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布石

 目が覚めると、朝だった。

 コロニーと宇宙船はタイムラグもなく16時間の「昼」と8時間の「夜」で回っているため、時差ボケは起こりえない。

 俺は内線電話まで歩くのも面倒くさいとばかり、横になったまま声をあげた。

「聞こえているだろう? ライトスーツを持ってきてくれ。

 上着はデニムか革のジャケットがあれば助かる」

 盗聴を咎めたところでやめるはずもないし、それならいっそ、メイドや執事が専従でついていると考えた方が気が楽だ。

 ほどなくリムジンで同乗していた執事見習い……ダラスと自己紹介をされたが覚えてやる義理はない……が、ノックとともに入ってきた。

 ダラスはすでにライトブルーのライトスーツを着て、革のジャンパーを羽織っている。

 いいセンスだ。


 天蓋を降ろしたベッドの中でガキもライトスーツに着替える。

 俺たちはそろいのブルーデニムのジャケットだ。

 とはいえ、急にガキに合うサイズは用意できなかったのか、ジャケットがハーフコートに見えるのもご愛敬か。

 むしろ、普段からオーバーサイズのライトスーツを着ているのもあって、ぶかぶかの方が落ち着くらしい。


 ダラスの革ジャンパーは、左胸が不自然に盛りあがっている。

 拳銃も抜かりなしか。

 俺も昨日のリボルバーをデニムジャケットの内ポケットに、無造作に突っ込んだ。

 外ポケットには、38口径の弾丸を予備として、やはりバラバラと流し込む。

 とうぜんポケットは膨らむが、ガキを含めた俺たちの格好のちぐはぐさが「陸に上がった船乗り」を強調する。

 コロニーでライトスーツを着て歩くのは船乗りくらいだが、それは「流れの無法者」と同義語だ。

 たとえ殺人事件を起こしても、コロニーから出港してしまえば逮捕権はおよばない。

 そんな相手がこれ見よがしに武装しているとなれば、ケンカをふっかけるのはバカだけだ。


 俺はダラスに言った。

「一晩寝て考えが整理できた。

 俺たちなりのやり方にはなるが、アンドリューに乗る。

 ただ……土産話の1つもないと火星に戻って勘ぐられるし、お互い何かとやりにくくなるだろう。

 アリバイ作り、思い出作りくらいに思ってくれ」

 と。もう1つ、大切なことを忘れていた。

「俺の船。そう、[カージマー18]だが、中身はともかく船殻は大丈夫なはずだ。

 直してもらえるように『上』に頼んでくれないか?

 長年の相棒なんだ。『このガキと一緒に』連れて帰りたい」


 昨日の寝付きばなに俺が気がついたのは、前回木星を出るとき、俺は1人だったということだ。

「ガキ」は絶対に動かせない、譲れない「定数」と思い込んでいたが、コイツが「変数」だ。

「代数」がアンドリューをはじめとするリンドバーグ家で、こいつらは考えるだけ無駄。

 そう考えるならば、方程式自体はシンプルになる。

 難しく考えすぎていた。


「じゃ、街に出るか?」

 俺の声に、ガキはダラスを見て、表情を硬くする。

「……ひょっとして……ヤバイん?」

「この兄さんがひょいひょいと、ひょっとしたらパンパンと片付けてくれるさ」


 車でも10分はかかる庭を歩きながら、俺たちは符丁を合わせた。

「俺は『おっちゃん』でも『オッサン』でもいい。

 ダラスは『兄ちゃん』か『兄さん』で。

 で、オマエは『ガキ』、ダラスは『お嬢』と呼んでくれ」

「お嬢様にそれは失礼に過ぎる!」

 難色を示すダラスに、俺は噛んで含めるように言った。

「『お嬢様』なんて呼んでみろ。マフィア崩れのいい的になるぞ。

 俺たち3人を襲うとなったら、兄ちゃんをまず仕留めて、ガキを掠う。

 女ってだけで使い道もあれば転売もできるし、まして『お嬢様』ともなれば身代金も狙える。

 シモの方は我慢できても、札束が歩いているとなったらわからない。

 安全を考えるなら『お嬢』までだ」

 ダラスは俺とガキを見比べて、あきれたように言った。

「オッサン、普段からそんな話を本人の目の前でしているのか?

 船乗りとしては知らないが、教育者や保護者としては最悪だな」

「それで、カミさんは息子を連れて逃げちまいやがった。バカヤロウ!」

 言い終わって……自嘲が漏れた。


「で、おっちゃん。街に出て何するん?」

 ガキの声に、俺は笑って応えた。

「目的も時間も気にせずフラフラ歩いて、兄ちゃんのカネで腹一杯ハンバーガー食って、疲れたら戻って寝る。

 船の中じゃ絶対にできない贅沢だ」

「おお!」

 胸の前で拳を握り歓声を上げるガキに、ダラスが狼狽えてみせた。

「俺の財布を当てにしているのか! 冗談じゃないぞ、オッサン!」

「ははははは。いい調子だ、兄ちゃん。

 窮屈な執事服着てかしこまっていたときより、よっぽど自然だ」


 ひとしきり笑った後、一転してガキは険しい目をして、念を押すように言った。

「それで『最後の晩餐』とか言うて、私を他の誰かに売るんはナシやで!

 その時は、どんなことをしても生き延びて、生まれてきたことを後悔するするくらい追い込むからな!」

「人間、目的の1つくらいあったほうが、生き甲斐になって人生楽しいぞ」

 ガキが歩きながらエルボーを、俺の脇腹に打ち込む。

 それを見てダラスがぼやいた。

「アンタら……もし俺に子供ができても、アンタ達には近づけないように気をつけるよ」

「ああ。たぶんそれが正解だ。いいパパになれよ、兄ちゃん」


 さすがに「リンドバーグ家の実務を取り仕切る」と自称し、血統ではなく手腕と資金力で第3位に上り詰めた男のコロニーだけあって、「メインベルト有数」を自称するパラスをはるかに凌ぐ賑わいを見せている。

 コロニーなどに定住していると気がつきにくいが、新鮮なレタスのシャキシャキ感や、噛み切るのに顎に力を入れなければならない安い肉は、バターのようにナイフの入る高級肉よりも、俺たちにはむしろ貴重品だ。

 対して、貴金属や宝石、高級ドレスには、さして感慨を抱かない。見せる相手がいないのだから。

 それどころか、ゴツゴツした指輪や時計を身につけないことこそ、一人前の船乗りの矜持となる。

 もちろん、どんな街にもスラムはあるだろうが、見せてもらえるはずもない。

 見たところでさして面白くもないし、サプライズプレゼントとばかりに俺を狙った刺客がスタンバイしていてもたまらない。


 次の層は、工場区画だ。

 木星に人工衛星から軌道エレベータのように鋼の杭をおろすと、木星自体が持つ超高圧と高温によって、たいした設備も使わずに鋼が結晶化し、船やコロニーの外殻や構造材に使われる、非常に強い「超堅合金」ともいえる素材が作れる。

 この「合金」は木星から採れた直後は加工も容易だが、固まってしまうとタングステン並みに堅くなるうえに、溶かして再利用や再加工しようとすると、その時は結晶化が解けて、ただの鋼になってしまう。

 木星の特産品として非常に高い付加価値を持ち、リンドバーグ家の富の源泉の1つでもある。


 ……そうか。

 あの映像で見せられたDDH24の造船ドックは、このコロニーか。

 ここなら材料も技術もある。

 船という「製品」に加工して輸出すれば、素材としてよりもはるかに高い付加価値をつけられる。

 つまり、儲けも大きくなる。

 本当にカネというヤツは、仲間が多いところに集まるんだな。


 あてどもなくフラフラ歩いて、帰りに夜食のハンバーガーを再び大量に買い込み、帰途についた。

 …………実は時間を浪費する以外に意味はない。

 いや。時間の浪費と見学こそが、「意味」だ。

 俺は相手の手の内を探るフリをしているだけだ。

 そのうえで、およそ折り合えそうにない報酬をふっかける。

 その内訳は、相手が勝手に考えてくれる。


 経過はどうあれ、値切りあい・ふっかけあいで、落ちるところに落ちる。

 実は俺の希望は、「船を修理してもらって、ガキを連れて火星に戻る」しかない。

 欲を言うにしても、「パージしてしまったカーゴの弁償と違約金の肩代わり」くらい。

 しかしそれは無欲に過ぎる。

 あまりに「無欲」だと、相手はありもしない「裏」を読む。

 疑心暗鬼に陥った相手は捏造してでも「理由」を探す。

 こちらがこっそりライバルと内応しているとか、獅子身中の虫を狙っているとか。

 ないものを「ない」と証明することはできない。

 結果、俺たちは消される。


 こちらのふっかけたものを押さえつけて、端金で押さえ込むという「勝利」を与えることによって、つまりこちらが「負け」る事によって、相手は納得して機嫌良く金を払う。

 勝ち目を探すから、無理があったんだ。

 上手な「負け方」となれば、道はある。

 このコロニー散策は、「負けるための布石」だ。

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