妖界
あれよあれよと言う間に、時計の針はもう午前零時半を指していた。
まだ時間がある、まだ大丈夫だと余裕をかましていた二人にも、少々焦りの色が見え始める。
「なあ、プレ2どこに置いたっけ?さっきまで持ってたはずなんだけどな」
「そんなの知りませんよ。それよりこの服どうですか?ダサくないですかね?」
「服なんかどうだっていいだろ!デートに行くんじゃねーんだからよ」
「でも一応巫女に会いに行くんですから、変な格好じゃ失礼でしょう!」
「そりゃそうだが、お前そんな変な格好になるような服持って無いだろ!」
「えっ・・・・・それって遠まわしに『お前なら何着ても似合うよ』って言ってるんですか?もーっ、素直じゃないですねー」
「お前メンドクセーな!それより早くプレ2探せよ!」
「その背中のリュックには何入ってるんですか?」
「これはだな・・・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・あったわ」
「・・・・・・アレですね、『灯台守暮らし』ってヤツですね」
「『灯台元暗し』だろ」
まあ、なんだ。なんだか楽しそうだ。
窓は閉めた。いつもは使わないクーラーも、タイマーを二時間後にセット。プレ2もうさぎの抱き枕も持った。玄関の扉を閉め、鍵を挿し、回す。鍵づたいに錠のかかった感触。
「・・・・・よし、行こう」
吾一は鍵をポケットにしまうと、持っていた傘をさした。暗い夏の夜、街灯に小雨が照らされている。
「うっわ・・・・・湿度凄いですね・・・。なんか黴びそう」
燐はそう言って着ているシャツの胸元をつかみ、ぱたぱたと外気を服の中に送り込んでいる。湿った外気を。
「まあ、とりあえず行くか。今は・・・・・午前一時五分。順調にいけば、まあ神社には四十分までには着くだろ」
腕時計を確認してから、燐の方へと顔を向けた。
「良い感じですね。それじゃ、その神社に向けて出発しましょう!」
「バッカ声でけぇよ!」
「あっと・・・・・すみません」
燐はバツの悪そうな顔をした。
しとしとと雨が降る。数十メートル間隔にある、電信柱に付属している街灯に照らされた道を歩く、二人。名前は分からないが、虫やカエルの鳴き声がよく聞こえる。雨のおかげが、いつもだったら聞こえるはずの、バイクの音も、今日は聞こえない。
「・・・・・なあ」
歩きながら、吾一がそう言葉を発した。
「なんですか?」
前を見ている吾一の顔を覗き込む燐。
「お前がこの世界に来た理由ってさ、逃げた妖魔とかを捕まえるためだよな?」
「はい、そうですけど・・・・・・何か気になる点でもあります?」
「順調なのか?捕獲作業は」
「・・・・・・・・・・・」
「おい、どうなんだ?」
「・・・・・・・・湿気が多いのはイヤですけど、雨ってのもなかなかいいですね」
「話題を変えるなよ・・・」
「だって、全部集めたら、吾一さんとお別れですよ・・・。寂しいじゃないですか」
「・・・・・・燐、お前・・・」
「吾一さん・・・・・・・・・」
「だんだん集めるのが面倒になってきたんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
吾一の問いかけに、燐はただ黙って前を向く。
「図星だな」
「違いますよ!ただの・・・そう、ただの休憩期間ですよ!」
嘘だね。絶対嘘ついてるよこの娘。
「そもそもお前は、俺を餌に妖魔たちをおびき寄せて一網打尽だぜ~って考えだったんだろ?」
「まあ、そりゃ、吾一さんがごきぶりホイホイみたいな体質だったんでちょうどいいかな~って」
「ひでぇ言い方だな・・・」
「でも実際そうなんだから仕方ないですよ。まあ、もうしばらくの辛抱ですから」
燐はそう言って吾一のほうに笑みを見せた。
「しゃーねーなー・・・・・・。でも、俺は妖魔とか全く見てないぞ?」
「そりゃまあ私がそばにいますからねぇ・・・。でも、この街自体にはウヨウヨいますよ」
「そうなのか・・・」
もしかしたら、あそこの電信柱の裏にも妖魔が潜んでいるかもしれないな・・・。そう思いながら、吾一は神社までの歩みを進めていった。
それから会話をしたりしなかったり、数十分間歩き続けた。そして今、目的地である神社・・・・・詳しく言えば階段・・・・・の前だ。時刻は午前一時五十九分。
「ここですか。まぁ階段の長さは十分ですね」
燐が、十数段しかない階段を見上げてそう言った。最近、知らないうちに整備されたのか、石階段はコンクリート製のものに変わっており、階段の中央にはステンレス製の手すりが設けられていた。
「では、いい時間ですし、階段上りましょう」
燐はそう言うと、吾一の傘から出、一人階段を上り始めた。
「あっ、ちょ、待てよ・・・」
慌てて燐に追いつく吾一。
「なあ、本当にこれで・・・・・・・・・・っ!?」
階段の上を見た吾一の言葉が止まった。さっきよりも四倍近く段数が増えている。
「もう繋がったみたいですね。あ、足元気を付けてください。ここから石階段ですよ」
燐の声に促され、足元を見る、吾一。右足の乗っている段まではコンクリートだが、その次の段からは石階段になっていた。
「おお、すげぇ・・・。こんな不思議な体験初めてだ・・・」
驚くと同時に感動を隠せない吾一。
「フフフ・・・そうでしょうそうでしょう!すごいでしょう!」
吾一が驚いているのがそんなに嬉しいのか、燐はやけに楽しそうだ。
「ささ、早く上りましょう。妖界の巫女が待ってますよ」
軽快に階段を上っていく燐に対し、吾一はやけに疲れていた。
「くそっ・・・アイツに体力で負けてるはずはないんだがな・・・・・」
イカン、もう息が上がってきた。最近運動してないからかな・・・?
「吾一さ~ん、はやくはやく~」
二十段ほど上から、燐が呼ぶ。
「ふっふっふ~もうお気づきでしょう。ここはすでに妖界なので、私はルンルンなのですよ~」
そうか、そういう事か。
「なるほどな・・・。お前が人界で疲れてたみたいに、俺も妖界だとメチャしんどいって訳だな?」
「イエス、その通りで~す!あー久々の妖界はうれしいな~!」
陽気にはしゃぐ燐。その遥か下では、吾一が息を切らしながら階段を上っていた。
「何だここは・・・・・・・・。地獄か?頭がおかしくなりそうだ」
階段を上り切った吾一の目の前に広がっていたのは、灰色の神社を囲むようになっている、真っ黒にしか見えない鎮守の森、赤黒い空、そしてそこに浮かぶ黒い雲。色彩感覚に異常をきたしそうな風景が広がっていた。
「おい、燐・・・・。妖界は、こんなにもゲイジュツテキな景色なのか?」
燐の顔を見る。彼女も嬉しそうな顔はしていなかった。
「いえ・・・・・そんなことは・・・。ここはどうやら特別みたいですね。吐きそう・・・・・」
燐もいい気分ではないようだ。
「まあ、とにかく進むか・・・」
「そうですね・・・。あ、荷物持ちましょうか?」
「ああ、頼むよ・・・」
燐に荷物を渡し、二人はゆっくりと、灰色の神社に向かっていった。
境内を半分ほど進んだところで、拝殿より左手奥のほうから、赤く光る二つの点が近づいてくることに気が付いた。
「おい、なんか来たぞ。お前のオトモダチじゃないか?」
「いえ、たぶん違います」
立ち止まって警戒している二人。近づいてくる二つの光。だんだん分かってきた。あれは、『目』が光っているのか。
「いらっしゃい。遠路はるばるお疲れ様でした」
一礼をして出迎えたのは、とても美人で、とても可愛い、吾一とそう歳の変わらないように見える、透けるように肌の白い女の子だった。着ている服からして、多分、彼女が『妖界の巫女』だろう。
「とりあえず中へ。お茶でもごちそうしますよ」
巫女はそう言って、自分が出てきた社務所の方向を手で指した。そこまでの光量ではないが、相変わらず、人間でいう黒目の部分が赤く光っている。
「ありがとうございます。さあ吾一さん、行きますよ」
燐がそう言って吾一の背中を押した。
「お、おう・・・」
燐に押されるようにして歩き始める吾一。ふと巫女の足元を見た。妖界の巫女は健康サンダルを履いていた。




