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「お待たせ」


待ち合わせ場所にはすでにカナがいた。

日が落ちかけていて少し寒い時間。


「待ってた?」


「うんうん。ちょうど今来たところだよ」


ふるふるって感じでカナは首を振った。

その言葉は本当かもしれないし、嘘かもしれない。

でも私がどちらか知ることはできないって思う。

わざわざそんなこと聞けるわけがないから。


「行こっか」


カナは言う。


「そうだね。寒いから早く電車に乗りたいね」


私達は駅に向かって歩き出した。

当たり前だけれど、家から少しずつ遠ざかっていく。

夕方からカナと出かける。

離れていく家を見ると、それが実感できて嬉しかった。


「夕方にお出かけってなんだかわくわくするね」


思わず出た言葉。

スケールは小さめだけど、なんだか旅に出るような気分。


「そうだね。こんな時間に出かけるなんてあんまりないもんね」


カナと2人でっていうのがわくわくを増やしてるって思う。

電車に乗るのも本当に久しぶりだから、ちょっと楽しみ。

でも大きな不安も、もちろんある。

電車は混んでるのかな?

混んでるのやだなって思う。


「電車、人が少ないといいね」


そうは思うけど、きっと厳しい。

時間的に帰りの電車に乗る学生とか社会人が多いはずだから。


「満員電車って乗ったことないけど、きつそう」


「大丈夫だよ」


「どうして?」


「快速じゃなくて普通ので行くからね」


「そっちの方が人が少ないんだね」


「普通電車は全部の駅に止まるからそれだけ着くのが遅くなるの」


「でも時間に間に合うなら人が少ない方がいいかな」


早く着きすぎても星はあんまり見えないし。


「私もそう思ったから普通電車に乗ろうって決めたんだ」


「ありがとうっ!」


本当にカナは私のことを色々考えてくれる。


「でも駅とかは人が多いからそれは我慢してね」


「それは大丈夫」


「迷子にならないように気をつけてねっ!」


「さすがに迷子にはならないよっ!」


いくらなんでも人が多いってだけで迷子にはならない。

ならないって思う。


「いっちゃんってふらふら歩いてどこかにはぐれそうな気がするから」


「……よく知ってるね」


実際、そうやって迷子になった時は何度かあった。

小学生の迷子はそうでもないけど、中学生の迷子はさすがに恥ずかしかった。

もし高校生にもなって迷子になったら、恥ずかしいじゃすまなさそう。


「駅は人が多い分、変な人も多いから気をつけてね」


「宇宙人と地球人の見分けがつく人とかいたら嫌だな」


「いるかもだから私から離れないでねっ!」


「……分かった」


なんだかぼそっとした感じの声になった。

まるで私は近所のお姉さんに連れられて電車に初めて乗る子供みたい。

でも本当に宇宙人と地球人の見分けがつく人がいたらって思うと、ちょっと怖かった。

あと監視カメラもなんか怖い。

なんだか私の全てを調査とかしてそうに思える。

もちろん、そんなことはないんだろうけど……。


「人が多くなってきたね」


「そうだね」


駅に近づくたびに人が多くなっていく。

街の色々なところから駅に集まるから当たり前のこと。

でもあんまりこの時間に駅の方に行かないので、ちょっとびっくりした。

駅から少し離れた場所でこんな風なら、駅の中はもっと人でたくさんってこと。

こういうのがあるから電車って苦手だなって思う。


「大丈夫?」


覗き込むようにカナは言う。


「ちょっと顔色悪そうだけど……」


「大丈夫だよ。人が多いから酔いそうになっただけ」


「それならいいけど……」


1人なら家に帰ってたかもしれない。

でも今日はカナと一緒。

だから帰るなんて選択肢は全く無かった。

それに人が多いのも電車に乗るまで。

それまでならなんとかなるはず。

頑張れっ! 私のこころっ!

って感じで私は自分に喝を入れた。

でもそんなのなんてなんの意味もないという現実が私に待っていた。


……

…………

………………


駅の中は本当にざわざわってしてた。

埋め尽くすぐらいに人がいる。

学校中の人を一箇所に集めたような、そんな感じがした。

ぞっとするような地球人の数。

この中でもし正体がばれたら、本当にどうしようもないって思った。

逃げるどころの話じゃない。

あっという間に捕まってしまう。

カナと仲良くなってからは悪夢を見ていない。

カナが守ってくれるっていう安心感があったから。

カナという安心感が私を守ってくれてたから。

でも目の前に広がる地球人という名の大きな海はその安心感を引き剥がすには十分だった。

何人もの地球人が私の横を通り過ぎていく。

1人、また1人、また……永遠とも思える繰り返し。

もう何人の地球人が通り過ぎたかなんて分からなかった。

今は誰も気づかずに私の横を通り過ぎていってる。

でもこのまま誰にも気づかれないなんて、そんなのありえる?

私の頭の中に声が響く。

今こちらに来ている人が気がつくかもしれない。

今通り過ぎた人が戻ってきて言うかもしれない。


「あいつは地球人じゃない」


そうなったら全てが終わり。

1人が気がついたら、それはもう全員が気がついたも同然。

手が震えた。

いや、全身が震えている。

いつの間にか周りの音が何も聞こえない。

歩くのが怖かった。

誰かとすれ違うのが怖かった。

誰かに見られるのが怖かった。


「……あっ……」


私は何かを言おうとした。

でも声にならない。

そもそも自分が何を言おうとしたのかも分からない。

駅の中は温かいはずだった。

でも私の手足は凍っているみたいに感覚がなかった。

なんで私だけ、こんなんなんだろう。

誰も信用できず、怯えないと……


「いっちゃんっ!」


手を掴まれた。

それと同時に音が戻った。

暖かい手が私の手を包んでいる。

そこで私は手足の感覚が戻っているのに気がついた。


「わたしはここにいるよ」


手に力が込められる。

でも不思議と全然痛くなかった。


私はここにいる。


あの時に見た言葉。

出会う前に私へカナが書いてくれた言葉。


「だから安心して。わたしがいっちゃんを守るから」


みんなが私達の横を通り過ぎていく。

私達の、横を。

大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。

カナがいるから。

私は自分に言い聞かせる。

そしてゆっくりと息を吐いた。

あの時に教えてもらったように。

ゆっくり、ゆっくり息をした。


「ごめんなさい」


カナが謝る声が聞こえた。


「わたしが電車で行きないたんて言うから……」


「うんうん。私が悪いの」


そう悪いのは私。

カナも、ここにいる地球人達も、全然悪くない。

悪いのは勝手に怯えて、泣いている私だけ。


「みんな死んじゃえばいいのにね」


ぽつりと溢れるようなカナの声だった。


「みんな死んじゃえばいっちゃんも怯えずにすむのに」


その声は憎しみに満ちていた。


「……そうだね」


私はそう言ったけれど、同意はできなかった。

こんなになっても私は卑怯者なんだなって思う。


「……帰ろうか」


カナは言った。


「いっちゃん、きつそうだし……」


「私は帰りたくない」


カナは私のために言ってくれてると分かった。

だからこそ私はカナのために言わなくちゃいけないって思った。


「今日は特別な日になるって決まってるから」


私はつながれてる手をぎゅっと握った。

手を握れば、もう大丈夫。

心も体も迷ったりしないって思った。


「だから行こう。私はもう大丈夫だから」


言って意識的に笑顔を作る。


「それにもし私の秘密が知られたら、一緒に来てくれるよね?

 どこまでも一緒にいてくれるよね?」


「もちろんだよっ!」


「それならもう怖いものはないって思う。だから行こう。天体観測」


「うんっ!」


私とカナは手を繋いだまま歩いた。

誰とすれ違っても、何人とすれ違ってももう大丈夫なような気がした。


……

…………

………………


「本当に人が少ないね」


「うん。いい感じでしょ?」


「そうだね。本当にいい感じって思う」


乗っている電車にはほとんど人はいなかった。

乗ってすぐには数人がいたけど、でも問題なく座れることができた。

そしてその数人もすぐに降りていった。

電車は少し揺れながら、音を出しながら進んでいく。

今どこを走っているのかは分からない。

地名を聞いてもどこだか分からない。

よく考えたら降りなきゃいけない駅の名前も分からない。

でも大丈夫だって思う。


「電車の中は温かいね」


過剰じゃない程度に暖房が効いている。

心地いいって思った。


「なんだか眠くなりそう」


「寝ててもいいんだよ」


「そのつもりはないけど、でも思わず寝ちゃうかも」


「ちゃんと起こしてあげるから安心してね」


カナはそう言ってくれる。

でもやっぱり眠りはしないだろうなって思った。


「雪が降ってる……」


思わず言葉が出た。

外は雪がちらほらと降っていた。

白くて綺麗な雪がふらふらと舞っている。

もちろん天体観測は雪が降るのはあんまりよくない。

今日という日は特に。


「大丈夫かな?」


私はちらりとカナを見ながら言った。

カナは何も心配ないって感じで座っている。

とても綺麗な姿勢で、まっすぐ前を見ていた。


「どうかしたの?」


そして私に言った。

もしかしたら雪が降っているのに気がついてないかもしれない。

そもそも外の天気にあんまり興味ないのかもしれない。

今日は満天の星空が見れるって信じてるから。


「うんうん。何でもない」


だから私も前を向いた。

心配症なのが私の悪いところ。

臆病なのが私の駄目なところ。

カナはいつも真っ直ぐ前を見てるし、臆病でもない。

少しずつでもカナみたいになりたいって思った。


「もうすぐだね」


「うん。もうすぐだね」


もうすぐカナと満天の星空を見ることができる。

外の景色なんて関係ない。

だってそう決まってるんだから。

正面の窓に映ってる自分の顔が見える。

自然と笑みを浮かべている自分に気がついた。


……

…………

………………


「次は羽犬塚~、羽犬塚駅です」


「いっちゃん、降りる駅だよ」


電車に乗って1時間30分ぐらい。

どうやら降りる駅についたみたいだ。

窓の外の雪はやんでいる。

空の様子は分からないけど、きっと大丈夫だろうって思えた。


「羽犬塚って変な名前だね」


「そうだね。変な名前だね」


なんてなんでもないことを話しながら到着を待った。


「これからまたバスに乗るんだよね?」


「うん。ちょっと時間があるからサンドイッチとか食べよう」


「そうだね」


そこで自分がちょっとお腹が空いていることに気がついた。

電車はゆっくりと減速していって、止まった。


「降りようか」


「うん」


……

…………

………………


「寒いね」


「そうだね。とっても寒いね」


電車の中が温かかったせいで外はとても感じられた。

でもこれからもっと寒いところに行く。

寒さにもなれないとなって思った。


「人、少なくてよかったね」


駅のせいなのか、時間帯のせいなのか。

降りた駅にはそんなに人はいなかった。


「うん。でももう大丈夫だよ」


人混みに出会す度にあんなになってちゃ駄目だって思った。

私とカナは近くのコンビニでサンドイッチと飲み物を買った。

私はココア。カナはコーヒー。


「コーヒー美味しい?」


ココアを飲みながら私は言う。

ココアの甘さと暖かさが体に広がっていくのが分かった。


「美味しいよ。飲んで見る?」


「……1口だけ……」


コーヒーを最後に飲んだのはずっと前。

中学1年生の時。

その時からコーヒーは飲めないって避けてきた。

でも私もどっちかというと大人。

だからコーヒーも飲めるようになってるかもしれない。

私はカナからコーヒーを受け取って1口……


「うっ……」


1口飲んですぐに分かった。

これは私には無理だって。

舌と脳を襲う苦味がコーヒーを飲むのを拒否する。

私は何度かせきをして、急いでココアを飲んだ。

寒いせいかココアはもうそんなに熱くはなかった。


「よくこんなの飲めるね」


コーヒーを返しながら言った。

ココアで中和されたけど、まだコーヒーの味は残ってしまっている。

なんだかしばらく取れそうにない気分。


「前に飲んだときより苦く感じた気がする」


「これブラックだから」


ブラックはコーヒーを飲まない私も知っていた。

何にもいれない。コーヒーそのままの味を楽しむもの。


「本当によく飲めるね……」


コーヒー、しかもブラックを私が飲めるようになるなんて何年後だろうって思った。

もしかしたらずっとずっと飲めないかもしれない。

飲めれるようになってたとしても、挑戦する勇気がない。


「でも苦いのが分かるのは舌が麻痺してないってことだよ」


「それっていいことなの?」


「それは分からないかな」


むしろ色々な味を楽しめるようになれるから、麻痺した方がいい気がした。


「バスきたよ」


「本当だ」


赤いバスがやってきた。

なんだか田舎って感じの色。

これで星野村に行くんだって思うとなんだかわくわくしてきた。


「行こうか」


「うん」


飲み終えた、食べ終えたものはゴミ箱に捨てた。

そして私とカナはまた手をつないだ。

なんだかそうするのが当たり前みたいに。

私はカナの手の温もりを感じながらバスに乗った。


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