序章第三話 『開幕、紅白戦~全てを賭けて~』
第四話です。
海星大学附属高校の正門からグラウンドまで遠い事は説明したろう?
そのマウンドで投げるのが私、鶴神善幸だ。それを捕るのが吉川『仮』である。
そして、無謀な訳の分からない勝負を仕掛けてきたのが、ベンチに座っている鬼監督である。あ、名前はまだ知らない。
そんでもって、敵にいる一人が死闘の末に手を取り合い杯を交わした先輩、エリオット・ロビンソン氏。
さらに畳み掛けて私の近くにいる謎の人物は誰かは知らない。吉川『仮』の話によると現一年生、つまり新二年生チームのリーダーらしい。
破竹の勢いでさらに畳み掛けて、他の先輩を誰一人知らない。顔と名前が一致しないどころではない。
怒涛の連打で終わるを告げるが、ユニフォームは中学時代のを持ってきている。用意周到なこの私が持ってこない訳がない。
作戦会議をしていいようだが、まとめる者はリーダーしかおらぬ。視線を向けてみると、爽やかな笑顔を返してきた。
「そうか、纏めるのは僕しかいないのか。僭越ながらリーダーをやらせてもらう事になった、神宮寺エイジです。以後お見知りおきを!」
颯爽と現れたのは金髪ロングの色白で背が高い紳士であった。爽やかな笑顔を持つ男は恐ろしい。情報によるとファンクラブがあるのだとか。
どこかに欠点があるに違いない。でなければ世の中不平等ではないか!
「どうかしたのかい鶴神くん、そんな顔して。疲れているのならゆっくり休みなよ。無理は良くないからね」
「無駄な心配をありがとうございます先輩。それよりも作戦を立てておかなくて大丈夫ですかい?」
「それなら心配いらないよ。吉川くんが作戦を立てくれている。僕は先輩方を知っているから少しお手伝いしたけどね」
華麗に流されてしまった。この人もしや天性の善人なのではなかろうか。その可能性は大いにある。
「善人なんて嫌いだあ! 無意識に撒き散らすんじゃねえ! 大嫌いだあ!」
私は逃げ出した。目の前に存在する全自動爽やか製造機から逃げ出した。全力で逃げ出した。はずだったのだが……。
「逃げるのは関心しないな。目の前の現実から逃げちゃダメだ! 作戦言うから黙って聞いてなさい!」
「……すいませんでした。二度としないから許してください」
初対面だがこの先輩には勝てない気がしたそんな瞬間であった。全力で逃げたはずなのに恐るべき速さで捕まえられてしまったのだ。
一日に二度も首根っこを掴まれたのは初めてである。
「はい! 吉川大先生の戦略講座が始まるよぉぉぉっ!」
「どうかしたのか、吉川『仮』」
「これはキャラ変だね。こういうのは触れないのが一番だよ、鶴神くん」
「触らぬなんたらに祟りなしってやつですな。関わると面倒臭そうだから喋らせておきますか」
「君が漫画脳で助かったよ。臭いものには蓋しておかないとね」
「ちょっとそこのお二方口封じますよ? それにしても先輩、臭いものに蓋はひどいじゃないですか」
「いいから続けたまえ」「早くしてよ」「何この人達怖いんですけど……」
こうして、吉川大先生による戦略講座が始まったのであった。
キャラが異常なまでに腹立たしいので、端折って私が説明しよう。大先生の不満は一切受け付けない。
要点をまとめると、警戒しなければならない人物は三人。後は今後出番のないモブキャラなので気にする必要がない、との事。
大先生のキャラは鬱陶しいが、データだけは信頼出来るらしい。情報網を舐めると怒られるかもしれない。
その信頼出来るデータによると、無口で硬派なゲーム全般弱い主将木原氏、プロレス愛好家でところ構わず誰にでも技をかける脳まで筋肉プレイヤー大泉氏、もう語らなくてもお分かりだろう、エリオット先輩だ。
ストライクゾーン全てがヒットゾーンと言っても過言ではない圧倒的バッティング力を誇る木原氏を抑えるのは難儀な事である。
当たればホームラン、当たらなければ三振と極端なバッティングの圧倒的筋肉で四番に座る大泉氏も恐ろしい。
全自動喋くりマシーンのエリオット先輩に勝る脚力の持ち主はこの野球部にいないとの事。この三人を抑えなければならないのだ。
後は漫画でよくあるその他大勢に分類されるモブキャラなので、気にしなくていいらしい。手を抜かないのが私の信念である、手加減などせん。
大船に乗った気分で清々しく投げるだけの簡単なお仕事である。
吉川大先生はリードに寸分の狂いもないと豪語してらっしゃる。私はミットにただひたすら投げるだけ。そして、左手は添えるだけ。
相手の先発は、豪腕投手だそうだ。五回までしか投げない代わりに全力投球してくるらしい。
神宮寺先輩を筆頭にモブキャラ達と私と吉川大先生が打てば勝てる……みたいである。二番目に足の速い先輩が一番で、大先生は二番、三番にモブ、四番はピッチャーの私である。
大先生は私が中学時代五番に座っていた事を当然の如く知っていたのか。今でも素振りに余念のない生活を送っているので衰えてはいないだろう。そう信じたい。
この情報量、敵に回すと面倒だろう。それにしてもよく調べるな、と他人に初めて感心した。どこから手に入れているのか気になるものだ。
要するに、私が抑えて、私が返せば良いのだな。大先生も粋なことをしてくれるじゃないか。この状況で燃えない訳がない。分かりきっているのだな。
ざっと説明したが、こんなところだ。以上が大先生の戦略講座である。
リーダーの神宮寺エイジ先輩が皆の視線を集めた。
そして、大先生の講座で暇そうにしていた先輩が口を開いた。
「僕たちの力で二年生に勝とうじゃないか! 売られた喧嘩は勝つのが一番なんだ! 全員の力でぎゃふんと言わせてやろう! みんな付いてきてくれ! もう一度言う、勝つのは僕たちだ!」
「負ける時は潔く負ける。それが私のポリシーだ。しかし、勝つ時は派手に勝つ」
「ボクのデータに狂いはありません。リードにも狂いはありません。あるとすれば人の力です」
リーダーの熱い思いに感化され、私、吉川『仮』も続いた。モブキャラたちも続いたが、端折らせてもらう。
「それじゃあ、行こう。二年生はもう待っているみたいだ」
リーダーは清々しい顔をしている。今から戦地へと向かう人間の顔ではない。
「私は今、猛烈に燃えている」
私も続いた。今から未知の地へ行くのだが楽しみでならない。
「やってやりましょう、鶴神さん」
吉川大先生も続いた。表情はよくわからん。多分、勝つ事しか考えていないだろう。
モブキャラたちも続いたが、モブキャラの台詞はモブでしかないので記す必要がない。
「テメェら遅かったじゃねえか。待ちくたびれたぞ。早く並びやがれ」
そこには監督が審判の姿をして待っていた。物凄く暇そうな顔をしているのを見ると、相当待ったのだろう。
「二年共、自己紹介しろ」
監督が続けた。大先生から紹介はあったが、正式な自己紹介はまだ聞いていない。
「……」「木原だ。手加減はしない」
間を置いて喋ったこの先輩がキャプテンか。大先生の言う通り、硬派な顔をしている。お喋りではない様子。
「木原はこういうやつなんだ。気にすんな! 硬派気取ってるだけさ。俺は大泉だ、四番座らせてもらっている。よろしく!」
後ろから来る殺気に気が付いていない能天気なこの人がプロレス大好きさんか。出会ってすぐ技をかけてくる訳ではなさそうだ。
「さあ、僕の出番かな。いやー、きみたちが遅いからくたびれちゃってくたびれちゃって」
「知っているのでいいです」すかさず釘を刺す。喋り出すと止まらないので喋る前に止めてしまえばいいのだ。
「ひどいな、鶴神君。いいじゃないか、そう、僕はエリオット・ロビンソン。こう見えて日本語ぺらぺらだよ」
一応、説明しておこう。喋くり外国人のエリオット先輩だ。足が異常なまでに速い。恐ろしい程に速い。
「後はモブ! 説明するの面倒だからしなくていいよね? 今日のお相手は新橋だよ~」
扱いが可哀想とか言われるかもしれない。だがしかし、面倒に勝るものはないのだ。相手投手は新橋と言うのか。
「私たちは負けない」
私は堂々と告げた。
「すいませんが、先輩方には負けてもらいます」
先輩も堂々と告げた。
「正々堂々、フェアなプレイをしましょう。その上で負けてもらいます」
吉川『仮』も堂々と且つ冷静に告げた。
「……」「中学生が生意気な」「覚悟するといい」「我々を舐めると痛い目を見るぞ」
木原キャプテンから殺気を感じた。恐ろしい連中を相手にするのだ、と実感した瞬間である。
「威勢のいいことよ。完膚なきまでに叩きのめしてやるよ! 知らねえぞ俺らを舐めているとよォ!」
筋肉の塊、なぜ野球をやっているのか他に向いているスポーツがあるのではないか、大泉先輩も怖い。
「仕方ない、本気を出させてもらうよ。正々堂々やろう! 僕たちは負けないよー」
エリオット先輩も先程までのような感じではない。この三人を本気にさせてしまったのか。怖いがやるしかなかろう。
「自己紹介は済んだか? じゃあ、始めンぞ! 両者、礼!」
グラウンドに監督の声が響き、戦いの火蓋は切って落された。
鶴神善幸、人生初めての高校野球が今始まる。




