第19話. 猫と鼠と小鬼の王国
一方、トレロとピエトロがゴブリン商人ペルッチョを連れて教会の地下へと向かっていた頃——
「使われなくなった避難所・・・この国から、そしてアストリアから戦争がなくなっていたことでもう縁がねえものだと思っていたが、城下町の地下がこんなことになっていたとは!」
そこは、地上とは全く別世界となり果てたゴブリンの都市。極彩色に飾られた露店に、彼らにとっての通行用なのか人間のサイズでは通れなさそうな迷路のように入り組んだ太いパイプ。そしてあちこち掘り進められ、補強され尚も規模を拡大しつつある。それはまるで、ガルフィスの裏に存在する、もう一つの国の様だった。
行き交うゴブリンたち、ペルッチョはどうやら別のゴブリンと対話している。
「お、驚いた・・・。こんなところが・・・」
「団長はきっと知ってたな、これまで害はなかったとはいえ、ただ事じゃねえぞコレは・・・!」
「しばしお待ちを・・・!代わりの者が引き継ぎます・・・!」
「だ、大丈夫なのか?」
「ご心配なく、これは、役目を終えればきっと解除されます」
「役目・・・」
「つまり、あなた方がご自身で確かめれば、彼にかかった能力はその必要を失い解除されるだろうっていうことよ」
(!!)
騎士二人の前に現れた者、小さな身に頭には三角帽子を被り、群青色のローブに身を包んでいる。
そして、左右に伸びる尖った耳。赤茶色の神秘的な長髪、顔だちでいえば人間のそれに近い。
しかし、頭には角が帽子を貫いており、魔法に適性のある角付きゴブリンだということを意味していた。
「家内の、ロフィーです!」
騎士二人を前にして、ゴブリンの魔女は堂々とした、落ち着いた風格を放っている。
(こいつも、魔導士か・・・!かなりやり手の様にみえるぜ・・・!)
「しかし見事にやられたわね。その能力はかなり危険な意思が込められている・・・相手はホンモノね。うっかりは洒落にならないから、もう家に戻ってなさいな」
ペルッチョは礼をした後、奥へと消えていく。
「——それで、あなたたちはピエトロ、そしてトレロさんね?」
「ああ、知ってるのか。・・・ってなんで俺だけ呼び捨てなんだよ!」
「あなたの道具で仲間が何人か怪我させられて、ちょっとした有名人よあなた」
ロフィーはじとっと睨んでみせる。
「な!?そ、そうなのか!?すまねえ・・・!」
(そういや、道具を作って魔物相手に試していていたことがあった・・・!その中にはゴブリンも・・・こいつら、ずっと覚えているのか・・・!ゴブリンは執念深いとは聞くが・・・)
「それで、あなたたちの要件は——」
騎士二人が口を開こうとする瞬間、ロフィーが先に口を開いた。
「この町に何が起こっているか、知りたい。でしょ?」
「ああ」
「ついてきて」
ロフィーは背を向け、入り組んだダンジョンのようなゴブリン都市を進む。
この先に、この町に起きた事態を示すものがある。が、たまらずトレロは彼女に尋ねた。
「ど、どこへ・・?」
疑問に応えるように、ロフィーはちらりと振り返り、二人を横目にしつつ告げる。
「王のところ——」
「王・・・!?ゴブリンの王だと・・・!?」
二人は、噂にはその存在のことを聞いていた。
この町の家は、年月と共にいつの間にか小鬼が住み着く。
そして、その小鬼たちを束ねる長がどこかにいて、裏でこの地を取り仕切っていると。
彼は、決して表には姿を現さない、影の王——
「この地に人間以外の王国があったらダメかしら?ベツに危害を加えるつもりはないわ。私たちはあなたたちの味方よ」
「味方・・・か。それはありがてえ」
「でないと、ヤツらには勝てない。お互いにこの先も生き延びていくために、絶対にやらなければならないことがある。時間はない・・・今日のうちに・・・」
「・・・あのろくでもない能力を持ったバケモンを、倒せってことか?」
ロフィーは静かに頷く。
「といっても、相手も魔導士。そして私も魔導士だからよくわかる。ネガティブな感情に圧倒されているうちは、絶対に奴らには敵わない」
その言葉には、覆し難い、確信めいたものがあった。
「町を支配している負の感情・・・瘴気は奴らの能力を強くしている・・・」
「だから、顔を上げなさい。今あいつらに立ち向かえるのは、あなたたちしかいないんだから。効いてる顔しているより、不敵に笑う方が丁度いいわよきっと」
「あ、ああ」
納得する一方で、それができればいくらか楽なのに、と二人は思案する。
ガルフィスを防衛する兵士は悉く倒れ、町の真ん中を縦に流れる川が赤く染まる程に多くの血が流れた。
目にしてきた様子は、瞼の裏に焼き付いたように忘れようにも忘れられない、まさに地獄のような光景だったのだ。
だが、ロフィーの言うことはもっともでもあり、こびりつく負の感情を振り切らなければ、空気は負に傾いたままで、敵を利することになってしまう。
「・・・」
(不安が募ったままでは、敵わない、か)
「ピ、ピエトロ。な、なにかないのか、明るい話は……。なんでもいい」
「いきなり言われてもな。・・・そういえば」
それは、ピエトロがこの場所にたどり着いてから、気になっていたこと。
気づいていながら、それどころではない、と触れる心の余裕がなくなっていた。
——が、ロフィー、そしてトレロの言葉で、平生の心持を取り戻そうとする気持ち。そしてどうしても避けられない"空腹"が、意識をそれへと向かわせる。
「さっきからここは、焼いたパンの匂いがするぜ」
王の元へと向かうロフィーについて行きながら、ぽつりとピエトロが呟くように言った。
「あ、ああ。そういえばそうだな。ゴブリンのパンは有名だが、ここで焼いていたとは。朝になるとどこからか香りがしていたんだ。気になっていた」
少しだけトレロの声のトーンが上がり、そして早口になった。
「・・・それともうひとつ。ここはすげー匂いがしやがるぜ。すっぱいような、ツンとくる香りだ」
(何か醗酵してんのか?そういやゴブリンや菌や栽培のプロだったな。きっと人間が食べれるもんじゃねえな)
「俺にはそちらも、いい匂いに思える。そして、それが何の香りかわかる」
「まじかよ……!」
「あら、興味がおあり?どうかしら?」
ロフィーは懐から小さな麻袋を取り出し、中身を二人に分け与える。
それは、一口大の大きさで焼き色のついた黄金色。やや厚みのある食料だ。
(甘い、匂い………?)
目にしたことのない食料。トレロはそれを割ってみる。
パキン、と縦に割れる。
「お゛お!?」
(なんだこれは!パンの匂いに混じった、すさまじくクセのある、ツンとくる香りが凝縮されている・・・!)
「旨そうだ、これは上モノだろう」
「正気か!?」
(上モノ・・・!?いったい何の話だ・・・)
何かに包まれ凝縮されていたような香り。ピエトロが警戒していると、既にトレロはそれをかじっている。
「口にしてみろ、なかなかイケるぞ」
どうやらトレロは詳しいらしい。見知らぬゴブリンが作った食料、一人ではなかなか勇気が出そうにないが、思い切ってピエトロはそれを口にする。
「・・・コレは・・!」
「どこまでも深い熟成されたコク・・!それに織り交ぜられた華やかな甘い風味・・・まさか!」
「……これからは長期戦。保存もきいて、ヒトが気に入るように改良を重ねているみたいだけど、どうかしらね」
「これは・・・よくできている」
トレロが応え、欠片を眺めながら続けた。
「おそらくだが——普通のパンでは、保存に耐えられない。だから、窯で水気を飛ばした。そして、中に或るのは、特性のチーズだ。そして、その上から蜂蜜で覆っているな?」
「さすがね」
「ゴブリン特性の"チーズ"、特別な酵母からなる"パン"、"酒"は絶品だからな!醗酵させた食品では、彼らは一流の職人だ。しかもこの"チーズ"は、食の聖地ビストランドの"ミルク"が使われているだろう。あれは保存が難しいが、"チーズ"なら可能だ・・・!」
トレロは一気にまくしたてる。ロフィーは彼の意外な一面に感心しているようだ。
「お前、食い物のことだとホント早口になるな」
「大事なことだ。食は俺たちの命を繋ぐ。あの地の乳製品は、兵を強くするのだ」
「ごもっともだな」
このような会話をするとは思ってもみなかったが、陰鬱なままでいるよりは、『これくらいが丁度いいか』、とピエトロはどこか安堵していた。
「・・・さて、そろそろね」
ロフィーが呟くように言う。
そこは、開けた大きな空間。使い古された兵器や、城や屋敷から棄てられたものを持ってきたのか、豪華な家具が山のように積まれている。
人にとってはゴミ捨て場の様にみえるが、小鬼にとっては秘密基地。あるいは城のようなものなのかもしれない。
あちこちから繋げられたパイプがここまで伸びてきている。
そして、その空間にあるもの。
騎士二人にとってはそれ以上に信じがたい光景が広がっていた。
「な・・・・・・!?なんじゃこりゃ!!??」
「こ、この町に起こっていたこと・・・とは・・・!まさか、こういうことなのか!?」
——
「おいで」
或る岩に腰かけた、長い銀の髪をなびかせ、色とりどりの奇妙な衣服に身を包む、羽根つき帽子の男。
彼は指を使い息を吹くと、笛のように甲高い音が鳴る。
すると、あちこちから伸びるパイプからどこからともなく、次々とそれは現れる。
一匹一匹が、掌に乗る程の小さな灰色の身体。つぶらな瞳に大きな耳。
そしてその、膨大な数——
それは、鼠だった。
鼠たちは、男の前にびっしりと隊列を成したように並ぶ。
(僕は・・・あの恐ろしい蠅の魔物と直接戦うことはできない。しかし・・・・・・)
(はたすべき役割はどうやらひとつ果たしました)
"騎士 戦闘ランク24位 笛吹きのファルメルク" ファルメルク=オストフェンジャー
その前に広がる光景——
それは、ゴミ捨て場のような広間に集まる、おびただしい数の"猫"の姿だった。
(王女スティア様・・・あなたはまだ、最奥で眠らずに、我々を——ガルフィスを護り、戦っておられるのですね・・・!)
AI非使用




