6.イキった鳥の羽にはクソがつく
レイトンは凄い。バルバロッサとて、そんなことは理解できる。切り傷が二日で完治することなど、まずない事だろう。
バルバロッサは思い浮かべる。近郊で起きたディーズと、ガルヴェリアの小競り合いを。後方に運ばれてくる兵士たち。致命傷は無理といえど、軽傷の兵士が二日で復活して前線に戻ればどうなるか。
味方を生かし、敵を殺す。
バルバロッサは思わず喉を鳴らしてしまった。
貧民街では、隙を見せてはいけない。だから、ここ二日、拠点から離れることはしなかった。日が昇れば、レイトンの本を貪り読む。回復というものの威力を、身をもって知り、想像だけで理解したバルバロッサは切り替えた。
これは武力である。と。
そう思えば、心の底から熱が湧き上がる。必死でレイトンの授業を思い出す。一文字、二文字、一文と徐々に理解が増す。
熱い頭をふと現実に戻した時、得も言われぬ疲労を覚えた。全身が重い。
いまだかつてこんな重さは感じたことが無かった。だから、嗤った。
(俺の頭は三流以下だ)
声は出さない。それは間抜けの所業だ。
(頭の疲労がなぜ体に作用する?)
バルバロッサはふと、考えた。考えることで疲労するのと、体を動かして疲労するのとではどんな違いがあるのか? 考えた。考えた末に、答えはわからずとも、結論に辿り着いた。
(心も、体も、両方、疲れねぇようにすりゃいいんだよ。検証と失敗を繰り返して成功はあるんだ)
レイトンの言葉を理解した気になったバルバロッサは、上機嫌で街に向かった。
◆
短剣は目立つので、木板を草の縄でしばった些末な鞘をつくってそこにいれた。それを腰に下げているだけで、戦士になれた気がした。
上機嫌で街を散策する。勿体ぶった路地裏が、喧しい日差しを拒絶する。いかにもしみったれた、女臭ぇ路地だ。
癪な空気を噛み殺すように大口を開けて思いっきり閉じる。意味があるわけではないが、スカッとした。
そして、やはり、ここはクソッたれな世界なんだろう。
油断をしたつもりはなかったが、囲まれていた。
三、いや、四人。前方の一人が近づいてきて、薄汚い口を開きやがる。
「ピピンを殺ったろ」
何かと思えば、知っていたところで知らねぇことだ。だから、答えはこうだ。
「知らねぇな。ここじゃ、誰もがすぐ死ぬ。大方、ちっせぇ肝にでっけぇ脂肪乗っけて、気が緩んでたんだろうさ」
「そうだ。すぐ死ぬ。だから、お前も死ぬ」
「わかりやすいぜ。そっちの方が俺好みさ」
視界と音で相手の位置取りを把握する。前方に二人、後方に二人だ。
「おいたがすぎるぜ、ガキ。ゾッドファミリーを舐めるなよ」
「ガハッ!?」
突如襲った腹への重い一撃。石がめり込んでいる。投石だ。
(チッ、腹の筋肉が痛むぜ)
脂汗を滲ませながら、バルバロッサは周囲を見渡す。蟲共が姿を隠しながら様子を見ている。爽やかな光景だ。吹き出してしまいそうになる。
(さて、一流は見誤らねぇ)
レイトンの言葉が反芻される。考えろ、考えろ。魂が鳴く。己が戦士だと全身に血が走る。
口角があがる。金色の目が爛々と輝く。状況が好転したわけでもないのに、嗤う。
「クク、ハハハハハハ!!」
これが笑わないでか。目の前が可笑しい。男も可笑しい。世界が可笑しい。とにかく全てが嗤える。
「気色わりぃガキだ! やれ!」
「まぁ待てよ。殺す前にとっておきがあるぜ?」
「あ?」
「こうなっちまったら仕方ねぇ。わかったわかった」
そう言って、バルバロッサはダイタス家の短剣を取り出す。
その上等な意匠に男が目を剥く。
「おめぇ、そりゃあ、いったい……」
「殺せばいいさ。だが、よく考えろ。ダイタスがお前らを許さねぇ」
「あ? ダイタス? なんだそりゃ」
「おい、上等な剣だぞ。上等すぎる剣だ」
もう一人が、短剣を睨みつけながら言う。
「まぁ自分のことだが、言うけどよ。ガキにしちゃあ、強すぎるとは思わなかったのか?」
「……そんなことねぇはずだ」
「そうか。それは悲劇ってやつだぜ。でもよ、よーく考えろよ。いくら俺が強えぇっても、大貴族の剣なんか盗めると思うか? お前らも見たろ、ドリス達を殺った奴らの剣と同じだ」
バルバロッサはこれみよがしに、黒獅子の紋章を見せつける。
そして、一歩、また一歩と前方の男たちに近づく。
「ふ、フカしてんじゃねぇぞ」
「フカしか。間近で見てみろよ。そら、よく見ろ」
また一歩近づき、短剣を空に掲げた。喧しい日が反射して、陰気な路地裏に光を散らす。
男はナイフを構えながら短剣を覗きこむ。間抜けな蟲の顔だ。
「ハッハァ!!」
そして、バルバロッサは嗤う。短剣を振り下ろし、それを防ごうとしたナイフごと、袈裟に斬りこみを入れる。なにも邪魔するものがなかったかのように、短剣の刃が滑っていく。確かな手応えと、偉いぞと褒め称えるような赤。
「テメェ!?」
もう一人が一拍遅れて怒声をあげた。
しかし、一歩踏み込む頃にはバルバロッサの全身が伸びあがり、膝が風を切って彼の顎を捉えていた。
「強ぇだろ? 最近みた膝の使い方だぜ」
腕をとり背後に回る。残りは二人。良い盾が出来たことで石は脅威にならない。次からは、木の板でも持ち歩くこととする。
(学んだぜ)
口角が吊り上がる。智を得る瞬間は全身に快感が走る。
そして、盾が喚き散らすので胸に風穴をあけてやり、黙らせることにした。
荒事になれているはずの男達が、その様子に体を硬直させている。
「なんだ? 今更死ぬのが怖えぇのか? だよな? 死ぬなんて思っていなかったんだろ?」
二人は青ざめて歯をガチガチと鳴らせている。
盾があることも構わずに石を投げつけてきた。
「視えていれば話は別だ」
胸から血を垂れ流す小汚い盾を捨てて、駆ける。石は当たらない。軌道に入らなければ良いだけだ。
二人の人間が二つの腕で合計四つ、同時に投げつけられてくる。
脳裏に浮かべるは、アシュレイの剣技。
ナイフと短剣の二刀で石を打ち払っていく。
そして、短剣の間合いに入った。
息を呑んでいる。
馬鹿が。
石はもう悪手だ。
左前方、やつは停止している。こっちの右前方の奴は一歩前進。マシな蟲だ。
視えてるんだよ。
右の臓物を切り裂き、左の腕を斬り飛ばす。
そして、間髪入れずにそれぞれの首に銀線を描いてやった。
相変わらずの祝福の赤が、けたたましく明滅するなか、バルバロッサは壁に背を預けてひとまず休憩することにした。
「ハッ、綺麗だぜ」
生きている。
数日前と同じようにパラパラと雨が降ってくる。
これで数日はさらなる腐敗臭に苛まれるのだろう。
表通りの食堂のメニューに、ぶちまけてやりたい最高のスパイスだ。
ニヤリと嗤って空を見上げたら、奴は珍しく微笑んでいた。




