14
「もう美香ちゃんとは放課後には遊べないから……」
とても震えた声だった。
勇気を出して言ったっていうのが分かった。
テストが終わった次の日の放課後。
「たまこっ!」
っていつものように美香は声をかける。
「今日はボーリングに行くわよ」
当たり前のことのように。
ついてくるのが当然だって感じで。
でもたまこは断った。
「たまこ、部活を頑張りたいから……」
「部活……?」
とても不機嫌そうな声と表情だった。
元々きつそうな顔なので、とっても怖い感じになってる。
私なら怖くて何も言えなくなるかもって思った。
「そんなのどうでもいいじゃん」
「ど、どうでもよくないのっ!」
たまこが大きな声を出す。
初めてたまこの怒鳴るような声を聞いた。
私はびっくりしてしまった。
多分、私だけじゃない。
教室中の人が驚いている。
美香もその1人。
なんだか呆然とたまこを見ている。
「たまこやっと頑張れるもの見つけれたのっ!」
「だからあたしとは付き合えないっていうの?」
その声は恐ろしく冷たいものだった。
教室の空気がピンと張り詰める。
嫌な緊張感。
教室のみんなが何も言えずに2人を見てる。
「うんっ!」
でもたまこは怯えずに言った。
自己紹介も上手に言えなかったたまこが堂々と言う。
自分の気持ちを。
自分の思いを。
今まで誘いも断れなかった美香に言っている。
「美香ちゃんとは友達でいたい。でも……」
「でも?」
「邪魔はしないでっ! 美香ちゃんなんて嫌いっ!」
「っ……」
美香の表情が固く、そして顔色が真っ青になる。
そんなことまで言われるとは思わなかったんだろう。
かなりショックを受けてるみたいだ。
私もたまこにあんなこと言われたらショックで寝込んでしまうかもしれない。
「た……たまこ。あんたっ!」
でも美香の顔はすぐに赤くなった。
ショックが怒りに変わったみたいだ。
今にもたまこに飛びかかりそうな雰囲気さえあった。
「落ち着きなってっ!」
それを吉田さんが止める。
「たまこさん忙しいみたいだし、私達だけで行こうっ!」
「そうだよね。わたしたちだけじゃ不満かもだけどね」
「離しなさいよっ!」
「みんなが見てるわよっ!」
吉田さんが大きな声を出す。
そこで美香は自分の状況に気がついたみたいだった。
自分が注目されている状況に。
そして気持ちがちょっと落ち着いたみたいだ。
「帰る」
そう言って1人で教室を出て行く。
それを見送った2人は困り顔。
たまこは興奮しているのか泣き出してしまった。
「あの……ありがとう」
私は2人にお礼を言った。
2人が美香を止めてなかったら、どうなってたか分からない。
「……別に。美香が悪いんだしね」
「照れなくてもいいと思うんだけどな」
「うるさいわねっ!」
言いながら2人は教室を出て行く。
もしかしたら美香を追いかけていったのかもしれない。
「……たまこ。頑張ったね」
私はたまこに言う。
きっとたまこの胸の中はぐちゃぐちゃになってるんだろうって思う。
美香ちゃんなんて嫌い。
思わず言ってしまった言葉だって分かった。
でもそのことをとても気に病んでるんだろう。
「……早く部活に行かないとね。後輩が待ってるよ」
……なんだか注目されてる気がする。
気のせいかもしれないけど……。
私は周りの視線が怖くてたまこだけを見ていた。
こんな時でも周りの視線が気になってしまう。
「そ、そうですねっ!」
たまこは涙を拭って言った。
「部活、頑張らないとですねっ!」
言ってたまこは鞄を持つ。
そして教室から出ていく。
「いっくんっ! 本当にありがとうございますっ!」
そんな嬉しい言葉を言って。
もう何も心配することはないなって私は思った。
……
…………
………………
5月ももう終わり。
明日には6月。梅雨の季節。
てるてる坊主をたくさん作らなくちゃいけない季節。
今日は晴れてる。
梅雨になる前にたくさん星を見ておこうって思っている。
「今日は包丁の研ぎ方を勉強するんですっ!」
たまこが嬉しそうに言う。
「料理部ってそんなこともするんだね」
「はいっ! 道具も大事ですからっ!」
たまこが一生懸命に包丁を研いでいる姿を想像する。
何だか凄く危なさそう……。
でもきっと大丈夫なんだろうなって分かった。
「最近凄く頑張ってるね」
「はいっ!」
部員が増えた料理部は毎日のように活動してる。
そしてたまこは欠かさずに部活に行っていた。
とても楽しそうに。
私は美香の机を見た。
どうやらどこかに行っているみたい。
美香は昼休みも放課後もたまこを誘うことはなくなった。
たまこを誘う以外は前と同じ生活を送っている。
学校をサボることが増えている以外は……。
たまに凄く寂しそうな表情を見せること以外は……。
たまこは美香がそんな表情を見せるのに気がついていないみたい。
もしかしたら気がついているのは私だけかもしれない。
私はその表情を見る度に思う。
あれで本当に良かったんだろうかって。
そんな疑問を抱いてしまう。
でも私はその疑問をいつも打ち消す。
あれが一番良かったって。
実際、たまこは凄く頑張って部活をやっていれてるって。
「いつきさんも頑張ってくださいねっ!」
たまこは明るく言う。
私の部活動を応援してくれる。
「そうだね」
だから私もこの話はもう終わりだって思った。
私が気にする必要なんて全然ないんだから……。
……
…………
………………
「いっちゃんって6月はあんまり元気なさそうだよね」
雨が降り続けてる放課後の外の天気。
見なくても空には一面の雲が広がってるって分かる。
多分、外を見ている私を見てカナは言ったんだろうって思う。
「そうだね。星が見れないしね」
私は冬が好き。
冬の星空を見るのが好き。
寒い中、震えながら満点の星空を見るのが好き。
でも星を見る人でも好きな季節は色々って思う。
夏のちょっと涼しい夜に星を見るのが好きな人もいると思う。
でも6月を好きな人はあんまりいないはず。
だって6月は梅雨だから。
たまに見える星空が好きって言う人もいるにはいるだろうけど。
「普通の学生とかも6月は特別人気ないみたいだよ」
「そうなんだ」
なんでだろう。
ちょっと考える。
やっぱり梅雨が嫌なのかな……。
それしか思いつかなかったけど、違った。
「6月は祝日がないからね」
「そういえばそうだね」
言われてみればそうだ。
6月で3連休とかなかったな。
「前の月にゴールデンウイークがあるから余計に辛く思うのかもね」
「うん。なんだか本当に嫌な月に思えてきた」
わざと6月に祝日を作らないんだろう。
たまたま? わざと?
……考えても分からないことだなって思った。
「でもジューンブライドもあるし、嫌なことばかりな月でもないんだけどねっ!」
「ジューンブライドって何だか素敵だよね」
意味は分からない。
なんで6月なのかも知らない。
でも言葉の響きだけで何だか素敵だって思える。
「もうすぐ生徒会選挙も終わるし、それが終わったらのんびりできるしね」
カナは嬉しそうに言う。
生徒会選挙は白熱してるみたい。
雨の中、立候補している4人がしのぎを削っている。
生徒の代表になろうって思ってる人たち。
だから全員が熱い何かを持ってるんだなって思った。
それにみんなの前で自分の考えとか理想とか言ってるのも凄いって思う。
私のような日陰で生きているような人から見たら、なんだか明るすぎて眩しく感じるぐらいだ。
どうせならみんなに当選してほしい。
でもそれは無理だから、やっぱり私は委員長を応援してる。
委員長も雨の中、一生懸命に頑張ってた。
「7月には期末テストで、それが終わったら文化祭の準備だからゆっくりできる時間は大事だって思う」
「今のうちに充電しないとね」
「うんっ!」
今は趣味で小説を書いてる。
夜中に散歩する男の子と女の子の話。
書いたり消したり、進んだり戻ったり。
ちょっとずつ物語ができていくのは楽しいって思う。
「でも最近は静かだね」
カナは言った。
その声は少し嬉しそうな感じだった。
「静か?」
「アイコさんが来ないからね」
「そういえばそうだね。何で来ないんだろうね」
テストが終わってからアイコは1回も来てない。
来ないのが当たり前だけど、来るのが普通になってた。
だから何だか変な感じがする。
「アイコさんに会いたいの?」
「うんうん」
会いたくないってわけじゃないけど……。
「クラスも違うし全然顔を見なくなったからね。ちょっと気になるかな」
「そうだね。わたしはいつも見てるからね」
納得したような、納得してないような言葉だった。
「……きっと漫画研究部で頑張って漫画書いてるんだって思うよ」
私は言った。
きっとそうだろうって思った。
だからこっちに来る暇がないんだって。
それなら仕方がないかなって思う。
でもこちらから漫画研究部に遊びに行くつもりはなかった。
あっちには知らない人がたくさんいるし。
「そうだね。アイコさんの漫画……そこそこ面白いもんね」
相手がアイコだからか素直に褒めようとはしなかった。
でもちゃんと面白いっていうカナ。
それがなんだかおかしく思えた。
……
…………
………………
たまこが雑誌を真剣に見ていた。
どうやら地元の情報誌みたいだ。
美味しいごはんとか、お洒落なお店の紹介が多い。
クラスの人は読んでる人が多い。
でもたまこが見ているのは珍しいって思った。
「何か美味しそうなお店があるの?」
私が聞くとたまこは顔を上げる。
その顔はとっても嬉しそうな感じ。
「これ見てくださいっ!」
言いながらたまこは情報誌を私に見せる。
そこには猫カフェができたことを紹介していた。
ちょっと遠いけど、でも頑張れば行ける距離。
凄いなって私は思った。
「猫カフェですよっ! 猫カフェっ!」
たまこはとっても興奮していた。
なんだか滅多に見られない感じ。
「猫好きなんだね」
「はいっ!」
にこにこしながらの返事だった。
本当に、本当に猫が大好きっ!
そんな風に表情でアピールしているみたいだった。
「私も好きだよ」
これは本当のこと。
飼ったことはないけど、猫は好き。
本当に可愛いって思う。
「そうなんですねっ!」
「猫とっても可愛いですよねっ!」
「うん。とっても可愛い」
私は言いながらじっくりと猫カフェの記事を見る。
カフェで猫をさわれる。
っていうより猫がいるところでコーヒーとか飲める。
って印象のお店だった。
写真を見る限りはテーブルとかなくて、猫の遊び場とかがたくさんあった。
それだけ見るととても猫カフェには見えない。
でもちゃんとメニューにはカフェらしい飲み物が書いてある。
私はオレンジジュースとかしか飲まないから、名前を見てもいまいちどんなのか分からないけど。
「たまこは本当に猫が好きなんだね」
「はいっ!」
たまこは返事をするとまた情報誌のページを見る。
とってもうっとりとした表情で。
「たまこは猫飼ってるの?」
私が言うとふるふるって首を振る。
そして悲しそうな表情になった。
「たまこのお母さんが猫アレルギーだから飼えないんです……」
「そうなんだね」
それならしょうがないのかもしれないって思った。
でもこんなに好きそうなのに、飼えないのも何だか可愛そう……。
「だから猫カフェができたらいいなってずっと思ってたんです」
「夢が叶ったんだね」
「はいっ!」
たまこは嬉しそう。
でもすぐに何だか暗い表情になる。
表情がなんだか忙しい感じ。
「でも……遠いから1人で行けるか心配で……」
私は初めて出会ったことを思い出す。
ホームセンターで探しものをしてうろうろと不安そうに歩いていたたまこを。
あの時は同じ年で、しかも同じクラスになるなんて全然思わなかったな。
なんだか凄く懐かしい。
「それなら私も行きたいな」
私はたまこに言った。
お店はとっても素敵で猫もとても可愛い。
1人でなら行くのに勇気がいる。
でもたまことならぜひ行きたいって思った。
「本当ですかっ!」
「うん。猫さわりたいしね」
「ありがとうございますっ!」
たまこはぺこりって頭を下げた。
私も行きたいんだからお礼を言うことじゃないのに……。
「それじゃいつ行こうか」
「いつでも大丈夫ですっ!」
「そ、そうだね……」
いつでもいいって言うけど、でもやっぱり休日じゃないと難しいって思う。
「今度の日曜日はどうかな?」
「今度の日曜日ですねっ! 全然大丈夫ですっ!」
私も予定とかはなかったって思う。
「それじゃ決定だね」
今度の日曜日は猫カフェ。
すっごく楽しみだなって思った。
「はいっ! ちゃんとスケジュールにいれときますっ!」
言いながらたまこはスマートフォンを操作している。
カレンダーのスケジュールに入れてるみたい。
「できましたっ!」
言いながら私にスマートフォンを見せる。
日付のところに可愛い猫の足跡マークがあった。




