第20話. 失いきれなかった騎士の意志
クリス・オーヴァス病院——
(この町が腐敗から立ち直れたのは、団長と・・・君のおかげだった)
静かな空間に、寝台が立ち並ぶ。
横たわる男が、二人。
うち一人は、多量の血を流した跡をのこし、やすらいだ表情をしていた。
かたわらには一人の男、二人の女性が佇む。
寝台の傍に立つ男は、横たわり事切れた男の額に手をやり、そっと目を閉じてやる。
手を触れるその者は、漆黒の外套に帽子に山高帽、烏の嘴のように先のとがったマスクをしている。目にあたる箇所は塗りつぶされたように硝子が覆い、その目——その表情は外からはうかがい知れない。
"騎士戦闘ランク 22位 慈しむマエストロ カミーノ" カミーノ=シモン
向かいの女性は、ただ目を伏せ、その男の顔……そして胸部に目をやる。
流しきった多量の血、それは胸から零れ出たものだった。
(君は、最期まで俺達の仲間——勇敢な騎士だった)
(その死、決して無駄にはしない。ナスタジオ・・・・・・)
──
それは、オルサス達がちょうど教会にいた頃——
「ハァ・・・ハァ・・・!」
(もう・・どうにもならねえ・・・この国はもう終わりだ!)
闇に包まれし町の中、身を隠す影。甲冑に身を包むその長身は、その身を魔物に晒さまいと物陰に潜ませ丸められている。
"騎士戦闘ランク23位 黒針ねずみ ナスタジオ" ナスタジオ=フレイジス
尖った頭髪、そして目を覗かせる。本来彼が持つ鋭い目は恐怖に歪み、息を切らす。
辺りを見回しながら、壁伝いにどこかへと素早く進んでいく。
道中、偶然出会い彼を引きとめる騎士がひとりいた。
——が、生きるためのその行動を改めるには至らなかった。
襲い来る異様な蠅の魔物に絶望した黒針ねずみナスタジオは、この地を離れると決心していた。
(できるだけ、あの城から離れなくては・・・。この町の外・・・焔がある、どこか・・・!)
その地の象徴たる城を背に、逃れるように去り行く。
走れば察知され、集団で身ぐるみを剥がされ全てを奪われ殺される。
城のシルエットは少しずつ小さくなっていく。
視線は町の外へと向く。大通りは蠅の魔物が行きかい、ナスタジオは細道を縫うように進むしかなかった——
(・・・ここを抜ければ・・・外への道が見えてくる・・・)
・・・
「あれは・・・」
細道の奥——何者かが佇む影。
ゆっくりと、こちらへ近づいてくる。
ナスタジオは物陰から覗くも、暗くてその様子はよく見えない。
『その場で引き返すべきか』——と、彼は思った。
だが、『もしあの魔物でなければ、この細道を通り抜けることで外への道が見えてくるのでは』——という期待。
そして、一瞬あの異様さを放っていないように思えた直感から、ナスタジオはあえてその影の正体を視認しようとした。
それは、他の屈強な戦士と比べて戦闘を得意としていないながらも、慎重に生き抜き騎士団に上り詰めてきた彼にとって、通常選びえない選択であった。
(・・・・・・)
それは次第に輪郭を露わにする。どうやら虫のそれではない。
(よかった・・・あれは、人間だ・・・だが——)
よたよたと歩いてくるのは、一人の兵士。
どうやら片腕を庇い、片脚は使い物にならず、焼け落ちた家屋から得た木材を杖代わりにしていた。
手負いの兵士は激痛に顔を歪め、身を進めるのが精一杯のようだ。
(負傷している・・・)
(どうする・・・このまま抜ければ町の外だというのに・・・)
「・・・」
敗走していた最中の騎士ナスタジオは葛藤し、苦渋の決断の末、手負いの兵士に向かって口を開く——
「・・・肩を貸そう」
その言葉は、自身で決め、ともに戦うという仲間の誘いも一度は断ったはずの、『逃げる』という選択とは、異なるものだった。
「・・・すまない」
(片脚の骨が折れているのか・・・?腕もやられている・・・)
「ここを曲がれば病院だ。……きっと、誰かがいる」
ナスタジオは手負いの兵士に肩を貸し、ゆっくりと進んでいく。
「私のことなど……こんなところを魔物に見つかれば……」
「そう言うな……もうあと少しだ。痛いだろうが、頑張ってくれ」
(俺は、逃げるはずじゃなかったのか・・・?)
二人はゆっくりと、進む——
"ガタン"
「!?」
背後からの音——
それと共に何か、小さな影が素早く走り抜ける。
咄嗟に振り向くと、その主はこちらを目を光らせ、低くから視認していた。
(猫・・・か)
暫し安堵し、再び歩を進める。
目的の場所は、もう目の前だった。
「みつけたぞ、"ナスタジオ"・・・・・・!」
"声"
それは後ろからかけられた、どこかで聞き覚えのあるものだった。
振り返ると、無機質な仮面で顔を覆う、貴族のような派手な衣装に身を包んだ小柄な男が鈍く光る何かを手に持ち、こちらに突き付けている。
その反対側の手には、兵がもつ端末の様な装置。それは異質な光を放っており、彼らが見知った"通信端末"とは、どうやら別物のようにみえた。そして、その首には奇妙な黒く頑丈そうな輪がかけられている。
(この男・・・?なんだ、あの手にしているものは・・・武器・・・なのか?)
(そして反対側の手・・・あれは通信端末?いや、瘴気で機能していないはず・・・。誰かの場所を探すなんてできない。なのに俺を『みつけた』だと?どういうことだ——)
ナスタジオは問うた。
「お前は・・・誰だ・・・?」
仮面の男は返す。声色に余裕はなく、激情しているようであった。
「私は・・・お前に!お前らに追い出されたんだ・・・!」
仮面によりその素顔はうかがい知れないが、その声、その様相からナスタジオはその正体にたどり着いた。
「あんた・・・司祭のペレトルドか?・・・いや、お前は最早司祭でもなんでもねえ。何故今更戻ってきた?」
”貴族司祭ペレトルド”
それは、かつての暗黒時代——腐敗したガルフィス王国の中で、黒く澱みきっていた欲に溺れていた人物。
騎士団長 アヴィオール=カリナに追放されるまで、危険を顧みずその素性を調べ上げていたのはナスタジオだった。
それゆえに、その人物がその立場を盾にしでかしてきた、外道ともいえる所業の数々をよく知っていた。
「お前のせいで、私は居場所を失った。あの男に告げ口したのはお前だろう・・・!!」
「だったらなんだ?あれだけ腐敗してたら、まともな奴の誰にだって追い出されるぜ。遅かれ早かれな」
「・・・・っ!」
その瞬間——
タァァーーーーーーン——
ナスタジオの言葉に対し返すように、一瞬の黒き閃光、破裂音が闇夜に響き渡る。
兵士にかかっていた重量が、ぐっと重くなる。
そして間もなく、ナスタジオは無言のまま崩れ落ちた。
何かが命中し貫いたような痕、胸からは多量の血が流れ出ていた。
暗がりにはじけた、大きな音——その頃、オルサスたちは教会にて戦闘の最中にあり、音がそちらへ届くことはなかったが、代わりに負傷した兵士とナスタジオが目指していた場所に居た者が聞きつけ、駆け付けた。
「今の音は・・・」
「!?」
「・・・これは・・・!」
病院から駆け付けたのは、黒き外套に身を包む、尖りしマスクの男。騎士団に所属する医師 カミーノ=シモンだった。
眼前に広がるのは、異様な光景——
「ひっ・・・!!」
血相を変えたペレトルドはカミーノの姿を見ると、うわずった声を上げると、背を向け慌てて逃げ去った。
そして、残った者、兵士は焦燥した顔で傍らの者を、地に座し動く方の手足で介抱している。
ぐったりした男の胸には矢やボルト、魔法とも異なる、見たこともない傷跡を残し、ぼたぼたと血を流す。
それは一瞬にして変わり果てた同胞の姿だった。
「ナスタジオ・・・・・・!」
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