夏のラーメン
翌朝七時。
吾一はいつも通りに目を覚ました。今日は水曜日だが、夏休みなので学校はない。ちなみに部活はやってません。
(ふう……さて、朝なんだしあの幽霊はもういないだろうな〜)
吾一は部屋の隅に目をやった。
(あ、いた〜………)
少女は、座っていたままの形で床に転がって寝ていた。
(めんどくせ〜………)
とは思いつつも、吾一は少女を布団まで引っ張って寝かせておいた。幽霊といえど、女性には優しくしないと。
「あ〜……腹へったなぁ……」
顔を洗うため洗面所に向かった。鏡にはどこにも異常がなく、ただ普通の鏡だった。
(そうだよな……。鏡から人間が出てくる訳ないよな……。やっぱ、あいつは幽霊か)
吾一はそう思いつつ、顔を洗った。
「さて、朝飯にするか……」
と言っても、食べるものは炊飯器の中のご飯しかなかった。
(ん〜……まあ、あれは幽霊だし飯食わないよな)
吾一は勝手にそう思い込むと、自分の分だけ食事の準備をした。
(よし、そろそろ日光でもいれるかな)
朝食を終えると吾一は部屋のカーテンをさっと引いた。まぶしい日の光が少女の顔を照らすが、一向に起きる気配はない。
「おっと、今日はスーパーの特売日だったな」
吾一はそう言うと、広告を持ってスーパーに買い物に出掛けた。
「ふあぁ〜…………。うん、よく寝た」
少女は体を起こしてうーんと伸びをした。部屋をきょろきょろ見回すと、壁掛け時計が目に入った。時間は九時四十分を指している。
(あれ……?昨日の男の子いないなぁ……。お出かけかな?)
少女は静まりかえった部屋を見てそう思った。
「あ、そーだ。どんな所に住んでんのか、今のうちに見とこーっと」
少女はそう言って、狭い吾一の部屋の扉を全てチェックした。
「トイレねぇ……」
「お、お風呂だ!ちゃんと追い炊きも出来るんだー」
「ここは………物置かな?」
少女は一人感心していた。
「それにしても……何だか、人界は疲れるなぁ……」
少女はそう言うと、ふらふらともといた部屋に戻り、布団にパタンと倒れてまた眠ってしまった。
「ただいまー」
吾一が家に戻ってきたのは十一時を少しすぎた頃だった。
いつものようにだれもいない部屋にそう挨拶をする。まあ、今日は少し違うのだが。
吾一は荷物を冷蔵庫まで運ぶついでに布団の方をちらっと見た。さっきと体勢は違うがまだ寝ている。よほど疲れているのだろうか。
(やっぱ幽霊………なのか?)
試しに寝ている頭をぽんと軽く叩いてみた。手には頭の感触が残る。が、少女は起きるそぶりも見せない。
「………まったく、図々しい幽霊だな」
吾一はそう言うと、昼食の準備に取りかかった。どうやらラーメンを作るようだ。
サクサクトントンという、包丁とまな板と野菜の作り出す独特の音で、叩いても起きなかった少女は目を覚ました。
「ん〜…………」
目をこすってから、音のする方を見る。昨日の夜〔正確に言えば今朝〕鏡から自分を引っ張り出してくれた少年が背を向けて料理をしていた。
(ん〜……何だろ?お腹減ったな………)
そう思っていると、突如少女のお腹の虫が大音量で鳴いた。
「あ、幽霊。やっと起きたみたいだな」
少年は少女の方を向いてそう言った。
「幽霊………じゃないです」
少女がそう反論する、が、空腹であまり力が出ない。
「…………腹減ってんの?」
そう聞かれたので、少女は黙ってうなずいた。
「ふーん………。まあ、あと十分ほど待っててくれ」
少年はそう言うとまた少女に背を向けた。
「ほい、お待ち」
吾一は小さなテーブルに向かって座っている少女の前にラーメンを置いた。
「料理……上手いんですね」
少女がそう言ってきた。
「ん〜……普通じゃん?それよりさぁ、何やかんやで聞く暇無かったんだけどさ………………………君、誰?」
そう言うと吾一は少女に向かい合うように座った。
「……………あ、申し遅れました。私ははるばる妖界からやってきた十骸燐と申します」
「と………トムクロリン?新しい物質か何かか?」
「とむくろ、りん、です!妖界から来たの!」
「よ……ヨウカイ?」
「よ、う、か、い、です。妖怪の妖に世界の界です」
「何それ?」
「妖界とはですね、人界、冥界、妖界と言う三つの世界の一つです」
「あ……あそう。で、妖界から来た妖怪さんが何しに?」
「ちなみに人間です」
「人間なの!?」
「多分」
「ふ〜ん………。で、何しにウチに来たの?」
「何しにって………居候です」
「居候かよ!………一体……何の目的で?」
「これから言うこと、信じてくれますか?」
燐は吾一の目を見つめてきた。何か真剣っぽい。
「信じるも何も、鏡から出てくるの目の当たりにしたんだから信じないわけ無いって」
吾一はそう答えた。
「実は……人界に逃げ込んだ妖魔を連れ戻しに」
「逃げたの!?………一体どんくらい?」
「ん〜………ざっと二〜三ですかね」
「なんだ、たった三匹か」
「あ、違います。二〜三百匹です」
「多っ!何でそんなに逃げ込んできたの!?」
「あ、いや……私と友人がヘマしちゃって……」
「ふ〜ん………。で、何で家に?他にたくさん居候する場所あったでしょ」
「いやいや、様々な候補者を調べたんですよ。その結果、あなたは一人暮らしだからもう一人増えたところで特に支障はないだろうと言うことで」
「すごい支障あるんですが……。それに、一人暮らしの奴なんかたくさんいただろ?」
「いやいや、もう一つあるんですよ理由。……あなた、妖魔を集めやすい体質なんですよ」
燐は真剣な目つきで吾一のことを見てきた。
「んな馬鹿な。俺にそんな体質があるわけねーだろ」
吾一はそう言って笑い出した。
「昔から、誰もいないところで視線を感じる」
燐がそう言った。すると、吾一の笑いが急に止まった。
「誰もいないのに声がする、足音がする、置いたものの場所が変わっている。ありませんか?そーゆーこと」
「………………ある」
吾一は小さく返事をした。
「そうですよね。それの方が、私には都合がいいんです。ほら、狩りをするときも、自分から探しに行くよりも餌の近くで待ち伏せする方が楽ですよね?」
「つまり、俺は餌か」
「そーゆーことです」
「おまえが失敗したら俺喰われるやんけ!」
「あぁ………それは、し、失敗しないと思うので、多分……大丈夫です」
「多分、と言う単語を聞いたということは、近いうちに遺書を書かなくちゃいけなくなるな」
吾一は真顔で机の引き出しからお手紙セットを取り出した。
「そ、そんなに心配しなくても私が守りますよ!多分………あっ」
吾一は一行目を書き始めた。
『父さん、母さん、この手紙を読んでいる頃、私はもう』
「そんなの書かなくても私が絶対に守りますっ!」
燐はしゅばっと音を立てて吾一から手紙を奪い取ると、手のひらから出した青い炎で焼いてしまった。
「え?今の何?マジック?」
燃える瞬間を見た吾一は目をみはった。燐はそれを見て何だか自慢げにしていた。
「今のは、燐火って奴です。わかりやすく言うと、人魂?ですかね」
燐はそう説明する。
「へー……便利な手品持ってんなぁ……。そうか!燐だから燐火使うのか!」
吾一はポンと手をたたいた。それを見た燐は
「いやいや、燐火を使うから燐なんです」
と言った。
その意味を理解できなかった吾一は、しばらく首をかしげていた。その後、理解したのか分からなかったのかは不明だが、なぜかうんうんと一人、首を縦に振っていた。
「あ、そうだ吾一さん。午後暇ですか?」
燐がそう聞いてきた。
「午後?………まあ暇だけど何か?」
吾一が普通に返してきたので燐は少し驚いたような表情を見せた。
「え〜……今のは普通『何で俺の名前知ってんの?』みたいな反応するんじゃないんですか?」
「何で?俺のこと調べたんでしょ?だったら名前くらい知ってても驚かんよ。で、何?午後何かあんの?」
「………まあいいか。実は、早速妖怪が人界に溶解してしまう前に妖界に連れ戻そうと思って」
「何だか複雑な文章だな」
吾一も自分のラーメンを食べ始めた。ちょっと麺がのびていた。




