第三話 『無の境地』
第三話わず。
「嗚呼、何もかも全てを思い出した」
「じゃあ、今から一緒に殴りに行きます?」
「それは面倒だな。私は面倒ごとが嫌いだと言っているだろう。この説明すらもしたくないというのに」
「ちぇっ……つまんね~の」
「不貞腐れても何もしないぞ。貴様が不貞腐れても誰一人得しない」
「需要と供給が成り立ちませんしね」
「ああ、成り立たん、成り立たんね。天地がひっくり返っても無理なものは無理だろうな」
「貴方、ひどい事を仰る」
「それ以上口を開けると、ぶち殺すぞ」
「お~、怖い怖い」
「この野郎め……」
「さーて、教室に戻りますか。そろそろホームルームが始まりますよ」
「貴様と無駄口を叩いているほど暇ではないのだよ。ここは素直に戻ろうじゃないか」
「ほう、難癖付けたがりの貴方が素直に受け入れるとは珍しい。有り得ないですよ、これ。もしかして明日、世界が終わるんじゃないでしょうね?」
「殴るぞ」
「カルシウムが足りてませんよ、と言いたいところですが、そろそろ本気で殴られそうなので心に留めて置くことにしましょう。僕は物騒なのが大嫌いでして」
「私の寛大さに感謝するがよい。大方の予想通り貴様は殴る価値のない人間だ。いや、妖怪と言った方が正しいか。まあ、何でもいい、殴らんよ」
「あらやだ、格好良い」
「というか、俺たち一歩も進んでないよな。扉なんか目の前にあるのに」
「仕方ないですよ、そういう意向ですから。それよりも一人称俺になってますよ」
「そこは気にするでないぞ。年頃の男子はすぐ変わるからな。五秒もあれば着きそうなのに着かないのは簡単に言うと、大人の事情……か」
「大体そんな感じでしょう。さあさあ、主人公の貴方が扉を開けてくださいよ。大ゴマは主人公のモノですからね」
「具体的に言わんでよろしい。扉ぐらいそう必死に頼まなくても寛大で真摯な紳士の私が開けてやらんでもないぞ? 頼まれたのだから開けるのが道理というものだろう?」
「貴方、ちょっとどころか僕が予想していた以上に心躍ってますよね?」
「ええい、五月蝿いわ! いい加減殴るぞ、この野郎!」
「事実を突きつけられたら怒るのは貴方の悪い癖ですよ、先程何十秒か前に殴らないって言ったじゃないですか、怖いお人だ」
「一言二言三言余計なんだよ、貴様は」
「僕は無駄口を叩かないと死んでしまうのです」
「いっそ、死んでしまえばいいのだ」
「ふん、本心じゃない癖に」
流石に五月蝿いので、無視して扉を開けてやろうとしたところに後ろから声を掛けられた。
その声の主を私は知っている。おそらく吉川も知っている。
何故、新たな一歩を踏み出そうと必死に抗っている元中学三年生、もとい、新高校一年生が在籍する階にいるのだろうか。
非常に異常なまでに謎である。
最悪の事態を想定すると、この学年で担任を受け持ったとかではなかろうか。
史上最強の最悪で極悪で最凶の事態を想定すると、いや、想定するだけでお腹が痛くなるが、避けられない現実と言うのならば仕方なく想定しよう。確率的に私たちに声を掛けた時点で黒に違いない。
――そう、吉川を含める我々、1年F組の担任なのだろう。
――おーい! 鶴神! 吉川! 早く教室入れー入らないと遅刻と見做してお前らに愛の鞭で制裁するぞっ!
キャラ変か、おい。
見事なまでに似合っていない。これは気味が悪いとかそういう次元じゃないだろうよ。
――今、悪口言ったろ! 許さねーぞテメェら!
――ダッシュで向かうからそこで待っていやがれッッ!
振り返るな、前を向いて今、走り出せ!
気配を感じることが可能な私にはすぐ後ろに鬼が迫ってきているのが解る。
教室に入ればこちらの勝利!
扉に手を掛けた! 後は引くのみ!
我々の勝――鶴神、待ちやがれェェェェッッッ!!!!!!
何度言えば解るんだこの連中!
首根っこを掴むな、と何度言えば解るんだ!
そのまま持ち運ぶな、と何度言えば解るんだ!
あっ! 吉川いねーじゃねぇか!
流石の逃げ足である。主人公こと、私は入学式の当日から踏んだり蹴ったりで絶望に打ちひしがれているのだが、主要キャストが何も喰らわないのは不平等ではなかろうか! ここに唱えたい! 不平等である、と!
教室の目の前の廊下で二人駄弁っていたのに、鬼監督のせいで遠くで首根っこを掴まれながら、人類が初めて宇宙人を発見したかの如く、吊り上げられている。
「暴れるな、鶴神ッッ!! 落とすぞゴラァ」
「落とすのはやめなさい。離したまえ鬼監督。さもなくばお偉い方々に訴えるぞ!」
「うるせェ! このまま連れて行ってやるからな!」
「なんという仕打ち。このいたいけで健全で純粋で無垢な私が何故、大衆の面前で晒されなければならぬのだ……おお、神も仏もありゃしない」
「そういう運命なんだ、受け入れろ」
「教師が生徒に諦めさすかー!?」
朝からとんだ災難である。
入学式当日、絶望に打ちひしがれる主人公は全世界探してもこの鶴神善幸ただ一人だけに決まっている!
理不尽極まりない上に惨めを極めてしまっている。どうしてこうなってしまったのか、責任者を問いただす必要がある。責任者はどこか。嗚呼、無情、ここか。
「生徒諸君、健全な朝を迎えているか!?」
「人の首根っこ掴んでおいて何が健全だ!」
「新一年生の皆さん、先生に逆らうとこうなりま~す」
「諸君、こんなことがあってよいのか!」
教室内を見回すと、クラスメイトの頭にはクエスチョンマークが浮かんでいる様だ。
生徒の一人がひょうきんな顔をして口を開いた。
「非があるから首根っこ掴まれてるんでしょ~?」
「なんか漫才みた~い!」
「やれ! やれ! もっとやれ!」
「いいんじゃないの、面白いし」
続々と口を開いた。
最初に誰だか解らない乙女(女子のことは総じて、どんな人であろうとそう呼ぶ事に決めている)がそう言った瞬間、続々と誰だか解らないモブキャラクター達が口を開き、最終的に教室内は笑いに包まれた。この流れ、なんなのもう!
「言っておくが、見世物じゃないんだよ、私は!
真摯であって紳士である鶴神善幸『つるかみ よしゆき』を何だと思っているのだ!
動物園で悠々と笹を食べるだけで黄色い歓声を浴びたりするパンダや、木に登って適当な愛想を振り撒いているだけコアラや、四足歩行の愛くるしい生物がそれとなく、呆然と二足歩行で愛嬌たっぷり憎さ余らず立ち尽くすだけの愛すべきレッサーパンダ等の類ではないのだぞ!
それを解った上で、それを解った上で、それを解った上で笑っているのか貴様らッッ!!」
熱く滾る劣等感をバネに左拳を振り上げ、それらしく演説する私の姿、意志とは相反し、教室内は笑いで溢れ返る。もしかして、笑いの才能があるのか!? 否、笑いの才能はないだろう。推測だが。
「鶴神、テメェ静かにしやがれ、殴られてぇのか!」
「既に首根っこ掴んでいるではないか!」
漫才のようなやりとりに会場(教室内)、大爆笑。空気を変える為に鬼教師が一度咳き込む真似をする。
「ハイっ、おふざけ終了! これ以上続けるのなら全員に拳をぶち噛まします。
よーし、聞き分けのいい子は好きだよ、先生。悪い子は殴るよ、先生。
嗚呼、自己紹介が遅れたな、武美洋一二十七歳だ、テメェらの担任だからな覚えておけよ!」
「さらっとまるで流れ作業のようにごく自然になんてひどいを言う教師が居たもんだ……」
誰にも聴こえないように呟いた。
「あァン、何か言ったかこの野郎!」
誰にも聴こえないように呟いたはずだが、それはとても浅はかだったようだ。
「……この地獄耳!」
生徒諸君、最後まで何を笑っておるのだ。
漫才をしに高校に入った訳ではないぞ!
ふざけるのも大概にして欲しいものだな。
地獄耳鬼監督が担任か、波乱の初日にも程があるだろう。というか、どんだけ濃いんだよこれ。
捨て台詞を吐くことになるとは思わなかった。なんたる失態。
よし、首根っこを傷める前に自分の席に着くとするか――って、おい! 隣の乙女よ、何を笑っているんだ!
どうせ、大爆笑をしているだろうと人の不幸で三杯の飯が喰える吉川の方を見てみると、当たり前のように大爆笑をしていた。貴様、後で殴るから覚悟しておくがいい。
それはそうと、白鳥勇次郎に会わねばなるまい。
完全に思い出した私の久しぶりの再会であるから会わない訳にはいかぬだろう。
サングラスを掛けた背の高い野球部顧問の教師がかったるそうに口を開いた。
「あッッッれ~~~?、白鳥もしかして来てねえの!?
新一年生が入学初日から遅刻するってどんな神経してんだよ、とんだ大物だな、オイッ!」
とんだ大物だな!
どうせ、ヒーローは遅れてやってくるモノです、とか言って澄ました顔で登場するに違いない。
噂をすれば何とやら。
「あら、皆さんお揃いで」
「お揃いでじゃねー!」
「そう怒らないでくださいよ、だって、主役は遅れてやってくるモノじゃあないですか」
「~~~~~ッッッ!? そこの君、な~~~にを言っているのかな! な!
待て待て待て待て待て待ちやがれ! 主役、俺だからーッ!」
極限な理不尽さゆえに、光の速さで突っ込みを入れてしまった。ニュートリノより速かった自信はある。
「あ」
「あ」
目が合った。大きな体をした漢と目が合っても何一つ嬉しくないが、目が合った。
時が止まった――二人の間でそんなような感じがした。
巷で流行しているボーイズラブ展開には天地がひっくりかってもならない。巨人と小さな巨人がむさ苦しく拳で語り合うだけのよくある少年誌的展開にしかなり得ないのだ!
そういう熱血少年誌的再会シーンは、最初が肝心である。
「久しぶりだな、白鳥勇次郎」
「嗚呼、覚えていたのか。鶴神善幸」
「十分前ぐらいに思い出したところだよ
「遅すぎるじゃないか」
「私は人の名前と顔を覚えるのが苦手でな。許せ」
「……あの時の決着をはっきりつけようじゃないか、そうしたら許してやらんでもないぞ?」
「気が合うな、私もそう思っていたよ。じゃあ、今からやるか」
外に出ようと席を立とうとした瞬間、殺気を感じたので立つのを止めた。
冷たい殺気である。
「お前ら、座れ」
今から戦いを始めようとしたが、それは失敗に終わり、鋭い眼光で鬼に凄まれてしまった。
無益な争いは好きではないので、素直に席に着いた。
どうやら、白鳥も同じようで無益な争いは好まないらしい。
「今日の予定はホームルームが終わり次第、入学式です。
その後は入学式が終わり次第、適当な時間に順番が廻って来たら身体測定です。
式では、君たちに校長が至極どうでもいい有難いお話をしてくださるので、しっかりと耳の穴をかっぽじって聞くように!
身体測定では、女子が最初に着替えるから男子共は外で待っているように!
そして、着替えている間に覗いたやつは鉄拳制裁を加えるので覚悟するように!
お前ら、体育館に移動すンぞ! 遅れたやつは全員鉄拳制裁な!」
本当に校長の話は至極どうでもいい有難いお話であった……。
真夏に聞く有難い話は続々と生徒が倒れる、という都市伝説は嘘ではないらしいな。
まだ桜満開の春だというのに!
「面倒臭いから身体測定までの時間は自己紹介タイムでーす」
担任が喋っているが、誰がどう見ても明らかにやる気がない。
「ほら! 出席番号1番のやつ出て来いコラ!」
この教師、感情が忙しいな。入部予定の私は既にどんな人間性かは解っているが。
出席番号1番の生徒、心中お察しする。
他人を覚える能力が皆無な私に取って先程の生徒は、出席番号1番であって、出席番号1番以外の何者でもないのだ。
即ち、何が言いたいかというと、覚えるまでもないキャラクターの一人に過ぎないのだよ、彼は。
パズルのピースにもならない1番くんの自己紹介は終わり、色々と飛ばして私の番まで廻ってきた。
当たり障りのない自己紹介をすれば第一印象をいい方向に植えつけられるだろう。
「あー! 面白い人だー!」
「なんかやってくれよー!」
貴様ら、後で覚悟しろよ。
「期待しているところ悪いが、私は面白い人間ではない。
だから、貴様ら諸君の期待には応えられないのだよ。
非常に残念だがこればかりは致し方がない。変えることの出来ない運命なのだから。
自己紹介が遅れた、全てに置いて愛される存在、それが鶴神善幸である。
以後、お見知りおきを!
真摯であり、紳士である鶴神善幸をよろしくどうぞ!
麗しき乙女が大好きです! 麗しき乙女の皆さん、一緒に楽園を創り上げましょう!
おっと、つい計画を表に出してしまったか。失敬、口が滑りすぎた。自己紹介はこれにて終了!
くだらない自己紹介にお付き合い頂き、ありがとうございました」
最後に手を広げ、それっぽい演説ポーズを披露し、一礼で自己紹介を無事に終えた。
どうだ、当たり障りのない自己紹介だったろう、と吉川の方向を見ると、笑っていた。
不敵な笑みを浮かべていた。
これは後で何かが起こりそうである。
何故だ、拍手が疎らではないか。
「諸君、拍手を強要する! 今すぐに拍手をなさい! いや、してください!
おい、面倒臭いとか、なんだあいつとか、わけがわからないよ、とかましてや健全な男子を捕まえて、変態とか言うんじゃないよ!
変態じゃないから私! そういう下衆な連中と一緒にしないでくれる?
変態ってのは自分の性癖を人に見せびらかして悦に浸る人々でしょう?
だから、真摯であり紳士である人間を捕まえて変態なんて罵詈雑言を浴びせてはいけないのですよ。
変な趣味とかないから本当に! 嘘を付いているような目か、これが!?
あー、諸君は人を疑って入らないと気が済まない哀れな人間なのか。
それなら仕方ない。人生の先輩が格言を授けよう。耳の穴をかっぽじって聞いて差し上げろ!
人を信じましょう、紳士の言うことなら尚更です。疑いから入るのはよくないことです。出来るだけ人を傷つけるのはやめましょう。
そうすれば、些細な喧嘩がなくなり、絶えぬ戦争にも終止符を打つ事が出来るのです。
変な目で見ないでくださいよ、貴方たち。紳士って変な意味じゃないからね、むしろ変な意味の紳士が存在するのなら教えて欲しいぐらいですよ。
解ったら君たち、早く拍手をしなさい。さもなくば今日一日――拗ねるぞッッッ!!!」
拍手、大喝采。
しかし、この込み上げる虚無感は何なのだろう。
吉川は口から生まれただけあって、その不気味さと巧みな話術を遺憾なく発揮し、白鳥は大きさを遺憾なく発揮したのであった。
ざっくりとした必要のあったか解らない自己紹介パートを終え、局面は身体測定に変わり、読者の待ち侘びた燃え滾る少年誌的熱血熱闘な展開はここから始まるのである!
詳しく説明すると、今までの自己紹介が漫画で言うところのあんまり人気のない修行パートであったり、アニメで言うところのAパートである!
これで解らない輩は、素直に何を仰っているのか理解しかねます、と諦めるがよい!




