人面犬さん
「人面犬?」
吾一は首をかしげた。
「人面犬って言うと、あれか?体は犬で顔は志村けんみたいなアレ?」
「ずいぶん限定的な人面犬ですね・・・・・・・まあ、そんな感じです」
燐は牛乳の入ったコップを手に取りながらそう言った。
「・・・・・で、それだけの情報を手に入れるために昨日丸一日出かけてたと」
無表情で燐の顔を見る吾一。表情からは感情が読み取れないくらいに無表情だ。
「丸一日って・・・・・・・・夕方は吾一さんのせいで買出しに行ったんですよ!」
ムッとした表情で反論する燐。すると吾一は右斜め上を向きながら
「毎日二人分の食材が消えていくのはどうしてかなー」
「う・・・・・・」
「俺の居住スペースが狭くなったのは何でかなー」
「・・・・・・・」
「だんだん出費もかさんでくるのは何でかなー」
「あ・・・・・」
「俺の部屋に女物の服が増えていくのは何でかなー」
「・・・・・あああ」
「俺の楽しかった日々g」
「あああああああ分かりましたからもう言わないでええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
燐、ダウン。食卓の上に突っ伏した。こんな奴でも吾一にかかる迷惑のことを一応気にはしていたようだ。
「フフン。このことを忘れないようにしなさい」
腕を組んで得意げな顔をする吾一。なかなか意地悪な男だ。それにしても朱祢は燐のことをMだとか何とか言っていたがそのような気は見当たらない。
朱祢にとっての、M、の規定がちょっと気になってくる吾一だった。
「・・・・何でもしますからもうしばらくここに置いて下さい・・・・・・」
自分の立場を身にしみて感じた燐。体は先ほどのままで顔だけ吾一のほうを見ている。
「どーしよっかな~」
今度は左上を向く。
「お願いしますよぉぉぉぉぉ」
燐は泣きそうな顔で、吾一に向けて伸ばした手から燐火を発生させ始めた。
「お願いしますよぉぉぉぉぉぉここ意外に住む場所無いんですよぉぉぉぉぉ」
今にも泣きそうな顔とは裏腹に手から発されている燐火はだんだんと大きくなっていく。
「おっ!うわ!ちょ!おま!それ消せって!脅迫だよコレ!おいっ!」
・・・・と、慌てふためく吾一を想像していた燐だったが、現実は非情だった。
実際の吾一はさっぱり動じることなく、冷たくこう一言
「それ、さっさと消さないとぶん殴るぞ」
と、燐に言葉の刃を飛ばしただけだった。その刃は燐の計画を切り裂いた。
「なんでもするって言ってたの、誰だったっけなー」
頬杖をつき、また冷たい目で燐の目を見る。
「あ・・・・・それは・・・・・・・その・・・・・・」
無意識のうちに燐火が消えていく。燐も動揺し始めているようだ。
「それは、その・・・・」
「その?」
吾一と目が合わせられない燐。
「あ・・・・・・あの・・・・・・・・・・・・・・・負けました」
燐はそう言うとまた食卓に突っ伏した。
「ふん。妖怪ごときがこの吾一様にそう簡単に勝てると思ったら大間違いだぜ」
吾一はまた腕を組んだ。やっぱりコイツやべぇ。
「で、その人面犬がどうしたんだ?」
ふと気になったのか珍しく吾一が話をふってきた。
「え?あ、ああ・・・・・・・・・そのですね、まあ珍しいことじゃないんですが、最近ここら辺にも人面犬が出没しているらしくてですね」
机に突っ伏していた燐は改まったように背筋を伸ばす。
「私が逃がした妖魔の中にはそんな名のある妖怪はいなかったので、多分もともと人間界に住んでたヤツだと思うんですけどねぇ・・・」
何か引っかかっている、と言うように顔を曇らせている燐。
「どうした?何か気になるのか?」
吾一は左手で頬杖をついている。もしかしたらもう飽きたのかも知れない。
「ええ・・・・・まあ・・・・・・。ここ最近、吾一さんの周りに妖怪とかそう言うの集まってる気がするんですよねぇ・・・」
「だってお前アレだろ?俺を餌にして妖魔捕まえようって魂胆だったんだろ?」
「まあ、そうなんですけど・・・。何というか、この世界に住み着いている比較的力の強い妖怪さんたちが集まってるみたいなんですよねぇ・・・」
「というと?」
「ほら、お隣の朽崎さんでしたっけ?それにメリーさんも来ましたし、しかもその後は人面犬ですよ?一体どうなってるんだかさっぱりですよ」
すると吾一は両手を自分の顔の前で組んだ。碇指令みたいな感じで。
「それはたぶんな」
燐の目をまっすぐに見つめる吾一。
「お前のせいだ。確実にな」
「・・・・・とまあ、最近ごみステーションなるものが何者かによって荒らされているらしいじゃないですか」
燐は無理やり話を人面犬に戻した。
「まあそうだけども・・・・・。それが何か人面犬と関係あんの?」
吾一の発言にハッと反応したかと思うと目を輝かせる燐。
「その言葉を待っておりました!何とですね、そのゴミ捨て場のゴミを漁っているのはその人面犬なんですよ!人面犬はですね、夜に活動してまあゴミ捨て場でゴミを漁ったりしてるんですね。はい。ですから人面犬の目撃情報は大体夜中に集中してますね。まあ中には日の出ている時間帯から活動しているものもいますが」
「ふうん・・・・・」
「あれ・・・・・・・なんか反応薄いですね・・・・」
「人面犬っつってもゴミ漁るだけだろ?なんでお前が追い掛け回してるんだ?別につれて帰る対象って訳でもないんだろ?」
吾一の方眉があがった。
「まあそうですね。人面犬は対象外です。でも、人面犬は妖界でも顔が広いのでいろいろとネットワークを持ってるわけですよ。ですから、人面犬を使えば簡単に逃がした妖魔がどこに出たよ~みたいな情報が手に入る訳なんですよ」
「つまり、お前は人面犬を使って楽して妖魔を捕まえたい、って訳だな?あ~、なるほどね」
納得したように何度もうなづく吾一。
「ええ、まあ、そのとおりです」
燐はそう言って苦笑いする。一応、罪悪感らしきものは感じているようだ。
「使えるものは使っとかないと、ですよ」
と言うわけで、夜になるのを待って二人は近くのごみ置き場に生ゴミを置いた。どうやら今回は吾一も乗り気なようだ。多分、人面犬見たさだろう。
吾一の部屋の電気を消し、ベランダから二人してこっそり見張る。時刻は午後八時半だ。
「・・・・・おい、本当にコレで大丈夫なんだろうな?」
小声で吾一がそう言った。
「ええ。大丈夫です。目撃情報は大体零時ごろに固まっているので、このまま四時間程度待てば・・・・」
「長すぎるわアホ!」
音が鳴るくらいの力で吾一は燐の側頭部を叩いた。
「・・・・っ!!?痛い!一体何するんですか!?」
叩かれたところを手で押さえながら、訳が分からないよというような表情で吾一を見る。燐。
「零時ならなんでこんな時間から見張ってんだよ!もっと後でいいだろうがよ!」
「でも、もし早めに来たらどうするんですか!備えあれば憂い無しってことわざ知らないんですか!?」
「お前こそ、過ぎたるは及ばざるが如しってことわざ知ってるか?」
「・・・・・・す・・・・・・すぎたる・・・・は?」
燐は突然何も言わなくなり、考え事をしているかのような表情になった。
「おい、お前まさか」
吾一が呆れるような顔をする。
「それの意味、知らないのか?」
「あ、いえ・・・・。その、何というか、こういうことにそのことわざは当てはまるのかな~って思って・・・」
そういわれた吾一もちょっと不安になってきたようだ。
「そりゃぁ・・・・あ、でもほら、早すぎるのは遅すぎるのと同じような事だ、みたいなさ・・・」
「ええと・・・・・だからその・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何かを言おうとしたところで、燐の体がバランスを失い、後ろに倒れそうになった。
「あっ!おいっ!」
すかさず倒れかかった燐の背に腕を回し体を受け止めた吾一。少し動揺している。
「おい・・・・。どうした?腹でも痛いのか?」
しかし燐は何も答えない。眠っているような状態、眠っているような顔、眠っているような息遣い・・・。
「・・・・・・・・・・・寝てんのか?話の途中で寝るって一体・・・・・・・あ、そうか。そう言うことか・・・・」
そう言えば一昨日くらいだっただろうか、燐は『人界はやたらと疲れる』みたいな事を言っていたなぁと吾一は思い出す。
「しゃーねーな・・・・・・・・・」
吾一は小さくため息をつくと、畳んであった布団を敷いた。そして燐をお姫様だっこのように持ち上げ、起こさないようにゆっくりと布団まで運び、そっと降ろした。
ふと、寝ている燐の頬をつねってみたいと言うような衝動に駆られたがそこは吾一、理性が勝利し何もせずにすんだ。
さすがに夏は夜といえども暑い。観念してクーラーをつけようと思い、開いていた窓を閉めるために窓に近づく吾一。ふとその目に一瞬、犬のようなものが映った。
「・・・・・ん?」
よく見てみると、野良犬が先ほど吾一が仕掛けた生ゴミを漁っているではないか。吾一の心拍数は急激に上昇した。
「(すげぇ・・・・・・・・まさか本当に来るなんて・・・・)」
吾一は急いで玄関でサンダルを履き部屋のドアを開け放つ。そして長くない通路を走り、一階へ続く階段を駆け下りた。
「(まだいてくれよ・・・・・・!)」
なるべく音を立てないように、かつ素早く階段を下りていく吾一。下りてアパートを出ればゴミ捨て場はもうすぐそこだ。
急いでアパートから前の通りに出る。犬はまだいた。漁っている。吾一は上がっていた呼吸を何とか元に戻し
「お前・・・・・・・・・・・・・人面犬か?」
と言った。
しばしの沈黙。そうして、ゆっくりと犬が吾一のほうを振り向いた。人面だった。
「・・・・・・・・・山崎吾一だな?」
人面犬は名乗ってもいない吾一の名をぴたりと言い当てた。
「な・・・・・・なんで分かったんだ?」
驚く、吾一。それはそうだろう。名乗ってもいない名前を当てられて、驚いて当然だ・・・・がその前に人面犬自体に驚いてほしい。
「おや、『妖界の巫女』に聞いたとおりだ。さすがはあの娘だな」
「・・・・・・・『妖怪飲み子』って、誰だ?何でも飲み込む化け物のことか?ってことは俺そんなやばいヤツに狙われてんの!?ちっくしょーあの小娘ぜってー許さねぇ!」
「違うぞ。『ヨウカイノミコ』だ。吾一よ、お前の大好きな巫女さんだ」
人面犬は渋い顔といい声でそう話す。
「巫女さん・・・・?俺が巫女さんが好きだと誰に聞いた。その『妖怪の巫女』か?」
「そうだ。彼女の言うことは当たる。というか当たらないことは言わない」
「ふーん・・・・・・巫女の妖怪もいるのか・・・・・・・・まあアリか・・・・?」
またもや一人でうなづく吾一。
「違う。『妖怪』ではない。『妖界』だ。間違えるなよ」
人面犬は最後にそういい残すと、急に吾一に背を・・・・いや、尾を向け、暗い夏の闇に溶けていなくなってしまった。
「『妖界の巫女』ねぇ・・・・・・・・・・・・・・・・美人なのかな・・・?」
人面犬のことなどどうでもいい吾一であった。




