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「おはよう、いっちゃん」


「おはよう」


9月1日の朝。

今日から二学期の始まり。

でも夏休みの間も部活で学校に行っていたので、あんまり久しぶりな感じはない。

私とカナはいつものように、並んで歩く。

9月だけれど、まだ夏って感じ。

今はそこそこぐらいだけど、昼になるととっても暑くなりそう。

早く暑さが通り過ぎないかなって私は思う。

暑さが終わるとすぐに寒さがやってくるけど。

でも暑いのよりは寒い方がいいって思う。


「あと一ヶ月だねっ!」


ってカナは言う。

あと一ヶ月なのは文化祭。

なんだかもうすぐっていう気がしてきた。


「そうだね。クラスの方も忙しくなりそう」


「いっちゃんは部誌の方を頑張らないとねっ!」


クラスでは教室でお好み焼き店をする。

男装喫茶が第一候補だったけど、2年生も同じものを企画してたみたい。

代表のじゃんけんで、私達のクラスは第2候補になった。

もっとも私はカナの言うとおり、部誌の方を手伝わないといけない。

だからあんまりクラスの方は手伝えないかもしれないし、そのことは伝えてある。

幸い夏休み中に私とカナが学校に来て、文化祭の準備をしていることを知ってる人がいた。

だから部活が優先でも仕方がないってみんな分かってくれた。


「うん。昼休みとか放課後とか頑張って書いていく」


「私も早く終わったら手伝うねっ!」


「誤字脱字見つけたりするの、お願いするかも」


「いっちゃんの書いたものならいくらでも読みたいから大丈夫!」


「ありがとうっ!」


カナが書いたものを読んでチェックしてくれるのは本当にありがたい。

自分で書いたものを読むと、どうしても斜め読みになっちゃうから。

誤字脱字が多いとやっぱり恥ずかしいし。


「でも思ったより締切が早くなったのはちょっときついね」


カナがつぶやくように言った。


「そうだね」


私はあんまり深刻にならないように返事をする。


「でも大丈夫だと思う。最近、なんだか書くコツつかめてきたしね」


実はこっそりネットで小説の書き方を勉強していた。

それで学んだのは読み返さずに、がりがりと書いていくこと。

それを読んで私はなるほどって思った。

書くのが初めての人は、書いては読み返して気になって書き直して……。

って感じでなかなか進まなくなるパターンが多いみたい。

私もきっちりそんな感じになってた。

それより出来は2の次でがりがりと書いて、後で修正するほうがいいみたい。

何度も修正できるのが文章のいいところって書いてあった。


「書いたものは漫画研究部部の先生に渡せばいいんだっけ?」


「うん。そうしたら漫画研究部部の部誌と同じところで印刷してくれるって」


「やり方を教えてくれてよかったよね」


「そうだねっ!」


私達が部誌を作ると知った先生がわざわざ部室まで来てくれた。

おっとりとした、本当に優しい先生。

きっと漫画研究部部も楽しんだろうなって思った。

そんなのがあるなんて知らなかったけど。


「でも印刷できる状態には自分たちでってことだから勉強しないとっ!」


カナは張り切った感じで言う。

私はなんとなく書いたものを渡せばいいって思ってたけど、そうじゃないみたい。

なんだかよく分からないけど、文字数とか行数とかページ数とかちゃんと決めないと駄目。

他にも色々あるそうだ。

パソコンのこととかよく分からない私はちんぷんかんぷんだった。

それに今から覚える余裕もない。

だからカナがやってくれるのは本当に嬉しかった。


「今日も頑張ろうねっ!」


「そうだねっ!」


今日は始業式だから午前中で終わる。

だから昼はずっと部活ができる。

あと一ヶ月。

少しでも面白い物がかけるように頑張ろうって思った。


……

…………

………………


体育館で校長先生の話とか聞いて、

教室で先生の話を聞いて、

文化祭の役割分担を話し合って、

部活ができる時間になった。

クラスの模擬店について話が長くなりそうそうだと思ってた。

でもそんなことはなかった。

委員長を中心に色々話し合って決める実行委員を作るみたい。

全員で話し合っても時間がかかるだけ。

それならやる気がある人で集まって、そこで色々決めようってことらしい。

なので今日はその委員の人を立候補で決めて、それで終わりだった。

事前に立候補する人は決めてたっぽい。

普通ならなかなか手が上がらずに時間がかかりそうだけど、そうじゃなかった。

多分、委員長が事前に色々動いてたなんじゃないかなって思う。

優秀な委員長のおかげですぐに部室に行けるのが嬉しかった。


「そういえば何部刷るか決めて欲しいって言ってたよ」


お弁当を食べ終えた私とカナは部活モードになっていた。

さっきまではメロンとスイカどっちが好きかみたいな話をしてた。

私がスカイ派。カナがメロン派。

どっちも好きなんだけどね。

それで今はちょっと真面目な話をしてる。

何冊作ればいいのかってことだろうけど、なんか難しそう。


「そんなに作らなくていいんじゃないかな?」


っていうのがなんとなくな私の意見だった。

そもそも天文部に来る人が少なそうだし。


「でも他の部活の部誌を置いたり、こっちも置かせてもらったりするみたい」


「そういうのがあるんだね」


そんなシステムがあるならこっちの部誌は漫画研究部に。

漫画研究部の部誌はこちらにも置くことになるのかな。

他の部活は交流とかないからよく分からないけど……。


「ちなみに漫画研究部は何冊作るの?」


「200冊って言ってた気がする」


「200冊っ!」


よく分からないけど、なんか凄そうって思った。


「漫画研究部は人数多いし、その分知り合いが買うみたいだしね」


「それならなおさら私達のは少な目でいいかもね」


「そうだね。そんなに予算もないしね」


言いながらカナは予算と作れる冊数を調べてる。


「だいたい50冊ぐらいがちょうどいいかも」


「それでだいぶ余るかもしれないね」


「余っても来年使えるから大丈夫っ!」


「それもそうだね」


そんな感じで天文部の部誌は50冊作ることに決まった。

一体どれぐらい買ってくれるのかな?

って考えても全く想像できない。

でも売り切れるってことは違う意味で全く想像できない。

完売はいかなくても、少しでも売れてほしいとは思う。

1冊はお父さんとお母さんが買ってくれるけど……。


「先生に50冊って伝えておくねっ!」


「ありがとうっ!」


それから私とカナは黙々と作業をした。

2人とも何かをしながら話をするってことはあんまりない。

だから作業中は静かな部室になる。

でも寂しいとか、そういうのはあんまりない。

絵を書く音がそこにカナがいることを教えてくれるから。

私は暑さを感じながら、ぽちぽちとキーボードを打っていった。

少しだけブラインドタッチができていることに気づいて、なんだか嬉しい気分になった。


……

…………

………………


こんなにきついんだな……。

夏休みが終わり、通常授業が始まってそう思った。

今までは小説を書いて、たまに宿題をすればよかった。

でも今は授業を受けた後に部室で小説を書かないといけない。

授業終えた後に小説を書くのはなかなか疲れる。

特に最後の授業が体育だった時は、なんだか眠くて仕方がないって感じになる。

でも私は小説を完成させるために頑張って書いていった。

あと1週間で全部書かないといけない。

1日3枚ぐらい書かないときついって計算。

急いで書いてるからタイプミスとかもたくさんある。

そこはカナが直してくれるって信じていた。

あんまり頼るのも良くないんだろうけど。

授業を受けて、放課後に3時間ぐらい小説を書いて、家に帰った時にはばたんきゅーってなってる。

だんだんと帰る時間が遅くなっていた。

今では19時を過ぎて学校を出るのが当たり前になってる。

あんまり無理しちゃ駄目よってお母さんが言う。

でも文化祭まであとあんまり時間はない。

先生に渡す日付を考えると本当にあんまりない。

今日も私は家ではだらだらと過ごして、明日書くことについて考えていた。

頭の中は部活のことでいっぱい。

書きたい文字が頭の中でぐるぐる回ってる。

天体観測以外でこんなに熱中できるものができるなんて思わなかった。

数ヶ月前の私にはとても考えられないことだろうって思う。


「疲れてるだろうからお風呂入って早く寝なさい」


「分かった」


私はのそのそっとお風呂に向かう。

カナとの待ち合わせに送れないように早く寝ないとって思った。


……

…………

………………


待ち合わせの場所。

私の家の前。

いつもはカナが待っててくれるんだけど、今日はそうじゃなかった。

カナが毎日立っているところはぽっかりと開いていた。

なんだかカナがいることに慣れすぎているせいか、変な感じがした。

それにカナに何かあったんじゃないかって、心配になった。

電話しよう。

そう思った時に、スマートフォンが着信を知らせた。

カナからだって分かった。

私は急いで画面を押した。

そしてスマートフォンを耳に当てる。


「ご、ごめんなさい……」


弱々しい声が聞こえた。


「大丈夫なの?」


「うん、風邪ひいただけ」


風邪は万病の元。

そうは言うけど、私は安心した気分になった。

それぐらいでよかったって。


「風邪ならゆっくり休まないとね」


「わたしは学校に行きたかったんだけど……」


「駄目だよっ!」


って思わず大きな声を出してしまった。

風邪を無理して悪化したら大変って思ったから。


「そうだね。いっちゃんに移しちゃいけないからね」


「それもあるけど……」


カナはいつでも私優先で考えてくれる。

でも今日ぐらいは自分優先で考えて欲しいって思った。


「今日は寂しいかもしれないけど……」


「うんうん。大丈夫」


寂しいは寂しい。

でもさすがにカナがいないからって休むほど子供じゃない。


「小説、カナがびっくりするぐらい進めておくよ」


「ありがとう。楽しみにしてるね」


カナは言った直後にこほこほと咳をする。

不謹慎かもしれないけど、なんだか咳も可愛く聞こえた。


「カナはゆっくり休むんだよっ! また明日ねっ!」


「うん。また明日」


私はスマートフォンをポケットに入れた。

久しぶりの1人の登校。

前はいつもやっていたこと。

でも想像以上の寂しさを感じる。

前はずっとこんなんだったんだな。

私はちょっとした懐かしさを感じながら学校へ向かった。


……

…………

………………


昼休み。

いつものように部室でお弁当を食べようって思った。

カナはいないけど、部室が一番落ち着くし。

私はそう決めて教室から出ようとした。

でも……


「いつきっ!」


って後ろから声をかけられた。

振り返らなくても、誰の声か分かる。

最近も3日前に電話で長話をした。

でも教室で声をかけられるのは久しぶりだった。


「どうしたの?」


私はナツミに言う。

ナツミはちょっと照れてるような感じ。

久しぶりだからかな?


「えっと今日は1人で食べるんだよね?」


「うん」


「久しぶりに一緒にご飯、食べない?」


そういえばカナと食べるようになるまでは、わりと一緒に食べてたなって思い出す。

なんだかすごく昔のことのように思える。


「いいよ」


私はそう言った。

久しぶりにナツミと食べるのもいいかもって思ったから。


「よかった!」


「……何が?」


「もしかしたら断られるかもって思ったからねっ!」


「断る理由なんてないでしょ」


「それもそうだねっ!」


「どこでも食べる? 部室に来る?」


「さすがに部外者のあたしが部室に入るのはまずいんじゃないかな?」


「それもそっか」


私はあんまり気にしない。

でもカナは嫌がりそうだって思った。

カナの嫌がることはできるだけ避けたい。


「じゃ教室で食べる?」


「そうだねっ!」


私はナツミの席まで移動して、弁当を広げた。

ナツミはパンを買ってるみたい。

変わらないなって思った。


「いつきって最近帰るの遅いよね」


食べ始めてすぐにナツミは言う。


「部活大変なの?」


「ナツミほどじゃないよ」


大変は大変だけど。


「完成しそう?」


「しなくちゃ困るしね」


「文化祭楽しみだねっ!」


「うん。いつもより楽しみ」


「そういえばさっ!」


なんだか意を決したような雰囲気があった。

何を言われるんだろう。

思わずそう身構えてしまうぐらいに。


「ラングドシャありがとっ!」


そしてナツミが言った。

なんだか気が抜けてしまう言葉だった。

なんだか今更って感じもするし……


「……それ電話でも聞いたんだけど」


渡したその日に電話をもらっていた。

本当に嬉しそうな感じの声で、あげてよかったなって思ったことを覚えてる。


「本当に嬉しかったから直接も言いたかったのっ!」


「それなら今までも何度もチャンスあったでしょ」


「それはそうだけど……」


ナツミの口調がごにょごにょって感じになる。


「ほら今まではずっとカナさんが一緒だったし」


そういえばカナは誰かにお土産をあげるのがなんか嫌そうだったと思った。

それを考えると、ナツミが教室でお礼を言ってこなかったのはよかったことだった。

でもそれはこっちの事情。

ナツミはそんなこと知らないはずだって思った。


「でもなんでカナがいると言えないの?」


不思議に思って私は聞いた。


「そ、それは……」


「カナとなんかあったの?」


カナと喧嘩した。

っていうのはあんまり考えづらい。

ナツミは意外と空気読むから、カナが嫌がることはしないはずだって思った。


「えっとね。前に机の中に手紙が入ってたんだ」


「手紙?」


「いつきと仲良くしたら呪うって」


なんだか背筋が冷たくなった気がした。

呪う……。

私はあんまりそういうの信じてなけど、そう書かれた紙が入ってたら嫌な気持ちになる。


「他にも何人かが同じ手紙もらってたんだ」


「それって球技大会の後ぐらい?」


「うん。そうだよ」


だからあの後、教室で話しかけられたりすることが少なくなったんだなって思った。


「それやったのカナだよね?」


むしろカナ以外にそうする人が思いつかない。

カナなら理由がある。

私を守るためっていう。

カナは私に忠告する裏でそんなことをやってたんだ。

ありがとうって思うべきなのか、ちょっと分からなかった。


「多分ね。どこまで本気か分からない。でもカナさんって有言実行するタイプだし……」


「ナツミも怖かったりするの?」


「ちょっとだけね。でもカナさんを嫌いになったとかはないけど」


「だから教室では話さずに、電話をするようになったんだ」


「うん。こそこそするのもあんまりよくないって思ったけど……」


「思ったけど?」


「いつきとは仲良くしたいって思ったからね」


「つながりとか大事にするんだね」


ナツミは友達がたくさんいる。

だからトラブルになることを覚悟してまで、私と友達で居続ける必要もないのにって思った。

でもそこがナツミのいいところなんだろう。


「うん。でもカナさんに好かれてるんだね。いつきって」


「まぁねっ」


「羨ましいっ!」


「ナツミはカナの好みじゃないからっ!」


「ショックっ! もっといつきみたいになればいいのかな?」


「私みたいってどういうの?」


「髪を短くしたりっ!」


「……ナツミは似合わないと思うよ」


「そっそうかな……」


「それに今のが可愛いって思うしね」


「…………」


「どうしたのよ?」


「いつきってなんか本当に天然だよね」


「天然じゃないしっ! しっかりしてるつもりなんだけど」


「そういう意味じゃなんだけど……」


またごにょごにょってナツミは言う。

言ってることは分かるけど、意味はよく分からなかった。


「どうかしたの?」


「何でもないっ!」


「何急に怒ってるのよ」


「怒ってないからっ!」


「それならいいけど」


よく分からないのがナツミ。

今日のナツミはいつも以上によく分からなかった。

でも一緒に食べるお昼ごはんはやっぱり楽しい。

カナがいない寂しさを埋めてくれるぐらいに。


「そういえばさ、カナさん関連のことカナさんに言わないでね」


お昼休みが終わって、席に戻ろうとした私にナツミが言う


「分かってるって」


もちろん言うつもりはない。

言っても揉め事が増えるだけだし。


「これからも夜に電話していいよね」


「当たり前じゃない」


「カナさんにばれないようにねっ!」


「できるだけね」


とは言ったけど履歴を消すぐらいはしてもいいかなって思う。

ナツミはカナが呪うっていうのを怖がってるみたいだし。

ナツミが呪われるところもちょっと見てみたい気もするけど……。


お昼ごはんどこで食べた?


席に戻ってスマートフォンを見るとカナからメールが来てた。

私は少し迷って

部室で食べたよ。

って返事をする。

誰かと付き合ったこともないのに、なんだか浮気しているような気分になった。

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