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もう私なんて用済みなのでしょう?こちらから出て行くので、どうかご安心ください。  作者: 木山楽斗


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第4話 受け止められて

「なるほど、それは大変でしたね……」

「ええ……」


 私は、ラファント様に自身の身に起こったことを話していた。

 ほとんど、包み隠さず話したと言っていいだろう。話し過ぎてしまったとさえ、言えるかもしれない。


 とはいえ、それ程問題はないだろう。ラファント様が、私達三家の問題に介入する意味はない。

 そして彼は、わざわざ噂を流すような人でもないだろう。ここだけの話として、受け止めてくれるはずだ。


「バリウス伯爵令息の行いは、紳士なものであるは言えませんね。正直な所、僕は彼に対して憤りを覚えてしまいます。クーリア嬢のような優しい方を、まるで道具のように言うのは、到底許せるものではありません」

「ラファント様……」


 ラファント様は、少し表情を強張らせていた。

 それだけ彼は、怒ってくれているということだろうか。それが私は、嬉しかった。思わず、笑顔になってしまうくらいに。


「クーリア嬢、僕に何かできることはありませんか? あなたとの縁は、僕にとって良いものです。あなたが困っているというならば、力を貸したいとそう思っています」

「それは……」


 ラファント様の言葉に、私は今度は驚くことになった。

 彼が介入する理由はなかったはずだが、どうやらこの縁がそうなってしまったらしい。


 それは、ありがたいことではあった。ただ受け入れるべきではないだろう。

 私に手を貸すことで、彼の評判に傷がつくかもしれない。その可能性は低いとはいえ、それでも無暗に争いに巻き込むべきではないように思える。


「……そう言っていただけるだけで、充分です、ラファント様。なんというか、少し報われたような気がします」

「クーリア嬢……」

「それに、ボルガン伯爵家はそう長くないと思います。エスカー侯爵家が動き出しているでしょうから。お義姉様などは、私のことをかなり可愛がってくれていますから、きっとエスカー侯爵家が、ボルガン伯爵家の行いを糾弾することでしょう」


 そもそも、ラファント様に手を貸してもらう必要は、ないといえる。

 ボルガン伯爵家は、エスカー侯爵家との抗争に負けるが故に、ケーン伯爵家との関係を作り出した。二家の力関係は、明白なのだ。

 ケーン伯爵家の仲介がなくなった以上、ボルガン伯爵家は倒れるだけだろう。バリウス様は、その辺りに関してよくわかっていなかったようだが。


「……強いて言うならば、もう少しこの旅行に付き合っていただけませんか? 今は家のことなどを忘れて、楽しみたいと思っているんです」

「……なるほど。それは確かに、僕でしかできないことなのかもしれませんね」

「ええ、この後は最寄りの町のレストランに行くつもりだったんです」

「有名な所ですね。僕も予約していますよ。時間は五時です」

「奇遇ですね? 私も同じ時間です」


 私は話を変えることにした。ボルガン伯爵家のことなんて、今は忘れていたかったから。

 この旅行は、そもそもそういうものだ。それはきっと、ラファント様も同じである。

 今はただ、色々なことを忘れて楽しんだ方がいいだろう。どの道、家の事情とは向き合うことになるのだから。


◇◇◇


 私は、ラファント様とともにとある町のレストランに来ていた。

 同じ時間に予約していた私達は、店側の厚意もあって、同じテーブルにつくことができていた。

 そこで振る舞われる料理というものは、評判通りおいしい。地域の名産である牛肉を使ったステーキは、肉が柔らかくまた味わい深い。


「評判通り、おいしいものですね……いや正直な所、とても驚いています」

「そうですね……本当においしいです」

「……ありがとうございます」


 私とラファント様は、店主の男性――ゼルダンさんに料理の感想を述べていた。

 柔和な笑みを浮かべる彼は、一流のシェフであるようだ。振る舞われた料理からも、それはよくわかる。


「貴族の方にそう言っていただけると、自信になります」

「ああいや、申し訳ない。僕の言葉は、もしかしたら不愉快なものだったかもしれませんね。決してあなたを侮っていた訳ではないのです」

「いえ、当然のことです。貴族の方々は、普段から一流のシェフが作る料理を食されているのですから。公爵家の方ともなれば、猶更でしょう」


 ゼルダンさんに、ラファント様は謝罪した。それは驚いたという言葉に関して、だ。

 彼のレストランは、言ってしまえば貴族向けのものではない。こうして、私達も受け入れてもらえているが、本来はどちらかというと大衆のものだろう。

 しかし、彼の料理の腕というものは、貴族の家で食事を作るシェフに勝るとも劣らない。それは私達にとって、驚くべきことであった。


「……ゼルダンさん、この際ですから、一つ質問をしてもよろしいでしょうか? 私もあなたの料理は、本当においしいと思っています。その腕前から、それこそ貴族などから声をかけられたことはあるのではありませんか?」

「……そうですね。光栄なことに、声をかけていただいたことはあります。シェフとして雇いたいと、そう言われました」

「やはり、そうでしたか」


 この腕前の料理人を、貴族が放っておく訳もない。私とて、そういう考えが頭を過っていたくらいだ。

 しかし彼は、そうしなかった。そこには何かしら、意味があるような気がする。その理由というものは、できれば聞いておきたいものだった。


「ゼルダンさんは、それを断ったのでしょうね? それはどうして、ですか?」

「私にとって、大切なものが別にあったからでしょうか……」

「大切なもの、ですか?」

「私は元より平民の出ですから、貴族の世界に足を踏み入れようなどとは思えませんでした。こうして町で小さなレストランを構えて、料理を食べていただいた方の笑顔を見れる方が性に合っていたということです」


 ゼルダンさんは、店内を見渡していた。

 この店は、彼の誇りであるのだろう。その表情を見て、それがよくわかった。

 もしかしたら、私達のような評判を聞いて来る貴族などは、疎ましいものなのかもしれない。貴族の中には、ひどく身勝手な人もいるから。


「……教えていただき、ありがとうございます。ゼルダンさん、これからもどうか頑張ってください。私も陰ながら応援しています」

「ありがとうございます」

「ただ、一つだけ覚えていてください。貴族であっても、おいしい料理を食べると笑顔になるということを。そういった意味では、私達も変わらないものなのです」

「……なるほど、確かにそうですね。ええ、お二人の笑顔が見れて良かったと思っています」


 私の言葉に少し驚きながらも、ゼルダンさんは一礼して笑顔を浮かべた。

 それから彼は、その身を翻す。ゼルダンさんの仕事は、まだこれからだ。もっと多くの者に、料理を振る舞うために、彼は厨房に向かっていった。


「……クーリア嬢」

「え? ああ……」


 ゼルダンさんが去っていた後、対面にいるラファント様に声をかけられた。

 そこで私は、少しはっとする。少し自分の世界に、浸り過ぎていたかもしれないと。


「すみません、ラファント様。ラファント様も、ゼルダンさんに言いたいことはありましたよね?」

「ああいえ、僕のことは気になさらず。きっと、大したことは言えなかったでしょうから」

「そうでしょうか?」

「ええ、少なくともクーリア嬢のように立派なことは言えなかったでしょうね。そういう所に関して、僕はあまり気が利かないようですから」

「そんなことは、ないと思いますが……」


 結局、ゼルダンさんに対して、ラファント様はほとんど何も言えなかった。

 彼が喋るべき時間を、私が奪ってしまったといえる。ゼルダンさんに迷惑をかける訳にもいかないため、喋れる時間は決まっていたというのに。


「いえ、僕は本当にそうだったのだと思います。この料理を食べて、驚いたなどと口にした時点で、自身の器の小ささというものを思い知りましたから」

「器の小ささ?」

「僕は結局の所、このレストランの味が公爵家で勤めるシェフに及ばないだろうと思っていた、ということですから。少し見下した所があったのだと、よくわかりました。そういうことは、嫌いなはずだったのですが、僕は高慢な貴族でしかなかった」


 ラファント様は、少し落ち込んでいるようだった。あの一言だけで、そこまでなるものだろうか。

 いや、それだけラファント様が真面目だということなのかもしれない。彼はなんというか、真っ直ぐであった。そういったあり方には、好感が持てる。


「ラファント様、そのように反省できる時点で、あなたは高慢な貴族ではないのだと思いますよ。それに驚いたのは、ラファント様が自身の権力と地位の高さをわかっているから、ということでしょう」

「それは、好意的に考え過ぎではありませんか?」

「そうでもありませんよ。私は、よく知っていますから。貴族の中には、身勝手な人も多いものです。でも、あなたはそうではありません」

「クーリア嬢、それは……」


 私の言葉に、ラファント様は言葉を詰まらせていた。

 少しずるかっただろうか。バリウス様などのことを持ち出すのは。

 とはいえ、それは私の紛れもない本心だ。ラファント様は、立派な貴族である。公爵家という高い地位にありながらも、正しい在り方というものを模索している。


「それに、そのように辛気臭くなることの方が、この店に対して失礼だとは思いませんか? こうしておいしい料理を食べているというのに、顔を曇らせるなんて良くありませんよ」

「……それは、確かにそうですね。言わてみれば、申し訳ありません。僕が空気をおかしくしてしまいましたね?」

「お気になさらず。さあ、食べましょう。せっかくの料理が冷めてしまわない内に……」


 空気を変えるべく、私は料理の方に意識を向けるようにラファント様に言った。

 いや、これは単純に、私がもったいないと思ったからかもしれない。

 ともあれ、こんなにおいしい料理を食べているのだから、やはり暗いことなど考えるべきではないだろう。ゼルダンさんのためにも、目の前にある料理を楽しまなければ。

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