第六十九話:包みの窓口
支援品の窓口には、思ったより多くの人が並んでいた。
貴族ばかりではない。軍属の家族、商会の者、古い制服を着た退役兵、子どもの手を引いた女性。持っている包みも、それぞれ違う。
薬袋。
厚手の靴下。
乾いた果物。
小さな護符。
手紙。
赤炉会の職員は、一つずつ受け取っていた。
名前を聞く。
所属を確認する。
包みの中身を簡単に見る。
受領札を結ぶ。
手順は丁寧だった。
列の老人は受領札を胸に当て、若い女は包みの紐を撫でていた。ここへ渡せば、外縁へ届く。その手つきだけは、誰も疑う顔をしていない。
セリナは列の横へ立った。
邪魔にならない位置だ。だが、受付の手元は見える。
エアリスも隣に立つ。
窓口の奥では、受け取った包みが三つに分けられていた。
通常補給。
療養施設経由。
外縁予備品枠。
支援品の区分だ。
外縁予備品枠の箱だけ、細い赤線入りの札がつけられている。
セリナの目がそこで止まった。
受付の職員が、次の女性へ声をかける。
「お名前をお願いいたします」
「マルタです。トマス・ベルンの妻です」
セリナが小さく息を呑んだ。
エアリスもその名を覚えていた。
マルタ。
トマスの妻。
療養施設で、不安そうに夫の移送先を聞いていた女性だ。
彼女は布包みを胸に抱えていた。中身は大きくない。けれど、何度も結び直した跡がある。
受付の職員は、すぐに記録をめくった。
「トマス・ベルン様。人員記録では、外縁復帰準備者名簿へ登録済みです」
「はい。通知は受け取りました」
マルタは受領控えを握り直した。
その顔色は悪い。眠れていないのだろう。目の下に薄い影があった。
「これを、届けていただきたくて」
職員は包みを受け取り、紐を確認した。
「中身は」
「手袋と、干した果物です。あと、娘の絵を少し」
「確認します」
職員は包みを開けた。
乱暴ではない。手袋も、果物も、紙も、丁寧に扱う。絵を見た時には、かすかに表情を和らげた。
「大切にお預かりします」
マルタは頭を下げた。
その礼を見て、セリナは一歩踏み出しかけた。
しかし、すぐ止まる。
今ここで声をかければ、マルタが誰の目に留まるか分からない。
エアリスはセリナの袖へ軽く触れた。
セリナは袖の内側で指を止めた。
受付の職員は、包みに札を結んだ。
細い赤線。
外縁予備品枠。
マルタはそれを見ていない。彼女は手元の受領控えを受け取り、そこに書かれた番号を両手で握っていた。
「あの」
彼女は帰りかけて、足を止めた。
「夫から、手紙が来ました」
職員は顔を上げる。
「よかったですね」
「はい。字は夫の字でした。でも」
マルタは言葉を探した。
「同じことばかり書いてあって。帝国のため、家族のため、火を絶やさず、と。夫は、ああいう言い方をあまりしない人で」
職員は口元だけで笑った。
「外縁へ戻る方は、皆様、似た決意を持たれますから」
「そう、ですよね」
マルタは受領控えを握った。
笑おうとしたが、うまくいかなかった。
「届けてください」
「必ず」
職員は丁寧に頭を下げた。
職員は受領控えの角を揃え、マルタへ差し出した。
マルタは列から離れていく。
その背中を、セリナは見送った。
「声をかけたかった」
「はい」
「でも、かけられなかった」
「はい」
セリナは唇を噛んだ。
エアリスは窓口を見る。
マルタの包みは、外縁予備品枠の箱へ入れられた。絵の紙だけが折れないよう、別の薄板に挟まれている。
丁寧だった。
その丁寧さのまま、細い赤線入りの札が上に置かれる。
次の客が進む。
小さな男の子だった。母親に手を引かれている。包みはない。代わりに、木でできた小さな火皿を持っていた。
「お父さんに」
男の子が言った。
受付の職員は膝を折り、目線を合わせた。
「お父様のお名前を教えてくれるかな」
子どもは名前を言った。
職員は記録を探し、見つけた。
そして、表情を変えないまま、別の紙を一枚抜いた。
「お父様は、今は外縁へ戻る準備中です。火皿は割れ物だから、こちらで包んで送りますね」
「いつ帰る?」
職員の手が一瞬止まった。
すぐに、包み紙を取る。
「お父様が帰れるように、みんなで支えます」
子どもは包み紙の端を見たまま、木の火皿を抱え直した。
母親が頭を下げる。
職員は火皿を布で包み、細い赤線入りの札を結んだ。
セリナは目を閉じた。
すぐに開ける。
「エアリス」
「はい」
「これ、善意なのよね」
「はい」
「でも、集まってる」
「はい」
短い返事しかできなかった。
セリナも、それ以上を求めてはいない。
窓口の奥で、別の職員が包みを数えた。
外縁予備品枠の箱は、他の箱より早く閉じられていく。蓋の上に赤い線だけの印が押される。
昨日、旧炉区下の通路で見た印と似ていた。
セリナは護衛長へ視線を向ける。
護衛長は記録係へ小さく合図した。
記録係は、会場の全体を撮るふりをして、窓口の箱を短く残した。
その時、背後から声がした。
「熱心にご覧になりますね」
クラリッサだった。
セリナは振り返る。
「支援相談会に招かれましたから」
「ええ。支援は、外から見るだけでは分かりませんもの」
クラリッサは窓口へ視線を向けた。
「ご家族の言葉や品は、兵の心を支えます。とても大切なものですわ」
「大切だから、扱い方も大切です」
セリナの声は冷たくない。
クラリッサは微笑んだ。
「もちろんです。赤炉会は、そこをよく分かっております」
その言い方は、赤炉会を信じているようにも、信じていることにしているようにも聞こえた。
エアリスはクラリッサの手元を見た。彼女は細い記名札を何枚か持っている。胸には、慈善手伝いの小さな札も下がっていた。
札の端に、赤い線がある。
「クラリッサ様」
エアリスが呼ぶと、クラリッサは少し驚いたようにこちらを見た。
「はい」
「その札は、どなたが書かれるのですか」
「受付の方と、私たち手伝いが。もちろん、最後は赤炉会の方が確認しますわ」
「軍務局は確認しますか」
クラリッサの指が止まった。
「外縁へ送る段階では、されると思います」
「ここでは」
「ここは支援相談会ですもの」
エアリスは胸元で手を重ねた。
「ありがとうございます」
クラリッサは手元の記名札を扇の陰へ寄せた。
「ヴァレン様は、質問がお好きなのですね」
「知らないまま書いたり、渡したりするのが苦手です」
「聖都らしいですわ」
「そうかもしれません」
クラリッサは小さく礼をし、札を持って窓口へ戻った。
セリナはエアリスを見た。
「今の、覚えておく」
「はい」
その時、会場の入口が少し騒がしくなった。
赤炉会の職員が、数人で箱を運び入れてくる。箱は新しい。側面には、外縁防衛都市への輸送印がある。
セリナの目が、その文字を追った。
アイゼンロート外縁防衛都市。
資料の端で見たことのある名だった。
魔淵外縁にある主要防衛都市の一つ。外縁安定化計画の起動式候補地として載っていた場所だ。
職員の一人が、箱の上へ紙を置く。
見出しだけが見えた。
起動式支援者同行名簿。
セリナの肩がこわばる。
エアリスも見た。
その名簿の端に、グランツベルク家の紋章が印刷されていた。
まだ署名はない。
だが、欄は用意されている。
マティアスが遠くからこちらを見た。
クラリッサも、札を持ったまま一度だけ視線を上げた。
支援品の窓口は、変わらず丁寧に動いている。
包みが結ばれる。
札がつく。
箱が閉じる。
外縁へ送られる。
その流れの先に、起動式の名簿が置かれていた。
セリナは、マルタの包みが入った箱から目を逸らさなかった。




