学ですか……」
たまこはいっそう落ち込んだ声を出す。
なんだか自分が退学宣告を受け取ったような感じ。
そんなたまこを見て吉田さんは慌てて言った。
「あっ! でも美香は停学だって思う!」
そんな吉田さんを見るのは初めてだった。
いつも冷静沈着な感じだけど、慌てる時もあるんだなって思った。
「でもなんで停学だって思うの?」
私が言うと吉田さんが説明してくれた。
「美香の場合はあくまで疑惑だからね。写真があるだけ」
「でも写真があるなら……」
それが証拠になるんじゃないのかなって思った。
実際、それを見せて吉田さんも問い詰めたわけだし……。
「写真は知り合いって言えばいいんだしね」
いたずらっぽく微笑む。
なんだかそれは突然で意外な笑みだった。
「でも流石に何もなしってわけには行かないし停学にして学校には来させる感じかな」
「もし誤魔化せなかった場合は……」
「その場合も警察のお世話になってるわけでもないし、辞めさせるより教育する方を選ぶと思うな」
学校も色々もみ消したいだろうしね。
って小声で吉田さんは言った。
「それじゃまた美香ちゃんと学校で会えるんですかっ!」
「多分ね。絶対とは言えないけど」
多分ね。
そうは言いつつ自信あり気だった。
そしてそのことが嬉しそうでもあった。
絶好宣言をした吉田さん。
それでも美香のことが気になるんだなって思った。
「よかったね」
私は言ったたまこに言った。
「はいっ!」
たまこは笑顔になる。
本当に心に引っかかってたことだったみたいだ。
それが解消されて、なんだかすっきりってしてる。
私はたまこの笑顔を見れて安心できた。
「あっ!」
たまこはそのまま吉田さんを見る。
「色々教えてくださってありがとうございますっ!」
「そんなお礼なんていいのに」
そう言いつつ嬉しそうな表情だった。
「でも退学にならなくても……」
ぼそっとした声が聞こえた。
思わず声に出してしまったって感じだった。
吉田さんは慌てて……
「それじゃ戻るね。また何かあったらよろしくね」
言いながら吉田さんは席に戻っていく。
そして前川さんと何か話していた。
「本当に良かったですねっ!」
たまこは嬉しそうに言う。
どうやら最後の言葉はたまこには聞こえなかったみたい。
にこにこって嬉しそうな表情をしてる。
だから私も気になったけど聞かなかったことにした。
正直言って美香が退学にならなかったからって嬉しいってわけじゃない。
私の中の印象はやっぱりたまこに嫌がらせをする人だし……。
でも私は……
「うん。よかったね」
そう言った。
努めて明るく言った。
たまこが嬉しそうにしてるのは私も嬉しいから。
「このままいなくなるんじゃないかって思ったんです」
「美香が?」
「はい。だから退学じゃなさそうって聞けて嬉しいですっ!」
「そうだね」
やっぱりたまこは優しいんだなって思った。
優しいといえば吉田さんもだけど……。
美香の周りには優しい人がいる。
悩みを言ったら助けれくれそうな人がいる。
でもなんで援助交際なんてしたんだろうって思った。




