鏡の中からこんばんは
『お〜い……誰か〜………』
そんな声を聞いたような気がして、どこにでもいる普通の高校生、山崎吾一[やまさきごいち]は目を覚ました。枕元にある目覚まし時計を見ると、まだ午前三時だ。
「ったくこんな時間に……。どこのどいつが騒いでんだよ……」
吾一はそうつぶやくと、また布団をかぶった。
『お〜い……だ〜れか〜……』
まだそんな声が聞こえる。さっきからもう二十分はたったはずだ。
「も〜うるせぇなぁ……………ん?」
よくよく耳を澄ませて聞けば、声は家の中からしているようだった。
(おかしいなぁ……ラジオ切ってあるはずなのに……。まさか、父さんと母さんが帰ってきたって訳もないしなぁ……)
吾一の両親は今、仕事でスイスに行っているのだ。なので彼は今アパートに一人暮らしなのである。
(まさか泥棒的な何かか?)
ほんの少しだけ心配になった吾一は、近くにあった一メートル物差しを手に持ち、廊下を声のする方へゆっくりゆっくり歩いていった。どうやら、洗面所から声がするようだ。
(まさか……そんなまさか…!もしかしたらコレは……!)
吾一はまさかのことを考えてしまった。しかし、恐怖心よりも、確かめたいという心が勝ってしまった。
覚悟を決めて、吾一は洗面所を覗き込んだ。誰もいない。しかし声はする。鏡にも吾一の姿しか…………ん?
「おわぁぁぁぁっ!?」
何と、鏡には自分以外の少女の姿が映っている。
「えーっ!嘘ォ!マジで!?」
吾一はすぐさま後ろを振り向いた。しかし誰もいない。
『お〜い、た〜すけて〜』
鏡の中の少女がそう言った。
「無理無理無理無理!どうせ近寄ったら鏡の中に引きずり込む気なんだろ!この幽霊がっ!」
吾一は叫びながらそう言う。
『……どう思うのは自由ですけど、ご近所迷惑になるんでもっと小さい声で喋ってください』
少女は人差し指を自分の唇にあて、そう注意した。
「ちくしょう……幽霊まで俺のこと馬鹿にしやがって」
『それより、ここから出してくださいよ〜』
「馬鹿野郎。鏡の中からどうやって出るっつーんだよ。それとも何か?テレビの中からでも出てくんのか?残念だったなうちテレビ無いんだよー!」
『いやいや、そっちから私を引っ張ってくれればいいんで』
「ひっぱる?」
『ええ。ま、とにかくお願いしますよ』
「そうやって俺を鏡の中に……」
『そんな事言ってるといつまでたってもモテませんよ』
「……………………チッ」
仕方なく吾一は鏡に手を触れてみた。すると、ぐわんと鏡の中に手が入った。
「うわっ」
そう言う吾一の手を、鏡の中の少女が掴んだ。
『じゃあ、引っ張ってください』
「引っ張るって……洗面台が邪魔なんだがな……」
『なあに、あなたが受け止めてくれれば大丈夫ですよ』
そう言われたので、仕方なく吾一は少女を鏡から引っ張り出す。
『あイタタタタタタ!』
少女が何だか痛そうな顔でそう言う。
「ほらほら、頑張れよ」
『痛っ……あーっ!ちょ!バランスが!体支えてくださいよ!』
「…ったく、注文の多い幽霊だなぁ……。ほら、これでどうだ」
『あっ!そこはいかんですよ!くすぐったい!ちょっと!だめだったら!』
少女はじたばたした。
「ったく、いちいちうるさい幽霊だな……………とりゃぁ!」
吾一は思いっきり少女を引っ張った。
「ぎゃあ!」
どてん、と音を立てて、少女は床に落ちた。幽霊にしては意外と普通な服装だ。
「あたたたたた………。もー、受け止めてくれたっていいのに」
少女はそう言って立ち上がる。
「馬鹿野郎。幽霊がこんなに重いとは思わなかったよ」
吾一がそう言った。だが、少女はそれを無視して廊下を歩き始めた。
「おい、どこ行くんだよ」
少女は勝手に部屋に行くと、部屋の隅に両脚を抱えて座り込んだ。
「まさか、この家に憑く気なんじゃないだろうな!?おい!」
近付いても反応がない。よくよく見るともう眠っていた。
(ったく、幽霊にしては変な奴だな)
吾一はそう思った。
その後、少女をどうにかして起こそうとしたのだが、一向に起きる気配がなかったので、吾一も寝ることにした。




