家族の晩餐
用意されたスーツは、「素っ気ない」としか言いようのない、ありふれた紺色の量販品に見えた。
実際には生地や縫製など、見る者が見ればセミオーダーに近い高級品なのかもしれないが、あいにく俺はライトスーツと革ジャケット、生地と言われてもデニムくらいしかわからない。
やはり紺色のネクタイも、シルクかポリエステルかの区別もつかない。残念だったな。
そういえば、スーツに袖を通すのは10年ぶり、ネクタイに至っては20年ぶりか。
いつの間にサイズを測ったのか、用意された革靴のサイズはぴったりだった。
姿見に自分を映してみたが、うだつの上がらないサラリーマンが一丁上がりだ。
メシを食うために、食堂に案内された。
部屋の幅は5mほどだが、奥行きだけは20m近くある細長い部屋に、幅2m、奥行き15mほどのテーブルがあり、白い布がかけられている。
天井には大きなシャンデリアが2つ、テーブルの奥と壁に燭台という、ここが船ではなくコロニーの中だとはいえ、贅沢な部屋だ。
テーブルの奥に進もうとしたが、入り口脇で留めさせられた。
そうか。「主賓」が来るのか。
ほどなくノックもなしに食堂のドアが開かれた。
執事長のジョンソンを先頭にして、ブラウンのジャケットを着た男が入ってきた。
年齢は俺とほぼ同年代で、身長は俺より少し高い程度だが恰幅はかなりある。
ブロンドの髪をきれいに整えて固めていた。
その後に続くブルーのドレスを着た少女は……見覚えはあるが、誰だ?
ブロンド男の娘か?
ふわりとウエーブのかかったアッシュグレイの髪にブラウンの瞳、首には黒いエナメルのチョーカー……って、ガキだ!
「女は化ける」とはいうが、程度問題だ。
口紅をひき、頬にも薄化粧をしたら、知らない人間ならレディと誤認する。
俺が呆けていると、ガキはくるりとターンして見せた。
ドレスのロングスカートの裾が、ふわりと広がる。
が、そこまでだ。
俺はレディとしての教育なんて全くしていないし、できない。
ガキは右手を伸ばしてVサインを作り、ニヤリと笑った。
「見違えたやろ?」
「少々化けたように見えたが、中身は同じか」
「おっちゃんも、本社から出張してきた課長くらいには見えるで」
「ぬかしやがれ!」
再会もそこそこに、促されてガキを前にしてテーブルの中央に進む。
レディファーストとやらか?
奥まで行くつもりだったが、中央で止められた。そのむこうには椅子がない。
ブロンドにブラウンのジャケットを着た男が、テーブルを挟んでガキの正面に座る。
俺の正面には執事長だ。
足のついたグラスが3つ運ばれ、俺とガキ、そしてブロンド男の前に置かれた。
それぞれの背中に、黒い執事服を着た男が立つ。
給仕が入室し、ラベルを見せて、3つのグラスに液体を注いだ。
炭酸の泡が立つ。
食前酒か……酒!
「ガキに酒を飲ませるのか!」
静かに、ただし語気を強めていう俺に、執事長が流すような口調で穏やかに言った。
「もちろんカトリーナ様にも飲めるよう、アルコール度数はほとんどありませんし、形だけだと思っていただければ幸いです。
もし体質が合わないようでしたら、グラスに口をあてるだけでも結構ですので、お願いします」
「カトリーナ様ぁ?」
「お嬢様です」
淡々と執事が応えた。
「オマエ、カトリーナ様って名前なのか?」
問う俺にガキはさらりと応えた。
「やからイニシャルが『K』なんやんか」
タイミングを計っていたのだろう。執事長が口を開いた。
「紹介を続けてよろしいでしょうか?
こちらが私の主で、リンドバーグ家の実務を事実上取り仕切っているアンドリュー様です」
アンドリューとやらが軽く手を上げ、手のひらを見せる。
「シンシナティコロニーへようこそ。
私の城やから、妹のカトリーナともどもご自分の屋敷くらいに思うて、のんびりしてってください」
「こちらのレディがカトリーナ様。アンドリュー様の異母妹にあたられます」
きょとんとしてガキが自分で自分を指さし、執事長が頷くと、ニヤリとVサインを伸ばした。
「クワジマ様です。カトリーナ様を無事にお連れくださいました、勇敢な海の漢です」
「ぶっ!」
盛りすぎだ、バカヤロウ!
「そして末席の私が、この館で執事長を務めますジョンソンです。何なりとご用命ください」
そう言うと立ち上がり、直角に腰を曲げて頭を下げた。
久しぶりのスーツだけでも十分に窮屈なのに、形式張った挨拶で、さらに窮屈感が増す。
食前のセレモニーは終わったようが、テーブルマナーなんて知らないぞ!
グラスを持ち上げて乾杯のポーズを取る。
それを見て、ガキが少し遅れて真似る。
次々に出される皿に、ナイフとフォーク、格好つけて言うなら「カトラリー」を選ぼうとするが、ガキが真似て続くことを考えると、間違いは許されない。
執事長の前にはコーヒーカップだけだし……最後の頼みとなるアンドリューは、無表情でこちらを見るだけで、カトラリーには手を伸ばしていない。
俺はだんだんイライラしてきた。
「悪いが、テーブルマナーなんて知らないんで、不作法があっても流してくれ。
間違えていたら、俺の目の届かないところで笑ってくれてもかまわない」
ようやくアンドリューが口を開いた。
「身内の非公式な食事やから、そう構えんくてもかめへんよ」
が、俺は無言で執事や給仕達に目を流した。
執事長がクイっと顎をあげる。
連中は深々と頭を下げたあと、ぞろぞろと部屋から出て行った。
「好きに食っていいぞ」
俺がそう言うと、ガキは鳥の足にフォークを突き刺し、塊のまま口に運んだ。
アンドリューが大きく息を吐く。
「テーブルマナーがなってないってんなら、そういうのは見えないところでやってくれって言っただろう!」
鳥の足を口にくわえたまま、ガキは俺とブロンドの間を、きょろきょろと見比べる。
アンドリューがまた、大きく息を吐いた。
「帰るぞ! さっさとそれを飲み込め!」
3度目の吐息に俺は腰を浮かしたが、アンドリューは4度目をかろうじて我慢して、かわりに口を開いた。
「ホンマに……カトリーナよりもストレートな方のようやなぁ。
なら、もって回った言い方よりも、単刀直入にお話ししましょうか。
あ。食事はご自由に……食べもって聞きようてください」
巡洋艦の艦長ですら、俺の素性くらいはすぐに調べ上げた。
リンドバーグの名を出せば、もっと深く、俺の素行まで調べられるだろう。
そして、この化けたガキの見た目と俺の離婚歴、それが2人だけで何ヶ月も旅をしていることから想像するのは?
俺は「ガキの情夫で、DV疑惑もあり、さらに共依存かマインドコントロールでガキを支配している」か。
本当に兄妹の情があれば、一時は恨まれても、別れさせる方がいい。
が、そうでなくて利害だけを考えるなら、恨まれるよりも、俺を利用してガキを操った方がメリットが大きいと考えるだろう。
さっきからの大きな溜息は、俺たちのテーブルマナーではなく、情と利を計って、自分の心の内を整理していたな。
その結果は「利」が勝った、と。




