16
「楽しかったですねっ!」
「うんっ!」
バスから降りた帰り道。
私とたまこは猫カフェでの出来事を話しながら並んで歩いていた。
昼の2時ぐらい。
ちょっとじめっとして蒸し暑めの天気。
でもそんなの気にならないぐらいに、とてもいい気分になってる。
「あんなに猫ちゃんをさわったのって初めてです……」
猫のことを思い出してるのか、嬉しそうな表情。
「私もだよ」
私も似たような感じになってるって思う。
猫カフェのみーちゃんとまーちゃん。
今も元気にしてるのかなって考えてる。
でもきっとのんびり楽しくやってるんだって信じれた。
この世界は色々なことがある。
その中には悲しいこととか辛いことだってある。
でもあそこの空間だけはいつもほんわかしたものであって欲しいって思った。
今の私は夢に出てきそうなぐらい頭の猫はいっぱい。
このまま眠りたいって思った。
猫の夢ならいくらでも見ていたい。
「でもたまこはですね」
言いながら私を見る。
のぞきこむような感じで。
とっても嬉しそうな笑顔で。
なんだか思わずどきってなってしまう。
そんな感じの表情だった。
「猫カフェに行けたのも嬉しかったんですけどそれ以上に……」
「それ以上に?」
「いっくんとお出かけできたことが嬉しかったですっ!」
「私と……出かけれたこと?」
予想外の言葉だった。
でもたまこの笑顔はそれが本当だと私に教えてくれている。
「はいっ!」
「そんなっ! 私ってそんな対した人じゃないし……」
思わずしなくてもいい否定をしてしまう。
とっても嬉しい言葉だけど、ちょっと恥ずかしかった。
「いっくんってなんだか不思議な人だって思いますっ!」
「そうかな。普通だって思ってるけど……」
地球人じゃないってこと以外は。
でもだから普通に生きていこうって決めていた。
みんな私のことを普通の人だって認識してるって思ってた。
「普通だけど……普通じゃないみたいな?」
たまこは少し考えるように言う。
「何だか言葉にするのは難しいですねっ!」
たまこの足取りは軽かった。
軽く歩きながらにこやかに話をする。
「たまこってあんまり友達がいたことがないんです」
こんな言葉だってたまこは明るく言った。
「そうなんだね」
「はいっ! たまこって人見知りするし話すのとかも苦手ですし……」
ちょっとうつむくたまこ。
本人が気になってること。
自分の嫌だって思ってることだろうって分かった。
「でもいっくんとは自然に話せてその……友達になれて嬉しいですっ!」
再び顔を上げて私を見る。
その真っ直ぐな瞳で私を捉えていた。
「うん。私もたまこと友達になれて嬉しいかな」
「ありがとうございますっ!」
たまこは私を見たまま言う。
その目は本気で私を信じてる、友達と思っている目だった。
でも私はどうだろう……。
たまこのことは友達だって思ってる。
今以上に仲良くなれたら嬉しいって思ってる。
でも信用できるかといえば……。
秘密を言えるかといえば……。
とても難しいって思った。
これが私の駄目なところ。
そして自分で嫌だって思ってるところ。
「また猫カフェ行きましょうねっ!」
もしたまこに秘密が知られてしまったら……。
私は不意に考えてしまう。
その言葉を打ち消したくて言った。
「うん。絶対に行こうね」
……嫌な想像はしちゃ駄目だって思った。
楽しいことを考えなくちゃ駄目だって思った。
でもそう思えば思うほど頭の中には嫌な想像が広がっていく。
明るい白が暗い黒に塗りつぶされていく。
ちょっとした嫌な想像。
それがあっという間に大きくなった。
頭の中から猫の姿が消えていた。
さっきまではたくさんいたのに。
でも今はみんなどこかにいっちゃったみたい。
今眠ったら嫌な夢を見そうな予感がした。
たまこは私の秘密を知ってしまう夢。
多分、誰かと仲良くなるたびに見てしまう夢だろうって思う。
夢での警告だから。
「どうかしましたか?」
私を見るたまこの顔が変わっていた。
明るいものから、心配そうな顔に。
「なんだか元気なさそうですけど……」
「ごめん!ごめんっ!」
気が付かないうちに心配させるような表情になってたみたい。
私は急いで意識的に笑顔を作る。
「わくわくしすぎてあんまり眠れなくてね」
私は嘘をついた。
たまこのことが心からは信用できない。
たまこが裏切る夢を見そうで怖い。
そんなことなんてもちろん言えない。
「だからちょっと疲れちゃったかも」
「そうなんですねっ!」
私の言葉をたまこは素直に信じてくれた。
だからこそ胸の奥がちくりと傷んだ。
「たまこも疲れちゃったかもです」
「今日は早く寝ないとね」
でも私は眠れなさそうだなって思った。
カナに会いたいって思った。
「はいっ! そうしたいって思います」
言いながらたまこは立ち止まった。
そして正面を見ていた。
笑顔じゃない。
なんだかちょっと驚いた感じ。
「どうかしたの?」
私も立ち止まった。
でもなんでたまこがそうしたのか分からなかった。
「美香ちゃん……」
たまこがつぶやく。
その声はちょっと震えていた。
もしかしたら美香がまだ怖いのかもしれない。
「美香ちゃんがいるんです」
「どこに?」
ちょっと探したけど分からなかった。
たまこはそんな私に指を指して教えてくれる。
「本当だ……」
美香が駅の方へ向かって歩いていた。
でも1人じゃなかった。
そしてあのグループの人達と一緒でもなかった。
美香は誰か知らない大人の男性と歩いていた。
それもとても仲良さそうな感じで。
「お父さんなのかな?」
家族で出かけるなんて意外だなって思った。
私はもちろんそういうのが恥ずかしいとも思わないし、抵抗もない。
ご飯に連れてってくれるなら喜んで行く。
でも私が想像する美香はそんな感じの人じゃなかった。
反抗期が凄くて、おまけに長そうな感じ。
そうじゃないと平然とサボったりしないだろうって思う。
もちろん偏見とかも入ってるだけど……。
「なんだか良いところもあるんだね」
私は素直な感想をたまこに言った。
でもたまこは首をふるふるって振る。
それもなんだか複雑そうな表情で。
「どうかしたの?」
私がたずねるとたまこは言った。
「あの人は美香ちゃんのお父さんじゃないんです」
真剣な声だった。
「そうなの?」
じゃあ誰なんだろう?
お兄さんとかにしては老けてるよね。
「……もしかしたら親戚のおじさんかもしれないですねっ!」
ちょっと考えた後たまこは言った。
親戚のおじさん……。
私の家はあんまり親戚づきあいとかない。
だからあんな風に仲良くなるんだなって思った。
似てるけどちょっと遠い人。
そんな感じのイメージがある。
だから仲良く慣れるのかもしれないって。
そうこうしているうちに美香の姿は見えなくなる。
休日だし、楽しんで欲しいなって思った。
美香のことは色々思うことはある。
でも本当に嫌ってるわけじゃないし。
そもそも私自身が何かされたってわけでもないし。
「どうかしたの?」
今度は私がそう聞く番だった。
美香が見えなくなった後もたまこが心配そうな表情で見てたから。
「美香のことが心配?」
私が聞くとたまこは驚いた感じでこっちを見た。
考え事をしてて、我に返った感じ。
「そ、そうですね。心配です……」
「優しいね」
自分に嫌がらせをしていた相手。
そんな人でも心配するなんて。
「……やっぱり美香ちゃんとはまた仲良くしたいですし」
たまこはくるって回れ右をした。
「行きましょうかっ!」
そして明るく言う。
でもその声はなんだか作ったような明るさの声だった。
暗いのをかき消すような感じ。
でも私はなんでたまこがそんな声を出したのか分からなかった。
「そうだね」
私とたまこは待ち合わせ場所まで戻る。
これで今日の予定は終わりだった。
楽しい1日だった。
でもだからこそ、気分が重くなった1日でもあった。
「また学校でね」
私は手を振った。
「はいっ! またですっ!」
言いながらたまこも手を振ってくれた。
明るい声に可愛い笑顔。
今度のは何かを隠してるとかそういうのはなかった。
無邪気に私に笑顔をくれていた。
あんな子でも、あんなにいい子でも信用できないなんて……。
私は自然とため息が出た。
悪夢を見なければいいんだけど……。
私はそう願いながら帰り始めた。
……
…………
………………
「こんにちはだね」
カナがいた。
私の家の前に。
手にはコンビニの袋があった。
どうやら買い物をしてきたみたい。
でもなんで私の家の前にいるんだろう?
「うん。こんにちは」
私はカナに言った。
不審には思う。
でもカナの顔を見るとほっとした。
「こんにちはってなんか変な挨拶な気がする」
私はあんまり意味が無いことを言う。
もっと他に言うべきことはあるはずなのに……。
「そうだねっ! おはようの方がわたしは好きかな」
「私もそっちの方が好き」
「いっちゃんと同じで嬉しいなっ!」
カナは嬉しそうに言う。
そしてそのまま言った。
「コンビニでサンドイッチを買ってきたんだ」
言いながらカナは袋を見せる。
確かにそこにはサンドイッチがあった。
ツナと卵のサンドイッチ。
「夕ご飯を作る気になれなかったからね」
「カナが作ってるんだ」
「そうなの。でもたまに面倒くさくなるんだよね」
言いながらカナは微笑む。
つられて私も。
カナも面倒くさいとか思うこともあるんだなって思った。
「ところでいっちゃんは今日はお出かけしてたの?」
「うん。そうだけど……」
なんだか言葉が弱くなってしまった。
「コンビニから帰ってきたらいっちゃんが見えたんだ」
どうやらたまこといるところは見てないみたいだった。
「だからどこかに出かけてたのかなって気になったんだ」
「猫カフェにね」
私は言った。
本当のことを言おうって思った。
ここで嘘をついたら本当に悪夢を見そうだなって思ったから。
「クラスメイトと行ったんだ」
「クラスメイト……」
なんだかちょっと不満そうな感じ。
カナはあんまり地球人と仲良くならない方がいいって言ってた。
だからカナがそう感じるのも当たり前だなって思った。
「ごめんね。何だか裏切ったみたいで……」
「ううんっ! 心配だっただけっ!」
カナは慌てるように言った。
その言葉は本当だろうって信じれる。
カナはいつだって私のことを心配してくれるから。
「いっちゃんって猫好きなの?」
「うん。好きだよ。カナは猫好き?」
「どうかな……」
カナは真剣に考え込む。
その様子だとなんだか好きって感じじゃなさそう。
「あんまり考えたことないかも」
「そうなんだね」
曖昧な答え。
でも嫌いって言われるよりはずっとよかった。
「猫カフェは楽しかった?」
「楽しかった。でも……」
「でも?」
「ここでカナと会えてよかったって思う」
私の言葉にカナは不思議そうな表情を浮かべた。
「今日、何だか怖い夢を見そうだなって思ったんだ」
私は言った。
こんなことカナにしか言えない。
カナにしか告白できない。
だからカナと会えてよかったって思った。
「悪夢を見そう?」
「うん。今日一緒に行った人に秘密が知られちゃう夢」
私は自分が怖い夢を見た時のことを想像する。
きっと前みたいになっちゃうんだろうって思う。
それぐらいたまことは友だちになった。
大事な存在になった。
裏切られるのが本当に怖いって思えるぐらいに。
私は誰かに近づけば近づくほど怯えることになる。
まるでヤマアラシのジレンマみたいだなって思った。
「だからカナの姿が見れて安心できてよかったって思ったんだ」
「いっちゃん……」
カナはコンビニ袋を右手に下げたまま近づいてきた。
そして私の手を握ってくれた。
「大丈夫だよっ!」
カナは言う。
「いっちゃんにはわたしがいるからねっ!」
「うん。すっごく分かってる」
自然と笑顔が出た。
カナの笑顔。そして手のぬくもり。
それらが私に安心をくれる。
私にも心から信じれる人がいるって。
「だから今日は大丈夫」
怖い夢も見ないですむって確信できた。
眠るのが怖くないって思えた。
「いっちゃんの役に立てて嬉しいっ!」
カナはそんな私を見て喜んでくれた。




