06
ぼんやりしているうちに先生の話が終わった。
明日が入学式。
だからその準備にクラスから何人かが行かなきゃ行けないみたい。
何か敷いたり、椅子を並べたり、飾り付けをしたりとか。
地味に大変そうな作業。
でも誰かがやらなきゃいけないこと。
幸いにも私は行かなくてよかった。
絶対にしたくないってわけじゃない。
でもしなくていいなら、そっちの方がやっぱり嬉しい。
今日も部室でカナとお昼ごはんを食べてのんびりしよう。
「たまこちゃん」
私は机に荷物を置いたままたまこのところまで移動した。
たまこも入学式の準備に行かないでいいグループ。
ゆっくりとした感じで帰る準備をしている。
「いつきさんっ!」
たまこは嬉しそうな表情で私の方を見た。
ホームセンターでのおどおどした感じはなかった。
心を許してくれてるみたいで、なんだか嬉しい。
「どうかしたんですか?」
「えっと……たまこちゃんって何か部活やってるの?」
「はいっ!」
やってるんだって思った。
やってなかったら天文部に誘ってもいいなって思ったけど……。
でも部活に入ってるなら誘わない方が良さそう。
「何部に入ってるの?」
「料理部に入ってるんですっ!」
「料理部……」
そんな部活あったんだ。
全然知らなかった。
「毎日はやってないけど料理の練習をしたりするんです」
「料理得意なんだね」
私がそう言うとたまこはふるふると首を振った。
「たまこ、あんまり得意なものとかなかったからそれで……」
なんだかもじもじって感じになってる。
「何か得意なものができたらなって思って入ったんです」
「そうなんだね。凄いって思うよ」
「す、凄くはないですっ!」
「そんなに否定しなくていいと思うんだけどな」
「まだまだ全然ですし……」
「得意な料理とかあるの?」
「えっと……あっ!この前に作った野菜スープは美味しくできたって思います」
「野菜スープも作れるんだねっ!」
私は全然料理ができない。
りんごの皮むきもできないから、お母さんがいないときは皮付きで食べる。
果物では梨が一番好き。
でも梨は皮をむかないと駄目なのが難点。
お母さんかお父さんがいないと食べれないから。
私はそこそこ酷い方だけど、みんな似たり寄ったりだと思う。
だから料理はできるのは自慢していいし、自信持つべきだって思う。
「今度料理コンテストがあるから頑張りたいなーって思ってるんです」
「料理コンテストってあるんだね」
全然知らなかった。
知らないところで色々な人が様々な活動をしてるんだなって実感する。
学校って狭くて閉じた世界。
そんな印象がある。
でも全然そんなことはないんだなって思えた。
「どんなことをするの?」
「低カロリーとかお弁当とか牛乳料理とかそういうふうにテーマがあるんです」
天文部でもそういうコンテストとか大会とかあるのかな?
でも私はあってもあんまり出る気はないなって思う。
きっとカナもそうだろう。
「なんだか本格的だね」
「色々な料理を作らなくちゃいけなくて、それが大変です」
「本当に頑張ってるんだね」
なんだか見ていると頭をなでたくなる。
でももちろんそんなことはなきないなって思った。
「たまこなんて全然です……。それに明日からは部員集めも頑張らなくちゃですし……」
「部員少ないの?」
「はい。えっと今は3人しかいないです……」
天文部より1人だけ多い。
そう考えると確かに寂しい人数かもしれないって思った。
もちろん、私は2人でも全然寂しくないけど。
「それに2年生はたまこだけだから、1年生に入ってもらわないと……」
「1人になっちゃうんだね」
私はそう言うとたまこは勢い良く頷く。
たまこは顔を振ったり頷いたりの動作が大きくて、とても可愛い。
「1人だと寂しいから頑張らないとって思うけど……」
だんだんと小さくなる声。
私はそうなる気持ちがなんだか分かる気がした。
「勧誘とか大変だよね」
天文部はやらない予定。
でもやるとなったらとっても大変そう。
「そうなんです……」
小さくため息をつくたまこ。
「先輩が実際に料理を作っていいか聞いたら危ないから駄目だって……」
「火とか包丁とか使うからね」
もちろん料理部の部室ですれば問題ないだろうって思う。
でもそれじゃあんまりアピールにならなそう。
部室に来るのは料理部のことを知ってる人だけだろうし……。
もっと色々な人にアピーするしなくちゃいけなさそう。
「それじゃ料理部ってどうするの?」
「創作料理を作って置いておくことになりました。レシピとか横に置いて」
「なんだか良さそうだね」
こういう料理が作れるようになるっ!
っていうのはなんだか魅力的。
私はできるなら食べるだけがいいけど……。
「でもどんなの作るか決まってないし、決まっても早く作らなきゃで……」
「色々大変なんだね」
「だから今日も部室で先輩と話し合ったりするんです」
「頑張ってね。応援する」
私が言うと暗かった表情がぱっと明るくなった。
「そう言ってもらえると嬉しいですっ!」
「あとたまこちゃんが作った料理食べてみたいな」
きっととっても美味しんだろうって思う。
「はいっ! いつきさんにちゃんとお礼もしたいですしっ!」
お礼?
ってちょっと考えた。
でも言ってるのはホームセンターの時のことだろうって思う。
まだ返し足りないって思ってるみたい。
本当にいい子なんだなって思った。
「楽しみにしてるね」
私がそう言った時だった。
「たまこっ!」
後ろから声がした。
たまこがびくっと反応する。
振り返ってみるとクラスの女子がいた。
髪を染めていて、制服を着崩している。
たまことはあんまり縁がなさそうなタイプだけど……。
「知り合い?」
私は小声で言うとたまこは小さく頷いた。
「美香ちゃん……。ど……どうしたの?」
たまこはなぜか私には敬語を使う。
でも今は使ってないのが美香って人との付き合いの長さを感じた。
そして声の感じから仲はそんなに良くないみたいって思えた。
「入学式の準備に選ばれたんだけど、大事な用事があるから代わってくれない?」
とても高圧的な言葉遣いだった。
「えっと……今日は……料理部で……」
たまこは言っていた。
今から新入部員を集めるための準備があるって。
そのことを伝えようとしてるけど……。
「は? 料理部なんて遊びの部活でしょ? そんなの後でやればいいじゃん」
「……うん。か、代わってもいい……よ」
明らかに脅されてるみたいだった。
でも私は黙って成り行きを見ていた。
たまこのことを思うなら止に入るべきだって分かる。
でもそうしたら目立ちそうって思った。
なんだか胸がずきずきする。
「そうっ! ありがとっ!」
美香は嬉しそうに言うと振り返り教室を出て行く。
「たまこは入学式の準備に行かないとだから……」
たまこは鞄とか置いたまま小走りで教室を出て行く。
私はもやもやとしたものを感じながら教室を出た。
……
…………
………………
「……どうしたのよ? さっさと入りなさいよ」
部室にはカナの姿がなかった。
代わりにアイコがいた。
私的には代わりにならないんだけど……。
「カナは?」
私が言うとアイコは読んでいたものを机に置いた。
天文部の部誌だった。
読まれてたと思うとなんだか恥ずかしい。
「カナなら入学式の準備に行ってるわ。連絡とか来てないの?」
「見てみる……」
スマートフォンを取り出して見てみるとメッセージがきてた。
カナからだった。
気が付かなかった。
「……本当だ」
遅くなるかもって書いてある。
私は返事をしてスマートフォンを鞄に入れる。
そのまま椅子に座った。
お弁当はカナが来てから食べようって思う。
「なんでアイコが知ってたの?」
「同じクラスだから当たり前じゃないっ!」
「そうなんだね……」
カナはアイコと同じクラスになりたくないって言ってたのに。
願い事はなかなか叶わないんだなって思った。
「カナに話しかけたら思いっきり睨まれたわっ!」
不満そうにアイコは言う。
「アタシ何にもしてないのにっ!」
カナは本当にアイコのことが嫌いなんだな。
カナに話しかけて睨まれるのはアイコだけだろうって思う。
カナはそういうの隠しそうだから。
どうやらアイコには隠さないでいいって思ってるみたい。
「それでアイコは何しに来たの?」
「勧誘に決まってるでしょっ!」
「そんなに部誌に漫画書いて欲しいの?」
「そう言ってるじゃないっ!」
机をばんばんって叩く。
アイコもたまこと同じようにボディーランゲージが激しい。
でもそれによる可愛さが全然違うなって思った。
何が違うんだろうって考えると、なんだか難しい。
きっとたまこが机をばんばんと叩いても可愛く見えそうだし。
「漫画研究部の部誌なら漫画研究部で書けばいいんじゃないの?」
「だからあんたたち2人に漫画研究部に入りなさいって言ってるんじゃない」
「でも天文部に入ってるし、カナも嫌って言ってるし……」
「カナはアタシのこと嫌ってるみたいだからそこが問題なのよね」
「自分が嫌われてるって自覚あるんだ……」
それなのに部室に来るのはなんか凄い。
しかもこっちの部活に入れって要求するなんて……。
「でもいつきが入ったらカナも入るでしょ?」
「それは……」
そうかもしれないって思った。
「だからあんたを説得しようって思ったのよっ!」
「私もアイコのこと苦手なんだけどね」
って私は言った。
言って自分でもびっくりした。
なんだか言葉がするりと出てきたから。
「それも分かってたわっ!」
言いながらなぜか笑うアイコ。
「でもアタシの漫画好きでしょっ!」
「それは……そうだけど……」
アイコのことを知った後にも何度か読んだ。
面白さは全然変わらなかった。
「だからアタシと同じ部誌に載るって凄く光栄なことだって思わない?」
「それは思わない」
「思いなさいよっ!」
アイコの自信はなんだか凄い。
たまこに10分の1でも分けてあげればいいのにって思うぐらい。
「私とカナを勧誘するより新入生を入れたほうが早いんじゃない?」
「もちろん勧誘はするわよっ!」
「その準備とかしないでいいの?」
「……コスプレして勧誘とか死んでも嫌だしっ!」
どうやら漫画研究部は文化祭と同じようにコスプレをするみたい。
そしてアイコはそれがとても嫌に思ってるみたいだった。
そういえば文化祭の時にもそんなことを聞いたなって思い出した。
でも……
「すごく似合うと思うだけどな」
私はアイコを見ながら言った。
「似合うって?」
私の言葉にアイコは怪訝そうな表情を見せる。
「アイコって見た目はとても可愛いし、可愛い格好が似合うんじゃないかな?」
黙っていれば凄く可愛いって思う。
黙っていれば。
「……あんたって誰にでもそういうこと言うわけ?」
「うん? そうでもないって思うけどな」
ただ素直に思ったことを言っただけだし。
「それにあの部誌を配ればきっといい1年生が入ってくるって思うよ」
「……それは分からないけど……」
アイコはため息をついた。
「漫画研究部は人数いるし部員集めとかも大丈夫そうだけどね」
「人数はいるわ。でも人数が多いから大変なのよ」
「そんなもんなんだね」
人数が少ないから大変っていうたまこ。
人数が多いから大変だっていうアイコ。
部活ってやっぱり大変なんだなって思った。
「……どうしても漫画研究部に入らない?」
「うん。何度もそう言ってるじゃない」
「それなら今は諦めるわ」
言いながら椅子から立ち上がる。
私的にはずっと諦めて欲しいんだけど……。
「じゃあアタシも新入部員集めを少しは頑張ることにするわっ!」
「うん。そっちの方が全然いいって思う」
できるならたくさんの部員が入って欲しい。
そうなったら天文部の部室に来ることもなくなるだろうし。
私は部室から出ていくアイコを見送りながら思った。
……
…………
………………
「お待たせっ!」
アイコが出ていって30分。
カナが入学式の準備を終えて、部室に来た。
「お疲れ様」
「うん。ちょっと疲れちゃったな」
カナは言いながら椅子に座る。
「椅子を並べてたけどけっこう大変だったよ」
「運が悪かったね」
「本当にそうだよね。おなかすいちゃった」
言いながらカナはお弁当箱を開ける。
私も同じようにした。
「そういえばアイコと同じクラスになったんだね」
「そうなんだよね」
カナは不満そうに言う。
「いきなり大きな声で話しかけてくるし……」
「やっぱりそんな感じなんだ」
「うん。ああいう騒がしい人って苦手」
「私も苦手……」
「でもわたしがアイコさんと同じクラスって誰に聞いたの?」
「それは……」
私はカナに説明した。
さっきアイコが部室に来たことと、話した内容とかそういうのを。
「勝手に部室に来るのは本当にどうにかしてほしいわ」
「カナはやっぱりアイコのこと嫌いなの?」
「うん? ……そうだね。そうでもないよ」
「そなんだ」
てっきり嫌いなんだって思ってた。
アイコ本人もそう思ってるぐらいだし。
「苦手だけど……でもいっちゃんもああいうタイプは苦手でしょ?」
「そうだね。苦手だと思う」
「それなら大丈夫っ!」
カナはにこりと微笑んで言った。
何が大丈夫なのか私には分からなかった。
それから私とカナはお弁当を食べながら、そして食べた後ものんびりとお話をした。
話しながらたまこのことを考えた。
たまこと再会できたことは嬉しい。
でもあの時に何もできなかったことがもやっと残っていた。




