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ある日の出来事。
「確認できました」
放課後の部室。
ノートパソコンから顔を上げて千歳さんが言った。
今度の文化祭で出す文集
「ひとりぼっちの天体観測」
の第三号の原稿。
昨日やっと書き終えたから千歳さんにチェックしてもらった。
原稿を見てもらうのはやっぱりドキドキする。
「どうだった?」
「誤字脱字も少なかったですし修正に時間はかかりませんでした」
「それは良かった」
って私は安心する。
千歳さんにチェックしてもらったのは。
誤字脱字とか文章の揺らぎとか。
そういうのが中心。
自分で読んでもなかなか見つけれないことだから。
千歳さんみたいなしっかりした人に読んでもらえるのは安心感がある。
「出来上がった後に誤字脱字を見つけると嫌な気分になるからね」
「本にすると直せませんもんね」
「うん。でもいくら読んでも出てきちゃうんだよね」
何度か読んで確認しても。
これで大丈夫って思っても。
出てきちゃうから不思議だって思う。
「そんな時は声に出して読むのがいいらしいですよ」
「誤字脱字を探すのに?」
「はい」
声に出して読む……。
確かにそれなら読み飛ばしとかなくて。
普通の黙読するより見つけやすいかもって思った。
「今回はそうやってやりましたが確かに漏らしは少なくなると思います」
「私の原稿を声に出して読んだの?」
「はい。というか自分のはやってないです」
「私のだけ声に出して読んだんだ……」
「だって自分が書いたのを声に出して読むって何だか恥ずかしいじゃないですか」
「それはそうだけど……」
私の原稿を声に出して読まれると思うと。
何だか凄く恥ずかしいって思ってしまう。
チェックを頼んでいて贅沢かもだけど。
部室ではあんまりしてほしくないなって……。
「でもおかげで完璧とは言えませんがそれに近くなったと思います」
「本当にありがとね」
「これも私の役割ですから」
私達は受験があるからって。
原稿に集中してほしいって言ってくれて。
他の作業は1年生がほとんどやってくれてる。
本当に助かってるなって感謝してる。
私も、カナも、アイコも。
「それにいち早くいつき先輩の原稿を読めるのは嬉しいですしね」
そう言いながら。
私に嬉しそうな表情を見せてくれる。
千歳さんの笑顔はなかなか貴重。
クールな千歳さんはあんまり表情が変わらないからね。
だから……。
笑顔になってくれるってことは。
本当に嬉しいんだなって分かって。
私もとても嬉しい気分になる。
「今回のも凄く好きな作品でした」
「そう言ってもらえるととても嬉しいな」
今回書いたのは。
宇宙旅行。
っていうシンプルな題名の小説。
格安宇宙旅行に申し込んだ女の子が主人子。
貨物船の狭い部屋に見知らぬ4人と一緒に宇宙旅行をする。
食事も保存食だったり。
立ち寄るのも地味な場所だったり。
寝る場所もてきとう。
そんな快適とはいえない宇宙旅行だけど。
狭い部屋の中で色々な話をしたり、遊んだり。
たまには喧嘩したりして。
最初は他人だった人とも仲良くなっていく。
そして……。
それぞれにこの宇宙旅行に参加した理由があって……。
みたいな感じのお話。
ずっと書こうって思ってたから。
書き始めてからはそんなにつまらずに書くことができた。
「千歳さんのもすごく良かったよ」
「ありがとうございます」
「千歳さんは本当に文章書くのが上手だなって思う」
何だか本当に文学!っていう感じ。
そういうのは私は上手く書けないから。
格好いいなって思っちゃう。
「私の文章は硬いですし……」
でも……。
千歳さん自体は自分の文章に不満もあるみたい。
「少し読みづらいという自覚もあるんですよね」
「そういうのは自分では分からないもんね」
そういうのも誤字脱字とかと一緒。
自分で書いたものの欠点とかは。
自分じゃ分かりづらいことが多い。
だから他の人に読んでもらうのが大事なんだなって思う。
「でも私は千歳さんの文章、好きだよ」
「ありがとうございます……」
ちょっとだけ顔を赤くして。
つぶやくように千歳さんは言う。
「いつき先輩の言葉はやっぱり強いですね」
「そうかな?」
「そうですよ。だから……」
そう言ったけど。
千歳さんの言葉は止まってしまった。
「どうかしたの?」
「いえ。何でもないです」
こほんって1回。
千歳さんは小さく咳をする。
「でもこれで残るは奈央の原稿だけですね」
「そうだね」
何だかはぐらかされたけど。
私はそのまま会話を続ける。
ちょっとは気になったけど。
そういう追求とかはあんまり得意じゃないしね。
「奈央ちゃんも頑張って書いてるんだけどね」
「奈央は文章書くの苦手ですから」
「だよね」
文章を書くのは苦手でも。
奈央ちゃんにはそれを上回るいいところがある。
その奈央ちゃんのいいところで。
天文部はすごくいい方向に向かってる。
「でも最初よりはずっと良くなりましたよ」
「うん。アイコのチェックが厳しいもんね」
「ですね」
がちゃりって音が聞こえた。
そして続けて扉が開く音。
「遅くなりましたっ!」
そして入ってきたのは奈央ちゃん。
急いで来たのかも。
ちょっと顔が赤いなって思った。
奈央ちゃんはたったったって感じで。
軽やかに私達の近くまで移動する。
「文化祭の準備って本当に大変ですねっ!」
「クラスの準備してたの?」
「はいっ!」
言いながら奈央ちゃんは机に鞄を置く。
「お化け屋敷をするんですけど衣装作りとか大変ですっ!」
「奈央ちゃんもお化け役するの?」
「ウチは部活の方に出ますので当日は受付をちょっとですっ!」
「そうなんだね」
「だからその分だけ準備を手伝いますっ!」
「原稿も早く完成させて欲しいところね」
「分かってるってっ!」
言いながらVサインを作る。
「次は多分OKもらえる予定だからっ!」
「多分でしかも予定ってずいぶんとアバウトね」
「まぁアイコも締め切りを考えてるだろうからそこらへんは大丈夫だよ」
「そうだといいんですが……」
「そういえば景子ちゃんは?」
「けーちゃんもクラスの出し物をするって言ってましたっ!」
「ポスターを作るらしいです」
「景子ちゃん、絵上手だもんね」
天文部のポスターも書いてもらう。
挿絵もあるし大変そうかなって思ったけど。
頑張るって景子ちゃんが言ってくれたから。
きっと大丈夫だろうって思う。
実際、部活で使うポスターは夏休みの間に書いちゃったし。
挿絵の方も1番最初に書き上げてた。
イラストならアタシよりずっと上だわ。
みたいな感じで。
アイコが景子ちゃんのことを褒めてたのが何だか印象に残ってる。
ただイラストを書くのは上手だけど。
漫画の方は凄く苦手みたい。
そういう得意不得意もあるんだなって思った。
「そういえば奈央はこれもあるからね」
ちょっと意地悪そうな表情を浮かべて。
千歳さんが紙を奈央ちゃんに渡す。
「プラネタリウム鑑賞会の原稿」
「こんなにあるのっ!」
「鑑賞会は全部で6回あるから全部違うのにしたわ」
「そんなところに労力使わなくていいのにっ!」
「そうしないとリピーターが来ないじゃない」
「でもこれ全部覚えないといけないんだよね……」
「当たり前」
千歳さんの目がきらりと光った気がした。
「書くのも凄く苦労したんだから奈央も頑張りなさい」
「ちーちゃんの意地悪っ! 鬼っ!」
部室に楽しそうな声が響く。
部室はすっかり1年生の部屋になってるけど。
そういうのもいいよねって思えることが。
とっても幸せだなって思った。
……
…………
…………………
ある日の出来事。
「本当っすよっ!」
くるるが言う。
「いつき先輩の人気が急上昇してるっすっ!」
今月ははくるるが忙しいってことで。
いつものインタビューはお昼休みの時間にってことになった。
部室には私とカナとアイコとくるるがいる。
インタビューはお弁当を食べ終わっての予定だから。
今はゆっくりとしたお喋りの時間。
そんな時にくるるが言った。。
新聞部がやってる人気投票で私に票が入ってるって。
「本当に?」
私を見ながらアイコが言う。
「何だかとても信じられないんだけど」
「わたしはそうなるのも分かるけどねっ!」
っていうのはカナ。
「だっていっちゃんって素敵だからっ!」
「それはカナの視点を通してるからよ」
「アイコさんはいっちゃんを素敵だって思ってないの?」
「そうは言ってないわ」
「それじゃ私のこと素敵だって思ってるんだね」
私の言葉にアイコは嫌そうな表情。
私はアイコのことを素敵だなって思ってるのに。
「まぁそれなりに小説書くのうまいとは思ってるわ」
っていうアイコは。
やっぱり素直じゃないよねって思う。
「でもいっきってそんなに目立つタイプでもないじゃない」
「それはそうだよね」
私もアイコと同じことを思う。
人気投票で票を入れてくれるのは凄く嬉しい。
でも……。
もっと目立って格好いい人はいくらでもいそうなのになって思う。
私って凄く地味な方だしね。
「何かきっかけとかあるわけ?」
「あれっすよっ!」
「あれ?」
「天体観測っすよっ!」
「夏休みのねっ!」
カナが納得したように言う。
「それなら何だか分かる気がするっ!」
「そうかな?」
あの時は確かにみんなの前で星の説明とかをした。
でも……。
それだけといえばそれだけだよね。
「確かにそうね」
ってアイコも頷く。
「実際、それを見ていつきに告白した人もいるぐらいだしね」
「いつき先輩っ! 告白されたんっすかっ!」
「う……うん」
身を乗り出して言うくるるに。
思わず圧倒されてしまった。
「それは知らなかったっすっ! 誰かは気になるけど…‥駄目っすよね」
「それはさすがにね」
「でも1年生か2年生ってことは分かるっすよっ!」
「うん。正解」
「何で分かったの?」
「天体観測に参加したのがほとんど1年生と2年生ってことでしょ」
「そうっすっ!」
「やっぱりあの時のいっちゃんは素敵だったもんねっ!」
「星をロマンチックに語る姿で好きになったって人が多いみたいっすっ!」
胡桃ちゃんもそんなことを言ってくれたのを思い出す。
でも……。
そんなにロマンチックに話してるかなって思う。
自分じゃ普通に話してるつもりだから。
「ところでその告白には……」
「断ったよ」
自分でもびっくりするぐらいに。
あっさり言えたって思った。
「告白してもらえたのはとっても嬉しかったんだけどね」
「そうなんっすねっ!」
言いながら嬉しそうに微笑む。
「くるるの友達もいつき先輩の大ファンがいるから喜ぶと思うっすっ!」
「そんなにいっきがいいのかしらね」
言いながらじろじろ見てくるアイコ。
「アイコだって私のこと大好きでしょ」
「いっきがアタシのことを好きなぐらいにね」
「それじゃ大好きってことじゃない」
告白してもらえた影響で。
何だか恥ずかしくなったやり取りも。
今じゃ普通にできちゃう。
何だかあの日の出来事も過去になったんだなって。
ちょっとだけ悲しい気分にもなる。
「その子はね……」
カナが言う。
何だか恐る恐るって感じで。
「いっちゃんに告白しそうな雰囲気ってあるのかな?」
「今のところはないっすねっ!」
「そうなんだね」
それを聞いて私は安心した。
好きって言ってもらえるのは嬉しい。
告白してもらえるのは幸せなことだって思う。
でも……。
またああいう風に悩むのも疲れちゃうよねって。
そう考える私はやっぱり冷たいのかな?
「遠くから眺めてるだけで満足って言ってたっすっ!」
「でもそういう人ばかりじゃないし、その人も気持ちも変わることだってあるわね」
「そうなんだよね」
なぜだか2人の口調はとっても真剣だった。
「それじゃそろそろ本題に入るっすっ!」
そんな2人に気づいてない感じでくるるは言う。
「今月もよろしくお願いするっす!」
言いながらお弁当箱を片付けて。
机にいつものノートパソコンを置く。
「あっ。私達は邪魔にならないように少し離れるね」
「そうね。それがいいわね」
近くにいてもいいのに。
そう思ったけど……。
言う前にカナとアイコは少し離れた場所に移動する。
そこで私達に聞こえないぐらいの声で。
2人でなにか話を始めた。
「それで今月のテーマは……」
くるるは気にしてない感じで。
いつものように言う。
私はいつものように話を始めたけど。
部室のすみで話をしてる2人が気になった。
だって2人の表情がとっても真剣だったから。
多分、雑談なんだろうけど。
もしかしたら私に聞かれたくないようなのかも。
そんな感じがなんとなくした。
でも……。
どんな内容のことなのかはさっぱりだよねって思った。
……
…………
………………
ある日の出来事。
「悩んでるの?」
って私は亜里沙に声をかけた。
3時間目の休み時間。
次の授業は英語だからちょっと楽しみ。
「色々パンフレットもらってきてるみたいだけど」
亜里沙は自分の机に専門学校のパンフレットを広げてる。
ノンジャンルっていうか……。
何だかまとまりがないっていうか……。
そういうのが何だか亜里沙らしいといえばそうなんだけどね。
「そうなんだよっ!」
ばって感じで。
パンフレット達から顔を離して私を見る。
「何だかどれもいいなーって思ったってさっ!」
言いながら亜里沙はため息をつく。
「夏休みはたくさんオープンキャンパスに行ったんだけどっ!」
「みたいだね」
「先輩たちを見るとやっぱりみんな格好いいっ!ってなっちゃって」
「うん。私でもそうなるって思う」
夢に向かって頑張る人はやっぱり凄く格好いいもんね。
「だからすごーく悩んでる感じっ!」
「亜里沙が進路について真剣に悩むなんてね」
「あたしも成長したってことっ!」
「みたいだね」
来年の今頃は専門学校で頑張ってるんだよね。
そう思うと何だか不思議な気がした。
「今日の放課後、先生に相談に乗ってもらうんだっ!」
「いいところが見つかるといいね」
「来月中に見つけたいねっ!」
言いながらにかって笑う。
「でもその前に文化祭のライブ頑張らないとっ!」
「最後の文化祭だもんね」
「だからバッチリ決めたいんだっ!」
「ライブ、見に行くからねっ!」
「うんっ! いつきのおかげで上達した歌詞を聞かせてあげるっ!」
「凄く楽しみだよ」
軽音部のライブだけじゃない。
本当に今度の文化祭は楽しみなことがたくさんある。
今からすっごくどきどきしてるぐらいに。
早く文化祭が来てほしい気持ち。
ずっとこの時間が続いてほしい気持ち。
何だか複雑な日が続いていくよねって思った。




