第23話. 破壊されし蝿の脳
クリス・オーヴァス病院──
(む、病院に鼠だと!?)
医師カミーノは床の隅を這うようにちょろちょろと素早く移動する小さなそれに目をやる。
対策して以来目にしていなかったが、白きハツカネズミ。しっぽに赤いリボン。首の後ろには筒のようなものが括り付けられていた。
(この鼠は笛吹ファルメルクのものだろう。大昔はよくこうやってやりとりをしていたものだ。だが、ヤツは浄化しているとはいえ、配管を素通りする衛生的な問題がありよろしくない。……今だけは緊急事態ということにしておこう)
カミーノは鼠の首についているものを手にする。筒の中には、紙が丸められ、アストリアの文字がしたためられていた。
(これは手紙……ファルメルクからだ……。私は特殊な作戦以外は病院から動かない。ここには、この町に起こったコトが書かれている。そして、彼は市民を小鬼の都市に移動させている。どうやら書かれたタイミングは少し前のようだ)
その内容は、フィリベルトから話を聞き、カミーノが予想していた内容と概ね一致していた。小鬼の都市というサプライズ。そして市民を避難させるという彼のファインプレーを除いて……。彼は改めてフーカ、そしてミレイアにそおの内容を伝える。
(返信の手紙を持たせるか。こまめな彼のことだ、続報もよこしてくれるだろう)
「スティア様とファルメルクさんが作ってくださったこの状況。これ、チャンスですよね」
「私もそう思います。たった一度だけ、瘴気を吹き飛ばして奴らにリベンジするための戦いの場、というコトのように思えます。ゴブリンの皆様にも感謝しなければ」
フーカ、そしてミレイアは意気込む。
「そういうコトだろうな。市民が猫化し避難している状況で可能なのは、空気を変える事。我々が気を強く保つことで、瘴気を押しのけられるかもしれん」
「町がお化けが出そうで不気味で怖くっても、びびらなければ大丈夫ってことですね」
フーカは内心恐れながらも、張り切って見せる。
「ヴェスパがいる状況ではあるが、上手くポジティブで明るい空気を地上にいる私たちで作ればいい。しかし、町の人たちが猫になっていられるにも時間制限がある。そして1番の問題は銀の焔だ。急いで火種を再度調達しなければ──」
“ガチャン──ギイィィ“
「!」
扉の音
誰かが入ってきた。
3人は戦闘を覚悟する──が、直ぐにその必要はなさそうなことに気づく。
「カミーノ、ミレイア、そしてフーカ……!」
「オルサス……!無事だったのか!」
(ランタンに銀の焔が灯っている……!そしてあの色は……)
「オルサス!その女の人はだれ!!?」
オルサスに続いて入ってきた見知らぬ純白のフードマントに包まれた女性の存在をフーカは指摘する。
「私、ピクシスという修道の巡礼をしている身の者です……。混沌の最中だからこそ、我が身を顧みず星に祈りを捧げ、巡っております」
ピクシスは儚げな声でそう告げると、深々と礼をしてみせる。
「この町では人がいなくなっているようだが、教会の前に彼女がいた。そして、『仲間がここに居る』と案内してくれたんだ」
オルサスからすれば、彼女は異質な存在だと感じ取りながらも、分け隔てない生存者としての保護が必要だ、との配慮。
そしてピクシスからすれば、能力を使って欲しいものを得ることと、好奇心からの試みであった。
カミーノはオルサスの言葉にふと違和感を覚える。
(『仲間がここに居る』・・・私は特殊な任務以外は病院から基本的に動かない。オルサスは時折まじめな顔で不思議なことを言うことがあるが、どうも妙なものを感じる。考えすぎかもしれないが、まるで、なにか特殊な方法で我々を発見したかのような口ぶりだ。確かに、現在は非常事態であり、私がここに居た保証はない。だが、あの女性は余所者でありながら、中に立ち入る事なく我々の居場所を特定していたとでもいうのか?一体なんなんだこの娘は)
カミーノは神妙なまなざしでピクシスを見つめる。その表情は、尖りしマスクに覆い隠されていた。
(このヒト・・・スゴく真剣に私を見てくれている・・・!私にはわかる。このヒトは絶対にかっこいい・・・カオがみたい!どうすればマスクをはずしてくれるだろう?お願いを、探しものをさせたい!)
一方でピクシスの方も、その瞳でカミーノを凝視する。星の様な紋様をいれたその瞳が特殊なものであることに気づく。
(・・・この女性、私の方をじっと見つめている・・・?どうも敵意はなさそうだが、不思議な瞳だ・・・王女がもつ瞳の模様に少しばかり似ている)
(この娘は、怪しすぎる──!)
(このヒトたちに怪しまれないように上手く溶け込まなければ。目的を果たすため──!)
「……ひとまず、オルサス。すまないがキミの銀の焔の火種を分けて欲しい。この施設の安全確保のために切らしてしまった」
ピクシスを睨むように凝視しながら、カミーノはオルサスに告げる。
「ああ、勿論だ」
「助かりました、流石ですね!オルサスさん」
「恩に着るよ。そしてどうやら普通ではないな?その焔の色は」
「俺も詳しくはわからないが……どうやらこいつは瘴気にも耐性があるみたいなんだ」
オルサスは教会であったことを話し始める。トレロ、ピエトロの事、商人ゴブリンのこと、そして、シーネという少女のこと──
白百合のランタンから火種が分けられる。
正体を隠し振る舞うヴェスパであるピクシスは、自身を焼くその焔に動揺し、その話に集中ができなかった。
(う・・・どうしよう。私たちの苦手な銀の焔が広まっていってしまう!アレは見ているだけで気分が悪くなる!)
「どうした?ピクシスくん、顔色が優れないようだが」
カミーノ、フーカ、ミレイアの3人は不審な眼差しでピクシスを見つめている。
「へ、平気です……」
(どうしよう、怪しまれている。このままでは私の能力を発揮できない。私の能力”導かん菫青石の羅針盤"は、1人では全くの無力!誰かお願いや探しものをねだってくれる他人が居ないと、猫ちゃんだけじゃ効率がものすごく悪い……)
見つめられながらもピクシスは考え込む。そして、閃いた。
(──そうだ!信頼されるために正直にこの人たちの長だったヒトへの想いを全部打ち明けてしまおう)
(そうすればきっとこの人たちに信頼してもらえ、私の能力で探しものを要求させ、願いを叶えてもらうコトができるかも……)
(共通の好きなヒトへの想いはきっと届く!あのヒトへの想いをこの人間たちに!心の底からの素直な気持ちを──伝える!言おう!)
「あの…」
ピクシスは口を開き、言いかけると、カミーノは重ねるようにしてミレイアに向かって話す。
「しかし、ミレイアくん……無理はしないでくれ」
その口ぶりは庇うように柔らかく、穏やかだ。
「いえ、平気です」
ミレイアがその意味を察すると彼女はふと目を伏せ、フーカが続けた。
「"式"の、直前でしたもんね……」
(は……?式……?)
ピクシスはヴェスパでありながら、人間の社会の風習、そしてルールを書物を通して知っていた。
「団長と結ばれることが出来た。それだけで、私は幸せなのです」
ミレイアはその左手の薬指に目をやる。そこには、きらりと光る、宝石を添えた指輪を備えていた。
“ピシッ”
ピクシスの脳髄深くに何か亀裂のようなものが迸る──
「うっ!!」
「どうした、ピクシスくん?この状況だ、キミも無理はするな、休んでいてくれたまえ」
(めまいが……!)
──女性型のヴェスパは優秀な魔導士としての資質があり、強力な魔法の力や、更に自身の願いと血筋に応じた"王家の血筋の能力"を発揮するコトが可能である。ただし、魔力の出力の源となるその脳の構造は極めて繊細である。
ピクシスの脳は、同胞の無意識な口撃による度重なる心労や、意中の者を失ったことにより、既に過剰な負荷がかかっていた。
「そうだ、ミレイア。これを貰ってきたんだ」
「これは……」
オルサスが取り出したもの。それはゴブリンの商人から貰った水と携帯用食料、レーションだった。
「オルサスさん!いいんですか?貴重な水と食料を……」
「気にするな!遠慮せずにもっていってくれ!」
気前の良いオルサスの言葉に、フーカが笑顔で重ねた。
「お腹の赤ちゃんにしっかり栄養を届けてあげないとですね!」
(赤……ちゃん……?)
“ピシッ”
その瞬間、ピクシスの脳──ヒトを一方的に侵略し、無秩序に繁殖するヴェスパとしての本能の根幹たる部分は、ステンドグラスが砕け散るようにして静かに限界を迎えた──
「えええええ〜〜〜〜〜!!!」
そして突如響く、少女の声。
集中が乱れることにより、安定した出力を失ったその主の能力、“形作る血麗石の透明繭”と隠密魔法が同時に露わになり、彼女はその身体を一同の前に曝け出した。
「シーネ!?」
AI非使用




