72
ある日の出来事。
放課後。
私は1人で部室にいた。
何もしないでぼんやりしてる。
……正確に言うと考え事をしてる。
時計を見ると4時を過ぎたぐらい。
もうすぐかな。
そう思ってるとちょうど聞こえた。
扉をノックする音。
「入っていいよー」
って私は言う。
扉の向こうにいるのは誰か分かってる。
今日は約束してたから。
「し……失礼します」
そう言いながら入ってくるのはくるる。
少しおずおずした様子。
静かに扉を開けて、静かに入って、静かに扉を締めた。
「そんなに緊張しなくていいのに」
そんな様子のくるるが何だかおかしくて。
思わず笑みが出てしまう。
くるるは普段はとても明るい。
でも時折、見せてくれる姿がある。
本当は凄く真面目で内気な性格なのかもしれない。
「久しぶりだから緊張するっすよ!」
今度は明るい声で言った。
部室に入ったから気合を入れたのかも。
私はどっちのくるるも好きだなって思った。
「そういえばここに来るのは久しぶりだね」
思えばこうやって顔を合わせるのも久しぶり。
電話ではよく話をしてた。
だからあんまり久しぶりって感じはしなかった。
「でも本当にいいっすか?」
「うん。カナがぜひ呼んで欲しいって言ってたんだ」
「カナ先輩が……」
「だから遠慮しないで座っていいよ」
くるるはカナを怖がって部室に来てなかった。
直接何かをされたってわけじゃない。
大部分の原因は一三屋先輩が大げさにカナのことをくるるに伝えたこと。
でも……来ないで正解だったかもしれない。
そういえば一三屋先輩ももうすぐ卒業。
たまに学校で見るけど話したりはしなかった。
今度会えたら話しかけようって思った。
そんな考え事をしてる間に。
くるるは音をたてないように椅子をひいて……
「失礼します」
と言って椅子に座った。
とても丁寧な感じ。
きっと新聞部で言われてることなんだろうって思う。
「カナ先輩は?」
「料理部の方に行ってる」
といっても料理部に入ったわけじゃない。
お菓子を作るために場所を借りる。
そのかわりに片付けとかを手伝うって言ってた。
カナが行くのはたまこも喜んでた。
「えっと気を使ってくれたんでしょうか?」
「それもあるかもね」
私もくるるに説明するのを聞かれるのはやっぱり恥ずかしいって思う。
「だから今日はゆっくりしていっていいよ」
「ありがとうございますっす!」
くるるはやっとリラックスしてくれた。
「あっ!」
そして持ってた鞄をあさる。
それなりに大きな鞄。
でも色々な物が詰めてあるのかパンパンになってる。
取り出したのはノートパソコンとお菓子と飲み物。
「部長が持って行けって言ってたっす!」
そう言ってお菓子を開け、ジュースの蓋を開け、私に差し出す。
「どうぞ受け取ってくださいっす!」
開けられたら断るわけにもいかないよね……。
「うん。ありがとう……」
私はさらるがままって感じで。
くるるから……新聞部からお菓子とジュースをもらった。
きっとこうするように言われてるんだって思う。
お菓子はきなこがついてるふんわりした食感が独特なもの。
ジュースはフロートっぽいコーラ。
両方とも私が好きなものだった。
特にお菓子は最近ハマってよく食べてるのだ。
「これってくるるが選んだの?」
「部長が選んだっすっ!」
「そうなんだ……」
「お気に召さなかったっすか?」
「うんうんそういうわけじゃないけど……」
好きなものすぎて驚いてる。
これは偶然?
でもこの2つをチョイスするってあんまりないよね。
それじゃ私がこの2つが好きって知ってた?
新聞部の部長とは1年生の時に同じクラスだった。
でも私は名前も思い出せない。
だけど新聞部の部長は……。
私の最近気に入ってるジュースとお菓子を知ってること?
……何だかっていうより凄く怖いんだけど……。
でも好きなものを持ってきてくれるのは嬉しい。
だから今日は気にせず食べようって思った。
後でカナがお菓子を持ってきてくれるかもだから。
その分も食べれるように遠慮はしないといけないけど。
とりあえず一つ……。
うん。やっぱり美味しい。
知ってた部長は何か怖いけど、ありがとうって思う。
「それじゃ始めていいっすか?」
「うん。いいよ」
いつものインタビューっぽいもの。
今までは電話だったからだらっとして言ってた。
けど今はそういうわけにもいかない。
何だかちょっと緊張。
「ノートパソコンでメモするけどそれは……」
「全然大丈夫だよ」
「ありがとうございますっす!」
くるるのノートパソコンはピンク色で小さいのだった。
女の子のキャラクターのシールもはってある。
何だかどこかで見たような……。
少し考えて思い出した。
ナツミに借りたライトノベル。
魔法少女育成計画に出てくるキャラクター。
確かあれは3作目の海賊っぽい魔法少女……。
猫っぽい感じが私も好き。
「それじゃさっそく質問するっす!」
「うん……」
くるるも読んでるのかな?
何だかそっちの方が気になってしまった。
ううん……。
どんな質問が来るか分からない。
答えられなかったら恥ずかしいから集中しないと……。
「ダークマターで地球がやばいって本当っすかっ!」
「…………」
何だか予想の斜め上な質問だった。
でも……。
新聞部っぽいなっても思った。
「ダークマターから何か凄い電波が出てそれでみんな能力者になって凄いことになるって言ってたっす!」
「部長さんが?」
「部長がっす!」
「えっと質問はダークマターは何なのかでいいかな?」
くるるの質問だと……。
そんなわけがない。
で終わっちゃう話だし。
「そうしてくれるとありがたいっす!」
「くるるもダークマターに興味あるの?」
「はいっす! 基本は私が何を聞くか考えるっす!」
「そうなんだね」
「それで部長がダークマターはーって言い出したっす」
「そんな流れなんだね」
「でもダークマターって名前の雰囲気だとそんな感じがするっす!」
「そうだね」
ダークでマターだもんね。
「日本語で書いても暗黒物質っす! 絶対に何かあるっす!」
「そもそも暗黒物質って何も電磁波を出してないんだ」
「電磁波っすか?」
「うん。電磁波は可視光、電波、赤外線とかをまとめたもの」
「それが出てないとどうなるんすか?」
「人は光で物体を見てるよね?」
「そうっすねっ! だから暗くなると見えなくなるっす!」
「天体は電磁波を出してるから望遠鏡を使って観測できるの」
「ということは……」
「電磁波を出してない天体は観測できないんだよ」
「なるほどっす! それがダークマターっすねっ!」
「うん。だから電波を出して地球に影響を与えることはないの」
「部長はデタラメを言ってたんすねっ!」
「うん」
くるるは本気で信じてたのかな?
ちょっと分からないなって思う。
素直に信じてそうだし、ノリに乗っかってるだけにも見えるから。
たまこは本気で信じそうだなって思った。
アイコは有る事無い事を話しそう。
って思うと部長さんとアイコは似てるのかな?
「それじゃあっても何の影響もないっすか?」
「ううん。そうじゃないの。すっごく大事なんだよ」
「見えないのにっすか?」
「見えないのに」
言いつつ私は1口ジュースを飲む。
やっぱり美味しい……。
「物体には引力があるって知ってるよね?」
「はいっす!」
「ダークマターも物体だから引力があるの」
「引力があるとどうなるっすか?」
「そもそも何でダークマターがあるってなってるのか気にならない?」
「なるっす!」
くるるのとっても張り切った声だった。
「見えないのにどうしてあるって分かったっすか!」
「それはね……」
って私は説明する。
大事なことはあるんだけど……。
それはもう少し後で言おうって思った。
「月は地球のまわりを、地球は太陽のまわりをぐるぐる回ってるのは知ってるでしょ?」
「もちろんっす!」
「どうしてくるくる回るのかって言うと回るスピードと引力が釣り合ってるから」
「釣り合わなかったらどうなるっすか?」
「引力が強かったらぶつかっちゃうし、スピードが早かったら離れてとんでいっちゃうんだ」
「奇跡のバランスで成り立ってるっすね!」
「うん。それは銀河にも言えることなんだ」
「太陽もぐるぐる回ってるって話っすか?」
「うん。他の天体も同じように動いてる。でも銀河がばらばらにならないのは……」
「力がちょうど釣り合ってるっすね!」
「うん。でもね、昔に銀河の速度を調べた人がいるんだ」
「凄いことを調べる人がいるんすね……」
くるるが凄く驚いて言う。
私もそう思う。
世界には凄い人が凄いことを調べてるんだなって。
「それで調べたら想像以上にスピードが早かったんだ」
「つまり引力より出る力の方が大きかったってことっすか?」
「うん。計算だけだと銀河はバラバラになってないとおかしいの」
「それがそうならないのは……ダークマターが引っ張ってるからっすね!」
「うん。正解」
くるるは本当によく考えてくれるなって思う。
だから話してて凄く楽しい。
「だからダークマターは地球を守ってるって言ってもいいんだよ」
正確に言うと。
地球じゃなくて銀河を守ってるんだけど。
「今ある銀河を保つには見えてる天体の10倍の物質が必要なんだって」
「ダークマターって本当にたくさんあるっすね」
「でも見えないから観測できない」
「見えないのに守ってくれてるって格好いいっすね!」
「うん。そうだね」
「凄く勉強になったっす!」
「あとね」
ついでにって思った。
ちょうどいいのがあったって。
「ダークエネルギーっていうのもあるんだよ」
「ダークエネルギーっ!」
興奮した感じで言う。
「そっちは全然知らないっす!」
そんなくるるが見れてとても嬉しい。
「それはダークマターの仲間みたいなものっすか?」
「ううん。名前は似てるけど全然別物」
名前が似てるのはダークマターになぞらえてつけられたからなんだけど。
「宇宙が膨張してるって話はしたよね?」
「多分聞いたっすっ!」
「その膨張のスピードは昔より早くなってるんだ」
「ずっと同じじゃないっすねっ!」
「でも前は銀河同士の引力でいずれ膨張が緩やかになるって思われてたんだ」
「それで早くなってるって分かったらびっくりするっすね!」
「うん。大ニュースだったって思う」
「でもどうして引力があるのにさらに膨張が早くなったんすか?」
「引力に反発する力、ダークエネルギーによる作用ってこと」
「おおっ!」
「ダークエネルギーの力で引力を振り切って宇宙は大きくなってるんだよ」
「引力で銀河をまとまらせてるダークマター」
「それに引力を無視して宇宙を大きくするダークエネルギー」
「確かに全然別物っすねっ!」
「うん。そして2つとも観測できない未知のものなんだ」
「暗黒物質はたくさんあるって言ってましたけど暗黒エネルギーもたくさんあるっすか?」
「宇宙の質量とエネルギーで見えてるのが4.9%って言われてる」
「4.9%!!」
「ダークマターが26.8%、ダークエネルギーが68.3%だよ」
「宇宙のほとんどは見えないものでできてるっすね……」
「うん。それでね……」
「まだ何かあるっすか?」
「ダークマターもダークエネルギーもあるって証明されたわけじゃないんだ」
「本当っすか!」
「うん。あくまで計算が合わないからこういうものがあるはずってことだからね」
「よく考えたら観測できないからあるって証明するのは難しいっすよね」
「実際にダークマター、ダークエネルギーは存在しないっていう人もいるんだよ」
「あるか分からないけど、ないと宇宙が説明付かないっすか……」
「まさに暗黒的な存在だよね」
「何となく知ってた言葉っすけどとっても奥深いっすねっ!」
くるるは目をキラキラさせてる。
電話の向こうではいつもこんな感じだったのかな?
そう思うと今まで電話でしてたのが勿体なかったなって思う。
それと同時にこれからが楽しみだなって。
「記事書けそう?」
「もちろんっす! 今すぐ書きたくてしょうがないっす!」
「それじゃここで書いてく?」
「そんなっ! 悪いっすよっ!」
言いながらぱたぱたとノートパソコンを片付けていく。
「それに何か恥ずかしいっす……」
「それもそうだね」
私も人前で小説を書くのは恥ずかしいし。
「あとそのノートパソコンだけど……」
「これっすか?」
「うん。それってくるるの私物?」
「あっ! これは部長にもらったものっす!」
「そうなんだ」
「新聞部なら1台ぐらいもっとけってお古をくれたっす!」
「優しいんだね」
「たまには優しいっす!」
たまになんだ……。
でもくるるのことは可愛がってそうだって思った。
「それじゃそのシールは?」
「これは貰った時から貼られてたっす! 何か知らないけど可愛いっすよねっ!」
「そうなんだね」
それじゃあのシールも部長さんのものってことか……。
よく分からない人だなって思った。
でも。
何だかちょっとだけ親近感。
私ってやっぱり単純だよねって思う。
「それじゃ今日はありがとうございましたっすっ!」
言いながら立ち上がるくるる。
本当にばたばたしてる感じ。
「もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「でも……」
「もうすぐカナができたてのお菓子を持ってくるよ」
「お菓子っすか……」
何だか興味有りって感じだった。
「カナもくるるに食べて欲しいって言ってたよ」
これは本当のこと。
「だから今日はここでお菓子を食べながらのんびりしよう」
私が引き止めたってことなら。
きっと部長さんも怒ったりはしないだろうって思う。
「それならお言葉に甘えて……」
くるるはちょこんと椅子に座る。
私とくるるはそれからお喋りをして。
カナが来てからはお菓子を食べながらお喋りをした。
「カナ先輩って本当に優しい人だったっすねっ!」
ってくるるは感激してた。
カナも嬉しそうだった。
「一三屋先輩に騙されたっす……」
くるるが言ったのに……
「それは……そうかもね……」
カナは少し困ったような感じ。
でも、今のカナは優しいから問題ないって思う。
「本当にここって居心地いいっすね」
お菓子を食べながらくるるはつぶやく。
本当にリラックスしてる感じ。
「新聞部は大変なの?」
「楽しいっすけどいつ部長の無茶振りがくるか怖いっす!」
「それは大変そうだね……」
「好きっすけどねっ! 新聞部っ!」
「でも疲れた時はたまに遊びにくるといいよ」
「喜んで来るっす!」
って言ったくるるは部長からの電話でばたばたって帰っていった。
本当に大変そうだなって思う。
でも……凄く楽しそうにも見えた。
私はあんまりそういうのは嫌だけど。
「後輩がいたらあんな感じなのかな」
カナはくるるが出ていった扉を見つめる。
「うん。そうだね」
「……いっちゃんは部活の後輩ができたら嬉しい?」
「カナは?」
「わたしは……」
少し考えるカナ。
でも答えは出てるって分かってた。
「嬉しいかも……」
「それじゃ今度の4月は新入部員が入ってくれるように頑張ろうね」
「うんっ!」
天文部は地味でマイナーな部活。
黙ってて入ってくれるわけじゃない。
だからこそ何かをやろうって言う気分になった。
それで……。
後輩が入って星に興味を持ってくれたらとっても幸せだなって思った。




