第22話. 猫の瞳の大魔法陣
私…フィリベルトは本来の持ち場である、この町を南北に突っ切る河川、“カナル・ピルガット”を繋ぎこの町の中央に存在する橋を防衛していた。
──が、ヴェスパの群れと異常な力を目の当たりにした。私自身、シルベニアの兵でありながら、奴らの反応速度、力と速さは……一般の兵のそれを凌駕していた。
私自身の純粋な剣技では負けるつもりはないが、挑めば挑むだけ散る状況にどうしようもなく、逃れていた最中だった。
その最中、ヤツと遭遇したのは、アルゴーン協会の裏に在る墓地だ。
ヤツは団長と同じ姿をしていたが、あまりにも強い殺気、不気味な要素状況に、そぐわない不敵な笑み……本人でないのはすぐにわかった。
問いかけてきたんだ、『貴様の妻と娘の居場所を教えろ』と。奴ら、化け物は……特別な血筋が目当てなのは知っている。大方、城で情報を手に入れたのだろう。無論答えるわけにはいかない。私は答えた
『お前は一体誰だ?』
その瞬間、左手の小指の芯に根本から激痛が走った。触れられていたわけではなく、武器を持っていたわけでもない。ヤツは私を見下ろしながら言った。
『答えろ、次で答えなければ、首の骨をへし折る』と
私は、答えた──
『知ったところで、お前にはどうにもできないだろう。この地の人々は、猫に変えられているのだから』
そして、次に折られたのは……腕と脚の骨だった。
奴は橋の方角へと消えて行き、負傷した私はナスタジオ様の助けもあり、ここに居る。元司祭のペレトルドに突然背後から声をかけられ、彼が襲われたのは、その道中だ……)
(・・・)
ナスタジオが永き眠りについた処置室──カミーノ、フーカ、ミレイアの3人は言葉を失っていた。
(・・・触れずに骨を折る力、そのような魔法は存在しない。やはりあの化け物は王家の血筋レベルの能力を有している。おそらく・・・“へし折る意思”──!そんな化け物と団長は・・・!)
「すまない、重要なことを教えてしまった」
フィリベルトは申し訳なさそうに目を伏せる。
「致し方ない。これだけ大きな規模の事態だ、遅かれ早かれ奴らはそれに気づく可能性が高いだろう。君の命にはかえられない」
「しかし、驚いたな──」
「まさかとは思っていたけれど、こんな時に、こんな事が出来るのは」
「「「あのお方しかいない」」」
城下町地下 ゴブリンの都市最奥 王の間──
「町の人間が猫に変えられているだと!?」
騎士ピエトロによる驚嘆の声が響く。
ゴブリンの都市の最も奥深く。そこは相変わらず、古びた兵器や家具、芸術品が大雑把に積み上げられた、ゴミ捨て場のような様相を成していた。
──が、最奥ともなると、そのひとつひとつが長い年月と途方もない意思で生み出されたものが積み上げられ重なり合っていた。
その中に、小さな老人の小鬼が一匹。長い白髪の眉と髭を蓄え、今にも折れそうな棒切れにような杖を手にしている。その背後には、2人が白百合のランタンで運んできた”真紅に赫く銀の焔“が装飾の施された大きな松明に灯っている。
「左様、しかしそれは我々が行った事ではない。変えたのも、鼠を遣いここに集めているのも、君たちだ。しかし、互いに危機には違いなく、避難の場として使うが良い」
「お、驚いた。こんな・・・まさか・・・」
「ああ、こんな芸当ができるのは1人しかいねえ!」
「これを・・・やっているのは・・・」
「ああ、俺たちの王女、スティア様だ・・・!」
「し、しかしこれは、個人が可能な範疇を遥かに超えているのではないだろうか。い、いくらなんでも、町全体に個人の力を及ばせるなど・・・!」
「魔法陣ですよ」
疑問を突きつけるトレロの背後から、静かに回答を告げる声。
それは、極彩色の奇妙の衣服に、羽根つき帽子の風変わりな男。その肩には白きハツカネズミを乗せている。
「ファルメルク!」
「鼠を遣って猫を……町の人々をここに集めているのは……!」
「はい、僕の魔法で出来るのは鼠を集め、洗い、つかい、共に語らうこと……それだけですから」
騎士戦闘ランク24位のファルメルクは、魔導士としての適性がありながら、その使い様は戦闘向きのものではなかった。
彼自身、長年勤めてきた王女の家庭教師としての功労、そして鼠を通した細やかで通常手にする事が不可能な情報収集の手腕が認められての事だった。
「それで、魔法陣とは、いったいどういう事なんだ?そんな馬鹿でかい事が可能だっていうのか?」
ピエトロが問う。そして、ファルメルクがそれに答えた。
「魔法を使うのに必要なのは、願い、触媒、そして血筋です。王家の血筋の能力を使う際もそれは同じコトでしょう」
「王女様スティア様──彼女の能力は“護り抜く金緑石の導き"。それは、彼女自身や護るべき相手の骨格にはたらき、あらゆる手段で保護する加護のチカラです」
「騎士団長と多くの兵を失ったガルフィス王国の危機、瘴気はあれども、彼女は”護り抜く願い“……”庇護の意思“がこれまでにないほど強くなっている事でしょう。それはこの国で最強の血筋を持つ魔導士が、最強の願いを持つことを意味します。そして、あとは触媒があればいい」
「まさか……」
騎士2人は最奥に連れ護衛した時のことを想起する。最も奥へは、王家の血筋を持つ者しか立ち入ることは不可能になっている。そしてその奥にあるものは──
「アレキサンドライト・グレートガーデン……。ガルフィス城の最も深い地下にある、大いなる宝石の園──王女はそこで長き眠りにつくこともできますが、それは極大の触媒、魔法の杖といってもよいでしょう。その場所ならば、外の瘴気は届ききらず、魔法が使える筈です」
「そしてさらに──」
ファルメルクは、城を中心とした地図を取り出す。
そこには円形の町に、中央を縦に貫く川“カナル・ピルガット”が描かれている。
「魔法の効果を更に高めるものが、”魔法陣“です。それは特殊なインクによって描かれる場合もありますが、最も効果が強いのは──」
「血で描くコト・・・」
小鬼の魔導士ロフィーがぽつりと答えた。
「まさか……この川が……確かに、このカタチは……!」
「円形の外堀に真ん中を縦に貫く構造……猫の瞳です」
「私たちの兵が大勢犠牲になり、その血が決死で防衛した周囲の外堀、そして川を染め上げた……そして、“猫の目の大魔法陣”となり、能力の性質に変化の効果をもたらしたのでしょう」
「血で描かれた、町レベルの規模の……魔法陣だと……!?」
「そして、最奥で覚醒した“護り抜く金緑石の導き“に魔法陣の効果が乗り発動することによって、兵と騎士意外の人々を猫の姿に変えた。僕はそう考えています。昔──スティア様の子供時代、猫の姿になって勉強をサボられたものです。ありました、インクで描かれた同じ魔法陣が」
「・・・まじかよ・・・!」
信じがたい事実。
──が、願いのチカラは途方もない願いでも、現実に出力してしまう。現に、王女が見せてきた能力により魔法に適性が無いものも含めた騎士たちの骨格は支えられ、これまで強く生き延びてきた。瘴気と蝿の魔物が蔓延るまでは……。
「そうなると、お主らは急がねばならぬのではないか?」
言葉を失う騎士2人に、小鬼の王が語りかける。
「でしょうね……川の流れはいずれ血を洗い流す」
「このままだと、町の人が猫からヒトに戻っちまうって事か!?」
「はい、それを見越して、鼠たちをつかい、ここに猫の皆様を集めました……が、限界はあるでしょう。しかし今の状況であれば反撃のための二度とない大きな好機ともいえます」
「好機……?」
「ロフィーさん、あの猫の集団を見て、瘴気を感じますか?」
ファルメルクはゴミ捨て場のような場所に集う猫の集団を指差す。ロープやボール、車輪をおもちゃのようにして遊んでいる。その純粋に遊ぶ様子には絶望や諦めはない。彼女は答えた。
「……いえ、猫ね。瘴気というか、猫そのものの意思。空腹や何かの不満はあるかもしれないけど、人間ほど複雑な負の感情は感じない。ここに燃える紅の銀の焔の勢いも申し分ないわ」
「・・・・・・そうか!」
「地上には今、兵と騎士以外の人間は殆ど残っていない。だから・・・」
「上で立ち込めている瘴気は……市民の犠牲によるものというよりも……暗くなった猫だらけの町で、俺たち騎士と兵士が、絶望しているものだという事か!」
「ヴェスパはどうやら猫は襲わない。これは鼠が教えてくれました。市民の犠牲者が増えない今であれば……皆に上手く伝える事ができれば、瘴気を祓えるかもしれません。数で負けていたとしても、雰囲気を作り上げるのは、我々でしょう」
「瘴気さえどうにかなっちまえば、通信端末も生き返るかも知れねえ。そして再び銀の焔を……それも特別な紅の焔を町に灯せる……!アレさえあれば、俺たちにも勝機が見えてくる!」
「……生き残りの兵と騎士に、何とかしてこの事実を急いで伝えなければ……!奴らにやられ全滅する前に……!」
AI非使用




