序章第二話 前編 『未知との遭遇】
第二話でござそうろう。
「Hey、Hey!」
「な、ななないすみーちゅー」
何故か今、恐ろしく情けないぐらいに動揺している。原因はこの外国人にある。
青い目、金髪、英語を喋る、三大要素を兼ね備えているこの外国人への対応に戸惑っているのだ。
どういう経緯でこうなってしまったかは今から説明するとしよう。
この世に生を受けて十何年。これは未知との遭遇である。
――――遡る事五分前。
秋の風を心地よく受けていると、大都会東京に聳え立つ海星大学附属高校を発見した。
正しくは金網の向こう側にグラウンドを発見したのだが、細かい事は気にしなくてもいいのではないか。
外から覗いているが、グラウンドは広い。東京ドーム何個分だろうか……というのは大嘘である。そんなに大きくては周り切れない。
北海道の都会札幌など微塵も足元に及ばなかった。衝撃の壮大さである。まさに聳え立つ。
決定的なのは、秋に雪が降りそうにないということだ。どう考えても積もらないだろう。つまり、雪が積もってから体育館で練習する必要がない。
雪かき生活から解放された瞬間を忘れてはならない。あれほどの重労働は野球に活かせばいいのだ。他に使うのはもったいないであろう。
そんなことばかり考えていたせいか、私としたことが後ろを取られている気がするのは気のせいではなかろう。
白球を追う高校球児を見ていたはずであったが、いつの間にか雪をかく高校生になっていたのは否めない。
思い出したが、目的はここの球児を観察する事であった。その前に一つ解決しなければならないモノがある。
気配を無視してきたが、そろそろ無視を貫き通すのは不可能に等しい。圧倒的存在感を背中に感じるのだ。
恐る恐る振り返ってみるが……どこにも居ない!? どうなっている。先程まで存在感をひしひしと感じていたのだが。
瞬間移動でも出来るというのか。漫画の世界だけではないのか。もしや漫画の世界の住人なのか。そうに違いない。
――――説明はこれで以上である。お分かり頂けただろうか?
「Hey、Hey!」
「うわっ!」
剣の道を行く私が間合いに入られただと……。それも躊躇なく。何の音も無しに入ってきたのか。
この青い目をした金髪の背が高い外国人は何者なのだろう。こうなったからには観察してみようじゃないか。
端正な顔立ち、鋭い眼光、高い鼻、さらさらの金髪、青い目、高い背……以上を踏まえて、私に勝ち目はない。ここは日本伝統の土下座でこの場を収めるとしよう。
いや早まるな、急に土下座した所で何も分からない可能性は十二分にあるぞ。しかし、帰国子女でも何でもない平凡な私に流暢な英語など話せる訳がないではないか。
ならば発想の転換をしてみよう。負けないなら勝てばよいのだ。土下座が無理なら戦闘体勢に入ればよいのだ。
間合いに入られた以上、逃げるのは不可能。拳を握り締め、右腕を挙げる、左腕も挙げる。構えは完成。
目にも留まらぬ速さで懐に入り、突く。これで私の勝ちだろう。だが、そう上手く決まるだろうか。
身長差が問題だ。もしや首根っこを掴まれどこかへ拉致されるかもしれない。これは大いにある。やってみなければわからん!
「ええい、喰らえッ!」
「おおっと、危ない。そいっ!」
「首根っこを掴むでない。掴むんじゃない。おい、どこへ連れて行こうと言うのだ……私にも知る権利があるだろう!」
「いきなり殴ろうとする少年に権利などあるか。うん、ある訳ない!」
最悪な事態に陥ってしまった。首根っこを掴まれて現在進行形で連れ去れている。私はどこへ行くのか。どこかへ売られてしまうのか。
身近な言葉が聞えたのだが、日本語だろうか? この外国人もしかすると日本語を話せるのか? 今後に関わるので確かめなければならない。
「貴殿、まず首根っこを掴まれながら質問するのを許して欲しい。先程慣れ親しんだ言葉を聞いた気がするのだが、遠まわしには面倒なので単刀直入に聞くとしよう。日本語を喋れるな?」
「……そうか、バレちゃしょうがない。これ以上隠し通せるとは思えないし、隠す必要もないみたいだね。うーん、外国人だから英語は喋れるけれど、どちらかというと僕は日本語の方が話せる」
「おっと、ごめん。驚かすつもりはなかったんだよ。驚かすのは好きだけどさ。初対面で殴りかかって来たのは君が初めてだよ」
金髪青い目鼻が高く背も高いその外見からは想像出来ないのだが、ところがどっこい流暢な日本語を話すようだ。このやりとりだけでも結構なおしゃべりのように思える。
「防衛本能に長けているみたいだけれど、それはそうとこんなところで何をしているんだい? まさか他校のスパイじゃあないよね?」
野球道具を持ってジャージ姿のスパイがどこにいるというのだ。そうだとすれば、ここにいることにはなるが。この外国人は放って置けば延々と喋り倒しそうなので、面白半分試してみるとしよう。
「うーん、そんな訳ないか。ジャージ姿で野球道具一式揃えている少年がスパイなはずないよね。じゃあ一体何者なんだい。うーん、どうだろう。僕は君をただの少年とは思わないな。
だって、野球道具一式を持ち運ぶなんて滅多にいないでしょ? 野球部員なら幾らでもいるけれども。あ、もしかして君、野球部員? こいつは失敬失敬。そうだよね、普通に考えれば野球部員だ。
で、何をしに来たの? ん、もしかして見学? それならそうと早く言ってくればいいのに。なーんだ、君は恥ずかしがり屋かシャイなの? 人見知りでなくても急に外国人に話しかけられればそうなるか。
あ、でも君はシャイではなさそうだなあ。だって普通なら初めて出会った人に殴りかからないでしょ? いやー、あれは驚いたよ。僕の動体視力じゃなかったらジャストミートで倒れていたところだよ。
まあ、僕も昔はヤンチャしていたから人の事言えないけれどさ。野球はホームランと三振これに尽きるとか驕っていたもんね。そのせいで打撃不振になるとかざまあねえなって感じだよね、本当に。
その件に関しては、コンパクトに振ることだけを意識して改善出来たから遥か昔の記憶だよね。六番バッターとか目指してやってきたのだけれども、今では一番打者やらせてもらってるよ。
元々潜在能力は高かったらしいからさ。でも、不思議だよね、摩訶不思議。ミートに徹すれば打てるのなんの。足は速かったし、中距離打者向きではなかったのかもしれないなあ。
困っちゃうよね自分の才能に。今では一番打者になれてよかったと思っているよ。なんせ打席が一番回ってくるし、打てる確率も上がる訳だからさ。安打製造機なんて呼ばれちゃってるからね、もう。
ちょっとばかし調子に乗りすぎたかな? 僕はすぐ調子に乗っちゃうんだ。話しているとテンション上がるじゃない? それでどんどんエスカレートしちゃうわけ。そんでもって、いつの間にか喋り倒してるのさ。
こればかりは癖とかじゃないから直しようもないんだけれどさ。つーか、直す気なんて更々ないと言ってもいいかな。仕方ないよね。これも一つの流れだと思って許してちょうだいな。
……あ! もしかして僕まだ自己紹介してなかったりする? 言ってよね、もう。気付かないで喋り倒しちゃったじゃない。恥ずかしくて情けないじゃん。どうしてくれんのー。ああ、恥ずかしい!
まあ、それは置いておくとして、今まで忘れちゃって失礼失礼。得体の知れない相手じゃあ心も開けないよね、そうだよ、うん。そうそう。まず名乗れってもんだよね、本当に申し訳ない。
それじゃあさせてもらおうかな。僕の名前は、エリオット・ロビンソン。海星大学附属野球部員さ。さっきも言ったけれど、一番打者をやらせてもらってるよ。以後よろしくね!
君が中学生だと想定すると、僕はここの二年生だから君が入学する頃には三年生になるね。入学するとは決まってないけれど、そうなったら僕が面倒見てあげるよ。僕の胸に飛んでらっしゃいな。
遠慮せずになんでも聞いちゃって。先輩だからって物怖じせずにね、うん。面倒見のいい方だから頼っちゃいなよ。自分で言うのもなんだけど、気さくな先輩でいいでしょ?
あ! もしかして君の名前をまだ聞いていなかったかな? そうだよね、さっきから僕しか喋ってないもん。すぐ自分の世界に入っちゃうんだ、僕は。そうなっている時はすぐ止めてちょうだい。
ごめんごめん、僕が喋りすぎたようだ。少し黙ることにするから、心置きなく君は自己紹介をするといいよ。初対面でいきなり殴りに来た少年の事は気になるんだ。
さあさあ、遠慮せずにさあ! あれ、なんで口開いたままなの? もしかして顎外れちゃった? 今までの流れで顎外れるようなことあったっけ? うーん、なかったような気はするけれども。
万が一なかったとしても、突発的なものだからね、それは大変だ。今すぐにでも病院行かないとダメだよ。こんなところで油を売っている場合じゃないよ。じゃあ、僕が電話するから待って……ん? 」
想定の範囲外にお喋りだったので、いつ口を開けていいのかわからずタイミングを逃してしまった。
理解不能のお喋り具合に無意識に口が開いたままになっていたらしい。そうか、人はキャパシティが一定を超えるとこうなるのか。
これは一つ学習をした。礼を言う。青い目金髪高い鼻背も高いお喋りで驚異的な動体視力を持つ外国人先輩。
いずれ剣を交えたいものだ、という感情を抱いたのは初めてかもしれぬ。それはさておき、そろそろ口を閉じるとしよう。
手でお喋りを制止しておいたので、一時的に口を閉じてくれるであろう。何分いや何秒で口を開くかわからないのでさっさと済ませよう。
「私の名前は鶴神善幸、以後お見知りおきを。中学では投手をやっていたが、打撃面もそこそこならば自信はある。
質問されるという行為は好きではないので、いや、むしろ嫌いな分類に入るので、先に言っておくが、私はここ、海星大附属に入学するつもりだ」
続けてこれは聞かれそうだな、と思う質問も先に手を打とう。でなければ、マシンガントークの餌食になりかねん。
「先程殴りかかった無礼を許して頂きたい。剣の道を少し齧っている者としては間合いに入られるとつい本能で反応してしまうのだ。命を奪うつもりはなかったのだからよかろう?」
これだけではまだ質問されそうなので、しっかりと目的を伝えておこう。スパイなどと勘違いされては困るのでな。
「スパイなんかではなく、入学するつもりなので野球部の見学をしにきたのである。風の噂で今日は紅白戦との情報を得て、いい機会だと思い乗じたのだ」
「自己紹介は以上です。どうぞ、喋ってもいいですよ。もう」伝えたい事は伝えたので後は質問が万が一来た場合答えるだけである。予想以上に口を閉じていてくれたようだ。理解し合えるかもしれない。
青い目金髪高い鼻背も高いお喋りで驚異的な動体視力を持つ外国人先輩は嬉しそうに軽い軽い口を開いた。
「なーんだ、僕の思っていた通りだったのか。やっぱり見学に来たんじゃないか! そうなら早く言ってよねー」
心の中で「あんたがお喋りすぎるから」と思ったが、いつまで喋くり倒すか実験していたのもありそっと閉まっておくことにした。
「申し訳ない」面倒なので謝っておく。
「ん、ああ。君が謝る必要はないよ。それなら話が早い。今日は紅白戦だから見ていくといい。木の生い茂った金網越しのグラウンド裏で話していないで入らせてあげる」
何を急に情景説明などしているのか……色々な事情があるのだろうか? そんなことより入れるようで一安心だ。視察なのだから近くで見たい。
そう考えているのを察知したのかどうかはわからないが、青い目金髪鼻が高い背も高い先輩が面白そうにこちらを見ている。引き金を今すぐにでも引きそうな勢いである。
「今、近くで見てみたいなあ、とか考えたでしょ? いいよいいよ。なんならベンチでもいいよ。どうせ入学するんでしょ? 始まるまでもう少し時間あるしどこで見てもいいよ」
この人に決定権があるのだろうか。否、ある訳がないな。スイッチを押してしまったので、話はもう少し続くだろう。面倒なので早く入れてくれ。
「監督に会う? 会っちゃう? どうする? 入学するのなら一度会っておいた方がいいでしょ。そうじゃない? あ、でもうちの監督怖いからなー。サングラス掛けてるんだよね。
煙草は吸わないらしいけれど、怖いよ、うん。あと革ジャンとか着ちゃってるし。スカジャン? まあどうでもいいけど、そんな系統のやつ着てるかな。第一印象はみんな怖い恐ろしいって言うね。
何が怖いって? そうだな、目が怖いんだよ。鋭い眼光さ。一定時間見つめられると目を逸らしたくなるよ、嘘じゃない嘘じゃない。僕は嘘を付く人間が一番嫌いなんだ。だから嘘じゃない。
え、サングラスしているじゃないかって? そんなモン関係ないよ。越しでも怖いものは怖いんだ。だから遅刻とかは絶対にしちゃいけない。まあ、普通に考えれば常識だけどね。
あー、優しい時もあるよ? じゃないとただの冷酷鬼軍曹だから。よくわからないけれど、試合に勝てばラーメンを奢ってくれるんだ。なんでラーメンかは知らないけれど奢ってくれる。
推測だけど店主と知り合いなんだろうね。いつも同じ店に行くんだから。そこのラーメンが物凄い美味いのよね、その為に頑張っているようなもんだよ。言い過ぎだけど。
……あれ? 何の話してたっけ。忘れちゃったなー。恥ずかしくて情けないな。で、何の話だっけ? ラーメンの美味しい店を教えてあげるんだっけ。覚えていないけど、これは違うような気がする」
何を言っておる。ぬかし過ぎではなかろうか。誰が野球部にやってきてまで美味しいラーメン屋を聞くというのだ。長い話が逸れて恐ろしい方向へと飛んでいってしまった。
それに質問も多すぎる。面倒なので全て受け流すとしよう。こちらから行かせてもらおう。またしても手で静止するポーズを取る。これで黙ってくれる。
まずは質問を潰すことから始めなければならない。答えるのは面倒で嫌いなのだ。なぜかはわからないのだが、面倒で嫌いなのは確かだ。いつからかもわからないがとにかく嫌いなのだ。
先手を打つのが潰しというものだ。だから何を先に潰そうか。取り敢えず一つ一つやろうではないか。それが私のスタイルだ。そして、今の表情は誰にも見られたくないナンバーワンにランクインする。
引き続き手でお喋り外国人を制止しておく。でなければ話が先に進みそうな雰囲気ではない。このままだらだらと夕方になられては困る。非常に困る。
手で制止させたまま喋りに入る。いつ引き金を引くかこちらでは予想出来ないのがマシンガンの恐ろしい所だ。話の方向が混沌を極める前に終わらせてしまおう。
「どうせ入学する身だ。監督に会っておくとしよう。これ以上話の方向が混沌へと進むと面倒なので、全ては会ってからにしましょうぞ」
手は打った。後は相手がどう動くか。現時点での最終手段と言っても過言ではない。予想を遥かに斜め上に行くようであれば潔く諦めよう。
「じゃあ案内するよ。僕もそろそろ喋り疲れてきた頃だし。面倒だから早く監督に会っちゃおう。さあさあ、ついておいで」
最初からこうすればよかった、と気が付いた頃には時すでに遅し。




