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リンドバーグの惣領

 やがてエレベーター正面の扉が開かれた。

 ほんの数10m先にはばかでかい門がある。

 自分のコロニーで自分専用のエレベーターならば、庭を少し広げるだけで、敷地の中にエレベーターを含む支柱を降ろすことができる。

 それをせず、わざわざ門の外に出したということは……これもテロ対策か?

 エレベータを敷地の中に含むということは、招かざる外敵にもショートカットルートを提供していると言うことになり、それを嫌ったのだろう。


 門が音もなく開き、リムジンが吸い込まれるように入った。

 車窓の眺めから速度が出ていないのもあるが、たっぷり10分も走ったところで、前方に白亜の豪邸が見えてきた。


 純白の柱が林立する、古代神殿をイメージさせる建物だ。

「宮殿」ではなく「神殿」なのは、バルコニーを持たないからか。

 つまり、権力者なり指導者なりが姿を見せて、肉声で呼びかけることを想定していない。

 正面の「神殿」から左右に白亜の壁が伸び、その先には円柱の塔がある。

 俺はふと気がついて指を2本立てて、あえて正面の神殿部分を視界から消し……合点がいった。

 壁の色と中央の神殿でカモフラージュしているが、中世の城だ、これは。


 リムジンは時計回りで正面のロータリーを回り、ガキの側を玄関に向けて駐まった。

 軍服に似た意匠の黒い服を着た男達が2人やってきて、観音開きのドアを開ける。

 まず執事のジョンソンが降りて膝をつき、すぐに立ち上がってガキに手を伸ばした。

 エスコートされるように、ガキが車を降りる。

 ただし、右手は俺の左腕を強く掴んだままだ。

 もろとも、玄関の重厚な扉を開けて、中に案内された。


 俺の予想に反して、玄関ホールは吹き抜けで、高さはあったが狭かった。

 ただ、それは俺の予想が大きすぎただけで、戸建ての家1軒くらいなら建てられそうな広さがある。

 そういえば、映画館でも劇場でも、まずは「受付」があって、ホールはその向こうだな。


 玄関ホールの奥の両側に螺旋階段があり、2階へ。

 螺旋階段の出口が向き合うようにあり、中央に、さらに奥へと延びる廊下がある。

 正面だけのハリボテではなく、しっかり中身もあったか。

 手を引かれて、その廊下を進む。

 ドアの間隔は、歩測でおよそ18歩。

 さらに奥に2枚のドアを残したところで、執事が足を止め、ドアをノックした。

 ノックにベルがチリンと応える。

「失礼します」と声をあげて、ジョンソンが部屋に入った。


 手を引かれてガキが入ったところで、ジョンソンが見た目にそぐわない素早さで身体を入れ替え、俺の入室を阻む。

「これから、ご兄妹水入らずのご面談です。『部外者』の方はご遠慮いただけますよう」

 慇懃無礼とはこのことか。


 俺は、がっしり左手を握ったガキの指を開きながら、ゆっくり告げた。

「どんなプレゼントでもサプライズでも、とりあえず『持ち帰って検討します』だ。

 即答が求められたときは、オマエよりも相手の方が焦っている証拠だ。さらにゆっくりやれ!

 どんなゲームかわからないときは、時間を稼いで観察して、手札を切るのはそれからだ。

 カードを開く前には絶対に俺に相談しろ!」

 そう言うと、ガキはようやくニヤリと口角を上げて応えた。

「手札さえ開かひんかったら、最悪でもタイムオーバーでドローやな!」

 そう言うと、俺とガキは拳をぶつけ合った。


 部屋の扉が閉まったところで、リムジンで俺の向かいに座っていたボディーガードが話しかけてきた。

「申し訳ございませんが……失礼とは存じますが、御館様の品位に関わりますので、お着替えいただけますようお願い致します。

 街までお送り致しますし、お支払いのためのカードも用意しております」

 そう言うと、リンドバーグ家の家紋が金押しされた黒いカードを渡された。

「もちろん、ご用がお済みでしたらすぐに迎えにあがります」

 そうきたか。

 残念ながら、答えは「ノー」だ。


 俺が街……コロニーの別の層にある居住区か、この層にショッピングエリアがあるのかは知らないが、そこに行って車を降りたら、5分もたたずに殺されるだろう。

 犯人はマフィア崩れのチンピラか、度胸試しの若者か。

 そいつらを使って俺を「処理」することが、まずは第1目標となる。

 単にガキに入れ知恵しているだけのオヤジか、あるいは情夫かはわからないにしても、俺は邪魔だ。

 かといって、アンドリューの屋敷の中で俺を消してしまえば、ガキは絶対に反発する。

 その点、俺が勝手に街に出て、チンピラとケンカして殺されても、アンドリューの傷にはならない。

 そのチンピラを探し出して血祭りに、いっそ八つ裂きにでもすれば、むしろガキはアンドリューに感謝さえするってか。

 ……あのガキを甘く見すぎだぜ、アンタら。


「わかった、着替えよう。

 ただ、ドレスコードとかが全くわからないんで、アンタらが見繕ってくれ。

 俺は、図書室か書斎があるなら使わせて欲しい。

 アンタらがどう思っているかは知らないが、航海士は勉強で忙しいんだ」


 ウソではない。

 航法や航路、法律や規則は、覚える以上の速さで変更されている。

 さらに10年に1度は資格更新のテストもある。

 ただ、本当に俺が「調べたい」ものは別にあるのだが。


 本当に図書室はあった。

 新聞縮刷版のライブラリを見ると、過去50年分以上のストックがある。

 俺の記憶に間違いがなければ、前回のリンドバーグ家の当主交代は30年ほど前だった。

 俺は過去の事件事故を探すフリをしつつ、その当主交代の記事をたどった。


 リンドバーグ家ほどになると、当主交代はコロニーの政変やクーデターよりも大ニュースとなる。

 32年前の記事で、それを探し当てた。

 現当主ウイリアムを持ち上げる提灯記事に混じって、一問一答形式の記事があった。


 リンドバーグ家の当主は「惣領制」らしい。

 一族の中でもっとも人望を集めた者が「惣領」になり、まず全資産を受け継ぐ。

 そして惣領の差配で、一族に再分配を行うというシステムだ。

 当然だが総領を支持したお気に入りは多くの分配を受け、破れた側は雀の涙か、あるいはゼロだ。

 そのシステムによって、リンドバーグ家は資産の散逸を防ぎ、当主の権力を高めてきた。


 総領を選ぶのは、相続権を持つ者の互選だ。

 つまりガキは、1/181の相続権を持っているのではなく、181票しかない投票権の1つを持っている。

 ついでに、総領に選ばれる被選挙権もある。

 ただし。現実にガキが当主に選ばれる可能性はゼロだろう。

 外腹妾の娘で、本当に今まで「外」にいたのだから、人望も実績もない。


 なら、なぜアンドリューはガキをあれほどまでにもてなすのか?

 ここからは想像というか、一般常識の範疇だ。

 一般に、相続権者が競合する相続権者を害すると、害した側は相続権を失う。

 もともと何も持っていなかったガキはともかく、アンドリューが失うものは想像を絶する額となるだろう。

 たとえアンドリューが手を下さなくても、ガキが不審死すれば、アンドリューに疑惑の目が向く。

 一度疑惑の可能性が浮かべば……アンドリューを有力な当主候補と仮定した場合に限るが、対立候補との足の引っ張り合いでは、そこらのコロニーの議員選挙よりも苛烈だろう。

 それをアンドリューの目で見るなら、1票を得るか、あるいは総てを失うかだ。


「クワジマ様。お着替えの準備ができました。試着をお願いできますか?」

 と。集中しすぎたか。

 最新の航路や航法を学習しているはずが、実際には30年以上前の新聞縮刷版を見ている。

 不審がられない方がおかしい。

 もっとも、航海士にはこういう時に使える定番の台詞がある。

 定番過ぎて航海士同士では「別のことをしていた」と自白するに等しいが、航海士相手でなければ通用する。

「1宇宙ノットって、地球の公転速度の1/10じゃなかったのか。

 気がついたら時速で1光秒の1/30って……どこのバカが変えやがった!」

 そう。

 かつては地球の公転を基準に1宇宙海里や1宇宙ノットが決められていたが、人類の半数以上が地球以外に住むようになって、地球本位の単位は見直され、「1光秒」という、より客観的な数値が適用されるようになった。

 実際には、どちらもおよそ10,000km/h前後であり、宇宙規模では誤差でしかないが、俺の年齢では前者、ガキの年齢では後者を使う。

 ジェネレーションギャップを自嘲するのにしばしば使われるネタだ。


「基準単位がどうとかいう話はかすかに聞いた気もしますが、専門外で申し訳ございません。

 裾を合わせたいので、ご協力をお願いします」

 ……流したか。

 それでいい。

 俺は言われるままに立ち上がった。

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