17
「夏だねっ!」
「夏だね」
ナツミの声はとっても元気だ。
今日は特にそんな感じがする。
私は逆にあんまり元気がない。
なんだか対象的な2人だった。
「暑いねっ!」
「暑いね」
7月になった。
梅雨が明けた。
太陽がぎらぎらと元気になり出す季節。
嫌いじゃない。
夏の夜空も好きだし。
でも苦手な季節ではあった。
コタツよりエアコンが効いた部屋から出る方が辛いって思う。
「なんか元気なさそうだね?」
「むしろなんでそんなに元気なの?」
「夏は好きだからねっ!」
なんだかさっぱりとした返答だった。
「汗かくって気持ちいいしっ!」
「えー。そうかな」
私はその言葉には異論があった。
汗をかくのが気持ちいいってなんだか信じられない。
「汗をかくのって好きじゃないな」
夏は汗をかかない涼しい部屋でのんびりするのが1番って思う。
外で運動するなんて考えられないって思った。
「不健康だと思うな」
そんな私にナツミは言う。
正論が私に突き刺さった。
「それは思うけどさ」
だから思わずちょっとすねたような口調になってしまう。
「1回部活に来てみてよっ!」
「絶対にやだ」
わざわざ倒れに行こうなんて思うわない。
それに行くって言ったら困るのはナツミだろうし……。
「だよねー」
ナツミは言いながらけらけらって笑う。
「でもやっとのびのびって部活ができるから嬉しいっ!」
「今まではのびのびとできてなかったの?」
「そうだね」
……何か問題とかあったんだろうかなって思った。
思い出したのは去年の文化祭の頃の話。
その時に部員で揉めて大変だったって聞いた。
確か文化祭の模擬店を出すかどうかで。
今回ももしかしたらそういうのがあったのかもしれない。
だからのびのびとできてなかったんだって。
ちょっと心配になった私にナツミは言った。
「梅雨だったからねっ!」
想像外に明るい声。
そして予想外の言葉だった。
「梅雨だったから?」
なんで梅雨だったらのびのびとできなかったんだろう。
「じめじめするのが嫌だったの?」
「ううん。えっとね……」
「ちょっと待って!」
答えを言おうとしたナツミ。
私は慌ててそれを止めた。
「ど、どうかしたの?」
驚くような声だった。
止められたのが意外だったみたい。
「自分で考えたいって思ったから」
「……別に問題のつもりじゃなかったんだけど」
「考えるからっ!」
私は考えた。
梅雨だからのびのびとできなかった。
でも梅雨のじめじめは関係ないって言ってる。
雨が降るけどナツミはバスケット部で室内だし……。
私は考えた……。
「それで答えは何なの?」
でも分からなかったから諦めた。
「早いよっ!」
そんな私にナツミは言った。
「もうちょっと考えてもいいって思うんだけどっ!」
「諦めが肝心だからね」
「面倒くさくなっただけでしょ」
何もかもお見通しだっていう感じでナツミは言う。
実はその通りだった。
伊達に1年も付き合いが続いてるだけのことはあるなって思った。
電話がメインの付き合いだけど。
「いつきってすぐ面倒くさがるよね」
「私のことはいいから答えを知りたいな」
「……そうだね」
なんだか諦めたような口調。
私はもう駄目人間ですって開き直った方がいい気がしてきた。
今まで誤魔化せてたのは転校が多かったからだなって思う。
長く付き合えば当たり前だけどボロがでる。
最初はしっかりものだって思われる。
その段階で転校してたから、自分もしっかりしてると思ってた。
でも本当はそうじゃないみたい。
1つ学ぶことができた。
学んでも何も変わらないことだけど。
「梅雨だとのびのびできないは単純なことだよ」
「単純?」
「雨が降ると外でする部活も体育館を使ったりするんだよね」
「あー。そういうことね」
「体育館に人が増えると自由に使えなくなるからね」
雨はそういう風に影響するんだな。
人が多いと窮屈そうだし、それに余計にじめじめしそう。
「普段はバスケット部とバレー部が使ってるんだっけ?」
「基本はね。あとローテーションでバドミントン部が使ったりとかもあるけど」
「そういうのも大変そうだね」
「そうだねっ! バスケット部には文句言ってる人もいるぐらいだしね」
「やっぱり文化部で待ったりするのが私にとってはいいって思う」
場所の取り合いとか性に合わない。
そういうのにエネルギーを使いたくないなって思う。
まぁそう思うのはみんな一緒だろうけど……。
それにもちろん全部の文化部がまったりしてるわけじゃないだろう。
吹奏楽部とかみたいにとても頑張ってるところもある。
そんなことを考えていると……
「そうだねっ!」
嬉しそうな笑い声が聞こえる。
「あたしもそういうのもいいかもなって思うこともあるよっ!」
「意外だね」
「バスケ部に不満があるわけじゃないし、とっても好きだけどね」
ナツミは楽しそうな声で続けた。
「でも放課後ゆっくりラノベとかアニメの話をするのも楽しそうだなって思うんだ」
「そういうのもいいかもね」
「漫画研究部とか楽しそうっ!」
「そういうノリだっけ?」
漫画研究部は一生懸命に漫画とか書いてるイメージだった。
私が知ってる漫画研究部の人はアイコだから。
ああいう人がたくさんいるって思ってた。
性格とかは別として。
あんなのがたくさんいたらあっという間に内部崩壊しそう。
「なんか今はずっとお喋りとかしててまったりしてるらしいよ」
「漫画とか描いてないのかな?」
「そんな雰囲気でもないみたい。コスプレしたりはやってるみたいだけどね」
「そうなんだ……」
もしかしたら今の漫画研究部はアイコにとって居心地が悪いのかもしれない。
コスプレとかあんまり好きそうじゃなかったし。
私はちょっとだけアイコのことが心配になった。
ちょっとだけだけど。
アイコならふてぶてしくやっていけそうだしね。
「でもいいよねっ! そういうのっ!」
「うん。楽しそうだね」
好きなことをみんなで話すのは楽しい。
ナツミは特にそういうのとっても好きそうだなって思った。
私にラノベを読んだりアニメを見るように勧めるぐらいだし。
でもそれだけじゃないみたい。
「1回コスプレやってみたいっ!」
ってナツミは言った。
「アニメの?」
「もちろんっ!」
ナツミはのりのりって感じでアニメのキャラを言っていく。
私は思わず想像してしまう。
これは似合いそう。
これはいまいちっぽい。
みたいなことを。
「いつもと違う自分になれるみたいで楽しそうだよねっ!」
なんだか本当にやりたそうな感じだった。
でもナツミならだいたいのは似合うんじゃないかなって思う。
「文化祭でそういうのしてくれないかなっ!」
「去年は漫画研究部の部員がコスプレしてたけど……」
でもお客さんはどうだろう?
なんだかしてなかったような記憶がある。
「でもそういうのお願いしたら大丈夫じゃない?」
「それじゃお願いしてみるっ!」
「アイコに?」
「ん?」
ナツミは不思議そうな声を出した。
「アイコさん?」
「だってアイコも漫画研究部だし」
「そうなんだっ!」
驚いた声がした。
どうやらアイコが漫画研究部だって知らなかったみたい。
「あたしバスケ部の友達の友達が漫画研究でその人から聞いてたんだっ!」
「じゃあその人に言えばいいかもね」
「だねっ!」
でもナツミの希望通りになるとアイコがさらに肩身が狭くなりそうだって思った。
「いつきも一緒にコスプレしようねっ!」
「えっ!」
思わず大きな声を出してしまった。
予想外のことをナツミが言うから。
「なんでそこで驚きの声が出るかな……」
ちょっと不満そうな声が聞こえる。
「私はいいよ」
「何で?」
「似合わないって思うしね」
コスプレって言ったらやっぱり可愛い衣装だって思う。
でもそういうのは私には似合わないって分かってた。
「いつきはそうだね……」
ナツミは何だか考えてるっぽい。
私に着せたいコスプレ衣装とかそういうのだと思う。
似合わないって言ってるのに……。
「男キャラとか似合いそうだよねっ! 格好良さそうっ!」
「格好良くないって!」
なんだか馬鹿にされてる気がする!
「きっとしてみたらモテモテだって思うよっ!」
「モテなくていいからっ! モテないしっ!」
「遠慮しなくてもいいのにっ!」
「遠慮してないしっ!」
……それから10分ぐらいコスプレをする、しないの話で盛り上がってしまった。
当たり前だけど私は絶対にしないって思う。
ああいうのはやっぱり恥ずかしい。
ナツミが似合いそうって言ってくれるのは嬉しいけど……。
……
…………
………………
「汗かいたな……」
朝の教室。
到着はいつもの時間。
私は汗を拭いた。
太陽は今日も元気だ。
少しは大人しくしてて欲しいって思うぐらいに。
昼だけ曇って欲しいって思うぐらいに。
夜はもちろん晴れて欲しい。
「お早うございます」
席に座ってるとたまこがやってきた。
汗をぜんぜんかいてない。
何だか爽やかな感じ。
「今日も暑いですねっ!」
「うん。溶けそう……」
私は机にべったりとする。
ちょっとひんやりとしてて気持ちいい……。
「暑いの苦手なんですか?」
「うん。苦手」
私が言うとたまこは下敷きでぱたぱたと仰いでくれる。
涼しくていい感じ。
「もうちょっとの辛抱ですよっ!」
「そうだね」
エアコンを付けるのは1時間目が始まってから。
それまではつけちゃ駄目らしい。
「何だかよく分からない決まりだよね。エアコンつけちゃ駄目って」
「ですね。使いすぎないようにでしょうか?」
「これならギリギリに来たくなっちゃう」
「でも早く来たほうが通学路は涼しくていいですよ」
「早起きはつらいからな……」
朝早く起きれる人って凄いと思う。
「たまこって自分で起きてるの?」
「朝ですか?」
「うん」
「そうですねー。いつも目覚まし時計を使いますね」
「目覚まし時計を使って自分で起きてるの?」
「はいっ!」
「凄いね」
たまこもそっち側の人間かって思った。
私の仲間はなかなかいない。
「凄いですか?」
「私は自分で起きれないからね」
言ってて何だか恥ずかしくなった。
「ねぇ!」
1人の女子生徒が私とたまこの所にくる。
私とたまに話す人。
よくクラスメイトからはうっちーって呼ばれてる。
小柄で元気な人。
そのうっちーはどうやら私達に用事があるみたい。
珍しいなって思った。
「どうかしたの?」
「あの噂知ってる?」
「噂?」
あの噂って言われてもさっぱりだった。
たまこを見るとちょっと後ずさりをして私とうっちーのやり取りを見てる。
うっちーとたまこはほとんど接点がない。
っていうか話しているところを見たことがない。
たまこは仲良しの人以外とはちょっと距離を置いている。
「たまこさんは美香さんと……仲が良かったよね?」
ちょっと言葉を選んでの発言だった。
たまこは緊張したような雰囲気を出す。
仲が良い人以外だとどうしても緊張してしまうみたい。
「えっと……その……」
ごにょごごにょって言った後に頷く。
「美香がどうかしたの?」
私が言うとうっちーは小声で言った。
「まだ噂っていうか写真が出回ってるだけだけど……」
言いながらうっちーは私とたまこにスマートフォンを見せる。
私は普通に、たまこはおそるおそる見る。
そこには美香の後ろ姿があった。
そして美香の横には前に見た大人の男の人が立っていた。
「これがどうかしたの?」
親戚と歩いているだけの写真。
なんで噂になってるんだろうって思った。
よく周りの声を聞くとなんだかざわざわとしてる。
なんだかいつもと違う雰囲気の教室だった。
……なんだか嫌な予感がする。
「これだけじゃないの」
言いながらうっちーはスマートフォンを操作する。
写真を1枚、1枚、私とたまこに見せて言った。
その全部に美香が写っていた。
どの写真も大人の男の人と一緒に。
しかも……
「全部違う人……」
私はなんだか寒気がした気がした。
こんなに暑いのに。
「これって……」
みんな親戚……なわけがない。
いくらなんでもこんなたくさん仲がいい親戚がいるとは思えなかった。
「っていうかこれって盗撮じゃない?」
「そうだけど。でもいきなり送られてきたの。知り合いから来たんだけどって」
「そうなんだ……」
「それでね。これってもしかして……」
うっちーが言おうとした時だった。
教室の扉が開いた。
開いた扉には美香がいた。
教室が一瞬、とても静かになる。
みんな美香を見ていた。
私も美香を思わず見た。
たまこだけうつむいていた。
とても悲しそうな表情をしている。
「……」
教室は緊張感でいっぱいになってる。
私は思わずつばをのんだ。
美香は何も気にしない感じで自分の席に座った。
きっと自分が注目されていることにも気づいていないんだろうって思う。
そしてそんな美香に近づくのが2人。
一緒にいることが多い吉田さんと前川さんだった。
2人とも険しい表情をしている。
「どうかしたの?」
そんな2人に美香は言った。
その声は明るくはない。
でもいつもの調子の声だった。
「ねぇ……これ……」
吉田さんがスマートフォンを見せる。
うっちーが私達に見せたように。
「何?」
不機嫌そうな声を出す美香。
でもスマートフォンを見た瞬間、顔が真っ青になる。
「これって!」
美香は怒りの声を出した。
でも吉田さんは冷静な声で言う。
「美香、あんたが援助交際してるって本当?」




