29
文化祭が始まった。
私とカナは2人で部室にいる。
誰か来たらお金をもらって、本を渡す。
必要ならお釣りも一緒に……。
私は頭の中でシュミレーションをする。
あれシミュレーションだっけ……。
まぁそれはどっちでもいいんだけど。
大事なのはちゃんと接客できるかどうかだから。
私はバイト経験とか全くない。
コンビニでバイトとかできる気もしないし。
だから今回心配だったのもそのへん。
もっともあんまり買いに来る人はいないんだろうけど……。
そう思ってると、がらっと扉が開いた。
まだ文化祭が始まって10分ぐらいしか経過してないのに。
私は思わず姿勢を正して扉の方を見る。
カナはマイペースな感じ。
きっと接客とかもきちんとこなしそうだなって思った。
そして入って来たのは初めて見る上級生の人だった。
その人はきょろきょろと部室を眺めつつこちらに近づく。
「天文部ってあったんだね。全然知らなかった」
話しかけてきたっ!
予想外のことに私はちょっと慌ててしまった。
お金をもらって、部誌を渡すことしか考えてなかったから。
でも私が何か言う前に……
「今年から私達が創部しました」
カナは堂々とした感じで話す。
「今は2人だけなので部活ではなく、同好会ですけど」
「そうなんだね」
にこりと微笑む上級生の人。
カナも合わせてにこりと微笑む。
私も慌てて同じようにする。
「これが部誌かな?」
「そうです。隣にあるのは漫画研究部の部誌です」
「見せてもらってもいい?」
「もちろんです」
「それじゃ遠慮なく……」
言いながら先輩の人は本を読み始める。
なんだかドキドキする……。
カナとか先生に見せるのとはまた違った緊張感があった。
「小説なんだね」
ちょっと意外そうな声。
そう思うよね。
って私も思った。
「はい。でも読めば天体観測のことが分かるようになってます」
「なんかそういうのいいね。絵も上手だし」
言いながら先輩の人はごそごそと財布を取り出す。
これはっ!
って私は思った。
買ってくれるのっ!
って。
「1冊いいかな?」
「ありがとうございますっ!」
カナが本を出しだして、私がお金を受け取った。
ちょうど500円。
やっと仕事っぽいことができたって思った。
「帰って読んでみるね。頑張ってね」
そう言い残して先輩の人は部室から出ていく。
ほとんど何もしてない。
接客をしていたのはカナだから。
でもなんだかとっても緊張した。
「なんかどきどきしたね」
「そうだね」
そう言うカナだけど、見た目はとっても平然としてる。
「まさかこんなに早く買いに来る人がいるって思ってなかったよ」
「私も」
「カナの絵のおかげだよね。買ってくれたの」
「それもあるだろうけど、小説っていうのが良かったんだと思うな」
カナは私の顔を見てにこりと微笑んだ。
「あの人、気に入ってくれるといいよねっ!」
「だねっ!」
開始10分ぐらいでさっそく本が1冊売れた。
幸先いいスタートだって思ったし、買ってくれたのは予想以上に嬉しかった。
500円はそこそこのお金だって思う。
例えば私達のクラスに行くとそのお金でお好み焼きとジュースが買える。
他のクラスでも美味しいものを食べることができる。
500円ってそんなお金。
でもその500円で私達が作った本を買ってくれた。
なんだか本に価値を見出してくれたみたいで、それが嬉しく思えた。
「もっとたくさん人が来るといいねっ!」
「そうだねっ!」
私とカナはそう言い合った。
そしてたまにだけど、ちゃんと来てくれることに驚いた。
だいたい10分に1組ぐらいの感じで部室に来てくれた。
もちろん、みんなが買ってくれるわけじゃない。
何も買わずに出る人もいるし、漫画研究部の部誌だけ買っていく人もいる。
2時間が経過して10冊ぐらい売れた。
なんだかとってもいい感じ。
全部売れることはないだろうけど、だいぶ少なくはなりそう。
そういえば向こうはどれぐらい売れてるのか、ちょっと気になった。
それにお礼も言いに行きたい。
「なんだかいい感じだね」
カナは笑顔で言う。
なんだか機嫌が良さそう。
「全く来ないってわけじゃないし、忙しくもないって感じで」
「そうだね。ちょうどいいって思う」
クラスの方はばたばたして大変なんだろうなって想像できた。
でもきっと委員長が頑張って指示とかしてるんだろう。
手伝いはできないけど、頑張って欲しいなって思った。
私はお客さんが来ない間はカナと話をしたり、漫画研究部の部誌を読んだりしてた。
そしてやっぱりカナって絵がうまいんだなって思った。
漫画研究部の部誌は当たり前だけど、全部漫画。
全部で5人ぐらいが書いてる。
3つはそこそこって感じだけど、2つがとっても面白かった。
思わずその2つは何度か読み返してしまうぐらいに。
そんなこんなで文化祭が始まって3時間ぐらいが経過。
11時から12時までの間にまた3冊買ってくれた。
買ってくれるのは同じ学校の人が多い。
学校外の人は本当にたまに来る感じ。
きっと天文部なんてあったんだって思って来る人が多いんだと思う。
実際、そんな質問を何度かされたし。
「いっちゃん頑張ってるっ!」
がらっと扉が開いて声がした。
十二時十五分ぐらい。
お父さんとお母さんが部室に来た。
2人共なぜかとってもかしこまったような服装をしている。
なんだか見ていて気恥ずかしい……。
2人はすたすたと歩いて、私達の前まで来た。
「なかなかよく出来てるじゃない」
ってお母さん。
「これ自分達で印刷したのか?」
ってお父さん。
「うんうん。印刷会社に頼んで貰ったの」
「今はそういうのがあるんだな」
なんて言うお父さんはなんだか懐かしそうに思ってるみたいだった。
当たり前だけど、お父さんとお母さんにも高校生の時があったんだなって思う。
「俺も同人誌とか作ってたからな。自分達でコピーして本を作ってたよ」
「そうなんだっ!」
お父さんがそんなことをしてたなんて初めて知った。
「お父さんは本気で作家を目指してたのよ」
ってお母さんが付け加える。
お父さんが作家を目指してた。
なんだか本当に想像できないって思った。
「私はお父さんの小説好きだったけど、でもプロにはなれなかった」
「つまりお前のセンスがなかったってわけだな」
言いながら2人で微笑む。
なんだか2人の世界って感じがした。
「あっ!挨拶が遅れたわ」
カナを見てお母さんが言う。
「いつきの母です。いつもいつきがお世話になってます」
「いつきの父です」
お見合いじゃないんだから……。
思わず心の中で突っ込んだ。
「こちらこそいつきさんにはいつもお世話になってます」
カナもにこやかに対応してくれる。
「いつきさんが書いた小説、とっても面白いからぜひ読んで下さい」
「もちろんだ。3冊くれ」
言いながらお父さんは5000円を取り出す。
しかも全部1000円札。
「3冊って……。1冊で良くない?」
私は言いながらも3冊を渡す。
「それに3冊なら1500円だから2千円でいいのに」
「1冊は俺の、1冊はお母さんの、1冊は保存用だ」
「保存用って……」
「あとお釣りの3500円はいらないから、何か食べるのに使いなさい」
「いいのっ!」
「それぐらいの価値はあるからな」
「ありがとうっ!」
私は本を3冊渡して、5千円をもらう。
3500円あれば今日と明日の食べるお金には困らなさそう。
カナの分を出しても余るぐらい。
明日、とっても楽しめそうだって思った。
「本当にいつきに優しいわね」
「お前にも優しいだろう」
「それじゃ今日は思いっきりわがまま言っちゃおうかしら」
「手加減はしろよ」
「それはどうかしらね。……ああ。邪魔になると思うから出るわね」
「2人共頑張るんだぞ」
手を振りながらお父さんとお母さんは部室から出ていく。
「やっぱり仲良しなんだね」
2人の姿が見えなくなってカナは言った。
笑顔だったけど、声は冷たかった。
「ま、まぁね」
相変わらずカナは私と地球人が仲良くするのは嫌みたいだって思った。
私とカナ。
似ているようで、どこか違う決定的なところがある。
でもその決定的な何かが私には分からなかった。
「そろそろお腹空かないの?」
私は席を立った。
「何か買ってくるよ」
「うん。お願いしようかなっ!」
今度は声も明るい感じ。
私はほっとした気分になった。
「何か食べたいものある?」
「あんまりどんな店があるか知らないから、おまかせしてもいい?」
「分かった」
カナは本当に他が何をやってるかとか興味なさそうだしね。
私もよく知らないけど。
自分達のクラスのお好み焼きとあと1つ何か買おうって思った。
廊下はなんだか賑やかで、本当にお祭りって感じがした。
静かな部室とは大違い。
あんまり待たせるのも悪いけど……。
荷物ができる前に漫画研究部に行ってみようって思った。
運んでもらったお礼とかもしたいし。
……
…………
………………
漫画研究部は部室ではなく、教室でやっていた。
何でだろうって思った。
でも入ってみるとその理由が分かった。
お客さんがとっても多い。
漫画研究部の人達はコスプレをして部誌を売っていた。
何のアニメなのかとかは分かるのと分からないのがある。
前の私なら全く分からなかっただろう。
でも今はナツミに教えてもらって見ているので、ちょっと分かる。
「部誌買いに来たの? それとも撮影?」
教室でうろうろしていると、声をかけられた。
多分、漫画研究部の人。
コスプレしてるし。
それも割りと露出多めの衣装で、よく怒られなかったなって思った。
「あの。私、天文部で……」
そう言うと
「ああっ! あなたがそうなのねっ!」
って嬉しそうな声が聞こえた。
「部誌を運んでもらったからお礼を言おうと思って」
「わざわざいいのにっ! あっ! ちなみにアタシが運んだんだよ」
「そうなんですねっ!」
部室に置いてあった紙から勝手に大人しめな人を想像していた。
なので目の前の派手な恰好な人だったとは予想外。
「あっ、ありがとうございます!」
「だからお礼なんていいって。ちょうど暇だったしね」
「あと部誌も読ませてもらいましたけど、とっても面白かったですっ!」
「そうなんだ。どれが面白かった?」
そう言われて私は面白かった2つの題名を言った。
「それアタシが書いたやつだ」
「本当ですかっ!」
「そんなに気に入ってもらえたなら嬉しいよ」
「握手してくださいっ!」
目の前にとっても面白い漫画をかける人がいる。
そのことに私は興奮した。
カナがいなくてよかったって思った。
こういうのを見るのは、あんまり好きじゃなさそう。
「受験勉強をサボってかいたかいがあったわね」
格好いい笑顔を浮かべつつ、握手してくれた。
多分、すごくモテるんだろうなって思った。
今年で卒業しちゃうのかってちょっと残念な気分になる。
「でも天文部の部誌もすごく良かったわよ」
「読んでくださったんですか?」
「もちろん。ちゃんとお金を払って買ったわよ」
「あ、ありがとうございます!」
「いいものは欲しくなるしね」
「そう言ってもらえるとすごく嬉しいです」
「あなたはどっちを担当したの?」
「私が小説を書きました。それで今部室にいるカナが絵を書きました」
「そうなんだねっ! まだ全部読めてないけど、すごく好きだよ。あの小説」
「嬉しいですっ!」
「他の部員は絵が上手しか言ってなかったけど、アタシは断然小説の方が好き」
それはお世辞かもしれない。
でもそう言ってくれただけで、とっても嬉しかった。
「これからも頑張って書いてね」
「はいっ!」
「そういえばアイコはどこにいんの?」
私にじゃなく、周りの部員に声をかけていた。
そもそも私はアイコって誰だかも分からない。
「コスプレが嫌だからって逃げました」
「あの野郎……。そのままでコスプレっぽい格好してるくせに」
「あの……アイコって?」
「この漫画を書いたやつ」
言いながら部誌を開いてくれた。
それは私が好きだって言ったもう1つの漫画。
「できたら会わせたいなって思ってね。校内放送で呼び出そうか?」
「だ、大丈夫ですっ!」
すっごく迷惑かけそうだし……。
「まぁアイコは1年だし、いずれ会うでしょ。縁があればね」
「1年生なんですねっ!」
私は驚いた。
1年生でこんなに凄いのが書けるなんて……。
「うん。来年同じクラスになるかもね」
「ちょっと楽しみです」
「色々な人出会って、話をするといいよ。みんなと仲良くはできないけど、それでもいいからね」
「そうですね」
今の私はカナと2人の殻にこもりがちになっている。
ぎりぎりナツミが近くにいるぐらい。
そういうのは駄目だって言いたいんだなって思った。
「あと進路はきちんと決めた方がいいよ。勉強も疎かにせずにね」
笑顔で私に言ってくれる。
「じゃないとアタシみたいになるからねっ!」
何って言っていいのか分からない……。
「時間取らせちゃったね。とりあえず小説書くの頑張りなさいってこと。楽しみにしてるからねっ!」
「ありがとうございます!」
私は改めてお礼を言って教室を出た。
生徒会長、さっきの先輩、それにあの漫画を書いた1年生。
この学校には本当に凄い人がたくさんいるんだなって思った。
……
…………
………………
「お待たせっ!」
私はお好み焼きと飲み物。
あとクレープを買って部室に戻った。
どうやらお客さんが来てたようで、
「ありがとうございます!」
カナが言った後、お客さんとすれ違った。
「クレープ美味しそうだから買ってきたんだ」
「本当に美味しそうだねっ!」
「イチゴとバナナどっちがいい?」
「うーん。どっちも好きだからいっちゃんが選んでいいよ」
「じゃバナナもらうね」
私はカナにいちごのクレープを渡した。
そして部誌をどかしてもらって、お好み焼きを置いた。
「お客さんはどんな感じ?」
食べながら私は言った。
なんだか食べてる時にはあんまり来ないで欲しいって思う。
なんか恥ずかしいし……。
「あんまり変わらないって感じ」
「そうなんだね」
「遅かったけど、何かあったの?」
じっと覗き込むように私を見る。
漫画研究部であったこと。
あれはあんまり話さない方がいいなって思った。
「何にしようか迷ったんだ。あと人が多くて歩きづらかった」
なんだか最近、カナに嘘をつくことが多くなったような気がする。
私はカナが好き。
でも、だから本当のことは言いづらいって思った。
「私はあんまり外に出てないから実感ないけど、盛り上がってるみたいだね」
「うん。想像以上に凄いよ」
「明日はゆっくり楽しもうねっ!」
「そうだね」
明日はカナと文化祭を回る予定。
今日以上に楽しい文化祭になるといいなって思った。




