68
チャイムがなった。
この学校で鳴る、その日で最後のチャイム。
「寒くなってきたわね」
外を見ながらアイコは呟く。
太陽は日の入りを迎えて。
だいぶ外も暗くなっている。
もう夜っていってもいいぐらいに。
きっともうすぐ月が見え始めるって思う。
「でも不思議だよね」
カナも外を見ていた。
私とアイコにつられたのかもしれない。
「夏だとこの時間はまだお昼なのに」
「今はもう夜だもんね」
同じ場所なのに。
夏と冬で昼と夜の時間が全然違う。
温度とかが全然違う。
やっぱりそれって凄いことだって思う。
「そんなの地軸が傾いてるからでしょ」
「知ってる」
「わたしもそれぐらいは流石にね」
「でも何で地軸が傾いてるのかは分かってないからね」
「そうなの?」
ってアイコは外から視線を動かす。
少し驚いた表情で私を見る。
「前に何かで読んだ気がするんだけど……」
「大きな隕石の衝突とかかな?」
カナの言葉にアイコはすぐに反応する。
「そうそう。それそれ」
私もそれを読んだことはある。
もしかしたら。
3人とも同じので読んだのかもしれない。
「それはあくまで仮説だからね」
「そうなんだね」
「初めて知ったわ」
「でも地軸が安定してるのには理由があるの」
「回ってるからじゃないの?」
「わたしもそう思ってたけど」
「地球は玉だから転がりやすいんだよ」
「地球が転がってるところなんて想像できないんだけど……」
「とっても大きいからね」
って私は苦笑い。
でも宇宙サイズで見ると地球は小さい……。
というのは話題の寄り道になるから我慢。
「でも実際に火星は地軸が安定してないから傾きも変わりながら回ってるんだよ」
「火星に住むのも大変ってわけね」
「そうだよ」
「でもなんで地球は地軸が安定してるの?」
「月があるから」
「月?」
「月が何の関係があるの?」
カナとアイコが同時に言った。
何だか2人が興味津々みたいで。
話すのがとっても楽しい。
「月と地球がお互いに引っ張り合って安定してるんだよ」
「月がなかったら火星みたいになってたってこと?」
アイコはさらっと言う。
けど。
とっても怖ことだって思う。
火星みたいってことは私達どころか生命もいないってことだから……。
「うん。月のおかげで生命は誕生して生き残れたんだよね」
「そうなんだね」
言いながらカナは外を見る。
今度は私とアイコがそれにつられた。
「月ってとっても重要なんだね」
「そうだよ」
「でも月って少しずつ離れてるんでしょ?」
「アイコは変なことは知ってるんだね」
「いっきに言われたくないんだけど」
「離れてるって本当なの?」
「うん。1年で3cmぐらいだけどね」
「3cmってちょっとだね」
「むしろよく気がついたって思うわ」
「頭がいい人達が一所懸命に研究してるからね」
「それじゃいずれ月がどこかに行って地球も火星みたいになるの?」
「うん。でもその前に太陽に飲み込まれるんだけどね」
「それは何か聞いたことあるっ!」
「わたしも知ってるわ」
たまたま2人が知ってたのかな?
それとも有名な話?
どっちかは判別できないって思った。
「太陽に飲み込まれたら暑くて死にそうになりそうだわ」
「死にそうになりそうじゃなくて死ぬんだよ……」
それに暑いどころじゃないって思う。
「地球もそうやって滅びる運命にあるんだね」
「億年単位の話だけどね」
「億年って……想像もできないんだけど」
「その頃には地球を脱出してそうだね」
「うん。そうだろうね」
もしかしたらその時には。
地球人が私の故郷にたどり着いてるかもしれない。
「アタシ達は生きてないでしょうけどね」
「そりゃそうだよ……」
私は時計を見る。
普段はチャイムがなったら帰る準備をする。
長期休み中はもっと早く帰ることも多い。
でも今日は違う。
帰らずにこのまま学校にいる。
「何だかドキドキするね」
私は思ったことを言った。
何だか時間がすぎるごとに。
ふわふわとした夢見心地な気分になる。
「そうだね」
カナもきっと同じだろうって思う。
だって嬉しそうな表情をしてるから。
「夜になるのを部室で過ごすって変な感じだね」
「本当に学校に泊まるのって感じだわ」
「不思議だね」
「うん。そうだね」
何だか楽しいような。
でも少し寂しいような。
不思議な気持ち。
外で部活をしている人達も。
暗くなってきたから片付けとかをしてる。
私達は黙って外を見ていた。
冬はとっても静か。
虫の音一つも聞こえないから。
だからなのか。
冬の夜は夏よりも深く感じる。
今日は特にそう思えた。
運動部の人達がみんないなくなった頃には。
外はすっかり真っ暗になってる。
きっともうすぐ星が見えだす頃って思う。
「天体観測楽しみだねっ!」
「うん。楽しみ」
「今の時期ってどんな星座が見える?」
「そうだね……」
アイコに質問されたから。
思わず言いそうになった。
言いたくもあるけどぐっと我慢。
「見てからのお楽しみの方がいいと思う」
「そんなものなの?」
「うん」
「アタシ、星座とか全然知らないわよ」
「探せば知ってるのがあるから
形を知ってる星座を不意に見つけるのも。
天体観測ビギナーの楽しみだって思う。
星座とか色々知ってるとできない。
そういうのをアイコに味わって欲しいって思った。
「それよりもアタシはお腹すいたんだけど」
「そうだね。もうすぐそんな時間かな」
「まだ少し早い気もするけどね」
アイコはもうお腹すいた。
私はそろそろって感じ。
カナはまだ早いって思ってる。
同じ夕ご飯でも時間とか違うんだな。
そう思えて何だか面白かった。
「それに乙女先生を待ってた方がいいんじゃないかな?」
ってカナは言う。
そういえば夕方ぐらいに来るって言ってた気がする。
「合宿は顧問の先生とできるだけ一緒に行動するようにって言われてるし」
「待つのも面倒くさいんだけど」
私が思ってる以上にお腹空いてるのかも。
アイコは不機嫌そうに言う。
「学校に泊まるんだから監督者がいないと駄目ってことだと思う」
「監督ってあの人が?」
「……一応」
「逆にアタシ達が監督しないといけなくなりそうなんだけど」
「……それはあるね」
言いながらカナはため息をつく。
すっかり乙女先生のこの部での扱いが決まった気がした。
「でも今言っても運動部の人達でいっぱいだって思うよ」
少し前に。
たまことそんな話をした。
運動部がたくさんいる時はごちゃごちゃしてるから。
少し時間をずらした方がいいって。
「だからあと1時間ぐらい待って行ったらのんびりできそうじゃない?」
人が多いのは私もアイコも同じ。
それに今の食堂にはアイコが苦手そうな人がたくさんいそう。
「確かにそうね……」
少し考えてアイコは呟く。
乙女先生を待つのは嫌がったけど。
でも、運動部の中で食べるのはもっと嫌みたい。
「乙女先生を置いてけぼりにするのも可哀想だから待っててあげましょう」
なんてことを言ってるけど。
「それじゃ時間まで漫画の続きを書いてるわ」
言いながらペンを取り出す。
そして器用にくるくるってペン回し。
まるでくっついてるみたいに。
ペンはアイコの指で動き回ってる。
何あれっ! 凄いっ!
「アイコさん上手だね」
私が感激してるとカナは言った。
カナも感心してるみたい。
「ああこれね」
私達が見えやすいように手を動かす。
でもペンは落ちたりしないから不思議。
「暇つぶしにやってたらいつの間にかできるようになってた」
「いつの間にかできるようになるものなの?」
カナが質問する。
表情にはあんまり出してないけど。
何だかとっても興味津々って感じ。
「そんなに難しくはないと思うわ」
「相当難しそうなんだけど……」
頭の中でシミュレーションしてみる。
……うん。上手くできる気がしない。
「時間まで教えてあげるわ」
でも。
アイコができるんだし見た目よりは簡単なのかも。
ああいうのができたら。
何か格好いいって思う。
アイコも普段の3割ぐらい格好良く見えてるし。
「まずペンを持って……」
アイコは原稿を丁寧に直して。
私とカナにペン回しを教えてくれた。
アイコが漫画を書くのより優先してくれたことが。
とっても意外で。
とっても嬉しいって思った。
だから時間までに少しはできるようになろうって思った。
……
…………
………………
「いっきって想像上に不器用ね……」
「うるさい……」
何でっ!
本当に全然できないっ!
どう動かせばいいかは何度も教えてもらった。
でも思う通りに指が動かない。
そして動かし方を覚えられない。
「カナはすぐに出来るようになったわよ」
もちろんアイコほどじゃない。
でも格好いいって思えるぐらにはできてる。
アイコから教わってたのは20分ぐらい。
後はスマートフォンで動画を見ながら練習してる。
だからずっとアイコとマンツーマン。
……何だか追試の勉強を思い出してしまう。
何度も回そうとするけどすぐに落ちてしまうペン。
苦手とかそういう次元じゃない気がしてきた。
「……諦めた……」
ふうってため息を1つ。
私はペンを机に置いた。
見れば見るほど何の変哲もないペン。
アイコは私が使ってたペンを持って……
「本当に凄いね」
器用にくるくるって回し始める。
カナもすぐに上手になったって思う。
でもアイコは全然レベルが違う。
なのにあんなにくるくる回るのか不思議。
自分で全然できなかったから余計に思ってしまう。
タネがあるとか魔法を使ってるって言われたほうが納得できるって思う。
「お待たせ」
アイコとカナがくるくるペンを回してる途中で。
乙女先生が部室に入ってきた。
顧問の先生だから帰ってきたっていうべきなのかも。
「……何だか懐かしいものをやってるね」
そして2人のペン回しを見ながら言う。
「わたしが高校生の時もちょっと流行ったよ」
「乙女先生はできるんですか?」
私が聞くと
「当時は少しできたけど今はどうかなー」
言いながら机のペンを持つ。
そしてゆっくりとペンを回す。
何だかちょっとぎこちない感じ。
でもしっかりペン回しになってた。
「上手ですねっ!」
「久しぶりだけど何とかできた」
ちょっと満足気な乙女先生。
横目でカナを見ると真剣な表情でスマートフォンを見てる。
……さっきよりも上手になってる。
何だか5分ごとに進化していってるような気がした。
カナはとっても真剣で。
きっと乙女先生が来たことにも気がついてない。
「さすがにそろそろご飯を食べたいんだけど」
「そうだね。先生も来たし人も減っただろうし……」
「わたしも怒られて反省文書いてお腹空いたー」
怒られたんだ……。
反省文を書かされたんだ……。
大人になっても。
先生になっても。
そういうことはあるんだなって思った。
今までは大人は何だか自分とは別って感じてた。
凄い人が多くて、自分じゃなれそうにないかもって。
でも。
乙女先生を見てると大人もやっぱり地続きなんだなって思える。
「カナっ!」
って声をかけたのはアイコ。
「そろそろ行くわよ」
不思議だなって思うこと。
アイコはたまこやナツミとはちょっとぎくしゃく。
っていうかアイコが一方的に距離を取ってる。
でもカナとは前みたいに……。
ううん、前よりずっと仲良くしてるように見える。
あんなことがあったのに……。
もしかしたら。
だからなのかもしれないけど。
「もうそんな時間?」
アイコに声をかけられたカナはペンを止める。
そして動画も止めて時間を見てるみたいだった。
「もう始めて90分ぐらい経ってたんだ」
「気が付かなかったの?」
私の言葉にカナは黙って頷く。
「まだ40分ぐらいだって思ってた」
「お腹空いた?」
「うん。言われてみれば」
「そろそろ行こっか」
「うんっ!」
今から向かう先には。
たまこ達が作ってくれた料理が待ってる。
今回の合宿の目的の1つ!
「でもカナがあんなにはまるとは思わなかったわ」
「そうだね。意外だった」
でもカナが好きなことが増えるのは。
私にとっても嬉しいって思う。
だってそれは。
少しずつ世界を好きになっていくってことだから。
もっと、もっと。
たくさん、たくさん。
カナが好きなものが増えていって欲しいなって思う。
できれば。
そのうちの1つに天体観測があったら。
私はとっても幸せだなって思った。




