34
文化祭が始まって1時間と少し。
部室にいるのは私とカナとアイコ。
予定通り私達が今日の担当で。
1年生達は始まってすぐに部室から出ていった。
午前中は3人で学校を回るみたいで。
どこに行こうとか何を食べようとか。
そんなことを話しながら。
今頃はきっと……って。
3人が文化祭を楽しんでるなって想像できて。
私も部室にいるだけで何だか楽しい気分になれる。
それに……。
こうやって部室にいるだけでも。
部誌を買いに来てくれる人がいるから。
しっかりと文化祭に参加してるって気分になれるのが嬉しいよね。
今年も私達が作った部誌を買いにここまで来てくれる人がいる。
私の知り合いだったり、そうじゃない人だったり。
みたないことを去年も考えた気がする。
そして今年はいつもより……。
「なんだか去年より人が来てるわね」
ふうって息を吐きながらアイコが言う。
さっきまで4人ぐらい同時に部誌を買いに来てくれたから。
ちょっと一段落って感じだった。
「そうだよねっ!」
ってカナも同意する。
カナはもらったお金を計算して合ってるかどうか確かめてるみたい。
「何だかちょっと忙しいぐらいだもんねっ!」
「それだけ天文部の知名度も上がったってことだわ」
「やっぱり夏休みの天体観測のおかげだよね」
私は持ってるペンをくるくるって回す。
12月の合宿でアイコに教えてもらってから。
暇な時とかに練習したりしてた。
だって、やっぱり格好いいよねって思ったから。
あの時のカナよりも上手じゃないけど。
それなりに回せるようになって嬉しい。
そんな風にくるくるってペンを回す私を見ながら。
アイコはいたずらっぽく微笑む。
「いっきもあれで有名になったじゃない」
「有名ってほどじゃないと思うけど」
「さっきもサインを求められたじゃない」
「それは……そうだけどね」
2人の人にサインをお願いされた。
2人ともあの時の天体観測の時にいた人みたいで。
私も名前は分からないけど。
なんだか見覚えがある顔だなって思ってた。
まさかサインを頼まれるって思ってなかったから。
ただ名前を書くだけのシンプルなサインを私は部誌の表紙に書いた。
それだけでも何だか緊張したし。
私が書く間、アイコとカナが見てたから。
本当にドキドキしながらサインを書いた。
でもサインを書いた後に……
「ずっとずっと大事にしますっ!」
って言ってくれて。
とっても嬉しそうにしてくれたから。
私もとっても嬉しい気持ちになれた。
天体観測からちょっと人気が出たって。
くるるから聞いた時はあんまり実感なかったし。
本当かなって疑ってたぐらいだけど。
本当に私のことを好きだっていう人がいるんだねって分かって。
やっぱりそれもとっても嬉しい。
「何をにやにやしてるのよ」
「にやにやしてた?」
「かなりね」
どうやら嬉しい気分を思い出して表情が緩んでたみたい。
「気をつけないとファンから幻滅されるわよ」
「大丈夫だよっ!」
お金を数え終わったみたいで。
カナはお金を入れてる箱の蓋を閉める。
「そういうところもいっちゃんのいいところだからねっ!」
「カナの意見は参考になわないわよ」
にやりってアイコは微笑む。
「だってカナから見たらいつきの全部がいいところだからね」
「いっちゃんにはいいところしかないからねっ!」
カナもとっても嬉しそう。
私もやっぱり。
カナにそう言ってもらえるのは嬉しいなって思う。
「そんなに好きならカナもサインもらえば?」
「書いてくれるなら絶対に欲しいかなっ!」
「だそうよ」
って言いながら。
やっぱりアイコは嬉しそうに微笑む。
でも……。
そんな姿が凄く楽しそうに見えて。
私は嬉しいなって思えた。
去年のアイコはずっと仏頂面で座ってるだけだったから。
アイコも変わってきてるんだなって思う。
今年はちゃんと買いに来てくれた人とお喋りをしたりしてるしね。
「私のでよければ」
私は一冊の本を取って。
2人に書いたようにサインを書く。
3回目だからかも。
相手がカナだったからかも。
そんなに緊張せずに書くことができた。
さらさらって感じで。
「これでいい?」
「うんっ!」
差し出した本を。
カナはとっても大事そうに受け取る。
「何だか一気に宝物になったって感じがするっ!」
目をキラキラさせながら言うカナ。
こういう時のカナはなんだか大げさだよねって思うけど。
やっぱり喜んでもらえるのは嬉しい。
「アイコも書いてあげようか?」
「すっかり有名人気取りね」
「いらないならいいけど」
「いらないとは言ってないわ」
言いながら。
アイコは一冊の部誌を私に差し出す。
「せっかくだから貰ってあげるわ」
「せっかくだからね」
部誌を受け取って。
サインを書きながら、私は思う。
私も2人から……。
ううん。
みんなにサインを書いてもらおう。
そして……。
ずっとずっと大事にするような。
何かあった時に見返すような。
そんな宝物にしようって。
……
…………
………………
「お待たせっ!」
がらって扉が開いて亜里沙が部室に入ってきた。
隣には私が知らない人。
多分、軽音部の人なんだろうなって思う。
その人は入り口のところで立ち止まってて。
こっちの方までは来ないみたい。
「今年は遅かったわね」
亜里沙が近くまで来てアイコが言った。
去年はだんまりだったのに。
今はちょっとだけ仲良しになったよね。
「お腹が空いてたからお好み焼きとか食べてきたっ!」
「そうなんだね」
そういえば少しお腹空いたなって思う。
お母さん達が何か買ってきてくれる予定だから。
それまで我慢しなきゃだけど。
「お好み焼き美味しかったっ?」
「美味しかったけどお母さんのの方が美味しいっ!」
「お好み焼き作るの上手なんだね」
「関西人だからねっ!」
「やっぱり関西人はそういうのが好きなんだね」
「嘘だけどっ!」
「……微妙な嘘をつかないでよ」
「ついうっかりっ!」
「うっかりして言うような嘘でもないと思うわ……」
言いながらアイコはため息をつく。
亜里沙と話してるときのアイコは。
よくため息をつくことが多い。
亜里沙は呆れちゃうようなことをよく言うからね。
そうしたくなる気持ちはよく分かる。
「これが今年の新刊だわ」
「おおっ! これが噂のっ!」
「噂になってるの?」
「あたしの中でねっ!」
……まぁ人気になったって言っても。
あの天体観測に来た人達の中でって話だからね。
きっと天文部があること自体を知らない人が多いって思う。
「それで今年は……」
ってカナが説明する。
「データ販売もしてますがどちらにしますか?」
「データ販売?」
言いながら私を見る亜里沙。
あんまり話したことがないカナより。
私の方が聞きやすいって思ったのかも。
「スマートフォンやパソコンで見れるようにデータを送るの」
本当は持ってきてもらったUSBメモリとかでもいいんだけど。
亜里沙がそういうのを持ってないのは分かってる。
「それじゃこのスマートフォンで部誌が読めるの?」
「そんな感じ」
「ハイテクだねっ!」
「うん。便利だよね」
データでも販売するって提案したのは景子ちゃん。
景子ちゃんがそういう提案をするのは珍しいことだったけど。
すぐにとっても便利って気づいて今年からするようになった。
説明するとそっちの方がいいって選ぶ人も思ったよりいる。
本の部誌が500円、データの部誌が300円で少しお得だしね。
「亜里沙はどうする?」
「あたしはデータにしようかなっ!」
「それではこのQRコードを読み取ってください」
言いながらカナは自分のスマートフォンを出す。
画面にうつってるのはQRコード。
これを読み取ればファイルをダウンロードできる。
仕組みとかはよく分からないけど本当に凄いよねって思う。
こういう作業は千歳さんがしてくれた。
「これでいいかなっ!」
何かでQRコードを読み取ったことがあるみたい。
亜里沙は手慣れた感じでスマートフォンを操作して。
「ダウンロードできたっ! これでいつでも部誌を読めるねっ!」
「本当に読んでる?」
疑いの目で亜里沙を見るアイコ。
「あんたが活字を読むってイメージできないんだけど」
「文字ぐらい読むからっ!」
「私がおすすめの本を教えたりするしね」
「作詞の勉強にねっ!」
「それじゃ昔の部誌もデータ販売してるからついでに買っていけば?」
「そっちもあるんだっ!」
「うん。データだからやろうと思えばずっと販売できるからね」
そういうのもデータ販売のいいところだよね。
でも……。
ずっとなくならないのもそれはそれで恥ずかしいけど。
「それじゃ買っちゃおうかなっ!」
「でも去年、買わなかった?」
「データなら無くさないしねっ!」
「消失することはあるわ」
「その時はその時っ!」
「バックアップぐらい取りなさいよ」
「やり方分からないっ!」
「……後で教えてあげるわ」
「やったねっ!」
「それじゃ買ってくれるの?」
「もちっ!」
「ちょっと待ってください」
言いながらカナはスマートフォンを操作して。
また違うQRコードを画面に表示させた。
そして亜里沙もぱぱって操作してファイルをダウンロードする。
「明日、最後のライブだね」
ダウンロードを終えて。
スマートフォンをポケットに入れた亜里沙に言う。
「みんなの前でっていうと最後だねっ!」
「頑張ってね」
「頑張るっ!」
言いながら明るく笑う亜里沙。
「夏休みで新曲もできたからねっ!」
「そうなんだね」
「今ままでで1番の名曲っ!」
「それは楽しみ」
「いつき達も頑張ってねっ!」
「それなりにね」
「それじゃ待たせてるからっ!」
「うん」
「またねっ!」
「またね」
亜里沙はくるって回って扉の方へ歩いていく。
亜里沙の新曲。
とっても楽しみだなって思った。
……
…………
………………
もうすぐプラネタリウムの鑑賞会。
だから1年生3人も部室に戻ってきて色々と準備をしている。
私もちょっとだけお手伝い。
椅子を並べたりプラネタリウムを置いたり。
ちゃんと光るかをこっそり確かめたり。
そんな準備をみんなでして。
始まる十分前には準備を終えることができた。
「思ったより人が来てますね……」
原稿を読み返しながら奈央ちゃんが言う。
私も周りをちらって見回して。
確かにそうだよねって思う。
ポスターのおかげか、あの時の天体観測のおかげかは分からないけど。
部室には20人を超える人が集まってる。
こんなに部室に人が集まったのは初めてのことで。
なんだかとっても部室が狭く見えて。
いつもの部室とは違うように見えて不思議だなって思う。
見に来てる人の中にはお父さんとお母さんもいて。
買ってきてくれた食べ物は部室のすみに置いてる。
終わった後でみんなで食べる予定。
色々なところを回ったみたいで、様々な食物がある。
文化祭を満喫してるんだねって思った。
他にも知ってる人は。
ナツミとたまこは当たり前として……。
今日も美香と川島さんが来てるのがなんだか以外だった。
きっと川島さんがこういうのが好きなんだろうって思う。
それにしっかり付き合う美香は本当に面倒見がいいよね。
あと……。
胡桃ちゃんが来てくれてるのが凄く嬉しいなって思う。
胡桃ちゃんは部室のはしの方にいて。
私を見て小さく手を振ってくれた。
私は胡桃ちゃんと恋人になれないって言ったのに。
それでも普通にお喋りとかしてくれる。
こうやって部室に来てくれる。
そんな胡桃ちゃんは本当に優しいよねって思う。
「そろそろ時間よ」
原稿を見てる奈央ちゃんに千歳さんが言う。
「準備はいい?」
ぼそりと呟くような言葉に。
奈央ちゃんは小さく頷いて原稿をポケットに入れる。
もうすぐプラネタリウムの鑑賞会が始まる。
私の役割は奈央ちゃんの合図でプラネタリウムのスイッチをいれるのと。
終わった後に作った星座とかの説明をするだけ。
入部して奈央ちゃん達が頑張って作ってきたプラネタリウム。
気に入って買ってくれる人がいたら凄く嬉しいなって思う。
だから……。
少しでも興味を持った人に頑張って説明とかしよう。
そう私は意気込む。
「電気を消しに行くわよ」
「うん」
千歳さんが入り口の方へ静かに歩いていく。
合わせてカナと景子ちゃんが窓のカーテンを閉めた。
これで電気を消せば部室もだいぶ暗くなる。
本当にもうすぐ始まる。
やっぱりドキドキする私。
奈央ちゃんは私の何倍もドキドキしてるんだろうなって思う。
奈央ちゃん、頑張ってね。
私は心の中で応援しながら。
千歳さんが電気を消すのをじっと待った。
……
…………
………………
「緊張しましたー」
ほっとした表情を浮かべながら。
奈央ちゃんは焼きそばを食べてる。
私が食べてるのはお好み焼き。
亜里沙の話を聞いて食べたいなって思ったから。
今はカナとアイコが店番をしてくれてる。
私が食べ終わったらアイコと交代するって感じ。
亜里沙が言った通りお好み焼きは美味しかった。
チーズ入りなのが私好みだよねって思う。
「でもプラネタリウムもちゃんと売れて良かったじゃない」
千歳さんはフライドポテトをつまんでいる。
あんまりお腹が空いてないから。
フライドポテトだけで十分だって言ってた。
逆に景子ちゃんはたくさん食べてる。
黙々と食べてる。
たくさん食べるからあんなに身長が高いのかなって思う。
食べたものが身長になるのは凄く羨ましい。
「さっきの分のプラネタリウムは全部売れたんでしょ」
「うん。まさか全部売れるとは思わなかった」
「それだけ鑑賞会が良かったんだよ」
暗い部室に明るく見える光。
手作りのプラネタリウムが作る星座。
何だか実物よりもあったかい気がして。
奈央ちゃんの説明とも凄く合ってて。
本当に綺麗だったなって。
目をつむったらはっきり思い出せそうなぐらい。
あれを見ちゃうと。
プラネタリウムが欲しいって思うのも当然だよねって思う。
「売れたのはいつき先輩のおかげですよっ!」
って奈央ちゃんは言うけど。
私はちょっとお手伝いをしただけ。
私の説明を聞きたいって人に。
うつってる星座のこととかをお喋りしただけ。
自分がしたいことをしただけだよねって思う。
だから私は言う。
「そんなことないよ」
って。
「こんなに人が来てくれたのも、プラネタリウムを買ってくれたのも3人のおかげ」
もし、1年生がいなかったら。
今年もきっと自分たちだけで天体観測をしてた。
プラネタリウムもこんなには作ってなかった。
ただ部誌を売るだけの文化祭になってた。
「今の天文部を作ってるのは3人なんだから胸をはっていいと思うよ」
お母さんとお父さんに。
自慢の後輩を紹介できてとっても嬉しかった。
「ありがとうございます」
千歳さんがペコリと頭を下げる。
「そう言ってもらえると凄く嬉しいです」
「本当にいい部活に入ったよねっ!」
千歳さんと景子ちゃんの顔を見ながら。
奈央ちゃんが笑顔で言う。
「ウチ、先輩達の後輩になれて凄く嬉しいですっ!」
奈央ちゃんの言葉に。
千歳さんと景子ちゃんも同意するように頷いた。
私は不意に溢れそうになった涙をぐっと我慢した。
「奈央、何だかもう終わりみたいな感じで言ってるけどあと2回あるのを忘れないように」
「分かってるってっ!」
うん、そうだよね。
千歳さんの言う通り。
まだ文化祭は終わってない。
むしろこれから始まるといっていいかもって思う。
午後からも、明日も。
まだまだ文化祭は続く。
でも……。
数年後も思い出せるような出来事。
もういくつもできちゃったよねって思った。




