12
「今日は揚げ物を作るんだね」
「そうです。コロッケを作る予定なんですよ」
そう言うたまこは嬉しそうな感じ。
前から部活は楽しそうに行っている。
でも近頃はさらにその傾向が大きくなっている。
新しく入った1年生と上手くやってるんだろうなって思った。
そういうのはなんだかちょっと羨ましい。
「揚げ物を作るのってなんか怖いよね」
特に油に入れる瞬間とかとても怖い。
できるだけやりたくない料理の1つだなって思う。
後片付けとかも面倒くさそうだし。
「確かにそうですよね」
ってたまこは言った。
でもその言葉には不安な感じは全くなかった。
「たまこも最初の頃はとっても怖かったです」
「今は大丈夫なの?」
「はいっ!」
自信に満ちた返事。
なんだか頼もしさを感じる。
「何かコツとかあるの?」
「怖らがないことですねっ!」
「怖がらない?」
「はいっ! 怖がると高いところから落とすようになるんです」
私が料理に関する質問をすると、たまこは嬉しそうに教えてくれる。
そんな姿が私は好き。
だから何気ない質問でもよく聞くようにしている。
きっと1年生にもこうやって教えてるんだろうなって思った。
「高いところから落とすと油が跳ねたりして危ないんです」
「怖がらずに丁寧にするのが大事なんだね」
「そうです。包丁の使い方とか全部に言えることかもしれませんっ!」
たまこの言葉にはとっても説得力があった。
自分の体験で、自分の言葉で、一生懸命に話してくれるからだと思う。
「勉強になるよ。今日の部活も頑張ってね」
「はいっ!」
そう言って教室へ向かう途中だった。
「たまこっ!」
嫌な声が聞こえた。
見るとやっぱりあるのは美香の姿。
嫌な予感がした。
「今日カラオケに行くんだけど来る?」
質問だけど、強制している言葉。
なんで美香はこんなにたまこにかまうんだろう。
遊び相手ならいくらでもいるのに……。
いや、それよりも今日はたまこは部活の日。
だから行けないはずだって思った。
「たまこは今日は部活が……」
「料理部なんてどうでもいいでしょ」
たまこの言葉を遮って美香は言う。
私はその言葉に腹が立った。
たまこがとっても頑張ってることも知らないくせにって。
でもたまこは言う。
「わ……分かった」
「いいの? 部活に行きたいんでしょ?」
「でも美香ちゃんに誘われてるから……」
たまこもなんで美香の誘いを断らないんだろう。
美香なんて相手にしないで、部活を頑張った方がいいのに。
「部活はいつでもできますしね」
言いながらぱたぱたと美香の方へ行く。
近くまでたまこが行くと美香は満足そうな表情を浮かべた。
ああやって言いなりになるたまこを見て喜んでいるんだろうって思った。
何か言ってやりたいって思った。
でもその前に……
「いっくん。また明日です」
たまこはそう言って教室を出る。
私はなんだかもやっとした気持ちで鞄を持った。
……
…………
………………
いつもはカナの教室に行くか、カナが教室前にいてくれる。
でも今日は委員会でカナはいない。
だから1人で部室へ移動した。
黙って歩く廊下はなんだか静か。
でも色々な音や声が聴こえる。
外で声を出す運動部の人達の声。
それに楽器の音。
2年生になって楽器の音をよく聞くようになった。
今日もあちらこちらで楽器を演奏している音が聞こえる。
去年もたまには聞こえてたけど、今年ほどじゃない。
廊下から外を見ると何人かの人が楽器を吹いていた。
何の楽器なのかも、何の曲かも分からない。
でも凄く頑張っているのが分かった。
たまこも本当は部活に行って料理を頑張ってるはずなのに……。
そう思うとやっぱり何か言いたかったっていう気持ちが大きくなる。
球技大会で責められる。
いつもからかわれる。
仕事を押し付けられる。
こういうのは私が慰めたり、手伝って上げればいい。
嫌な気分になるけど、でも我慢はできるって思った。
でも頑張ってるのを邪魔するのは本当に駄目だって思う。
次こそあんなことがあったら絶対に言ってやろう。
カナの忠告を無視するのはちょっと気にかかるけど……。
「何を見てるのよ」
考え事をしながら演奏の練習を見ていると声をかけられた。
見るとアイコが立っていた。
「楽器を練習してるなって思って」
「そりゃ練習ぐらいするでしょ」
「そうだけど……。あの楽器の名前は分かる?」
「は?」
それぐらいも分からないの。
って感じ。
「トロンボーンでしょ。それぐらい分かりなさいよ」
そして教えてくれた。
なんだかちょっと悔しい……。
「今年になってたくさん練習してるみたいだね」
「そうね。顧問が変わったからだろ思うわ」
「そうなんだ」
私が言うと呆れ顔のアイコ。
「新しく赴任した人の紹介あったじゃない」
「覚えてない……」
「あんたって本当にいつもぼんやりしてるわね」
「そのつもりはないんだけど……」
って今言っても説得力がないかもだけど。
「でも顧問の先生が変わったら全然違う感じになるんだね」
「そうね。吹奏楽部は特にその傾向があるみたい」
「そうなんだ」
「かなり厳しくて遅くまで練習したり合宿したりしてるらしいわよ」
「それは本格的だね」
「毎日誰かが泣いてるっていう話も聞くわね」
「それは壮絶だね……」
まったりした天文部の私には想像もできない世界だ。
「この学校の吹奏楽部がいつも銅賞だけど、今年はいいところまでいくんじゃないかしらね」
「銅賞?」
金、銀、銅っていう並びを思い浮かべる。
「それってけっこう凄いんじゃないの?」
3番目だし。
「それはオリンピックとかのイメージね」
「吹奏楽では違うの?」
「吹奏楽部のコンクールの銅賞は参加賞みたなものなの」
「全員貰えるんだ」
「そうね。それで銀賞、金賞があって金賞の中から上位が次の大会に行けるのよ」
「なんだか変わった制度だね」
「駄目金って聞いたことが無い?」
「……ないって思う」
「金賞でも大会に行けないのが駄目金って言うらしいわ」
「アイコって詳しいんだね」
「吹奏楽部の漫画を書こうとして調べたから」
なるほどって思った。
「うちの学校も金賞を目指して頑張ってるんだね」
そう思うとなんだか応援したくなる。
うちのクラスにも確か吹奏楽部の人は2人ぐらいいた気がするし。
「でもああいう風に急に雰囲気が変わったらついていけない人もいるでしょうね」
「それもそうだね」
「まぁそんな落ちこぼれなんて面倒見る余裕はないだろうけど」
「……落ちこぼれって。ひどいこと言うね」
「実際にそうだから仕方がないわ」
アイコの性格はやっぱり刺々しい。
たまこと足して割ってちょうどいいかもって思った。
私は心の中で頑張ってください。って思いつつ部室へと向かう。
するとなぜかアイコが後ろをついてくる。
どうやら部室まで来るみたいだ。
……今日はカナもいないしいいやって思った。
……
…………
………………
予想通りアイコは部室までついてきた。
我が物顔で部室に入って、椅子に座る。
なんだか馴染みすぎているような感じがした。
「漫画研究部の部室には行かなくていいの?」
「たまに行けばいいのよ」
「そうんなもの?」
「そんなもの」
そんなものなんだって思った。
でも他の部室に行くのはあんまり良くなさそうだけど……。
私はノートパソコンを開いた。
小説を書こうって思っている。
文化祭用じゃないもの。
「小説書くの?」
たまこは言う。
なんだか興味津々って感じ。
「そのつもり。でもなかなか話が思いつかなくて……」
「文化祭で出すの?」
「うんうん。趣味で書いてるやつ」
「文化祭のも趣味みたいなものでしょ」
「それはそうだけど……」
「アタシ邪魔かしら?」
「アイコがそういうのって珍しいね」
いつもは出て行けって言っても粘ったりするのに。
「小説書いてるからね」
なんだかよく分からない理屈だった。
「あんたこそアタシに漫画研究部に行けって言わないじゃない」
「カナがいないからね」
「なにそれ? どういう理屈よ」
ってアイコは言う。
「誰かいてくれたほうがいいってこと」
「ふぅん。あんたって案外寂しがり屋なのね」
「アイコはそうじゃないの?」
「アタシは1人でも平気よ」
その言葉が本心なのか、強がりなのかは私には分からない。
「どんなの書いてるの?」
「……恋愛もの」
私が言うとアイコは意地悪そうに微笑む。
なんだかすごく似合う表情。
「あんたに似合わないジャンルだって思うわ」
「そんなことないって思うけどな……」
っていうか私からしたらアイコの方が似合わないジャンアルだって思う。
「でも恋愛か……。アタシも次もそうしようかな」
「新しい漫画書くのっ!」
なんだか声が大きくなってしまった。
「そりゃ書くわよ。当たり前でしょ……」
アイコは怪訝そうな表情。
そしてすぐに嬉しそうなものに変わった。
「そんなにアタシが書く漫画が楽しみなの?」
しまったって思った。
でも楽しみなのが本心だからしょうがないよね。
「……ちょっとね」
「あんたってアタシの漫画のファンだからしょうがないよねっ!」
「本人を知らなければもっとのめり込めてたんだけどな……」
「どういう意味よっ!」
「そのままの意味」
アイコは不機嫌そうな表情。
でも私は嘘をついていた。
ちょっとだけ。
「アイコってプロの漫画家を目指してるの?」
「いきなり何よ」
「ちょっと気になって」
「そりゃ目指してるわよ」
何でもないかのようにアイコは言う。
「アタシがプロになれないなら誰がなるって感じよっ!」
「凄い自信だね……」
「それだけやってるし、それだけのものを書いてる自信はあるわ」
「そうなんだ」
「いつきもプロを目指そうとか考えてるの?」
「私は……。うんうん。まだ書き始めたばっかりだし……」
「それもそうね」
「プロになるのって大変そうだしね」
それに私がプロを目指そうって思ってもそれを誰かに言う自信はないって思う。
こっそり、誰にも言わずに目指すと思う。
失敗した時とかそういうのを考えてしまって。
だからプロになるって堂々と宣言できるアイコはとっても凄いって思った。
「まぁ今はそれよりも近くのことの方が大事だと思うわ」
「近くのこと?」
「中間テスト」
「あー」
って私は思わずため息に似た声を出した。
「アイコって勉強ってどれぐらいできるの?」
「どれぐらいって……これまたアバウトな質問ね」
言いながらたまこは考える。
そして……
「普通ぐらいだわ。ぼちぼちってところね」
本人の自己申告がそれぐらいなら、私とあんまり変わらないのかもしれない。
アイコはそういうのって実際よりだいぶよく言いそうだし。
「あんたはどんな感じなの?」
「私もぼちぼちってところだよ」
「ふぅん。それなら勝負する?」
「勝負?」
「そう。テストの合計点で」
「勝負……」
「そういうのがあった方が勉強を頑張ろうって思うでしょ」
「確かにそうかもしれないね」
元々あんまり勝負事は好きじゃない。
というか得意じゃない。
でもアイコにはなんだか負けたくないっていう気分になる。
「勝った方はそうね……相手に1つ命令できる、はどう?」
「なんだか凄い賭けだね……」
というか私が勝っても何を命令すればいいのか分からない……。
「あっ! でも部誌に参加しろとかはなしだからね。それはカナと決めることだし……」
「……分かったわ」
不満そうに言う。
どうやらそれが狙いだったみたい。
「でも他に命令したいことはあるしね」
にやりと微笑むアイコ。
……大丈夫かな。
って思わず考えてしまう。
勝負になればカナに教えてもらって頑張って勉強する。
でも……
「やっぱりやめよう」
私は言った。
「テストってそういう勝負とか賭けとかするものでもないし」
「……急にヘタレたわね」
とても残念そうにアイコは言った。
アイコは賭け事とか勝負とか好きそうだなって思った。
「あっ……ちょっと待って」
スマートフォンに着信。
見るとカナからのメッセージ。
終わったからもうすぐ行くねっ!
私はそのメッセージに返信した。
「カナがもうすぐ来るって」
「つまりアタシはもう用済みってことね」
また意地悪そうな表情。
なんだかこうやって話していると、教室では無口っていうのが信じられない。
「それじゃアタシは出るわね」
「そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……」
「気にしないで。部室にも行こうって思ってたから」
言いながら立ち上がって部室を出る。
急に静かになった部室。
なんだか寂しい感じがした。
私はぽちぽちと小説を書く。
そしてカナは10分ぐらいしてやってきた。
「お待たせっ!」
走ってきたのか少し息が上がってる。
「ずっと1人でいたの?」
「うんうん。アイコが来てた」
「……本当にしょうがないわね」
でもカナはそんなに不機嫌そうな声ではなかった。
そのまま椅子に座る。
「また追い返してくれたんだねっ!」
「うん。まぁ……」
あれは追い返したっていうんだろう……。
分からないなって思った。
「アイコって教室ではどんな感じなの?」
思わず静かって本当?
って聞きそうになった。
そう聞いたら誰から聞いたのっていう話になるかもって思った。
「そうね。いつも1人で本を読んでるわ」
カナが言うから本当だろうって思った。
ナツミもカナも嘘をつくなんてなさそうだし。
「何だか想像もつかないね」
「私はもう教室のアイコさんが普通って感じだけどね」
「そうなんだ」
そういえばって思った。
同じクラスならアイコの成績とかを知ってるかもしれないって。
成績を知らなくても普段の授業とかでどれぐらいできるかは分かるかもって思った。
「アイコってどれぐらい勉強してるの?」
「……なんだかアイコさんのこと気になってる?」
不機嫌な感じ。
「うんうん。実は……」
って私は言った。
アイコと中間テストで勝負しようとしたこと。
「それは勝負しなくてよかったね」
カナは言った。
「アイコさんって学年でもいつも10番以内に入るから。私より全然成績いいよ」
「そうなんだ……」
勝負しなくて本当に良かったって思った。
アイコがそんなに成績いいなんて想像もしてなかった。
「いっちゃんって思ったよりアイコさんと仲良しになってる?」
「そうでもないと思うな。やっぱりアイコは漫画研究部に行った方がいいって思うしね」
漫画研究部で頑張って面白い漫画を書いてほしいって思う。
というかなんでたまに天文部に来るのかもまだ分かってない。
「そっかっ!」
カナは嬉しそうに言う。
カナが嬉しそうな理由は私にも分かった。
「勝負とかはしなくなったけど、でも勉強は教えて欲しいな」
特に数学は赤点を取らないようにしなくちゃいけないし。
「もちろんっ!」
私はノートパソコンを閉じた。
そしてノートと教科書を取り出す。
私もアイコみたいに堂々とプロになる宣言ができる日が来るのかなって思った。
でもどう考えてもそんな自分は想像できないっていうのが結論だった。




