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序章第二話 後編 『登場、鬼監督』

第三話でした。




「正門までゆっくり案内するよ。そこからは競争だ! 着いてみればわかるんだけど、面白いよー」

「何が始まるというんです?」

「お楽しみさ」


本当に何が始まるのか。初めて来た私には想像も付かない。屈強な男たちが大勢で走り抜ける、とかだったら入学するのはやめよう。

正門までの通学路には桜の木が何本も生えている。春になれば壮観だろう。好きとまではいかないが、とてつもない景色になるのではなかろうか。

思っていた以上に遠いので、先輩と他愛ない会話をして暇を潰したが、面倒だから端折らせてもらおう。何一つ有益な事は話していない。

外国人先輩は話題を一から作る事が出来るようだ。何でも喋る。構わなくても喋る。全自動で喋る。喋らなければ生きていられないんじゃないかと思うぐらいに喋る。ちなみに出会ってまだ一日も経っていない。

長い通学路を空気を吸うだけでは気まずいだろうからこれはこれで助かっているのかもしれぬ。疲れたのなら受け流せばいいのだ。

端折っている内に目的地に到着していた。先程競争という言葉を耳にしたが何を競い合うのだろう。パン喰う用意は出来てはいるが。

異変に気が付いてはいた。正門近くからどう考えても誰が見ても外国人先輩が可笑しかった事を。あれ……どこへ行く!


「はっはー、お先にー! 君はゆっくりぐだぐだしていたまえー! ずるくなんかないもーん」

な! 抜け駆けとは見上げた根性じゃないか。この勝負負けられぬ。負けるわけにはいかぬ、と心が叫ぶ。

一心不乱に走る、走る、走る。追いつく気配がない。相手は海星大附属野球部で一番足が速いらしい。先程の端折った内容の一部である。

走れど走れど追いつかぬ。どうなっているのだ。毎日一○キロは走っているのになぜ追いつけぬ。鍛え方が違うのか。

小学校時代おしりを出した子一等賞とまではいかないが、足は速い方だった。なのに勝てないのか……これが都会の洗礼。

負け戦と分かれば燃える、燃え滾る。全力で負けるとしよう。全力の相手に全力で負けるほど紳士的な事はあるだろうか、否。あるはずがない。

勝つ方が当然好きに決まっている。しかし、今回ばかりは勝てそうにない。そういう場合は全力で散る。

限界を超える為に走る、走る、一心不乱に走る。辛うじて背中は見えている。遠いが背中は見えている。諦めはしない、なぜならそれは紳士ではないからだ。

地面を蹴り、軽やかに爽やかにしなやかに走る先輩に追いつく為に全力で地面を蹴る。この身、擦り切れてでも走りきって見せよう、男道。

全力疾走、表現出来得る言葉はこれに尽きる。中学時代諦めていた青春がまさかこんな形でやってくるとは思わなかった。

私は今、猛烈に青春を謳歌している!



「なんだ結構速いじゃない。もっと離せると思っていたよ。僕は驚いてる。君はすごいな! 気に入った!」

「全力で負けました。紳士なので真摯に受け止めようと思います。貴殿はやりおる。なぜならどうやっても私は不利だったのだから」

「うーん、気付いちゃったか。君は賢いな。そう、どうやったって僕と君じゃ勝てる訳がなかったのさ。だって、ゴールどこかわかんないでしょ?

仮に分かったとしても道が分からないからね。どうやったって僕の勝ちだったのさ! 残念だったね。でも、君はよくやった。もう少し遅いと思ってたもの。

これだけ付いて来られるのなら大丈夫そうだ。言ってなかったんだけど、練習メニューの一部なのさ。なんせグラウンドまで遠いでしょ? 見ての通り。

それで監督が思いついたみたいなんだけど、部員は全員一人残らず例外はなしに正門からグラウンドまで毎日走らなければならないんだ。疲れるよー。

他の部活まで取り入れる始末だからね。サッカー部の人達も悲鳴を上げていたみたいだよ。それでたまに野球部に文句付けられるんだけど監督怖いから意味ないの」

「つまり、私は合格ということか。毎日走れば自ずと体力が付いてくる。これは画期的だ。グラウンドまで遠い海星でなければ出来ないことだが」

「付近でグラウンドまで遠いのはうちしかないからねー。うん、君は間違いなく合格だよ……それと今日はもう一人合格者が居たなあ。誰だっけ、まあいいか」


いや、良くないだろう。私以外にも見学者が居るという事か。普通、家が近くてもそうそう見学に来る、という選択肢はないはずだが、他にもいるとはな。

自覚はしている。普通なら見学など来ない、など。そんな戯言は私には通用しないのだ。だって、近くで見たいじゃないか!

遠くで双眼鏡越しに見るよりは近くで見たいではないか。鳥を観察するのなら双眼鏡越しでいいのだが、鳥ではない人だ。

質問をされるのは確かに嫌いだ。なぜなら答えるのが面倒だから。しかし、するのは嫌いという訳ではない。だからしてみよう。


「私以外に見学に来ている者がいるのですかい?」

「そうだよ。確かポジションはキャッチャーとか言ってたっけな? 早起きして来たみたいだよ。もしかしたらもう溶け込んでるかも」

「暇な人は早く来て色々やってるんだけど、僕は暇すぎて外周回ってたんだ。だから遅刻じゃないからね!」

「自由なんですな」

「紅白戦前は面倒らしくて全員自由にやれってだけ言われるんだ。当たり前のように鬼の形相で監視されてるけど」


最早それは自由ではない。どこの世界に鬼が監視をすることがあるのか。そう、この世界だ。

汗水流して冷や汗をかく。鬼監督恐るべし。三百六十五日サングラス越しに鋭い眼光を浴びせられるのか。

鋼の精神を手に入れ、鋼の肉体も手に入る。まさに一石二鳥なり。


歩きながら談笑をしていたが、どうも近くから脅威的威圧感を感じる。

笑い合っている場合ではなさそうだ。気を抜けば足が竦む。ベンチに座る鬼監督を目視する事すら難しい。

革ジャンにサングラスの男が鋭い眼光でこちらを見ている。このままでは穴が開くのではなかろうか。

肌で感じる威圧感。サングラス越しでこの避けたくなる視線。圧倒的存在感……巨人のようだ。

先輩助けてくれ、先輩助けてくれまいか。あれ、反応がない。まさかお喋り星人を黙らす程とはな。


しかし黙っていては潰れてしまいそうなので、先輩に声を掛けてみる事にした。

「肝心な時に役に立ちませんな、先輩」

「そんなこと言う君だって足が竦んでいるじゃないか。棚上げないでよ」

「先輩こそ竦んでいるではないか。慣れていないのかね普通は」

「慣れとかそんなぬるいモンじゃないんだ。本能に攻撃仕掛けてくるんだよ。バトル漫画じゃないけど、あの威圧感はどうにかしてほしいのさ」

「萎縮しないのか。それでは勝てる試合も勝てぬだろう?」

「馬鹿か君は。いや、馬鹿だ君は。萎縮している暇なんてありゃしないよ。だって、そんな腑抜けたことで負けたりしてみてご覧? 監督にしこたま怒られるよ」

「ああ、そういえばそうか。つまり、要約するといい精神状態をキープ出来ている。ただの鬼ではないようだな。これは尚更入学してみたくなったぞ。礼を言う」

「あ、監督動く。逃げる準備しておいた方がいいよ! じゃあ、僕は外周回ってくるね!」

「逃げるのか情けないぞ!」


すぐにでも逃げ出したいのになぜ後輩を置いて逃げるのだ。助けてくれ。誰か助けてくれ。

私は今の今まで広い大地で育ってきた男だ。周りはみな優しかったし、怖い人などいなかった。だから、耐性がない。

ベンチに棲む鬼が立ち上がろうとしている。物凄い効果音と共に立ち上がっているように思えてきた。どうしろと言うのだこの状況。

打破するにはどうすればいい。考えろ、考えるんだ鶴神善幸。命は惜しいだろう?

回れ右、地面を蹴り、全速力で後ろに振り返る。逃げる体勢完成につき。いざ、参らん。



「エリオット、テメェ逃げてんじゃねえぞ! 今すぐ帰って来い! 五秒で戻ってきやがれ、テメェなら出来んだろ!」

「それ、数えるぞ。一……」

「すいませんでした!」


音速は流石に言い過ぎだろうが、誇れる部分が足の速さだけの先輩が捕まってしまった。

それはそれは迅速な帰還であった。この出来事はあまり広めないでおこう。先輩の名誉と誇りの為だ。それと私も話すのは気が進まない。

それにしても一秒で戻るとは常人の技ではないぞ。怖さに比例している。

臨機応変という点では、この人から学ぶことは多かろう。耽っていたが、どうやらそれ所ではないようだ。


「そこで今逃げようとしているヤツ……お前が鶴神か?」



声を掛けられた時点で「先輩を囮に逃げてしまおう作戦」は失敗に終わった。私としたことが捕まったのだ。逃走術に関してはスペシャリストだと自負していたので残念無念また来世。

視線はまだ先輩の方を向いているが、そろそろ私に戻るのではないか。

涙を流そうとした矢先、視線がこちらへと移った。まさにギロッ! という効果音がぴったりである。しかし、これを漫画以外で味わうとは思いもしなかった。

漫画脳の私が考えることはただ一つ、命の危険だけだ。いやそれか救世主現る! とか。確実に前者な事は分かっている。皆まで言うな。

身近な救世主に助けを求めようとしたが、その救世主は直立不動を極めている。肝心な時に役に立たない先輩だ! な!

鬼が口を開けて何かを発しようとしておられる。生きて帰れるのだろうか、おお、神よ。いつも占いを信じなくて申し訳ない。

どうやら私の事を知っているようだ。最早逃げる術はないに等しい。覚悟を決めろォ! 漢、鶴神善幸どうにでもなれ。



「お前が鶴神なのか、おい、そうなのか? 吉川から聞いたぞ! テメェ北海道一の投手らしいじゃねえか。逸材ってやつなのか、ああん?」

何故繰り返すのか、心の中に閉まっておく事項が増えた瞬間である。

「いかにも、私が鶴神善幸でございます。ですが、すいません。吉川という者を存じ上げません。ちなみに私は北海道でそこそこ有名だった気もします」

「おい、吉川! こっち来い。テメェのこと知らんそうだ。自己紹介してやれ」

そう言うとどこからともなくちっこい男が現れた。いつから居たのだろう。少なくとも私は気が付かなかった。

もしかしてエリオット先輩が言っていた。私よりも暇な男とは吉川という名の者か。なんて暇な奴なんだ。学生の本分は遊ぶ事ではないのか。

疑問点を挙げよう。なぜ、吉川という男は私の名を知っていて実績まで知っているのだ。もしも、新手のストーカーだとしたらどう接すればいいのかわからないぞ。

熱い視線が私に向けられている。吉川『仮』は全身を一通り見た後に謎の納得をし、口を開いた。


「もしかして今、ボクをストーカーとか思ったでしょ。違いますよ、ただの情報通ですよ。第一、男をストーキングする程暇人ではありません」

なんだいなんだい、私の脳内が丸見えなのかい?

「貴様、情報通と言ったな、どれ程の情報通なのかね。「商店街で今一番安いのはカボチャでございます」とかそういう類であれば私は容赦なく殴るが文句はあるまい?」

「確かにカボチャですけど殴らないでください。それはさておきボクを侮りすぎでしょう。どんな個人情報でも抑えているのですよ?」

おいおいストーカーの成れの果てかこの吉川『仮』とやらは。何か裏社会にでも手を染めているのだろうか。そんな気がしてならない。

「どれそのご自慢の情報力というのを披露してみたまえよ。言い張るのなら何でも知っているのだろう?」

そう言うと吉川『仮』は少し黙り、脳内で情報を探し始めた。のかは知らないが、表情から汲み取るとそうなのだろう。

「……そうですね、貴方が小学生までおねしょをしていたとか。ピーマンを未だに食べられないとか。これぐらいでいいですか?」

「貴様! どこから仕入れた。言えば殴らないでやろう。言っても殴るのだが、言えばほんの少しは手加減してやってもよいぞ」

「それは言えません。禁則事項です。秘密は守る主義なので殴るのは勘弁してください。こう見えて口は堅いんです」

「貴様のどこをどう見れば口が堅いんだ。ペラペラと撒き散らしそうな顔しやがって。しかし、侮っていたようだ。それに関しては謝罪する」

「貴方の徹底した上から目線は惚れ惚れします。聞けば小学生になってからすぐ上から目線に目覚めたらしいじゃないですか」

「そうだったか。過去の話など覚えておらぬ。貴様がそう言うのならその通りじゃないのか? ところで、ポジションはどこなのだ。いい加減教えたまえ」

どうでも良いことばかり話していて肝心なことを聞き忘れてしまった。一生の不覚である。

「情報網なんてどうでもいいんですよ。知ったところで誰の得になる訳でもありませんし。これはただの趣味ですからね。独り占めしたいって欲があるだけで」

「独占欲か。だからどうでもいいと言ったろう。焦らすでない。焦らされるのが最も嫌いなのを知っていてやっておるな、貴様」

「バレてしまいましたか。ボクは性根が腐っていましてね、申し訳ない。無意識なので許してくださいな。何でしたっけ、ポジションですか。それなら捕手ですよ」

驚きの回答である。もしかしてこの吉川『仮』とバッテリーを組まなければならんのか。人間としてはどうしようもないが、選手としては最適ではあるな。

「貴様は人間としては終わっているが、捕手としては最高かもしれん。人の心を遊ぶように弄べるのだからな。人間性は終わってはいるがな」

「弩直球に人を貶すとは流石ですよ、惚れ惚れしちゃう。野球に人間性なんか関係ないじゃないですか。ボクは冷静で平等ですよ。完璧なリードしかしたくない」

ずっと黙っていたのもおかしいエリオット先輩が横から参戦した。

「吉川君は東京で有名なキャッチャーだったらしいよ。救世主と呼ばれていたみたい。関わったピッチャー全員防御率が遥かに良くなったという噂だよ」

人の名前を覚えない私には聞いたことのない噂だった。つい最近まで北海道に住んでいたのだし当然だろう。北の大地まで轟く異名なら耳に入っていたかもしれない。

鬼監督が暇そうにしている。そろそろいいか? という表情でこちらを見ているのでそろそろ喋るのではなかろうか。



「鶴神、テメェ紅白戦で投げるか? どうせ暇なんだろ? それに一年生側で投げるはずだった奴が風邪引いて高熱で倒れたとかぬかしやがったんだ。まあ、テメェに拒否権はねえけどな」

これ脅迫じゃないのか。拒否権ないのなら聞く必要あったのか、否。あるはずがない。断ってしまったら今世紀最大の規模でどうにかなるに違いない。

「吉川ァ、テメェと鶴神のバッテリーで二年に勝ってみせろ。それぐらい出来ンだろ? 出来なかったらテメェは使わねえ。出来たら正捕手として迎えてやるよ。今よォ、捕手いねえからチャンスだぞ」

中学野球上がりが高校球児に勝てるのだろうか。買い被りすぎじゃないのか。打撃で有名らしい海星大附属を抑える事が出来ればこの先怖くないのは確かか。

「その勝負乗りましょう。負けたらラーメンを奢ってもらいますよ。それぐらいしてくれても贅沢ではあるまい?」

「よし! そう来なくちゃ面白くねえってんだ。おい、二年連中集まれゴルァ! 粋がってる中学生をぶっ潰すぞ。高校野球を思い知らせてやれ!」

「仲良くなってきた所、済まないけど君達を全力で潰させてもらうよ。もうわかったでしょ? 監督怖いんだよ。負ける訳にはいかないのさ。正々堂々潰し合おう」

「今日の友は明日の敵と言うじゃないですか。全力に紳士的対応で勝つぞ、吉川『仮』」

「ボクのリードにミスはありません。後、先輩方の情報も勿論手に入れてます。これで負ける要素があればデータ以上の何かが働いたということになるでしょう」

「腑抜けた野球したらぶち殺すからなテメェら。覚悟しろよ」

鶴神善幸、猛烈に燃えている。覚悟なら野球を始めた頃から付いている。北海道最強投手の名を轟かす時が来た。負けられない戦いがここにある。




初めての高校野球、紅白戦が幕を開ける。

エリオット先輩しかまだ知らないがそこ等辺はおいおい。事情があるのだよこちら側にも。新二年生、つまり現一年生を全く知らないがそこもおいおいやっていこう。

東京至高の捕手と北海道最強の投手がバッテリーを組み、新三年生、つまり現二年生を相手に勝つことが出来るだろうか。私は不安でならない。だがやらねばならぬ。

これはラーメンを賭けた戦いでもあるのだ!

それと吉川『仮』の正捕手を賭けた戦いでもある。しかし、私はエースを保証されていない。どうなっているこの待遇。気にせず勝てばいいのだ、勝てばそれは正義である。 

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