朱祢
「いや~、燐ちゃんが一人で人界に行くってなった時はホントどうなるかと思ってましたが、吾一さんなかなかよさそうな人でウチは安心しましたよ」
朱祢と名乗った少女は聞いても無いのにぺらぺらと喋り始めた。
「ほんとはウチも一緒に付いて行ってあげたかったんですけど、仕事がありましてね~・・・。燐ちゃん、吾一さんの前ではどんな風に振舞ってます?」
朱祢はふと吾一のほうを振り返った。吾一はというと、台所・・・というか、コンロの脇のスペースでお茶を入れている最中だった。
「え?ああ・・・・・・なかなかめんどくさいところもあるけど、今のところはカワイイやつですよ」
「ですよねー!そうなんですよ。彼女はそこがいいところなんですよね~」
朱祢の言っていることがよく分からない吾一であった。
「ところで、燐ちゃんは今どこに?」
聞くのが少し遅いような気もする。
「燐さんには買い物に行ってもらいましたよ」
お茶を飲みながらそう答える吾一。
「あれまあ意外。こき使ってるんですね。でもまあ彼女Mですしそれくらいのほうがいいかもしれませんね」
「ええっ!あの態度でMなんですか?」
「ええ。ま、ウチから見たらの話ですけどね。それにしても、人間って面白いですねぇ・・・・。あ、今のはちょっと不謹慎だったかな?」
「不謹慎?」
「ええ。半年ほど前まで、ここからそう遠くない神社に代ちゃんって娘がいましてね・・・・・その娘は妖怪とか、こき使ったりしてなかったです。その点、吾一さんはなかなか面白いですね」
「はあ・・・そうですか・・・」
半年前まで、という言葉が少々気になったが、詮索はしないでおいた。
「代ちゃんは本当にいい子だったんですけどねぇ・・・・」
朱祢はカーテンの隙間から見える月を見つめていた。どこか悲しげだ。
「ま、その話はさておき」
表情がパッと明るくなる。
「お腹すきました。何かご馳走してくださいよ」
「うわ、いきなり自分勝手ですね」
「ええ。私もこれくらい自己中で身勝手なほうがいいかなって思いましてね」
そうこうしているうちに、燐がお遣いから帰ってきた。
「ほら、吾一さん。買ってきたよ」
玄関に入るなりそう言う燐。買い物袋を廊下に置き、靴を脱ごうと下を見た時、見覚えのある靴を見て誰がこの家に来ているのかを即座に察知した。
「えっえっ?もしかしてもしかして!?」
短い廊下を走る。今には全身朱づくしの女の子がいた。
「朱姉ェ~!!」
燐は朱祢に抱きついた。
「お~よ~しよし。久しぶりですね~」
朱祢はお姉さんっぽくそう言うと、燐の頭をなでてやった。どうやら姉さん的存在のようだ。あかねえとか呼んでたし。
「朱姉はどうしてここにいるの?仕事?」
燐は少々はしゃいでいた。でも、冷静に考えると燐がここにきたのは三日前くらいの話だ。そんなに懐かしいのだろうか?
「ウチはちょっと、別のところに用事がありましてねぇ。ついでに寄っただけですよ」
「用事って?またあの神社のこと?」
あの神社?あの神社って一体どの神社だ?と思う吾一。
「ええ、まあ、そんなところです。新しい代わり人が見つかったらしいので、ご挨拶に伺ってきたのですよ」
こうして聞いてみると、朱祢は誰に対しても敬語っぽく話しているようだ。
「そうなんだ。よかったね。新しい代わり人さん見つかって」
「ええ。まあ・・・・・。ところで夕飯にはしないんですか?ウチはお腹ぺこぺこです」
朱祢は吾一の目を見てわざとらしく自分のおなかの辺りに手をやった。
「・・・・・分かりましたよ。夕飯はうちで食べてってください」
完璧にこの台詞を言わされている吾一。ため息をつきながらそう言ったが内心それほどうんざりしている訳でもなかった。
「じゃあ、適当に作ってるから、お二人さんは適当に遊んでてください」
普段なら燐に対してこんな言葉遣いはしないのだが、今は朱祢がいるので仕方が無い。吾一はふうとため息をつくと、燐が置いた買い物袋を拾い上げた。
「・・・・・・・まあ、一通りちゃんとそろってるな」
そうつぶやき、横目でチラッと二人を見る。楽しそうにじゃれあっていてなかなかほんわかとした風景だ。これで人間じゃないなんて信じられない。
吾一は軽く笑うとポケットラジオの電源を入れ、イヤホンを耳に当てた。
二十分ほど経過した。吾一の部屋にはぐつぐつと言っている鍋の音と、吾一が動いた時の床の軋む音、それと燐の寝息だけが聞こえていた。
夏だと言うのに、ひんやりとした風が窓から遊びに来ている。そのたびにカーテンが小さく揺れ、部屋を涼しくしていった。
「・・・・・・吾一さん、ありがとうございます」
朱祢は眠っている燐の顔を見ながらボソッとそう言った。だが、吾一から返事は無い。
「・・・・吾一さん?」
不思議に思った朱祢が吾一のほうを振り返る。すると、吾一の耳の辺りから何かのコードがのびていることに気がついた。
「・・・・・・・聞いてない、か」
また、独り言のように小さく言う。
部屋にカレーの匂いが漂い始めた。
「あら、なかなかいい匂い」
朱祢がそう言うと
「当たり前です。俺の作る料理なんだから」
と、吾一の声が返ってきた。ちょっとびっくりして振り返る朱祢。さっき見た時と同じような姿だ。
「・・・・・・もしかして、さっきの・・・・・実は聞こえてました?」
朱祢はちょっと恥ずかしそうに言う。
「ええ、まあ」
吾一は朱祢の方を振り向きもせず、さらっとそう返す。あくまでも料理優先のようだ。カレーなのでそんなに集中するようなほどでもないのだが。
「あれまあ、ホントに意地悪な方なんですねぇ」
「何とでも言ってください。僕は典型的な自己中人なんで」
吾一は無関心そうにそう言う。適当に返事をしているらしい。
「・・・・できた」
そう言うと吾一は二人のほうを振り返った。
「できましたよ」
「・・・・・だそうですよ、燐。起きなさい」
燐を揺さぶる朱祢。
「・・・・・・・・・・・・・・っ~。ふう。よく寝た」
むくっと起き上がる燐。
「お、いい匂いですねぇ。さすがは吾一さん。世界一の料理人なだけありますなぁ」
「おい、お前。今俺のこと絶対馬鹿にしただろ」
とたんに吾一の目つきが鋭くなる。燐はそれに対し
「いやいや、素直にほめてるだけですよ」
と言うもののニヤニヤしている。これは間違いなく馬鹿にしている。
「まあまあお二人とも落ち着いて。とりあえずご飯にしましょうよ」
朱祢が二人を何とかなだめる。多分彼女がこの二人の仲裁をするのは早く食事にありつきたいからだろう。
「・・・・・・・・しゃーねーな・・・。今回ばかりは見逃してやるぜ。じゃ、ご飯にしましょうか」
吾一はキッと燐をにらんだ後、優しそうな顔で朱祢にそう話しかけた。
「そうしましょ」
パンっと、朱祢は胸の前で一度手を叩いた。
「あ、じゃあ、今日はどうもありがとうございました。夕飯までご馳走になっちゃって・・・」
玄関で朱祢が吾一に頭を下げる。
「いえ、またきてくださいね」
吾一も軽く頭を下げる。半分社交辞令で半分本音だ。
「じゃあ、燐も頑張ってくださいね。ウチもまあいろいろと手助けしますから」
その言葉に燐はうんうんとうなづく。
「まあ、私一人で何とかするよ」
「そうですか?まあとにかく、吾一さんには迷惑かけないようにしてくださいね。それじゃ、おやすみなさい」
朱祢はそう言って玄関のドアを開け、吾一に一礼してからドアを閉めた。
「・・・・朱祢って人、なかなか礼儀正しいな。お前とは大違いだ」
と、燐を見下ろす。
「ちょっと、見下さないでくださいよ!」
吾一の顔を見上げながらそう返す燐。
「しゃーないじゃん。俺のほうが背高いんだし」
吾一は自分の頭の上ら辺で手をヒョイヒョイやっている。どうやら一目瞭然な二人の背丈の差を比べているようだ。
「ま・・・まあそれはそうですけど・・・・。でもだからって・・・」
燐がそう続けようとしたとき、吾一が手のひらを燐の顔の前にパッと突き出し話をさえぎった。
「まあ今日はこのくらいにしとこう。ドラマが始まる時間だ」
くるっと方向転換して今に戻る吾一の背中をぽかんと見つめる燐。しかしすぐにハッと
「もしかしてこの間の『踊るダンサー』ってヤツの続きですか!?私も見たいです!」
廊下から居間へと飛び込んだ。




