「ガキ」は「少女」へ
「明日、気分転換がてら街に出てみるか?」
「そやなー。こんなギラギラしたとこ、かえって気疲れするし、ええんちゃう?」
含みがあるのか本音かわからないが、ガキも同意する。
「といっても、こんな格好で歩いてたら、追いはぎのいい的だ」
「したら?」
「船乗りには船乗りの服装があるだろう」
ライトスーツのことだ。
ガキはドレス姿の自分を惜しんで躊躇したのか、少し嫌がる。
「ドレスコードのある店とか入れひんで?」
「ファストフードの店で食うのに、ドレスコードなんかない!
オマエも気取ったフレンチよりも、そろそろハンバーガーが恋しくなってきたんじゃないか?」
言われてガキはゴクンと喉を鳴らし、拳を握りしめた。
「食う!」
俺は部屋に備え付けられている電話を使い、明日外出することと、外出着にライトスーツを使いたいと伝えた。
あと、万一に備えて、護身用ピストルの手配も頼んだ。
俺の腕では襲われたときに当てられるかあやしいが、時間は稼げる。
ほんの数分、なんなら数秒でも稼げれば、どうせ護衛を兼ねた尾行が付いてくるだろうから、そいつらに任せればいい。
パラスで発砲したという情報は届いているだろうし、俺の真意を夜を徹して考えるだろう。
この家の幹部や参謀を眠らせず、判断力をマヒさせること自体が目的とは、考えれば考えるほど絶対にたどり着けない。
…………頃合いか?
俺は少し大きな声を出した。
「おい! どうせ聞こえているんだろう?
こんな格好じゃ眠れねえ。パジャマを持ってこい!
サイズは小さくなければ、でかいぶんには気にしない。
5分以内に届かなかったら、このまますぐに街に出る!」
ガキが無言で、脇腹の横で親指を立てた。
こちらも同じポーズで返す。
レディとやらの教育はできないが、船乗りと世渡りなら、それなりには教えられるぜ!
はたしてほんの数分で、パジャマは届けられた。
コンコンとノックがあって、執事とメイドが入室してきた。
折りたたまれて渡されたパジャマの上には、ステンレス製のリボルバー拳銃と、38口径の弾丸が未開封の箱に入って乗せられていた。
いいチョイスだ。
オートマチック拳銃の場合、安全装置などのギミックはそれぞれに違う。
スライド後端のセーフティをオフにしても、グリップセーフティやマガジンセーフティが邪魔をして、いざというときに発砲されなかったり、逆にセーフティが甘くて、懐の中で暴発するリスクもある。
が、リボルバーなら引き金を引くだけだし、撃鉄が起きなければ発砲されることもない。
俺は弾を込めず、壁に銃口を向けて、2回引き金を引いた。
カチンカチンと撃鉄が起きて、落ちた。
ガキにはメイドがついて、ドレスを脱がしている。
正直ありがたい。
俺はドレスの構造なんて知らないし、隠しボタンや隠しファスナーに悪戦苦闘せずにすむ。
と。ドレスのスカートがすとんと床に落ちたところで、ガキがトテトテと走ってきて、俺の前で胸を張って見せた。
「ほら! ブラしてんで!」
「そのまな板のどこが胸か、目印をつけてもらったんだな」
どすっ!
ガキのパンチが俺の鳩尾に入った。
「あははははは……」
ガキは笑いながらメイド達の方に戻った。
着替えが終わったところで、執事とメイドが深く頭を下げて、部屋を出た。
俺たちはそれぞれ別のベッドに横たわり、照明を落とした。
闇にまぎれて、頭の中を整理する。
今でこそVIP待遇だが、逆目を出せば間違いなく俺は消される。
ガキにしても、委任状を書いたあとは「生きてさえいればいい」。
薬で昏倒させておいて、開票後に「処理」するのもアリだ。
……いや、それはないか。
「支持者」にそんな処遇をすれば、他の支持者が離反して、逆に地位を危うくする。
むしろ「昏睡する異母妹の面倒をきちんと看る兄」の方が受けがいい。
勝ち馬か負け馬か、乗る馬は今更選べない。
アンドリュー達の出方もわからないし、俺たちへの処遇もわからない。
……逆に考えよう。
「わかる」ことは何がある?
「できる」ことは何がある?
全負けで素寒貧になったとして、それでも守らないといけないものは?
くそう。目がさえて眠れない。
…………すさっ。
布のこすれる音!
闇に紛れて、今のうちに俺を昏倒させ、俺を人質にしてガキを御する可能性を失念していた。
とっさに、さっき渡された拳銃に手を伸ばすが、弾を込めていないどころか、弾丸の箱を開封すらしていない。
ならば鈍器として使うか?
闇の向こうで声がした。
「おっちゃん。一緒に寝てかめひん?」
ドレスなんて着て、一丁前に化粧をして、妙な色気を覚えたのかとも考えたが、それにしても階段をすっ飛ばしすぎだ。
俺は闇の中で目をこらしたが、ガキのシルエットがおぼろに浮かぶだけで、表情は見えない。
あ!
ガキは「レディ」ではなく「船乗り」だ。
世間にはにわかに信じてもらえないが、広くて暗いところが苦手な船乗りは少なくない。
無限の広がりを持つ宇宙を生活の拠点にしているからこそ、だだっ広い空間に恐怖を覚える。
闇にしても……船の中では「夜」と言っても、実際はオレンジ色の「赤灯」がついているし、計器類の光がある。
全くの闇となると、やはり深遠の宇宙空間を思い出させる。
その2つがそろっていて、腰にベルトの1本もないとなると、「死」を連想させるのには十分だ。
俺はガキに手を伸ばし、勘で掴んだ手首を引いて、ベッドに倒した。
照明をつけ、ダブルベッドの天蓋に手を伸ばして、留め紐をほどく。
すとんとカーテンが落ちて、2.5m四方の「狭い部屋」のできあがりだ。
照明を絞って、船の中に近いかすかなオレンジにしてやる。
ガキの表情が、見てわかるほど緩んだ。
ならんで、額に手のひらを当ててやる。
ほどなく寝息が聞こえ始めた。
その顔を見て、俺は自分の計算ミスに気がついた。
「定数」「変数」「代数」を根本的に間違えている。
それで正解が出てしまったら「出題ミス」だ。
目を閉じて、今気がついたものを代入する。
パズルのピースが待っていたかのようにパチパチとはまる。
部屋の広さと大きさに圧倒されていたのは、ガキだけではなかったようだ。
すらすらと解ける方程式を頭の中で走らせながら、その快感に乗って、俺もいつの間にか意識を失っていた。




