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もう私なんて用済みなのでしょう?こちらから出て行くので、どうかご安心ください。  作者: 木山楽斗


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第3話 復縁のために(バリウスside)

 クーリアとの離婚は、バリウスにとって望ましいものであった。

 彼は妻であった彼女のことを疎ましく思っていたのだ。家の方針に従って結婚したものの、合わないと感じていたのである。

 故に彼女が持ち出した離婚届にサインすることに、躊躇いなどはなかった。それで自身が関係を持つミルティアも納得させられるので、良いことだと思っていたのだ。


「……この大馬鹿者が!」

「あぐっ……」


 しかし、バリウスに待っていたのは父親からの叱責であった。

 殴られた彼は、床に手を突きながら、怒り狂う父親を見つめていた。何故、そうされたのか、バリウスには理解できなかったのである。


「父上、何をするのです……僕が、何をしたというのです?」

「クーリア嬢との離婚など、誰の許可を以てサインした? この家の当主が誰であるのか、お前はわかっていないのか!」

「お、お言葉ですが、僕だってもう一人前です。父上の判断を仰がずとも、ことはなせます。クーリア嬢との離婚など、些細なことでしょう。言い出したのは、彼女でもあります」


 父親の言葉に、バリウスは反論した。

 彼にもプライドはあった。ボルガン伯爵家の次期当主として、父親を説き伏せられると、自分が正しいと思っていたのである。


「クーリア嬢との離婚が、些細なことだと? その認識の甘さが、何を招くかわかっているのか? ケーン伯爵家との関係がなくなれば、何もかも元通りではないか」

「元通り?」

「エスカー侯爵家のことだ! あの家が何故、大人しくしているのか、引きさがっているのか理解していなかったのか? クーリア嬢とお前が結婚しているから、そうなっていたのだぞ?」

「わ、和解は成立したはずでしょう?」

「それは最早、意味などないわ。状況が変わった今、あんなものは吐き捨てられるだけだ」


 頭を抱える父親を見て、バリウスは自身の失敗を理解し始めていた。

 彼は知らなかったのだ。エスカー侯爵家との対立が、そこまで根深いものだったということを。バリウスは今まで、家のことを深く考えてはこなかったのである。


「くそっ……このままではこの家は、エスカー侯爵家によって打ち滅ぼされてしまう。追い詰められたからこそ、お前とクーリア嬢を結婚させて、ケーン伯爵家に仲介してもらったというのに」

「父上……」

「うるさい! 黙っていろ。私はこの状況をどうにかしなければならない。くそっ、みすみすクーリア嬢を逃がしよって、書類にサインする時は考えろ。くうっ……」


 頭を悩ませる父親に、バリウスは息を呑んだ。

 このままだと家が危ない。その事実に彼もまた、打ちひしがれることになった。


 それからバリウスは、自身の失態をなんとかしなければならないと考えた。

 このままでは父親にさえ見限られる。そう思ったバリウスは、状況を打開するべく、行動を開始するのだった。


◇◇◇


 バリウスは急いでいた。状況を打開するためには、とにかくクーリアに会わなければならない。彼は彼女との復縁を考えていた。

 しかし、ボルガン伯爵家の屋敷を出ようとしていた彼は足を止めざるを得なかった。ミルティアが訪ねて来たからだ。バリウスは彼女によって、足止めされていた。


「バリウス様、離婚おめでとうございます。これでやっと、一緒になれますね?」

「……ミルティア、今僕は忙しいんだ。その話は今度にしてくれ」

「今度? 何を仰るのですか? 私達の将来に関する話以上に、大切なことなどないはずです」


 バリウスの言葉に、ミルティアは少し不愉快そうに眉をひそめていた。

 それが何故であるか、バリウスはよく知っている。ミルティアが自身の結婚によってひどく気が立っていたことを、彼は思い出していた。


 クーリアとの離婚が成立したことによって、ミルティアは浮足立っている。バリウスはそれを感じて、辟易としていた。

 ミルティアがクーリアとの復縁に際して邪魔になる。バリウスはそう考えていた。

 しかし彼は、ミルティアに強く出られなかった。バリウスは彼女に、とにかく弱かった。


「ミルティア、どうか聞いてくれ。僕はだな、クーリアとの離婚は失敗だったと思っているんだ」

「失敗? 何が失敗だというのです? まさか、彼女に何かただならぬ思いを抱いているとでも言うのですか?」

「いや、違うんだ。ただ、ボルガン伯爵家の今後のためには……」

「私の能力を疑うというのですか? 次期ボルガン伯爵夫人として務められないと?」

「ミルティア、話を聞いてくれ」


 ミルティアは、思い込みが激しい性格である。バリウスは、それを改めて思い知ることになっていた。

 しかし彼には、時間がなかった。クーリアと早く復縁できなければ、エスカー侯爵家が動き出してしまう。バリウスはそう思っていた。


「ミルティア、君とはまた話す時間を必ず作ると約束しよう。とにかく、僕はクーリア嬢と話をつけなければならない。これは、ボルガン伯爵家の問題だ。僕も困っているんだよ。急がなければ、君との結婚どころではないんだ」

「バリウス様? どこに行くのですか」


 バリウスは説明を放棄して、その場から駆け出した。

 とにかく彼は、クーリアと接触することしか考えていなかった。バリウスは、そうすれば自らの失態を挽回できると、そう信じているのだ。


「バリウス様、待ってください! 話はまだ終わっていません。私達の未来のことを……!」


 ミルティアの言葉を聞きながら、バリウスは用意してあった馬車に乗り込んだ。

 それから彼は、御者に早く出すように指示を出す。行き先は、ケーン伯爵家の屋敷――クーリアの元であった。


◇◇◇


 バリウスは、ケーン伯爵家の屋敷に辿り着いていた。

 彼は自らの素性を明かして、クーリアに取り次ぐように頼んだ。

 しかし、その要求は通らなかった。クーリアが屋敷にいなかったからだ。


「……まさか、あなたが訪ねてくるとは思っていなかったな。バリウス伯爵令息、どういうつもりだ? 今になって、何を話したいというのだ?」

「……」


 クーリアの代わりに、バリウスは彼女の兄ギルロフとその妻であるイフェリナと対峙することになった。

 それは彼にとっては、良い状況ではなかった。クーリアの兄もさることながら、明確に敵対関係にあるエスカー侯爵家のイフェリナは特に警戒するべき相手だったのだ。


「クーリア嬢と話がしたかったのだ。離婚に関して、考え直してもらいたい。僕は彼女とまた、結婚したいと考えているんだ」

「……何を言うかと思えば」


 バリウスの言葉に、ギルロフはため息をついた。

 彼の鋭い視線に、バリウスは怯む。流石に、口を噤まざるを得なかった。バリウスとて、自身が無茶な要求をしていることがわからない訳ではない。


「クーリアから話は聞いている。あなたは、浮気をしていたようだな?」

「そ、それは……いや、僕は確かに思いを寄せている令嬢がいたが、関係は持っていない。結婚してから、そういう関係ではなかった」

「クーリアが何も知らないと思っていたのか? それはなんとも愚かなものだな?」

「な、何?」


 ギルロフに詰め寄られて、バリウスはまた怯むことになった。

 彼は、少し混乱していた。ミルティアとの関係は、クーリアにそこまで知られていないと思っていたからだ。

 彼女が見たのは裏庭の一面だけである。バリウスはそう認識していた。もっと決定的な事実は、知らないと思っていたのだ。


「クーリアは、全てを知っているのだぞ? それを聞いて俺が、どれだけ怒りを覚えたことか、お前にわかるか? 許されるのであれば、この場で殴りたい程だ」

「うっ……」

「妹を侮辱したお前が、よくものこのこと現れられたものだな? 改めて、腹が立ってきた。俺が紳士的な対応ができる内に、帰ってもらいたいものだ」


 ギルロフの気迫に、バリウスは少し後退っていた。

 しかし彼には、引けない理由があった。このまま帰ってしまえば、ボルガン伯爵家の状況は何も変わらないからだ。

 そこでバリウスは、なんとか自分を奮い立たせた。しかし、それは長くは持たなかった。ギルロフの隣にいるイフェリナの視線に、気付いたからだ。


「……本当になんとも、愚かなものね」

「くっ……あっ」


 ギルロフと同じか、それ以上の鋭い視線に、バリウスは唸っていた。

 そして彼は、改めて思い出す。ボルガン伯爵家とエスカー侯爵家の関係のことを。

 この場に、イフェリナがいる。それはバリウスにとって不幸なことであった。その怒りと憎悪を、彼は受け止めなければならないのだ。


「バリウス、ボルガン伯爵家の長男はなんとも不出来なものだとは聞いていたけれど、それは本当だったようね? あなたのような者に嫁ぐことになったクーリアが、哀れでならないわね。婚約の話が出た時に、止めておくべきだったわ」

「な、何を……」


 イフェリナの侮辱の言葉に、バリウスは拳を握りしめる。

 彼女の気迫に怯んでいた彼だが、それでもその言葉には我慢ならなかった。バリウスはその激昂に任せて、イフェリナを睨みつける。


「何を言い出すかと思えば、僕を侮辱するというのか。何様のつもりだ。そのような言い様が許されるというのか?」

「あなたに許されようなどとは、思っていないわ。どうせ、ボルガン伯爵家にはやり合うことになるのだもの」

「うっ……」


 イフェリナの続く言葉に、バリウスはあることを思い出していた。

 それは彼女が、エスカー侯爵家の出身であるということだ。自分が今、何のためにここまで来たのか。それを考えてバリウスは、握りしめていた拳を開く。


「そうだったな……あなたは、エスカー侯爵家の出身だった。いや、今の言葉はどうか忘れてくれ」

「あら、殊勝な態度ね? 一体どうしたのかしら?」

「この際、あなたに頼むとしよう。エスカー侯爵家をどうか止めてくれ。ボルガン伯爵家を打ち滅ぼそうなど、考え直すべきだろう。そんなことをして、何になるという? エスカー侯爵家の気が晴れるというだけだろう?」


 バリウスは、イフェリナをなんとか説得しようとしていた。

 クーリアとの再婚が成立せずとも、彼女を説き伏せれば、ボルガン伯爵家の状況は改善する。バリウスは、そう考えたのだ。


「そうだ。ボルガン伯爵家が倒れれば、領地の民はどうなるという? エスカー侯爵家は、民を重んじるのだろう? それとも、他家の領地の民は関係がないというのか?」

「はっきりと言って、ボルガン伯爵家の統治は、あまり良いものではないわ。色々と負債もあるそうじゃない? だからこそ、エスカー侯爵家が少し突けば倒れるのでしょう? そんな家は、いっそのことなくなった方がいいと思うのだけれど」

「いや、それは……」


 バリウスは、イフェリナに対して反論することができなかった。

 彼とて、ボルガン伯爵家の現状というものを知らない訳ではない。そもそも元よりそういった所があったからこそ、エスカー侯爵家と敵対することになったということも。


 そこで、バリウスは悟ることになった。イフェリナの説得は無理だということを。

 彼女に取り付く島はない。そう考えてバリウスは、身を翻す。


「どこに行くつもりかしら?」

「お前には関係がないだろう。くそっ、エスカー侯爵家め……」


 最後に一言吐き捨ててから、バリウスは馬車へと向かう。

 やはり、クーリアと復縁するしかない。そう考えた彼は、行き先を決める。


 ケーン伯爵家の使用人から、クーリアが旅行に行ったということは聞いていた。

 その行き先に、彼は心当たりがあった。クーリアから以前、聞いていたのだ。行ってみたい場所があるということを。

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