ウシガエルぽよよん
「うう・・・・・・暑い・・・・・・・・・」
燐がゆっくりと目を開けると、そこは見慣れ・・・・たかどうかは分からないが、吾一の部屋だった。
網戸から入ってくる夏特有の蒸し暑い風がレースのカーテンをヒラヒラと揺らし、ぎらぎらとした陽が室温を上昇させている。
「うぁぁ・・・・・・ぁっぃ・・・・」
だるそうにのっそりと体を起こし、壁に掛かっている時計を見た。十時ジャスト。結構な時間眠っていたらしい。
「ああ・・・・・・・。吾一さん~・・・。お腹すきましたよ~・・・」
返事はない。広いとはいいがたいアパートの一室であるから、返事がなければいないと分かる。
「いない・・・・・・。朝ごはんどうしよう・・・・」
まずは飯のことを考える妖怪少女。ちなみに何という種類の妖怪なのかは不明だ。
見ているだけでこっちがだるくなってくるような動きで布団から立ち上がる燐。すると、いつも使っている、膝下ほどまでの高さしかない、丸いテーブルの上に紙が置いてあることに気づいた。どうやら吾一からのメモらしい。
メモには
『飯 冷蔵庫』
とだけ書かれていた。
「ああ、よかった。ご飯作っておいてくれたんだ」
燐はとりあえず一安心した。先ほどとは比べ物にならないようなてきぱきした動きで冷蔵庫から吾一が作った朝食を取り出し、電子レンジにかける。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
電子レンジのカウントを見つめている燐。他にやることがないのだろうか。
「・・・・・・・・・・あ、そうだ。水でも飲んどこう」
棚からいつも使っているマグカップを取り出し、台所の蛇口をひねる。すると金属の管から透明で冷たい水が流れ出てきた。マグカップの中にたまっていく水。夏はこれを見るだけで癒される。
燐はゆっくりカップを口に近づけると
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ったぁぁぁぁぁ!あ~潤う!!」
一気に飲み干した。お水が大好きトムクロリン!
気づけばレンジのカウントダウンも既に終わっていた。
ガチャッと玄関の鍵が開く音がした。どうやら吾一が戻ってきたようだ。
「ただいまー」
抑揚のない吾一の声が部屋を通って網戸の隙間から外へ漏れ出す。そんなに大きな声は出していないのだが。
「おっ、お帰りなさい。お買い物ですか?」
燐が朝食の皿を洗いながらそう言って迎えた。
「まあね。で、具合は大丈夫なのか?まだ人界きついのか?」
買い物袋の中身を冷蔵庫にしまいながらそう言う吾一。少しは心配しているようだ。
「あれ、吾一さんが心配してくれるなんて意外ですね。もしかして吾一さんの方が具合悪いんじゃないですか?」
「・・・・・・まあ、そうかもな」
吾一はフッと笑うとまた
「そういえば昨日の夜、人面犬にあったぞ」
と続けた。
「えええええええええ!いつですいつです!?」
食器を水きり台にさっと置くと吾一に擦り寄る燐。素早い動きで吾一の隣に正座した。
「お前が寝たすぐ後。あのゴミ漁りにきてた」
「いいな~・・・・・起こしてくれれば良かったのに・・・・・・」
「お前なあ、親切に布団まで運んでやっただけでもありがたく思えよ?・・・・・・・・・・・ところでさ、昨日人面犬から聞いた話なんだけど、『ヨウカイノミコ』って、美人なのか?」
「妖界の巫女ですか?そりゃあもう美人ですよ。この私ですら憧れてしまうほどの美人です」
すると吾一は燐の顔をまじまじと見つめる。
「な・・・・・・なんですか?私の顔に目玉でもついてますか?」
燐は怪訝そうな顔をしながらそう言う。
「そりゃついてるだろうよ!それにしても、お前もなかなかだと思うがそれよりも美人なのか・・・・。ちょっと気になるな」
吾一の顔がにやける。相当会いたいらしい。
「あら、吾一さんの性格でしたら私のことも『んなことねーよブス!』とか言うと思ってましたが、意外に普通な答えでしたね」
燐はそう言って意外そうな顔をした。
「まあ、俺はストライクゾーン広いからな」
「それって、褒めてます?」
「さあね」
「・・・・・・・・・・・・・・。で、会いたいんですか?妖界の巫女」
それを聞いた吾一の表情は冷静そのものだったが、瞳が今までにないくらい輝いていた。
「会えるのか?」
真剣そのもので聞いてくる吾一。燐はその気迫に少々おされてしまった。
「ま・・・まあそうがっつかないで下さいよ。巫女に会うにも必要な準備とかあるんですから」
「準備?何だそりゃ」
「えっとですね・・・・・・、巫女に会うには、まず巫女に・・・・と言うか、巫女のいる神社にお供え物を持っていかなきゃいけないんですよ」
「お供え物ね。団子とかか?」
「まあ、お団子の時もあります」
「時も?・・・・と言うと」
興味津々な吾一。相当会いたいらしい。
「お供え物は、巫女からお告げがあるんですよ。これを持って来なさいよ~、みたいな感じに」
「お告げ?んなもんどこで受けるんだ」
「お告げは、夢で受けるんです」
自信たっぷりとそう語る燐。
「まずですね、適当な紙に『ウシガエルぽよよん』と書いて枕の下に入れます。で、寝る。それだけですね」
「『ウシガエルぽよよん』・・・・・・・?」
はぁ?みたいな顔をする吾一。信じていないようだ。
「いや、信じられないのは分かりますけど、これは巫女が決めた合言葉ですから・・・・・」
「・・・・・・・まあいい。早速今夜やってみるとするか。で、お告げを受けたらどうするんだ?」
「まだお告げ受けてないのに気が早いですね・・・・。ええと、確か、お告げを受けた日・・・・分かりやすく言うと、紙を枕の下に入れた日ですね。その日のうちにお供え物を用意して、翌、丑三つ時・・・・・・・・まあ、午前二時ごろですね。に月を見上げます。それだけ」
「それで・・・・・巫女に会えるのか?」
「ええ。多分。私も実際に会ったことは無いですから、ここから先どうなるのかは分かりませんが、まあとりあえずここまで分かれば後は何とかなるでしょう」
燐はそう言うとニコッと笑った。
そして、夜。吾一の手には『ウシガエルぽよよん』と書かれた紙があった。
「よし・・・・・。これを枕の下に入れて・・・・・・、寝る」
吾一はワクワクしながら枕の下に紙を敷いた。燐も同じことをしている。
「よし、じゃあ、電気消すぞ。おやすみ」
「おやすみなさい」
部屋の電気が消える。吾一は寝転がっている燐を踏まないように窓まで近づくと、カーテンを開け放った。月明かりが優しく部屋を照らし、さっきまではカーテンに行く手を阻まれていた夜の風が部屋に入ってきた。今日は、クーラーも要らない。
「・・・・・・いい夜ですね」
燐の小さな声。後ろを振り向くと布団の上で足を崩して座りながら月を見上げている燐がいた。
「人界で見る月も、妖界で見るのとなんら変わらないですね。どっちもとっても綺麗」
虫の声が夏の風に乗って吾一の部屋に届いてくる。虫たちのオーケストラ、公演時間は夜が明けるまで。
暗い部屋の中、壁の時計は午前一時を指していた。それをじっと見ている吾一。
「(寝られない・・・・・・)」
吾一はそう思っていた。この少年、いや、もう青年と言う方が近いだろうか。とにかく、修学旅行前日はワクワクして寝られなかったタイプの人間なのだ。
「おい・・・・・・・寝た?」
小声でそう言う吾一。返事は無かった。燐の方はと言うと、もうぐっすり眠りについていたのだ。
「うわっ・・・・・何かムカつくな・・・・。人が眠れなくて困ってるって言うのにこんな気持ちよさそうな顔しながら寝てるなんて・・・・・。一体何時間寝るつもりなんだよ・・・」
吾一は小さい声で今思っていたことをすべてぶちまけた。
眠れないのでとりあえずベランダに出てみることにした。
明かりの消えた街、人通りは無く、遠くを行く車もほとんど無い。外灯の光に集まる虫たちだけがせわしなく動いている。
「(たまにはこういうのも・・・・・・・悪くないな・・・・)」
小さい月が夜空にぽつんと浮かんでいる。星もちらほら見えはするが、やはり月が一番目立つ。
和んでいると、ベランダから右下斜め前方の方でガサッという怪音がした。
「ん?」
吾一が目をやった先にはゴミ捨て場のゴミの前に立つ一頭の犬がいた。
「(あいつか・・・・・)」
吾一にはその犬の正体が分かっていた。
「よう。眠れないのか」
吾一に何とか聞こえるような声で、聞き覚えのある声が話しかけてきた。昨日の人面犬に間違いない。
「・・・・・・・なんでまた来てるんだよ」
吾一も人面犬に聞こえる程度の声でそう返す。
「何でって・・・・そこにゴミがあるからだ」
「登山家みたいなこと言うなよ」
「うるさいぞ人間。高尚な我々と下衆な人間とを一緒にするんじゃあない」
「高尚ならゴミ漁るなよ・・・・」
「だから今一緒にするなと言ったばかりだろう。何でも自分の物差しで物事を計ろうとするのは視野を狭めるぞ」
「あーはいはい・・・・・・・・・何だかムカつく奴だな・・・・」
「ムカつく?お前が勝手にムカついているだけだろう。人のせいにするな」
「お前人じゃねーだろ・・・・・」
「うるさいぞ人間。高尚な我々と下衆な人間とを一緒にするんじゃあない」
「おい、それさっきも聞いたぞ」
「気のせいだろう。じゃあな、俺はこれからデートなんだ」
人面犬はそう言い残すとゴミの山から何かをくわえて夜の暗闇の向こうへ走り去っていった。
吾一の夜は、また静かになった。
一瞬サッと光ってすぐに消えてしまった流れ星を見て、吾一は大気圏で燃え尽きるUFOの話を思い出していた。
なんとなくやかましい。体がゆさゆさと揺られている気がする。まどろみの中で吾一はそう思った。
「吾一さん!起きてくださいよ~」
だんだんと燐の声がはっきりと聞こえてきた。うっすら目を開けるともう既に明るくなっている。時間は午前七時。燐にとってはかなりの早起きと言える。
「朝か・・・・・・・・・・・・・・・あっ!俺夢とか何も見てねぇ!」
吾一は目覚めてすぐに落ち込んだ。
「違いますよ!ほら、昨日の夜に枕の下に入れた紙見てくださいって!」
燐がそう言って吾一の肩を揺さぶり続ける。何だかはしゃいでいるようだ。
「紙・・・?もう捨ててもいいでしょこれ・・・・」
枕の下から紙を抜き取る吾一。
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
一瞬、自分の目を疑った。昨日の文面である『ウシガエルぽよよん』とは明らかに違った文字が書かれている。
「何だ・・・・・これ・・・・・?」
吾一は驚きを隠せなかった。紙には、見たことの無い、綺麗な字で
『プレ2(ちゃんと動くやつね)』
と、書かれていた。
「プレ2って・・・・・・・・あのプレ2か?」
「私のには『うさぎの抱き枕』って書いてありますね」
燐も自分の紙を見ている。
「一体どんなヤツなんだ?ヨウカイノミコってのは・・・・・・。とんでもなくアレなヤツなのか・・・?」
突然、不安に駆られる吾一なのであった。




