呪いの森と、王子様
あれから五年の歳月が過ぎていた……、エルガイヤと統一国アルフェリアとの戦争が、遂に開戦されようとしていた。
「5の女王と王国の物語」
ア・フェリアの悲劇から……、5年の月日が過ぎていた……、
民に、消えぬ。深い爪痕を残したまま……。
5年前……アリシア姫、暗殺━━、
シュレット皇子失踪━━、
ア・フェリア王宮は、騒然となっていた。あの豪胆で知られたモータル王ですら……、悲嘆に、暮れていたのだ……、しかし私心を捨てねばならぬ苦渋の決断……、
歯をくしいばり。国を上げ、陣頭指揮を取らねばならぬ悲痛……、モータる王は、シュレット皇子探索が命じられた、
━━数日が過ぎた頃になる。シュレット皇子の足取りが掴めたた報告が届いた。
この数日━━不眠不休で気丈に振る舞う王の元に。密偵が報告を述べた瞬間━━、
口にする言葉を失っていた………、
「なんと言うことを……あの…。呪われた森に入ったと言うのか……」
王家には、代々一冊の本と。口伝が残されていた。
次代の世継ぎだけが知らされる。秘密と真実がある。
ア・フェリアには、賢者ラクティマの弟子が、国を興した国であり、ラクティマこそ、『呪いの森』から、生きて帰って来た唯一の人間であり。賢者と呼ばれた者であった。
ラクティマは、弟子に、原本を託した経緯から、王が代々受け継ぎ、長年保管していた逸話があった。
それがア・フェリア王家の秘密……、それをアリシアは。シュレット皇子にだけ。こっそり教えていた。
さらに原本を持ち出して、シュレットにプレゼントしていたと。気付いたときには、激昂して娘を叱っていたのだが……、
アリシアの目は、確かだった…。
と、言うのも国花シーサリアの効能を、見つけたのがシュレットだったからだ。ラクティマの原本は、難解な古代文字が使われていて、読み解く事が困難である。その為叡知ある魔法使いでなくば、理解出来ぬため、賢者の書と呼ばれていた。
書の後半には、様々な薬草の効能の調べ書きがあって、シュレット皇子はなんと、あの難解な賢者の書を。僅か数年で解読してしまっていた。さらにアリシアの為に……、薬まで作り出したのには……、さすがに驚きを隠せず唸った物だ。あの時からだシュレット皇子を。
「……アリシアの夫に……」
密かに考えたのだ。この話は友のディシスに言えないが……、
━━数年前。新しく工場を建設していた。シーサリアの薬生産工場でと。製鉄所である。新しい製鉄法を。新たに見つけたのもシュレット皇子、これはア・フェリアの秘密で、一部の重鎮しかしらないことだ……。
シュレット皇子は、アリシアのためと言うが、父として、国王として、ア・フェリアの救世主を、我が王国に向かい入れること、神に感謝すらした……、
━━━あの日……、失意の底に沈むモータル王が、アリシアの部屋に足を踏み入れたのが、暗殺された深夜……、主の消えた部屋は、寒々と悲しさが滲んでいた。ふっとアリシアの使っていた。鏡台に目を向けた時。
「これは……」賢者の書がそっと置かれていたのが、目にはいる。
そして━━、
一通の手紙が、書の上に置かれており、モータル王は、皇子の筆跡だと気が付いて、震えた手で、手紙を取って、読み耽り……、二人の絆を垣間見て……、涙した。
両国の民は、シュレット皇子の悲恋の終幕を……、深く悲しんだ。自国アルパーナの民は……、あの方らしいと呟いていた。「あの馬鹿が……」
苦々しい思いを吐露したディシス王の悲しみ深き呟きは、優しすぎた息子を、寂しく罵倒する。
「あなた……」実の子には見せないが、ディシスはとても子煩悩な王であり、三人の皇子を常に、気にかけていた。王妃サリアだけが知る。真実の姿がある。王妃は夫の代わりに静かに、涙した。
━━だがモータル王には、悲しみに囚われる暇は、赦されない。
国内外の混乱を納めるため。外交に奔走する。その為婚約の国誕祭で訪れていた。諸外国の有力者から助力を取り付け、ようやく……。ホッとしていた。
「バルタス……。ここまでするとは……」
アリシアの暗殺。逃げた魔導師は、シュレット皇子の手で、捕らえられ。皇子の強力な魔法により、簡単に口を割った。エルガイヤの名を……。
苦々しく。苦悩を募らせる。
「ぐっ……ゴフ…」
ア・フェリア王歴143年、緑樹の月(初夏)
モータル王、病に倒れる。
━━アリシア王女・暗殺から。4ヶ月あまりの急報。知らせる伝令兵が、ディシス王の元に届けた。
゛ア・フェリアに至急来られたし゛と、
モータル王の字であるが……、乱れていた。即座に判断したディシスは、準備させ強行軍で、ア・フェリアの王宮に向かった。
2日後━━。
あまりに変わり果てた。友の姿に……、ディシス王は、息を飲んで……、立ち尽くした。
「ディシス陛下……」
気遣うアルフ宰相の声で、我に返り……、目で、大丈夫だと……、目配せする。アルフは軽く頷き、二人にすべく部屋の外に出た……、
━━意を決意して。死相が浮かぶ、友に向き合う。
「失礼するぞ、モーゼ」
二人だけの時。おたがいを愛称で。呼ぶことにしている。
「ディか……」
苦笑しながら、苦心して身を起こした。
「すまんな……、このような姿で……」
豪放伯楽を、絵に書いたような男が……、弱りきった姿に、さしものディシスとて、言葉に詰まる。
「何を言うか!、友であろう」
ディシスの言葉を受け、肩の力を抜いた……。そっと安堵の笑みを浮かべ、静かに嗚咽を漏らし。モータル王の遺言を聞いて。不覚にも涙していた。
━━数日後……。
世界中の国々に発表された。モータル王崩御。享年43の若さであった……。
━━そして……。
ア・フェリア、アルパーナ、二国合同による。モータル王、アリシア姫の葬儀が、しめやかに行われた━━、
集まった両国の民、諸外国の拝謁者に、ディシス王は厳かに告げた。
「二国統一を……。宣言する」
モータル王は、死ぬ直前、諸外国に。親書を届けており、隣国の協力を……、取り付けていた。エルガイヤとの戦は、避けられないと、きつく覚悟したディシスは、ハロルド皇太子を公爵として、ア・フェリアの主城、レイル城に赴任させたのは、翌月の太陽の月(夏)
時間は、限られていた……、
二国統一は、様々な歪みを正す。法整備が、急務であり、悩みの種であった。波紋はあった、ディシス王の献身的な姿勢と。モータル王が、人々に送った言葉、
゛我を信じよ゛民は王の気持ちを汲み上げ。静かに受け入れた。しかし……。反発した有力者の軋轢を。徐々に無くす上で。ディシス王は、国王の肩書きが、邪魔と判断していた。
その間。ハロルドは、ア・フェリア、アルパーナ軍を。一つにまとめずに。当面、それぞれ別の師団とする方針を打ち立て、両軍統一による。混乱を防いだ。法整備には、王の職を辞したディシス将軍と。アルフ宰相含むア・フェリアの重鎮とで、話し合われ……。少しずつ決められている。
━━稲月(秋)。
ようやく法整備が整い、二国の名が、改められた。
━━統一国家アルファリアと……。
初代女王には、両国で、絶大な人気を誇る。ミルキー王女が、初代女王として、即位された━━。
だが………、
皆の予想に反し。エルガイヤが、動くことはなかった……、
隣国で、ア・フェリアと同盟国にあった。エルマ、セウリア両国の圧力、大陸最大の軍事国家クラウンの介入により。五年の猶予を、得ることに成功したのだ……、
そして……、アルファリアは、五年の間に、統一国家として、平定されたのは、言うまでもない。
ア・フェリアの悲劇から五年……。
民の多くは、悲しみを薄れさせるに十分な時間であった。それでも最早エルガイヤとの戦は、避けられない………、民には苦難が続く。
その年━━。
ミルキー女王は、12歳の誕生日を迎えていた。元来気の強い少女は、意思の強さを、瞳に宿して。サリア王妃に似た可愛らしい顔立ちには、年齢以上の美しさを増した。魅力的な女の子となっていた……、それは事件で大切な兄と。姉を失った悲しみからか……。内外問わず。口に登ることもしばしである。
公務を終え。マントを外したミルキーは、
酷く疲れていた……。いろんなことがありすぎた、そして……動いた。そのための連日会議が、行われている。今日も夜明けからいままで……、
密偵の報告に始まり。隣国からの密使、エルガイヤが、ついに動き始めたと、伝えてきたのだ。会議の場は、騒然となった。ようやくだ……。
あの日から……、
ミルキーの時は、止まったまま……。
動きやすい軽装に着替え。部屋にある。突き刺さった暖炉の火鉢を、後に動かした……、すると音もなく、暖炉横に。腰の高さの穴が開いた。王族しか知らぬ。秘密の抜け道に入る。
城内には、かなりの数、仕掛けがあり、抜け道の中には、地下につながっていて、父ですら知らない部屋が、隠された通路がある。当時秘密の部屋を、兄から教えられたミルキーは、いたく興奮した。
「秘密の部屋は、シュレット兄さまと二人だけの秘密……」
兄は、自分の研究所に使っていた……、この秘密の部屋に来たのも。随分と久しぶりな気がした……、
「埃ぽいわね……」
感傷が、口から漏れでた……、
「兄さま……」
広げられたままの本は、縁が黄ばみ、うっすら埃が積もっていた。懐かしさと同時に切なくなって、時の残酷さを悲しんだ。だから汚れるのも構わず。本を胸に抱いていた。この本は五年前━━。
よく兄にねだり、読んでもらった童話だ。兄はいつも私を子供扱いした……、でもねだると何百回と嫌がらず。読んでくれた、わざと拗ねたり、本当は……。いつも気にかけられて、嬉しかったのに……。
「兄さま、ついにバルタスが、動き出しました………。」
民を悲しませ、再び、野望に、立ち塞がるバルタス。
「……本当は、他に、方法があったかもしれません。民に苦しみを与える……、怖い。」長い睫毛を濡らし、涙がこぼれ落ちた。
「でも……。でもね。赦せないから……、戦うね……」
悲しみと……、怒りは、少女を強く。鍛え上げ、美しくした。決意を込めて、
「たとえ……多くの命を、失わすことになろうとも……」
━━今日で、最後……。
ここは、余りにも……、
「大切な場所だから……」
ミルキーは、静かに部屋を出て。魔法を唱えた━━、もう誰にも開けられないように……。厳重に。最早見つからぬように………、
「もう……、来る事が、出来なくなるかも、しれないから」
思い出を置いて、静かに後にした。
━━半月後……。
アルファリア北西、
国境砦の斥候が、エルガイヤ斥候部隊。およそ3000を発見した。すぐに、『瞬く風』による魔法で、レイル城のハロルド公爵、本城にも一報が、入る。
━━同日、
元国王ディシス将軍率いる。アルパーナ師団5000、民兵1800は、出陣の準備を整えていた。
バルタスの行動は、アルフ宰相、ディシス将軍の予想通りである。
国境砦には、既にハロルド公爵率いる。ア・フェリア師団3500、民兵800が、籠城の準備を終えてるころだろう……。
これからディシス将軍率いるアルパーナ師団は、6日の強行軍と言う、過酷な、行軍を予定していた。兵は手に荷物をほとんど持たせていない。武器などは、レイル城下で、準備されている為だ。兵糧は、国境から離れた村、付近の町にて準備してあり、余分な荷を省くことで、戦況を有利にする。疾風の策略である。兵が持つのは、レイル城まで3日分の、食料だけ、兵力不足を、スピードで補うつもりである。
だが……。兵力差は歴然である。エルガイヤは、兵力を5万を優に越えた兵力を備えてると聞く。
対してアルファリアは、全軍で、12000に満たない……、
兵力の不安は、隠せないが、朗報が一つ、エルマ、セウリア両国がそれぞれ1万。2万の軍勢を動かして、エルガイヤの北。
国境付近に、陣を敷いたのである。これによりエルガイヤ軍は、二つに分けるしか無くなった。
兵力差を考えれば、アルファリアに進軍するのは、多くて、2万5千~2万ではないかと、言われている。エルマ、セウリア両国の盟友に感謝した、
━━広場には朝から。我が、国の女王の演説を、一目見ようと、多くの国民が集まっていた。最前列には、ミルキー親衛隊が、女王を守るように一列に立っていた。
広場には急増で、ステージが用意され。女王を守る民は、自ら集まり、自分から手を上げた者達で、いかに女王の人気が高いか、伺い知れた。
うおおぉー。
歓声が上がる。ミルキー女王が、現れた瞬間。地鳴りのような叫びが上がっていた。
「卑怯王に、鉄槌を!」
「アリシア姫様のために!」
「シュレット皇子の仇を!」
ああ~。みんな忘れずにいてくれた……。
声だかに上がる。叫び声……、不安を抱えた兵が、驚くほどだった。
あれから五年……。
シュレットが、捕らえた暗殺者が、アリシア姫の暗殺を、命じた者の名を吐いた。ア・フェリアのモータル王は、諸外国に事実を告げる使者を、直ぐ様送っていた……、それを知ったバルタス王は、諸外国の抗議を受け。強い怒りを顕に。使者を遣わせた。なんとバルタスはモータル王に謝罪を求めて来たのだ……、
だが、この時すでに。暗殺者の所属していた、ギルドマスターは、バルタス王に対して、絶縁状をモータル王に、委ねていた。
「貴様達の行いに、暗殺ギルドは……、報復を誓ったそうだが」
モータル王の豪放伯楽な笑みに、血の気を失い、使者は蒼白のまま足早に帰った。
━━現在、同時刻。
本隊2万、別動隊2500の陣営を、馬上で見ながら。
バルタス王は、髭面を不機嫌に歪め。苦々しく呟いていた。
「こんなはずではなかった……。」
何度も何度も……
━━暗殺者が、捕まったと、密偵より報告が為されたバルタス王は、暗殺者ギルドに。金を払うのが無駄だと止めた……、するとどうだ、散々使ってやたのに、あの者たち……。あり得ぬことと、呆然とした。
「我の企みが……」
砂上の楼閣のよう次々と発覚し、またこうも崩れ去るのだ……、
「いったい、なぜだ!?」
驚く事は続く……。国同士の争いに。関心すら持たない、あの『魔導師の塔』(ギルド)が、シャシャリ出たことだ……、
……甘く。見ていた。
シュレット皇子が、魔導師の塔のマスターであり、賢者のメダリオンを戴く者。皇子はこっそり毎年。多額の寄付を払い、金の無い魔導師に。破格の安さで、金を貸してい。魔法には金が掛かる。
ギルドマスターは、シュレット皇子の悲劇に嘆く魔法使いを見て、決断した。大陸最大の軍事国家クラウンに、書状を送ると……。
書状に目を通した若き皇帝は、介入を命じた。それにより、バルタス王の行いが、白日の元にさらされたのだ。バルタス王は、世界中から謗りを受け。体面を失うことになったのだ……、
仕方なく……、アルファリア女王の成人する。五年は、戦争を仕掛けないと……、約定まで、飲まされた。
「……こんなはずでは、無かった……。こんなことでエルマ、セウリアまでが動くとは……」
昔の人は言った。悪意で阻んだ者は、善意に阻まれると……、バルタス王が知ってるとは思えないが……、
「兵を残さねば、ならぬことになるとは……忌々しい」
━━臍を噛む。
ステージに上がったミルキー女王は、集まってくれた。多くの民1人1人を見回しながら。静かに頷いて、壇上に上がっていた。
━━今少し前、
元ア・フェリア国境の町、城塞都市ハルガに。沢山の民兵が、集まる事件が起きた。
━━事は、シュレット皇子とハルフェル第二皇子は。
数年前……、避暑地に、遊びに来た村である。
ハルガの村は、小さな避暑地として、温泉以外、有益な、交易品などかった……、
だが、シュレット皇子が、国花シーサリアから、薬が作れることに気付き、ハルガに工場が造られ。さらに新しい製鉄所が作られ。多くの雇用が生まれた。数年で、城塞都市と呼ばれるようになった。
当初あまり期待していなかったハロルド公爵だが、民兵を募りハルガの街で呼び掛けた。するとどうだ……。驚くほどの手が上がり。民兵が……、集まった。ハルガの民は、恩を忘れなかった……。
嬉しい誤算である。ハルガの街を補給所にするため1000の民兵と。500のア・フェリア師団が、常駐出来るようになった。
その頃……、ザワリ………。女王は、兵士一人づつを、見るように、見渡し見した。親衛隊は戸惑いながら、優しく微笑する。ミルキー女王は、静かに決意の顔で、語り出す。
「みなも知っての通り、義姉を殺したバルタスが……、ついに挙兵した。兄を追い詰めた……、兄は未だ行方不明だが……。立ち上がろう!。我が兵よ」
女王は突然。深く頭を垂れる。
━━ざわざわ、
「女王が、我等に頭を……。」
あまりのことで、騒然に包まれた。
「私はあまりに非力だ、私に力はない……、エルガイヤは大国だ……、厳しい戦いになろう。なれど赦せない!。赦せねのだ!?。みなに頼む、どうか我に……力を貸して欲しい。どうかバルタスを、倒して欲しい」
うおおぉー!。
地鳴りもかくや。凄まじい、雄叫びに包まれた。
「この痛み……。貴様も味わえバルタス……」
暗い呟きは、歓声に消えていた。民に応え、笑みすら浮かべ……、手を振るっていた。
「全軍!、前進」
父と目が合う、父は不敵に笑い、首肯した。
「父上……。後は頼みました」
静かに、ただ静かに、ミルキーは呟いた。歓声に包まれ、兵が胸を張り、行進して行く……。その姿を悲しく思いながら。
………後の世に。
アルフェリア大戦と呼ばれる。戦いの幕開けである。
━━この時。ミルキーですら、気が付いていなかった……。
━━在野を、埋めつくす。数多の兵は、全身に赤い鎧を身に纏うのは、赤き蟻の国旗を掲げる。エルガイヤ軍本隊19500である。
バルタス王は、赤き蟻の好戦的で、全て奪い。喰らう性質を好んでいた。バルタス王の欲望の象徴であるから。
バルタスの思想では、民等所詮は、働き蟻よ━━。ただ金を落とすだけの存在でしかない。
゛兵とは、消耗品であればよい。全土を、喰らうための手足である。゛
━━我が国に、我れがいれば……、必ずや大陸の統一をなせると、豪語する。
だが……、実際はどうだ?。
進軍は、遅々と進まぬ。
全軍の士気はまるで、紙のように薄く、流れる河の小川のように、気持ちの水位は低い。斥候に送った。騎兵3000は、近隣の村、町から食料を得るための尖兵である。財政難のエルガイヤには、最早戦争を維持させるだけの資金も。生産の少ない国内では、食料すら足りない……。それが現実である……。
諸外国には、自国の情報を規制してるが、エルガイヤの国内は、深刻な食糧難に陥っていた……。民は餓死で溢れ。出生が減り、働ける男は、兵士にさせられていた。人々はバルタス王を、恨んでいる。不満から、いつ一揆があっても、おかしくない。
━━ただ、危機的な財政だが……、気性の激しい王の圧政が、最低限の秩序を、もたらしているのは、皮肉な結果である。
━━エルガイヤの本陣は、騎兵4000、歩兵10000、弓兵3000、
━━2500の遊撃部隊を、国境砦の南西にある。アザの村を襲わせるため送り出した。
゛こんな……はずでは無かった……。゛
バルタスの胸中に。不安と苦々しい思いは、焦りとなり……、盲信を産み出した。
「これからだ……、我が、覇道は……!?」
自分に言い聞かせていた。
━━そもそも元ルガイア国の国土の半分は、森に阻まれていた。
『呪いの森』から、街道は、かなり離れた場所にあり、近辺に、人は近づけないためである。暗く、深い、死者の住みかであった。
━━森の近く。国境からも離れた場所に。壊れそうな小屋があった。
小屋の中から、三人の男女が、出てきた。5年の歳月と、三年の旅で、美しく成長した猫人
ひと房だけ、色の違う髪を、横で縛っていた。耳には、涼やかな音がする。東方の鈴と、呼ばれる品をピアスにしていて、普段フサフサの尻尾は、腰に巻き付けているから。ふわふわモコモコな可愛らしいベルトのようだ。人間と見分けがつかないための偽装であった。
細身の男は、鋭利な相貌をしていた。銀髪を、短く刈り込み。ムッスリ、眉間の皺がいつもあるようなキツイ印象を与える。男は人狼である。旅装には珍しく、服の袖の短い。東方の胴着と呼ばれる。防具を着込んでいた。東方の胴着には、細い鋼が糸に織り込まれていて、刃物による。斬撃に強く、鎧よりも軽い利点があって。体術を得意とする。人狼らしい服装である。肩に小さなリュックを掛けていた。
最後の1人は、シルベルトより、頭1つ背が高く。身体は丹念に鍛え上げられ。かなりの実力者と風格を備えていた。しかし笑顔が柔和で、優しい印象を受けるが、意思の強そうな眼差しは、ひとかどの人物なら感嘆を。女性なら溜め息を洩らす。王のような存在感。そう表現がぴったりくる安心感を相手に与え。人々を魅了する青年こそ……。
━━三年前。
地下迷宮から、生還したシュレット皇子の成長した姿である。
「じゃあ、二人は、アルフェリアの女王(妹)に俺からと、うちの魔女さんからの親書、渡すように頼んだよ」
「分かってるニャ、頑張るニャ」
見た目、成長著しいキャリンが、大きく動く度に。大きな胸がたわむのを見て、シュレットは赤くなり。そっと目をそらしていた。
『大変たが、頼んだ』
耳元にそれとなく囁くと。同僚の人狼は、皺を深め渋々頷いた。
「行ってくるニャ♪」
スタスタ歩くキャリンと、不満な顔の人狼は、颯爽と、歩き去っていた。
「やれやれ……。こんな日が、くるとはな……」
空を見上げ、皮肉気に唇を歪めていた。
「これも〈契約者〉の仕事か、仕方ない行きますか……」
背負い袋を持たない左手で、宙に、魔方陣を描き、
「我が、真名の契約に従い。空の王よ。現せよ(けげん。)汝の名は、風竜王」
グオオオォー!、
地の底から響く。喜びの叫び。魔方陣が揺らめいた……。
━━太古の昔。神に近い種族として、数え上げられし王は、大気を震わせながら現れた。
逆巻く風を、全身に受け、なぶられる髪を押さえながら、見上げたシュレットが見たのは、雄壮な巨体を。気持ち良さそうに伸ばして、飛翔した竜だった……、
竜は、初めて見た太陽の光に目を細目ながら。命の喜びである。温かさを全身に浴びて、歓喜の叫びを上げていた。
彼は、知ある古竜の若き個体で、
大陸全土に広がる。地下迷宮に住む。元は呪い森になる前の住人であった種族……、
千年前『神の代行者』(かみ)の裏切りにより。竜は死せる種族となったが……、魔女の力で、造られた地下迷宮で生まれ育った竜である。
シュレットは、三年の歳月を地下迷宮の旅に費やしていた。数多くの亜人と出会い、交流した沢山の経験を積んだ時間だった。
……五年前。シュレットは〈契約者〉の試練を、見事耐えたのだ……。全てはそれで終わりだった筈で、まさか城に戻る道以外に。地下迷宮の扉があるとは思いもよらず……、地下迷宮に迷い込んでしまった。はっきり言えば……、主たる魔女は、地下迷宮に繋がる道の扉を。うっかり閉め忘れていたのが、原因だったが……。
゛久しいな友よ…。゛
契約したシュレットだけ、思念が直接響く。
にこやかに笑いながら。
「ああ。急いて済まないが、頼む」
゛グアアアアァ―承知。゛
風竜の背に乗り、鬣に捕まりながら。〈風壁〉(ふうへき)の魔法で、自身を守る。何せ……。竜の背に、鞍なんてない。風竜王は、名に恥じないスピードで、空を飛行する竜。
それはそれは…、とても息なんて出来ない。その為の魔法である。
「向かうは、因縁の地国境に」
━━あれは、1月前になるか……。
シュレット達が、ある島に、隠れていた。『神の代行者』(かみ)封印を司る。最後の1柱を見つけ、これを滅ぼしたのだが……。
主たる魔女の少女は、いつものように……、頭を抱えることを言うのだ。当たり前のように……、
━━城の地下には、特別な部屋が幾つもあった。その中に〈契約者〉になる試練を受けるとき、『石の部屋』に監禁された7日7晩━━生死をさ迷った。
気が付いたシュレットは、闇の中にいた。この時朦朧としていたシュレットは、まさか出口が2つあるなんて、正確には、3つの出口があるらしい……、冥界の入り口すら存在するとか……、そんなこと知らなかったから……、
三年もさ迷っていたのだ。それで仕方なく……、出口を探しての大冒険とか……。やれやれだ。それなのに戻った日に。優しく出迎えてくれると思ってたら。あの女は……、
「ああ~いたわね~。そんな奴も」
不貞腐れ気味に言いやがった。期待した訳じゃ無いが、心が……折れそうになったけ……。
「丁度いいから、キャリン連れて、何年か、旅に行ってね」
「…………え゛」
顔が、強ばる。
忘れるはずがないのだ。あのトラウマの如く起きた事件を。
「じゃ~お願いね~♪」
ニヘラ意地悪く笑う、今思えば……、魔女は不機嫌だったか、怒ってたかもな……、仕方なく。「旅の目的は?」
「そうね~キャリンに、一般教養を教えるため。かしらね」
である……やれやれだ。で、旅の間。俺はキャリンの教師役をを。やって来た訳だが……、長くて2ヵ月ごとに一度は城に戻りアイレットに報告。また旅に出ての繰り返しだった。本当に苦労した……。しみじみ思う、
キャリンは、珍しい物を見たら。目を輝かせ暴走する。直ぐに魔法を使かいたがる。目を離せば、直ぐに居なくなるから。目を離せない。副産物ではないが……、探索と捜索のスキルが、やたら上がった。一番困ったのが飽き性な性格と。自由気ままな気風である。それでも根気よく。人間の世界のルールや、村、町、国での過ごし方、品物を得るには、お金が必要だと、理解するのに半年も掛かった……。それから魔法の基礎を旅の中で、教えたのだが、とにかくじっとしてないから。一年掛かって。ようやくさわりを覚えて、失敗が減った今日この頃だ……。やれやれ。久しぶりにゆっくり出来ると。城に戻って、翌日アイレットに呼び出されるや、
「私決めたから!」
なんて突然言われれば。嫌な予感しかしない。だから身構えたのも、仕方ないだろう?。
またか……。
キャリン以外の、シュレット、人狼。半透明なレイスの執事スレッドは、お互いの顔に浮かぶ、疲れた気持ちに気付いて、深々ため息をついたのは、言うまでもない。三人の生暖かい目を見ても。全く気付く様子がない。流石は千年を生きる。少女は、我が道を行く行く、どこまでも……。最後の〈契約者〉キャリンはニコニコ、アイレットに抱きついて、甘えてるだけ、母であり。主たる魔女の言うことを。素直に聞くだけで、キャリンは嬉しそうだし、良識派の三人としては、日々が苦労の連続である。
まったくもって信じられないのだが……、悪戯大好き、趣味命の少女が、伝説の魔女とは……、実は……。『神の子』でもある。―見えないが胸無いし……。
「むっ、シュレット、今失礼なこと、考えたでしょ?」
生暖かい眼差しを、さっと横に向けて。わざとらしく遠くを見る振りをして、適当な返事を返した。
「別に……。今日も無駄に、可愛いなと思ってな」
ムッとした顔をしたが、
「なんか微妙に、悪意感じるけど、可愛いいのは~本当だから」
ニコニコ、妙に嬉しそうだ、まあ~いいが、シルベルトの目が、早く訊け!。訴えてるから、仕方ないな……。
「で、悪巧みはなんだ?」
すがめた目に、皮肉を混ぜ、主たる魔女を睨む。素知らぬ風な顔してた魔女は、ニヘラ笑いながら、
「この城をね。森の外に、移す毎にしたわよ♪」
「へえ~」
興味無さそうな、返事にややムッとしたが、魔女は上機嫌で、ニヘラ絞まりがないな……。こうなると気持ち悪い。
『………………』
「……?」
『アイレット様、その様なこと、出来ましょうか?』
酢を飲んだ顔で、スレッドは、主たる魔女に、詰め寄る。横で。鼻にシワを寄せて、ため息を吐く、シルベルトは、嫌そうに、頭を振る。
――また無茶をと暗に言うのだ。
スレッドは、元々人間で、貴族の子息の教師を勤めていた。幽玄の身になって、呪いの森に迷い込んだそうだ。どうも最初から、自我が残ってたらしい、変わり種だ。
唯一。主たる魔女をたしなめる事が、出来る。人物である。
「うん。この間の『神の代行者』(かみ)倒したら、私への封印、(呪い)消えちゃたの~♪」
サラリと、とんでもないこと、言いやがった。
「本当か……?」
顔色の変わる。シルベルトに、小さく頷き、意味あり気な、目で、色々言いたいような複雑な顔して、
「誰かさん(シュレット)が、地下迷宮でね。隠れてた『神の代行者』の魔神アビル。魔将バルラ。神魔エルサレム。魔王キルギスタン。冥界の魔将レーゼルを、倒してくれたんだね?」凄く……身に覚えある名前に、嫌な思い出が浮かぶ……、何故かシルベルトまで、真剣な目で、睨むように。
「本当か?」
個人的な理由から、闘い、倒したあの魔王達が……。『神の代行者』(かみ)?
アンダーグランドには、魔王て呼ばれるのが、6人いた。様々な理由で戦い、激闘の末。倒すことが出来たのだが……、
「あいつらが、この間の化け物の仲間だったのか?。なら、倒したが…。不味かったか?」
不安になり、主たる魔女と、シルベルトを見ると。二人同時に、パタパタ手を振り、
「ちがうちがう~、むしろ感心した、あいつら高位の『神の代行者』だから、大変だったでしょ?」
真顔の問いに。苦労を思い出して。苦々しいく、嘆息した。
「やったねシルベルト、この子はやれば、出来る子だと思てたのよ♪」『オヤオヤ…この間は、あのボンクラ、なんで早く帰って来ないのよ。心配なさってたのは……』
「なっ、なんで知って……ちっ、違うから、あんたの心配なんか、してないんだからね!」
ツンツンと、恥ずかしそうに横を向いて、チラチラシュレットを伺う見る目には、何か言いなさいよ的な。我が儘な光を目に宿して。
まるで、遊びたいけど……、ツンとした、子猫のような、反応に、どう反応していいか……困っていた。仕方なくシルベルトが、
「アイレット、何処に。城を移すつもりだ?」
重い口を開いた。存外シルベルトは、自分から話題をふって喋るのが、苦手のようだ。だから自分から話題を切り出すのは、かなり珍しいことである。ポカンと、呆気にとられたアイレットに、シルベルトはちょっと鼻を赤らめながら、舌打ちした。
「……ただおれは、お前が知っていた時代とは違う。今の世の中に……、土地等ないが?」
「ああ~そう言うことね♪」
意味あり気な、それでいて、悪戯を今、思い付いたのよ~、そんな顔をしていた。益々嫌な予感がした。
「場所はここ。この国を(エルガイア)、私の国に選んだわ♪」
「国?、国がどうしたニャ?」
訳すら分からないキャリンは、小首を捻る。魔女の目は、ちゃんと後で教えてね♪。他人ごとのようにシュレットに向けていた。キャリンは助けを求める。子猫のように、キョロキョロ、皆の顔を順番に見ていて。伺うようにちょこんと首を傾げた。仕方ないとシュレットが、キャリンの前に移動して、
「キャリンお前も、外には、沢山の国、町、村があるのは、覚えてるな?」
「はいニャ。色んな人がいたニャ♪」
楽しそうに微笑む。
「魔女さんは、この森にある城を、人の住む、国に移す。そう言ってるんだよ」
大きなアーモンド型の目を丸くして、
「フ~ン。出来るのニャ?」
外の世界を旅して来て二年。多少なり一般教養を学び。魔法の基礎を勉強したから抱いた疑問に。ビックリした顔で、主たる少女を、見上げていた。
魔女は優しい眼差しで、キャリンに小さく頷き、
「今その話をしてたんだよ~♪、また詳しい話は、シュレットに教えて貰いなさいな」
「は~いニャ!」
二年で、キャリンと、シュレットの間に、師弟。または教師と、出来の悪い生徒のような。関係が築かれていた様子に。
何となく魔女は、少し羨ましそうな眼を。娘たるキャリンに向けていた。
「先に言うけど、城を移すのは、あんたのためじゃないからね」
釘を刺すのも忘れない。
「ああ……、そうだろうな……」
━━今なら解る。魔女は見た目と違い、打算的で、見た目ほど甘い少女ではないのだから。
『アイレット様━━。全く話が見えませぬぞ。いったい何故エルガイアなのですか?』
「ん、1つ目は、私の国があった場所だから、2つ目は、困るのよね~」
あどけなさの残る。魅力的な、笑みなのに、目が笑ってない、
「戦争になるのが、ね。あの辺りには、シルベルトが封印した『神の代行者』いるし~。間違って……復活したら困るからさ~」
『確かに……。それは……』
スレッドも認めざるおえない。だが……、アイレットである。それぐらいで……、わざわざ人間の国を乗っ取る。理由には弱い。
「……シュレット貴方も知る人が、私の国を、守ってたのよ。高齢だった国王は、殺されたけどね……。不当に使ってるわ。本当は、エルガイアを、物理的に滅ぼしてもいいけど……」
「エローラが、お前の国?」
「正確には、違うわ、でも……。それを知ってた人物だったのよ」
壮絶な、怒りの顔のまま、手で、鬱陶しそうに前髪を払う。
「それでは足りないわ。力を、見せつけなければ、ならないの……。世界中の人間に、私の敵になるか、それとも偽りの神兵となるかを、問う。戦いにね」
「何を……。言ってるんだ?」戸惑う、シュレットに。鋭い眼差しで魔女は告げた。
「バルタスを、殺しなさい。あの力を使って……」
一瞬、あまりの変わりように、立ち尽くしてた……、ゆっくり我に戻ったシュレットは、背筋を伸ばし。
「はっ…。魔女の命のままに」
女王に拝され。許された、名誉を賜る。騎士のように、差し出された手に、あの日のように、誓いの口付けをしていた。「そうそうそれから……。シルベルトと、キャリン二人には、アルフェリア女王に、使者となって、謁見してきて」
またとんでも無いこと、さらりと言う、
キョトンとした顔のキャリンは、眉間に皺を寄せて、使者て何?、みたいな困った顔で、シュレットを見る。悩んだ末、諦めた顔で、噛んで含めるように、
「俺の妹と、遊んできて欲しいそうだ」
「えっ!。シュレットてば、妹いたニャ!?、見たい、見たい、見るたらみるニャ!!」
それなら任せて、力いっぱい、元気一杯。答えていた。
「……本気か、お前達」
嫌そうな、シルベルトを無視して。
「そうと決まれば、シュレット、ちゃんと手紙は書いてね」
やれやれ肩を竦めてから、仕方なく頷くしかなかった。
「分かりました……」頭を抱えたい気分だ、そんなシュレットを、悪戯ぽく、片目を瞑り、
「あっスレッド、貴方には、大切な仕事を任せたいの一緒に来て」
『はい、では皆様。先に失礼します』
深々、一礼してレイスは消えていた。
「ん?、そう言えば……」
スレッド……、あれから見てないな……。
「まあレイスだから、いいか」
━━北の国境付近……、
山岳に囲まれ、砦を築くことにより、強固な砦として。ア・フェリアの盾と、呼ばれる。アシーザ砦の南西に、国境の村があった。国境の村としては大きな方である。主に砦の兵士の家族や元兵士などが、近くの湯治を楽しみに。アザの村に住む者も多い。ハロルド公は、エルガイアが、挙兵したと、知った日に、村人には退避を促していた。村はちょっとした砦として、作り替えられていた。
━━アザの村の四方を。木材を用いて、斜めに高く柵で囲み。村の鐘楼に、物見を立たせる。陣地を作った。アザの村には。手練れの練兵1000のを配置したのは、念のためであるが……、
さらに村人の中で、元兵士、村の男達に金を払い、アシーザ砦の地下に、地下道を掘らせてあった。最悪の事態に備え。逃げ道も準備が出来たのが、今朝方のことである。
「ハロルド閣下……、魔導師から報告がありました。ディシス将軍、定刻に出発とのこと」
「ご苦労」
「はっ!」労りの言葉に、新兵は真っ赤になり、意気揚々と仕事に戻っていた。ハロルドは、将軍職にある頃から。部下に好かれていた。
頑迷な面差しで、見るからに武人として映るが、王族の高潔さも備え。美丈夫であり、ハロルド公爵と鞍を並べるは、武人の誉れよと……、騎士の憧れを一身に集める。名将であった。
それはハロルドの気質にあった。父ディシスの教えを。頑迷に守った彼は、一般兵にすら目を配り。配下の信任も厚いのだ。もっとも1人を除いては……
「殿下、このぺ~ス~なら、大丈夫で……ふ~」
全くやる気いがない口調は、スッゲー面倒臭いと言いたげで、実際に顔は雄弁に語っていたのである。
彼女は、一応……軍服を着て、一応は将校らしい女性だが、だらしなく軍服を着崩していた……、顔は半端なく眠そうにショボショボ、面倒くさいと言わんばかりの報告の仕方、周りの騎士達は、忌々しそうにわざとらしく舌打ち。難色を示していた。
「……アロワナ……」
部下の手前。色々言いたいのを、グッと我慢して、諦めた顔をしていた。彼女こそ将軍時代から。ハロルドの副官を唯一やれた。女性士官アロワナを見る。
癖のある黒髪は、いつ櫛を通したのか……、まったく判らないほど、ほつれてボサボサである。今まで1度として、まともな制服姿を、見たことすらないのだ。
一応……美人の部類に入るのだから、着飾ればと注意したら、
「面倒くさ」
将軍の言葉すら。バッサリ切り捨てる傍若無人ぶりで、周りの評判は最悪だ。しかし彼女の為に。色々言い訳したいのだが、本人にとって周りの評判、評価など紙の役にもたたないのを思い出して、ハロルドは溜め息混じりに。深々嘆息していた。何せアロワナが曲者過ぎて、後が怖い。部下には言えないが………、
━━アロワナと言う女性を。見た目だけで判断してはいけない。彼女の表面に騙されると。痛い目に会うのだが、部下は知らない……。本性は陰険で、裏側が恐ろしい女性である。
部下の誰が見ても、ハロルドの副官に相応しくないと。陰口を叩かれてるようだ……、まあ~実際軍人としては、アロワナははっきり言って、優秀でもないし。魔法が得意な訳でもないが、
何故か……。
ハロルド自ら、副官に、来てもらったと言う、謎過ぎる経歴を。部下の誰もが、首を傾げていた。
アロワナが、ハロルドの副官になったのは、
━━今から8年前のになる……。
――当初。彼女の名前を耳にしたのは、苦言であった。
妹ミルキーの護衛に着いたのに、1人が、全く仕事しないと言うのだ……。
見習い騎士や兵から、
『あんな女が、姫様の護衛で、良いのか?』
囁かれていた。
━━とにかく仕事は、適当。服装に無頓着。上司だろうが、同性、老人、子供、国の重鎮だろうが、
「面倒臭い」
バッサリと片付ける。いわゆる変わり者である。
ハロルドの副官になった今も。「半日も、立ってるだけでした!」
「1日中処か!机で、昨日から寝てました……。」
あり得る苦言を聞いて、思わず苦笑したのは言うまでもない。それでもハロルドは、副官は彼女しかいないと考えていた。
ただ1つハロルドが言えるのは、
「アロワナは、優秀過ぎる。」ハロルドにとって、これからもずっと副官は、アロワナ以外考えられないと、思ていいた。
「あれから8年前になるか……」
皇太子たる。ハロルドは、父の名代を勤め。他国へ使者となり、赴くことがある。多忙な将軍職を兼任してるためだが……、
激務の将軍職には、副官が不可欠なのだが……、困ったことに二月とせず。精神を病んで辞めてしまうのだ。理由は分かる。不在の多いハロルドに変わり。国内では将軍の代わりを勤るため。多忙を極める。精神的に耐えられない者が、後をたたず。一年もの間……。副官を決めれずにいた。
━━アロワナは、平民の出で、元々が、城下に祭りでやって来た。見世物小屋の座長であった。
当時━━城下町にある。魔導師ギルド運営の古書店、アンティーク店の常連であった弟シュレットは、何故か閑古鳥の鳴く。見世物小屋に入り浸り、
「昔から、彼奴は妙な才能を見つけるのが上手かったな……」
ハロルドですら。気付かなかった、特筆すべき才能を気に入り、是非とも妹、ミルキーの護衛にと。口説き落としたと言うのだから、さらに二人の団員まで引き抜いて、ハロルドですら弟が、何を考えてるのかと、当時は思ってたが……、不思議と父だけは、怒らなかった所か、
「あの物好きが……」
珍しく微笑したのに。驚いたものだ……、弟は妹に対する。気遣いの細やかさは、父王ですら呆れる程だが、どっちもどっちだとハロルドには思えた。
「あの日も妙に暑い日が、続いてたな……」
文官、秘書官、事務次官が、次々と過労で倒れた……、終いにら父王まで、体調不良で、床に伏したあの日を思い出した……。
父王の代わりにと、気負い疲れていたが、激務をこなさなければと。ハロルドは王魔の間に入ると。見たことのない女が、ボーッとして、立ち尽くしてるのが、妙に勘に触った。
それは……人数が減り、遅々と、仕事が進まないせいもあり……。普段なら気にも止めない些細な出来事が、勘に触った……、書類が揃わず。眉をひそめた。
「君は……」
何か、言う前に、大量の書類を、いきなり渡されて、面食らうハロルドは、訝しげに目を通した瞬間。
「な……、これは……!」
驚愕していた。いや……総毛立ったと言ってよい。
やや呆然と、書類の束と、眠そうな顔の女を見比べてたが、女は何も語る気が無いようで、仕方なく。パラパラって内容を確認した……、
「この案件は……」
文官なら、判断出来うる案件で。必要な事務次官が作る。各部署の命令書。秘書官が、集める地域の情報、費用算出まで、多種多様。今必要な書類。全て揃ってた。
「お前が……、これだけの書類を、用意したのか……?」
半信半疑で、訊いていた。
女は、さも面倒臭そうな顔を、将軍職にいるハロルドに向けてきた。やや面食らうハロルドは、返事を待つと、
「……面倒だから」
喋るのすら、面倒臭そうに言うのだ。しかも将軍たる。自分に対して……、本気で、呆気に取られた。
「面倒で、かたずけれる量か!」
思わず怒鳴り返していた。
「……………」頷くのも嫌そうに、それでも首肯して、黙って王魔の間から、すたすた出て行くではないか、
「おっ、おいお前!」
どうも、今のが退出の礼だったと気付いたのは、しばらくたってからだ……、
皆の症状が改善して間もなく、激務から解放されたハロルドは、どうもあの女が、忘れられず。密かに調べさせた。報告書に目を通して、渋面した。
「あれが弟が見付けたアロワナか……」思わず笑っていた、噂だけでは、いまいち掴み処がない女だったな……、
「シュレットに頼まれたのか……」
秘書官として、1日だけ手伝ってたことを知る。
「面白い!」
素直に感心したものだ。
━━しばらく過ぎたある日のこと。
多忙の父王に代わり、ミルキーを伴い、国内の滅多に行けぬ村、町を数年に一度視察に出るのだが……、妹の護衛に、アロワナの姿があった。
━━だが……。
行く、先々で、おかしな噂を耳にしたのだ。
「なんだ、これは……。」
部下から様々な報告を受けて、書類を見て、眉をひそめていた。全ての事件に。1人の女性の名前が上がっていた。
「アロワナが……。まさか」
信じられない。行く先々で、金銭目的の盗賊、山賊、暗殺者などのプロまで、何か事件が起こる前に。全てが未然に防がれる。または捕まえられていたと……、
「これが……理由か?、シュレット……」
━━ゾクリ肌が泡立った。
そして決めた!、本人を呼び出し問うために。直接訊くことにした。
「面倒だったので」
するとどうだ?。案の定、眠そうな目を迷惑そうに上げて、面倒臭そうに、淡々と告げた。
「……………」
なんだこの女は、呆れながらも、シュレットが、この女をわざわざ妹の為に、登用した理由を理解した。
ミルキーには。確かに守る人間が必要である。それは外交上、不可欠な事実で、妹は我が国の弱点になり得たからだ。ならば……シュレットは、こう考えたのだ……、アロワナの才能……。何も起こらない方が良い……。
「なるほど…」この女は、有能過ぎるのだ。だから無能な女に見えた。周りの誰にも理解されないが……、それ故に、妹にとって……。都合が良い。アロワナはポツポツ。
「あの方が(シュレット)言いました。何もなかったら、それはそれでとても面白いと……」「……あいつらしいな」
「馬鹿ですね」
アロワナが、初めて見せる親愛の笑みが、羨ましく思ったものだ。
━━妙に。懐かしくて、何故今思い出したか分からないが、戦を前に。ハロルドは小さく微笑していた。
━━アシーザ砦・執務室。
「ハロルド閣下!。エルガイア騎兵3000が、城塞都市ハルガに向け、進軍してると報告が来ました」
「やはりな……」
にやり不敵に笑うハロルドは、予定通りの行軍である。
「殿下~」
張り詰めた空気を台無しにする。面倒臭そうな声に、周りの兵は嫌そうな顔をして、忌々しそうな視線が集まる。
「この戦。以外と早く~終わる……かも。知れませんね」
『…………………』
何を言い出すこの女?、雄弁に、皆の目は語る。だが……、ハロルドの顔が強ばる。不思議なことだが……、アロワナの妄言ともいえる予知、予言は恐ろしいほど当たる。「そうか……」何時もながら、掴み処のない女である。
━━その日の夕刻。
━━エルガイア軍陣営━━。
先鋒を任せたデオール大佐からの急使である。
「クッ……おのれ…!」
忌々しい限りだ。同じくアザの村に物見を出した遊撃部隊から、同じ報告があった。バルタス王が、予想した以上の準備がなされていたと知り。歯噛みした。
━━これでは、こんな極地に。砦が、3つあるような物だ……。数で上回るが、軍を分けるしかない……、それも敵地で、兵糧を得るのは失敗である……。
「この様では……」
最初から、攻められる事を前提に。事前に準備がなされたと……考えねばならないか……。誰も口を挟まなかったが、重鎮の多くがバルタス王に。不審の目を向け始めていた。だが……バルタスは、死ぬまで気付くことは無かった……、
━━━☆☆
アシーザ砦、ハロルドの元にに『瞬きの風』により城塞都市ハルガから、
゛作戦通り゛
との一報があった。
半日とせず。国境の平原に。エルガイア本隊が、姿を現した。「壮観だな……」
ハロルド公自身、大規模な戦は、今回が初めてである。南西アザの村から、鐘楼が鳴らされた。城塞都市ハルガまで、聞こえてるはずだ。
それにしても……赤い鎧は、視覚的、物理的。圧迫感が凄まじく。肌がざわつく程である。誰しもが不安になるのは、仕方ない事だ。
……皆徐々に。強い緊張感に、包まれゆく━━。
―……ゴクリ誰かが唾を飲み込み。不安に思う、
『勝てるのかと。』
ハロルドとて口にせぬが、疑問が浮かぶ。将として……、今が肝心と心得てる。
「予定通りである!、籠城を、2日こなせば、勝機あり!よいな」
「はっ!」
「全隊長に、1~4の命令書を。開けるよう伝えよ!」
すぐさま伝令が走る。
戦の喧騒の中。アロワナは、ただ1人、ぼんやりと、何故か空を見上げ……、眉をひそめ呟いた。
「あれは………、なに?」
戦場で、空など見上げる者はそうはいないから、だから気付かない……、アロワナだけが、生命の危険を感じ。だから気付けた。その優秀さ故に……。
「殿下!伏せて」強い口調のアロワナに。ハロルドは素直に従う、辺りの将兵は首を傾げ、訝しみ。何人かが外を見て、顔を凍り付かせた。
次の瞬間━━
グアアアアアアァ!!
突如。大気を振るわせる。生物的危機を感じさせる叫び声に。両軍は、騒然となっていた。
両軍の兵は見た。滞空する巨体を……、誰しもが、凍りついてただ見上げた……、まさに目にしたのだ竜を。最早戦い処ではない。息を飲むことすら忘れ。目の前の現実に、立ち尽くした。
魔導師ならば知っていた可能性もある。竜の叫びには麻痺の力があると━━。まさに伝説にある通り。戦場全体を雷撃に似た。恐怖に痺れ、動けなくなる将兵、体がすくみ上がり。震える兵は、必死に、動け!、逃げろと心が叫ぶ、生存本能である。
━━遥か昔。竜は、絶対的な王者であった。最強の捕食者である竜を前に……、声を発することも出来ない。
「なっ、何事だ!」
バルタス王の叫びで、ようやく動き出した将兵は騒然と、息を飲みながらバルタス王に。訴えた。
「王よ……、魔導師達が、あれをと……」
陣幕からバルタス達、重鎮が飛び出して来て、周りの様子に眉をひそめた。
バルタス王のいた陣幕だけは、お抱えの魔導師による結界が張られて、竜の叫びによる。麻痺の効果は届かず。無事であったのだ。
「ヒッ……へっ、陛下……」
息を飲み震える重鎮の声に。バルタス王も異常を感じて、空を見上げ……、絶句していた。
「なんだ……、あれは……」
エルガイア軍上空を。威圧しながら旋回してる竜を。ギョと見上げた。
「王よ。あれは竜です……」
血の気を、失いワナワナ身体を、震わせる。重鎮を、ギロリ睨み付け、
「竜?、あれが、竜だと言うのか?」
既に、死滅したと言われた生物……。伝説上の生き物のはずだ。
━何故。此処に?。
アルフェリア側ですら。竜の出現に動揺が広がっていた。
……ゆっくりと、ゆっくりと、竜は………、
まるで両軍を威圧してるように。旋回をしていた。まさに我が王者であると言わん姿であると。両陣営に思わせてるようだった……、ゆっくり旋回しながら、
━━そして……。
両陣営の真ん中に降り立ち。魔導師、弓兵など、目のよい者は気付いた。
「王よ!。竜の背に、人が、人が乗っておりますぞ」
元弓兵だった幕僚の指摘に。
「なんと……」
将兵からは感嘆が漏れでる。戦場とは思えぬ。緊迫した静寂にいつの間にか包まれていた。
伝説にある。最後の竜の個体は、数百年前に死んだと言われて久しい。人にとっては神話の時代の、伝説の物語には、竜に乗った騎士がいたと残る。
まるで、伝説を目にしたような……、敬虔な気持ちで、騎士を見つめていた。
『この地で、戦せし人間達に告げる……』
両陣営の全てに、直接、声が送られてきて、両軍の将兵は息を飲んで見守る。『我は、主たる魔女より、遣わされた、使者である』
これ程の広域魔法を使ったはずだが……、1人で?、あり得ないことだった。「何者だ……」
圧倒的な力と。竜を従えてる現実に。みな恐怖すら覚え呟いた。息詰まる両陣営は、男の言葉を待った。
『エルガイア軍並び、バルタス王に告げる。我が主たる。『呪いの森の魔女』に。一切の断りなく、主の従者国エローラを攻め滅ぼし。勝手に国を作るなど、赦さぬ!』
衝撃とともに、動揺にエルガイア軍は揺れた。『民は、知らぬ事ゆえ……。我が地に住まうことを赦そう、だが……。バルタス王よ、そなた達は、即刻、我が国より出て行くがよい』
竜騎士は、ゆっくり旅装のフードを取っていた。
騎士は……、赤き旗に、鋭い眼を向ける。そして凄まじい衝撃を両軍に落とした。
『我が名は、シュレット・アルパーナ』
あまりな言葉、
あまりな内容、
あまりな現実を前に。
バルタス王は、血の気を失っていた……。
ヨロヨロ力無く、後ろに下がり、
「馬鹿な……、馬鹿な!」
それでもバルタスは、王であった。目を血走らせ、狂喜の笑みすら浮かべ、
「あの皇子は『呪いの森』に入ったのだ!、生きてる筈がないわ!、筈がないのだ、魔女がいるだと……、あり得ぬわ、エローラが……」
口腔から、唾を飛ばしがなりたてる。
まるで狂った犬のように吠えた。
「あんな戯れ言など、誰が訊くものか!。我は王だ。そうよ我は王なのだ。勇猛なる我が兵達よ!。あの戯れ言をほざいた者と。竜を殺した者に。将軍の地位を与える!。あの道化に死を与えよ!」
『うおおおおぉー!』
貧困に喘ぐ兵は、王の狂喜に、深き欲に━━。眼を曇らせる。
「愚かな……」ハロルドはため息混じりに呟いていた。
『兄上、聞こえますか?』
今度は、兄ハロルドだけに聞こえるよう、魔法を使う。
『ああ……、本物か?』
訝しむ、兄らしい声に懐かしさのあまり、小さく笑う、
『用を済ませたら、顔をみせましょう』
自信満々な声に、ハロルドの顔が驚きに変わるが、思わず小さく笑っていた。「分かった」
兄の笑みに似た答えに。シュレットは勇壮に微笑みながら。魔法のリンクを切る。
「おいシュレット?」
一言文句を言うべく口を開いたが、もうリンクは切られていて、不安が込み上がり舌打ちしていた。
「殿下、エルガイア軍が、動きます」
眼前に広がる。赤い旗が、猛然とシュレットに群がる。
「あの方が、何を考えてるのか、分かりませんが、今は見てるしかありません」
「グッ…………」アロワナの正論に。言葉が詰まる。
アルフェリアの公爵として、何も出来ないことが、これ程悔しいと思って、唇を噛んでいた。強く。強く叫びたい気持ちである。
彼処にいるのは、俺の……弟だ!、と……。
ハロルドの不安を他所に。シュレットは嘆息していた。
「馬鹿な王だ……」
迫る。千の将兵を見据え。腕を掲げ、呪文を唱え、放つ。
━━突如戦場に、闇が、生まれた……。
━━抱えある闇に、手を入れて、剣のような物を掴み。一度だけ無造作に。振るう!!。
シュレットが行ったのは、
ただ……それだけだった。
しかし……劇的な現象が、起こっていた。シュレットが振るった刃から。凄まじい勢いで、闇が産まれてくように見えた。次に起こった出来事に……、最早言葉を失っていた。闇は広範囲に広がり、迫る。千の将兵共々━━、大地を抉ったのだ。
一瞬の静寂……、生き残った、将兵達の絶叫が、戦場に木霊した。
『愚かなるエルガイア王よ……。今のはまだ本気ではない、負傷兵を助ける。しばしの猶予を与える』
そう告げると。シュレットは悠然と、騎竜の背に乗り。国境の砦に、飛んで行く様を……、バルタス王は、恐怖を持って、首を振り続けていた。
「バカな……。馬鹿な……。そんな……」
力無く。膝を着いて、顔を覆いうめいた。
━━同日。
シュレットが、エルガイア軍を蹴散らす。少し前……。キャリンの覚えた魔法。
『瞬きの扉』を使い、アルフェリアの城下に。一瞬でたどり着いていた。
「フ~ン、ここがシュレットの故郷かにゃ♪」
ニマニマ子猫のように。興味津々と、目を輝かせる姿は。とても微笑ましく。民は二人の旅人は、奇異な目をせず。優しく二人に城までの道を、丁寧に教えてくれる。
「いい所ニャ♪」
「ああ…………」
シルベルトも珍しく感心していた。自然と笑みが浮かぶ。珍しいことだから、キャリンまで嬉しくなって、足取りまで軽くなっていた。
城まで向かう道すがら。アルフェリアの人々を観察してたシルベルトは、戦争があるとは思えないほど。多少の不安な影はあるが、国の治世が善いのだろう。戦時と言うのに、外の人間に、まだ優しく出来るのだから。大した物である。
「あっ!、スッゴくいい匂いするニャ」
グウ~~~。
可愛らしく、お腹が主張する。口下手なシルベルトは、顔をひきつらせ。
「後にしろ」
「ええ~~、ううっ…、シルベルトが、意地悪ニャ、あ!、待つニャ」
たかられてはたまらん。さっさと先を行くに限るとシルベルト。金を持ってないキャリンは、恨めしそうに、物欲しそうに、背後を気にしたが、置いてきぼりは困るとばかりに。慌てて、シルベルトの後を追った。
住人の言う通り、迷うことなく城まで、たどり着いた。ちょっと怪しく見える二人だが、戦時中の謁見の申し込みをどうすれば良いかと。二人で困っていると、みかねた衛兵が、わざわざ教えてくれた。
城の入り口で、簡単な荷物検査を受けて、城内にはすんなり入れてもらえた。さしものシルベルトも些か心配した。
「この国は、大丈夫なのか?」案内の通り。通路を歩いて行くと。
戦時中だからか、主に商人が多く、次いで使者であろうか、
「アイレット様の城より、大きいニャ♪、人が一杯ニャ」
王座のある入り口で、改めて女王の謁見を求めたら。秘書官ての女性は、訝かしみもせず。
「どのような件でしょうか?」
迷った、シルベルトは、
「シュレット皇子から、手紙を預かててな」
ミルキー女王に、宛てた、手紙を見せた途端。辺りは大騒ぎになっていた。
「こっ、こちらに…」
混乱を防ぐため、二人を別室に、隔離され。衛兵が二人を見張る。
「性急過ぎたか……」
口下手過ぎる。シルベルトならば、ではだろう……、
「まあいい。ゆっくり休ませて貰おう」
「うわぁあ~美味しいにゃ~」
甘い焼き菓子とサンドイッチの軽食に。恍惚と食欲を満たすキャリン、シルベルトは苦笑を洩らしながら。背を伸ばして、ソファーに、体を沈めていた。
怪しげな二人組の話を聞いたアルフ宰相は、シュレット様の手紙と言う物を。魔導師に調べさせたが、危険はないと判断して、女王ミルキーに手紙が渡されたのは、しばらくしてから……、既に聞き及んでいたミルキーは、文官の差し出した手紙を。震える指で、大事そうに手にして。ギュット胸に抱いた。
「女王陛下……」
兄の筆跡を知る文官に、小さく確かにと呟いていた。
「兄の筆跡に、間違いない……。何故いまなの……兄様?」
戦が始まる直前に。兄が生きてると知るなんて……、
「アルフには?」
「間もなく、二人は、客間に」「そう……、お茶と、軽く摘まめる物もね」
「既に」
こんな時だから、間者が、潜んでないとも限らない。問題は、もう1つの方だ、本当なのだろうか?。
だが、兄の手紙は、本物だ
「どう言うこと……兄様?」
━━急ぎ仕事を終わらせた。ミルキー女王は、間もなく着替えを済ませてから、アルフと供に。珍妙な二人の使者と会うことにした。
「うわぁ~」
数時間後に。再び運ばれた、色とりどりのお菓子を前に。子供のような、嬉しげな歓声を上げるキャリンを。お茶を入れに来た女官が、クスクス好意的に笑いながら、女王にホットミルクを置いて下がる。同じように愉しげに笑うミルキーは、
「クスクス♪、変わった子ね」
女王の後ろに立って、鋭く二人を見つめる男。アルフ宰相は、女王のために、反応を見定める役割を。与えていたが、二人は女王に興味は無いようで、
「…………」こっちの男は、黙んまりかね……。溜め息をついて、はしゃいでた顔から、女王の顔を被り。アルフに合図を送る。一つ頷き、
「早速ですが、貴方の主は……」
「お前達の言う『魔女』で、構わん」
短的に初めて声を聞いたが、口下手そうな印象とは違い。鋭い口調が、予想外で驚いた。だがアルフは表情を変えずにこやかに微笑み。
「助かります。それで、シュレット様からの手紙に書かれた内容では、。魔女殿の親書があるとか?、済みませんが確認したい」
銀髪を短く刈り込んだ男は、鼻にシワを寄せて、宰相アルフを睨むように見てきた。あまり信用されてないと理解してるようだ。
「仕方ない。キャリン出せ」
「は~いニャ♪」
キャリンと呼ばれた女の子が、軽く腕を振ると、テーブルの上に、魔方陣が浮かび、突然一本の剣が現れた。
「なっ、今のは召喚術か……」驚愕する宰相に。肩を竦めて、シルベルトは剣を顎で示して。「お前がアルフだろ。見覚えがあるはずだ」
端的にシルベルトが言うので、困ったように、仕方なく困ったように。剣に目を向けた瞬間。柄にある紋章に気が付いて、ハッと顔を強張らせていた。
「アルフて宰相は、必ず疑うから、それを渡せと言われてる」
「アルフ……それはまさか…」最早認めるしかなかった。
「はい…。私が、シュレット様に差し上げた、我が家宝の剣です」
懐かしそうにアルフは、目を細めていた。ミルキーも兄から訊いた事がある。財政難だった、アルフの実家に、手を差し伸べたのは、父ディシスだった。アルフは父に、生涯の忠誠を誓い、証しとして、代々伝わる家宝の剣を、差し出したと言う……、
ディシスは、いたく喜び。代々皇子の守り剣にしたと……。
本物……!。
ミルキーとアルフは見合う。
「うわぁ~!。似てるニャ、匂いが、とっても似てるニャね♪」
いつの間にか、少女が、ミルキーの首に鼻を付けて、クンカクンカ匂いを嗅いでいた。
「なっ!、何をしてる」
キャリンはいきなりミルキーに抱きついて、頬をスリスリ。
「まあ~待てアルフ、彼女に悪気はないようだ」
苦笑して、アルフを抑えさせた。
「それに見ろ。アルフ」
ミルキーの指す。先を見て、ハッと息を飲んでいた。
「獣人だと……」
絶滅したと、言われていた種族だ。
「お前の主は、真に、『魔女』なのだな?」
銀髪の男は、無言で頷いた。ミルキーは息を吐いて、身体の強ばりをほぐし首を振る。
「キャリンとやら、我と何が似てるのだ?」
「ん~シュレットと。同じ匂いニャ」
甘える子猫のような言葉に、ついに……。ミルキーの心は、認めた。
「兄様と……」
ポツリ、呟く声が、震えた。
「おいキャリンその辺にしとかないと。シュレットに、言い付けるぞ」
途端に、ハッと顔を強ばらせ。キャリンの尻尾が、ブラシのように膨れ。
「ダメーニャ!、おやつ減らされるニャ!」
必死の様相で、自分の席に戻り。自分は真面目ですから、と、急に背筋を伸ばして、取り繕う姿に思わず自分の昔を思いだした。
「兄は……。変わらないらしいな……。」
堪らず笑う、
「ムムっ……」拗ねた顔で、キャリンに睨まれてしまい、何とか笑いを収めたが、
「我もよく、『お菓子を減らすよ』て叱られたものよ……」
悪戯ぽく笑うミルキーに。
「なんニャ♪、キャリンとおんなじニャ」
共犯者めいた笑みを。二人は浮かべてクスクス笑い合う。
「ゴホン……ミルキー様」優しい目で、静かに頷いたアルフに、目で礼を述べて、逸る心のまま。
「兄は、兄は元気なのですね?」
女王から1人の妹として、兄の身を案じた。
シルベルトは一つ頷き、親書ををテーブルに置いて、
「ただ……主の命がある。あっちは大変だろうがな……」
意味深なことを言う男に、アルフとミルキーは首を傾げるばかり。
「なにせ主の命は、シュレット1人で、エルガイア軍を、潰すことだからな」
とんでもないことを。サラリ言われ。今度こそ血の気をひいた顔で青ざめていた。
「えっ……、え――!、兄様が、戦場に」
やや呆然と、立ち尽くしていた。もともなミルキーの反応は、仕方ないだろう、シルベルトは小さく苦笑しながら、同僚の妹と言う、立場のミルキーに、
「心配だろうが、今頃戦いは、始まってるはずだ。な?」
アルフを見る目は、不敵に笑う。戸惑うが、外を見れば、確かにそうだろうと考える。
「大丈夫にゃ~♪、シュレットなら、心配ないニャ♪」
重くなりそうだった部屋の中で、にこやかに元気に笑うキャリンに。ミルキーはどうしたら良いかも解らす。アルフに助けを求めたが、アルフとて、予想外な話を聞いて混乱していて。下唇を噛む以外。何も出来なかった。
「さてこっからが、使者としての本題だぞ。宰相殿」
戦いとなれば、勇猛果敢な人狼たるシルベルトの本領であった。いきなり挑むような眼差しで睨まれ、些か困っていたアルフも。ようやく落ち着きを取り戻していた。
改めてシルベルトの不器用な優しさに気付き、小さく礼をしてから、アルフも強い意思を込めた。宰相の顔を取り戻していた。
「そうですね」魔女の親書に、二人は目を落としていた。流行る気持ちと。不安を抱く怖さの中でも。ミルキーは一国の女王である。いかなることも見なければならぬ立場だ。無言で震える手を隠しながら。手紙を開いた。
内容を読みとく内に。ミルキーは眉をひそめていた。その様なことが本当に可能かと……、
「女王陛下……」
「兄は、魔女の従者になったそうです」
「なんと……」魔女の親書を読み終わり。改めてアルフには、シュレットの手紙の内容を伝える必要を感じていた。
「兄は、永久に生きる力を得ていると、書かれていました」
「……その様なことが可能なのですか?」
アルフの疑問はもっともで、ミルキーですら、兄の手紙の内容が、信じられずにいたのだ。
「義姉様から、訊いたことがあります」
確かめようの無い。夢物語……。ミルキーはそう思っていたのだ……、今の今までは、
「かの魔女は、なんと……」
一番の問題だ。素直に兄が、生きてたのは嬉しいが……、この国の女王として、それだけではない、大きな危険を孕んでることに、今気付いたのだ。親書には、
゛エルガイアを我が領土とする。゛の短い文だけだ。
使者たる男に手紙の内容を見せると。眉間に皺を寄せて、天を仰ぎ、言うのだ、
「たく家の魔女は、今頃エルガイアの国は、既に無い……。あるのは、我が国だ」
追従するようにキャリンはニコニコ笑いながら、
「魔女が、我が国は、アルフェリアとの同盟を求めるにゃ~♪だってさ~」
ニコニコ屈託なく。キャリンが答えた。
――本当に出来るのか?、アルフと見合い、お互いの困惑を認めて唸る。
「陛下……いかに伝説の魔女でも。その様なことが可能なのかは解りませぬが、調べる必要はあります」
「ええそうね……、このようなことが……、本当に……」
問い掛けを口にし掛けた瞬間。唇が震えていた。二人は魔女が既に。エルガイアを、自分の国にしたと言うからだ。この手紙を読んでる。今、この瞬間にだ………。
フッと手にした手紙の文字が動き出した。目の錯覚かと。もう一度見た、最後の一文が変わっていた
゛魔導王国ルアロ、女王アイレット・コール・レイン゛
と署名されてあったのだ。
まさか今?、目の錯覚かと無言で、どうすべきか迷う二人に。「返事は、シュレットがエルガイア軍を、殲滅した後で構わんとさ」
再び視線を親書に戻したミルキーは、
追伸……。
の文字が新たに加わった瞬間。「アルフ!」
親書を指差したミルキーに釣られ見たアルフの目は……、驚愕に見開かれた。
署名の下に。つらつら文字が、書き足されて行くではないか………、
゛魔導王国ルアロは、アルフェリアと、同盟を、求めるものなり……。゛
゛ゴメン~書き忘れちったテヘ☆゛
なんて事が書き足され。茫然自失だったアルフだったが、
件の内容は、至急調べねばならないな……、強く決意した。
「アルフ」
「はっ、至急調べます。前戦のハロルド閣下に、確かめねばなりませんな」
「頼む、父にも知らせよ」
「はい」
アルフが、退室して、ミルキーはソファーに深々座ると、息をつむぐ、女王と言えど、まだまだ子供である。「兄様……」大切な物を、取り戻した、そんな気がした。
うおおおおぉー、大歓声が上がる中。シュレットを乗せた竜は、兵の歓声に。迎えられていた。
シュレットが降りると、竜は、砦の門の前で、ゆるり横になっていた。
「シュレット様!。此方に」
竜を間近にした兵は、緊張していた。中には青い顔の兵もいた。兵の1人に案内されて、ハロルドの待つ執務室に入る。
━━シュレットが執務室に入るなり、ハロルドはつかつか近寄った瞬間、いきなりシュレットを殴り飛ばしていた。
慌て、色を無くす兵に、手を上げながら。
「大丈夫です。貴方は、仕事に戻りなさい」
「はっ」
アロワナに言われて、戸惑いはあるが、素直に従っていた。
「なぜ殴られたか……、分かるなシュレット?」
「……はい。兄さん申し訳ありません」
素直に頭を下げる弟を。涙を袖で乱暴に拭い。人目も憚らず。シュレットを抱き締めて。涙を流していた。
『いきなり!、何をなされるんですの』
『そうですわ!』
頭に、強い思念が響き、皆を驚かせた。
「二人共……、いいんだ……。あっ、兄上今の思念は、俺の使い魔でして」
バツが悪そうに、シュレットが苦笑していた。もう驚くまいと思ったが、ハロルドは驚きの目を弟に向けていた。兄が驚く様子を初めて見たから。目を丸くしたシュレットの呆けた顔が、妙に懐かしくなっていて、思わず小さく笑いながら。成長した弟の肩を抱いていた。「そうか………」
あのシュレットがな……。
皮肉な話だが、シュレットを侮っていた。認識を変える必要を感じた。
「アロワナ時間は、あるな?」「ええ、しばらくは……」
面倒臭そうに、でも的確な判断を下す。それがアロワナだ。
「訊かせろ。何があったのか…」
「はい………」
シュレットには、婚約者が死のうと……、自分が王となるのは決まっていた……。国と民を捨ててまで、何をしてたのか……。
――同日、同時刻。
エルガイア国全土は、突然の大地震に、見舞われた。城は崩れ落ち……、家屋が次々と消えて、町は……大混乱していた。
━━沢山の人々が……、逃げ惑う最中。大地に穴が開いて。次々と落ちていく……、そしてエルガイアと言う国は、地上から消え失せていた……、
━━暗闇に覆われた地底。恐怖のあまり。叫び出す者。悲鳴を上げ続ける者。悪夢のような出来事に。等しく全ての住人は恐怖に震えた。そんな時。人々の頭に。突然……声が聞こえた。
『元エルガイアの民に告げる。我が名は、アイレット・コール・レイン、あなた方に『呪いの森の魔女』そう呼ばれておる存在だ。今、この時をもって、この国を、我の国とする』
暗闇は、人々に圧迫する恐怖を与え。まるで闇が、迫るような気持ちにさせる……。人は闇を恐れる。それは先の見えぬ闇が、心を押し潰そうとするように感じたからだ。
啜り泣きが聞こえた。人々は絶対的な力を前に。姿無き魔女の声に。恐れを抱いき、恐怖に震えた━━。
『元々ルガイアは、我が従者の国であった……、それ故我れは、我が従者に命じた。今頃あの愚かなる王は、死んでおろう。一つ言うが、あの愚かな王のため。我に挑もうとする者、手足となり働こうとする者は、来るがよい』
これだけの力を、見せつけられて、どれだけの人間が、逆らえよう……。
「フン、まあ~これだけの力を、見せるんだから、顔は、みたいね。あたしらには関係ないけどさ」強気に、言ってのける少女の身体が、微かに震えてる。薄汚れた服、髪は、いつ洗ったのかも、分からない程、脂が浮かび。酷い有り様だが、少女の目は、諦めない、生気に満ちる瞳に……、陰りはない、エルガイアは、急激に大きくなって、大国に比肩する。ほどの国土を誇る国。だが……、
だからこそ、歪みは深く。貧富の差から、毎年数千人もの、飢餓死者を出している。
「お姉ちゃん……」
不安そうな、妹の声は震えていた。妹の目は……、栄養失調で、光を失い、盲目の世界に立ってる。
妹と、言っても……。本当の姉妹ではないが、二人で寄り添い、細々生きていた。二人は孤児であった。
「平気さ、魔女と言っても、バルタスと変わらないよ」
「でも………」闇の世界に、戸惑いが隠せない。まるでここには、二人だけしか、いないようだと……、姉は安心させるよう。傍らにいる妹の頬に触れていた。姉の掌から。優しく妹を気遣い思う心を感じていた。大丈夫とうそぶく姉。そんな二人に。
『よかろう、そこな光を失った妹と。来るがよい』
「え……」
「ねっ姉さん」普段強気な姉の顔から……、血の気を失っていた。
「嘘だろ……」
『あら、本当よ。城に、招待してあげるから』
実に。楽し気に笑い含む……。魔女の思念に。言葉を失う。
「お姉ちゃん!、風の媒体を使ってるよ?」
『へえ~、貴女魔導師の素質あるのね』
楽しそうに笑う魔女からは、悪戯な思念が二人を包んでいた。「あんた……、もし、もしもだよ私等が、あんたに支えると言ったら……。妹の目くらい、治せるんだろうね?」
震える声。妹の手を握りながら、あくまでも強気に言うのだ。「どうなんだ魔女!。オレはフィアだ、だったら招待されてやってもいいぜ!?」
「おっ、お姉ちゃん!」
これは賭けだ。危険な……。賭けに命を掛けた。暗闇で、見えない世界では、本性が浮かぶ。不遜に笑って見せてるが、妹を絶対守ると言う。優しい決意を見てるから。
『クスクス♪貴女面白~い♪。良いわ貴女の誘いに、乗ってあげるから、しっかり働くのね』
妹の痩せた身体を。抱き締めていた。
「大丈夫……。オレが守るから」
「お姉ちゃん……。うん♪」
この温もりだけは、命に換えても守る。
━━二人の姿は、突然消えた……。
暗闇の中で、同じことが、次々と同時に行われていた。エルガイア全土で……。
━━同日、同時刻。
砦にある。執務室は、重い空気に、包まれる。
「ハロルド閣下……、女王様から、魔女の使者が、現れたと……」
伝令兵の報告に、息を飲んだ。……使者は言ったと。エルガイアが既に魔女の国になったと……、だが、エルガイアのバルタス王はいまだに……、赤き旗の下に、いるのにだ……。俄には、信じられない、かといって、シュレットの力ら(竜)を目にしている……。
直ぐに、判断出来ない……。
「……魔女の狙いは、なんだ?」
迷うように、言葉を選び。弟に問うしかない。
「人にとって、悪い事ではない……」
兄の目を、真っ直ぐ見つめ。断言した。
「動きます」
二人の皇子を、アロワナが遮る。シュレットとハロルドが同時に外を見れば、エルガイア軍が動き出したのが見えた。
「ありがとうアロワナ、兄さん、俺の力を見て、女王陛下と。協議の上、同盟を結ぶか、お決め下さい」
一礼して顔を上げた瞬間。シュレットの顔から一切の優しさが消えていた。底冷えする冷徹な光を宿す眼差しは、ハロルドをも威圧していた。あまりの変貌に。寒気と恐怖を覚えていた。そこに立つ者は、最早気弱な弟ではなかった。畏怖すら抱く。王者のような貫禄が、シュレットから発せられていた。
「真名の契約に応えよ。リオナ、ナッシュ」
力ある言葉に応え。シュレットの前に、ハーピィ姉妹が現れた。騒然と構える。兵達にシュレットが手を上げて、留まらせていた。アロワナは驚いたと言うよりも。確認のため。
「ハーピィですか、シュレット様?」
大陸北部の山岳地に。生息する妖魔の一種だ……。
「兄上。世界は広い、目に見える。以上に」
傍らに、控える。ハーピィ姉妹にシュレットは命じた。
「リオナ、直ちに飛行部隊の召喚。ナッシュは俺の補佐を」『はい』
二匹が窓から飛んで、砦上空にあがり。鳥の鳴き声が、戦場に響き渡る。
するとどうだ?。空に巨大な……、魔方陣が、現れたではないか、
「シュレット……お前は、何をするつもりだ」弟は、今までとは、別人となった事を理解した。
「永遠を生きるつもりです……」
フッと儚げに微笑したシュレットの顔が、あまりに切な気であり。胸が詰まるような。悲しい瞳を目にしていた。ハロルドの差し伸べ掛けた手を。強い決意の眼差しを前に。止めていた。「そうですか、貴方らしい……」
忌々しそうな、アロワナの辛辣な言葉に、薄く懐かしそうに笑っていた。
――竜の若き王は、暖かな陽射しを。ゆるり楽しんでいた。
生まれ初めて、身体を抱き締められるような。太陽の暖かさ。心より満足していた。
無粋な人間さえ、いなければ……。
「行け行け、行け行け!」
エルガイア軍の進軍が、再開され。地鳴りのように響く怒号に、王は……金の両眼を開き、見据えた。
ピィーア―!。空で、二匹のハーピィが、警戒の声をあげる。
━━そろそろか…。
首をもたげ。友の言葉を王は待った。
空に現れた大規模魔方陣から、数百ものハーピィが召喚されていた。
五匹1小隊の編成で、突如エルガイア軍に、襲い掛かり始めた。
まさか竜以外から……、襲われるとは、思ってないエルガイア将兵は、混乱の極みにいたる。
「エローラ」
グアアアアアァー!!?。
王は、友の呼び掛けに応え。叫びを上げた。ついでよとばかりに。迫ったエルガイヤ軍に。風のブレスを放ち、蹴散らしてから、ゆったり翼を広げ、空に舞う。
ハロルドの執務室は、最上階にある。シュレットはベランダに出て、今一度、兄を見てから、静かに笑っていた。
「シュレット!」
いきなり飛び降りた弟を追って、慌てて駆け寄り下を見ると……、
「何時の間に……」
竜が下にいたのか、シュレットは竜の背に乗っていた。
「よろしいのですか?」
アロワナはハロルドを面倒で、忌々しそうな顔を向けていた。ハロルドは再び戸惑ったように首を傾げる。
「なんのことだ?」
アロワナだから気付いた可能性。面倒なと舌打ちしながら、諦めたように。ハロルドの反応に嘆息していた。仕方ない……あの方ではないのだから。色々言いたげな眼差しに、さすがにムッとした。
「シュレット様は、エルガイア軍を、倒してしまいます。これは覆せない事実です。その結果……、我が、国として、困りませんか?」
「あ………」
失念していた。いくら弟とはいえ……。感傷に浸りすぎたかと。頭を描いた。アロワナの言わんとする可能性に。ようやく気が付いたのだ……、今まさに本国では、魔女からの同盟の使者が来ているのだ……。
即ち。エルガイアが滅ぶことは、確定している。
「なるほど……、我が国として困るな……」同盟とは、対等の条件でなくばならぬ。父の言葉だ。
アロワナの能力は、疑いようがないのだから、無視してよい話ではない。
「伝令!、シュレットは、大規模魔法を使う可能性が高い。となれば……、動けない弟を手助けして同時に。エルガイアに、追撃戦を仕掛ける準備をせよ」それが、同盟を対等に結ぶ助けになる。
アロワナは不満だった……、シュレット様は、何故私を魔女の元に連れてかなかったのかを……、
それに……、わざわざ顔を曝して、わざわざ砦に来て、わざわざ殴られ。わざわざアロワナに。気が付かせた理由━━、優しいあの人らしくて、とてもムカついた。
「一度、あの方のために。魔女に会わなければ……」ベランダから柔らかく微笑み。竜の背に乗るシュレットを……、愛しく見詰め。静かに微笑していた。
開戦間際になって突然現れた。シュレット皇子、ミルキー女王の元に。魔女アイレットよりの親書を持参した。二人の使者から。兄が生きてることを知った。




