序章 『東京に立っている』
二段ベッドを一段にしたベッドで、窓の隙間から入ってきた気持ちよい秋の陽射しを受け、目を覚ました。
枕の近くに置いてある目覚まし時計を確認すると、七時ジャスト、寸分狂わぬ見事な設計に惚れ惚れしてしまうな。
掛け布団を払いのけ、それなりに片付けたところで、タンスから衣服を取り出し、着替えれば準備完了。
流行というものは全くといって良いほど分からないので、タンスの中身はファッションセンターで買ったものしかない。
ちゃんと着られるのであれば、それでいいではないか、と私は思う。
パジャマを畳み、タンスの一番下にしまったところで、勉強机の上に置いてあるスケジュール帳を確認する。
「今日の予定は、近くにある高校の視察か。十時からだな、覚えておこう」反芻しないと忘れてしまう性格のだ。
これが、私の「休日の朝の行動編」である。なんの面白味もない流動的で機械的な日々を送っているのだ。
あと、「平日の朝の行動編」もあるが、「休日の朝の行動編」と何も変わらないので割愛させて頂くとしよう。
ちなみに、身の回りの整理整頓は、うら若き乙女に「キレイ好きなのですね。素敵です!」と言われる為だけにやっているだけだが異論はあるまい?
私の部屋は二階にあるので、一階のリビングに降りて、朝食を摂る。
鶴神家は母父私妹の四人家族で、ごくごく普通の二階建ての一軒家に住んでいる。
一家団欒の朝食を終えると、顔を洗いに洗面所へ向かう。歯を磨き、口をゆすぐ。
そして、鏡に向かってキリッ、キリッ、キリッ、と三回ほど顔を作ってから顔を洗う。最後にもう一度キリッ、と顔を作って一通りの過程が終了する。
うら若き乙女に誤解してほしくないのは、私が決してナルシストとかそういう分類ではない、ということだ。断じて違う。断じて、違うのだ。
紳士の紳士である所以であって、程度の低いナルシストなどというものと一緒にしないで頂きたい!
私をそう呼ぼうと言うのなら、紳士らしからぬ言動ではあるが、命の保障はしない、とだけ言っておこう。
ソファーに座り、テーブルの奥にある地上デジタル対応テレビの上に掛かっている時計を見ると、八時三十分。
高校野球部視察をしに出発するのは、十時なので、一時間近くは暇な計算である。
優雅にコーヒーを飲み、テレビを見ながら読書をすれば、時間を潰すことは容易い。
情けないことに、コーヒーとはいっているが、若さ故に砂糖で薄めないと飲めないのだ。
紳士たるものブラックを平然と飲めなければならぬ、とは思うが、未熟者である私はまだ飲めない。
よくよく考えれば、紳士ならば、自分のことを紳士である! などと言わないような気がするのだが、あやふやにしておきたまえ。
しかし、よくよく考えなければ、どうといったことではないな、という結論に辿り着いた。
新天地東京に引っ越して来てから知らぬモノや知らぬことばかりで、色々と考える事が増えた。
住み慣れた北海道とは全然違うのだ。驚くほどに違って、驚いてばかりで驚き疲れ始める程に驚きを隠せない。
同じ春夏秋冬でも、東京の春夏秋冬では味わうものが違う。景色や気温など決定的に違う。違いすぎて軽いカルチャーショックに陥りそうだ。
北海道の夏はそれほど暑くないのに対して、東京の夏は灼熱地獄ではないのか、と感じるほど暑く、苦しい。
夏にばかり目がいってしまいがちだが、六月になると、梅雨が本格的にやってくる。この時期はこの時期で、湿度の高さに参ってしまう。
まあ、春は北海道では基本五月になったぐらいに桜が満開になるのと、東京では四月には満開になっている程度の違いしかない。
そうなると、秋が涼しくて居心地のよい季節になってくる。いい感じに紅葉していて、景色も美しい。まさに、芸術の秋。
せっかくの秋なのだから満喫しなければ、と思い、焚き火をして焼き芋でも食べたいな、などと考えていると、母の声で現実に戻されてしまった。
「何か用ですかい?」現実に戻された後の私は、そっけない態度を取ることが多い。
「何か用ですかい? じゃないでしょ。よっちゃん、今日は高校を見に行くとか言ってなかったっけ?」
抜かりないことでは、他の追随を許さぬほど抜かりない私ではあるが、少しばかり心に余裕を持ちすぎたようだ。
今何時なのか確かめるために、テレビの上に掛かっている時計を見ると、あらま、十一時の針を指しているではないか。
そろそろ高校生になるのだから、よっちゃんはやめてほしい、と言いたいところだが、今はそんな悠長な事を言っている場合ではない。
迅速に二階に戻り、迅速にタンスから練習着という名のただのジャージを出し、瞬く間に着替え、支度を済ませたので、皆が驚いていた。
一階に降り、父はもう仕事に行っているはずなので、母に「いってきます」と告げ、玄関に向かった。
万が一のために野球用のスパイクとグローブを持ち歩くことにしているので、他に心配することはないだろう。
ランニングシューズを履き、ドアノブに手を掛けようとした際に体勢を崩し転びそうになったが、誰も見ていないのを確認し、一息ついて出発した。
空を見上げると、雲一つない晴天が目の前に広がっていたので、これを野球日和と言わずして、何を野球日和と言うのか! と妙に誇りたい気分になった。
通学路の途中にある高校を探し出さなければならぬ。しかし、この通学路何一つ面白味がないのだ。
私の住んでいる辺りは右を見ても、左を見ても家、家、家。心温まる商店街の人々との交流なんぞありゃしない。
引っ越してきた当初、歩けば商店街の色々な店から食べ物が飛んでくる、と思っていた私はどうしようもない阿呆だった。
あるとすればコンビニエンスストア、病院、住宅街、雑貨屋ぐらいである。悲しきかな、想像していた商店街は存在しないのだ。
そうなると、やることは決まって妄想しかない。「高校が逃げ出してどこかへ消えていってしまったのではないか」と、脳内で楽しむことにした。
すぐさま野球部がなくては困るな、という考えが頭を過ぎったけれども、スポ根高校野球のことだから行けば練習しているだろう、と解決した。
していなければ、新設野球部を作って、甲子園を目指す漫画的展開が待っているのかもしれぬ。
甲子園で一躍ヒーローとなり、うら若き乙女には純粋すぎる眼差しで見られ、青春を思う存分謳歌する。
そんな栄華なる高校生活が待っているのならば、エンジョイしなくては損ではないか! 貴重な三年間を無駄にはしたくないのだ!
考えれば考えるほど心が躍るのは、あまりにも秋の陽射しが気持ちよいからに違いない。きっとそうだろう。そうに違いない。いや、そうであって欲しい!
そうでなければ、私が変なだけという事実だけが残ってしまう。純粋無垢なこの私が変な訳がないので、秋の陽射しのせいだと信じたい。
そんなことよりも今から向かう海星大学附属高校野球部の人たちは、仁侠映画に出てくるような怖すぎる仁義無き集まりでないことを切に願うばかりである。




