プレ2
「プレ2ねぇ・・・・・。ウチにあるやつでいいか。どうせ最近使ってないし」
吾一はそうつぶやくと画面の小さなテレビの乗っている台の戸を開けた。埃はかぶっていないものの、だいぶ使っていなかったプレ2がそこにはあった。
「でも本当に妖界の巫女がプレ2なんて要求するか?もしかして、お前が書いたんじゃないのか?これ」
吾一は燐に疑いのまなざしを向けた。燐はいやいやと首を振る。
「そんなことしませんよ。別に私がそんなもの手にしたところで何の得も無いじゃないですか。それに、私はそのプレ2の使い方、分かりませんし」
燐はそう答える。
「・・・・ってことは、だ。妖界の巫女はつまり・・・・・プレ2の使い方が分かってるって事か?」
右側の眉が上がる吾一。
「まあ、そう言う事になるんでしょうね。でもまあ妖界でもプレ2は流行ってましたよ」
布団をたたみながら燐はさらっとそう言った。
「・・・・・・・・・・え?」
吾一は自分の耳を疑った。
「プレ2が、妖界で・・・・・・流行ってた?マジか?」
「マジですよ。私の家にはありませんけど、多分朱姉なら持ってたと思います」
「マジかよ・・・・。妖界の癖に人界のゲームが流行ってんのかよ・・・・」
妖界と聞いて持っていたイメージとちょっと違う。
「・・・・ところで、お前の紙は何て書いてあったんだっけ?」
ふと思い出したように吾一がそう言う。すると燐は吾一に文面が見えるように紙を広げてくれた。
「まったく・・・さっきも言いましたよ」
そう言う燐。手にしている紙には
『うさぎの抱き枕』
と書かれていた。
「そうか・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・どうします?買いに行きますか?」
「いや、いい。・・・・・全部ウチにある」
「あっ、そうなんですか?」
「・・・・・・・・・・・」
「えっ・・・・・でもうさぎの抱き枕なんて」
「ある」
「・・・・・・・・・・」
なんとも言えない空気が部屋を包み込んだ。
「とりあえず・・・・・・飯にするか」
「・・・・・・そうですね」
二人は朝食をとっている。平穏な朝だ。
「なあ、持って行くものは揃ったんだし、後は夜の二時まで待つだけでいいのか?」
吾一は向かい合って座っている燐にそう言う。燐はパンをほお張っているところだった。
「んむわ、ふぉうべふばほへまべい」
「いい、いい。食ってからでいい。ものが口に入っている時に喋らんでよい」
「まい」
しばしの沈黙。吾一の思ったよりも長く口を動かし続けている。よほど飲み込みづらいのだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・っ。まあ、そうですがそれまでに巫女のいる神社へとつながりそうな階段を探さないといけないですね・・・」
口の中の物を飲み込むと、はっきりとした声でそう答えた。
「ふ~ん・・・・・・・・。でも、それってどうやって探すんだ?」
「簡単です。この近くに神社ってありますか?」
「いや、そんな近くには無い。歩いて三十分くらい行ったところにならある。でもそこ結構古いぞ?小さな神社だから人いないし」
「その神社、十段以上の階段ありますか?」
「多分」
「あっ、じゃあ大丈夫ですね。二時になる前にそこに行きましょう。きっとそこなら妖界につながりますよ」
そういうと燐はまた食事を続ける。
「・・・・・・でもいいのか?そんな適当な所で?」
ちょっと心配そうな顔の吾一を全く気にする様子もなく燐は
「大丈夫ですよ。だってあんな適当な貢ぎ物を要求するくらいですから」
と言った。
「それに、この世界とあっちの世界なんて、しょっちゅうつながってますし。そんな大層な事じゃないんですよ」
燐の右手が牛乳パックへ向かった。
「あれ、吾一さん、牛乳空になってますよ?」
空になっていた牛乳パックをひょいと持ち上げてみた。
肩から小さなカバンを掛け、スーパーに向かって歩いている、燐。
「ったく、吾一さんは人使い荒いんだから・・・・。どうして私がまたもや買い物に行かなきゃいけないのよ・・・」
もうすっかり慣れた、スーパーまでの道。依然とは比べ物にならないくらい、人界にも慣れた。来たばかりの時は、この程度の距離でもへこたれていたのだが。
「・・・・・あつい」
夏の日差しが照りつける。
「ん?私は何で人界に来たんだっけ・・・・・・・?」
少なくとも吾一の雑用をするため、では無い。
「・・・・んまあ、いいか」
見えてきた。割と大きめなスーパーが。
自動ドアを抜けると、クーラーの効いた涼しい店内。平日のあまり混んでいない店内は、いつもより広く見えた。目の前のから左手にかけての野菜コーナーには、色とりどりの野菜がたくさん並んでいる。
「えーっと・・・・・」
燐はカバンからお遣いメモを取り出した。
「まずはキャベツか」
キャベツの山の前に行くと、そのうちの一つ手に取る。ひっくり返して裏を確認。
「・・・・・・・・・・」
戻す。別のキャベツを手にとって
「・・・・・・・・・・」
・・・・戻した。なかなかお気に召すものが無いらしい。そして、三度目の正直。
「・・・・・・・・・・・あ」
ん?
「よし、これにしよう」
燐は三回目に手にとったキャベツを、外側の葉を取らずにかごの中へ入れた。
「次は牛乳ね・・・・・・あ、いや、その前に卵か」
危ない、忘れるところだった。今日は卵がお買い得な日なのだ。もし買って帰らなかったら、吾一からひどくどやされるところだった。
「ただいま帰りましたー」
玄関の扉の開く音と共に、燐の声がした。
「おう、お帰り。ちゃんと買ってきたか?」
フライパンで何かを炒めながら、吾一はそう聞いた。
「もちろん。あ、そうだ、面白いものも買ってきましたよ!」
そう言うと燐は買い物袋の中から二個入りのアイス菓子を取り出した。
「・・・・・・なんだそれ?」
「月見だいふく、です。今日暑かったんで」
「・・・・・・そうか。まあ、いつもなら怒るところだが、今日くらい許してやるよ」
「ええっ・・・・怒る気だったんですか?」
「そりゃそうだろ。その金は俺が頑張って貯めたバイト代なんだし」
「・・・・・・・」
「でもまあ、今日はさすがに暑いからな。よくやった。褒めてつかわすぞ」
「やったー!それじゃあ別のアイs」
「さて、飯にするか」
はしゃいだ燐の言葉を無常にも遮った。室温で温まった時計は正午を指し、燃えるような太陽も町を真上から照り焼にしていた。
吾一は昼食の焼そば二人分を皿によそい分ける。その間も、頭は妖界の巫女のことで一杯だ。
「なあ」
「はい、何でしょうか?」
ちゃぶ台テーブル(仮称)を拭いていた燐が吾一の声を聞いて振り返った。
「昨日お前はさ、まあいろいろあった後は月を見上げるだけでいいって言っただろ?」
「・・・・・・・・言いましたっけ?」
燐の目が斜め上を向く。記憶を呼び戻している証拠だ。
「言ったよ」
「うーん・・・・・・言った・・・・かも知れませんね」
「じゃあ言ったって事にしといてくれ」
「分かりました。・・・・で、それがどうかしたんですか?」
「ああ。でも今日お前は『妖界につながりそうな階段を探せ』って言ったよな?」
「はい」
「ありゃ何でだ?月を見てれば行けるんじゃないのか?」
「ああ、その話ですか」
燐は何か理解したようだ。
「あの話は『夜に月が見えていたら』の話ですよ。ですから、月が見えてない日は妖界につながりそうな階段を探さなくちゃいけないんです」
「ほお・・・・・・・なるほどな」
吾一納得。今日は夜から雨の予報なのだ。本州に台風が接近中、らしい。
「じゃあ、まあとりあえず、午前一時ごろに家を出発するか」
焼そばを口へ運びながら吾一が言う。
「そうですね。あ、そうそう、ちなみに人界の時間と妖界の時間はほとんど変わらないですから、妖界に行っても騒がないで下さいね?」
燐はガラスのコップに牛乳を注ぎながらそう言った。
「りょーかい。肝に銘じておくよ」
『妖界の巫女』に会うまであと十二時間ほど。吾一の期待は膨らむ一方だった。




