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第十三話 『罪と罰~そして、迷走する俺』

13


平成の時代にまさかハリセンで叩かれるとは思いもしなかった。

そんな私は今、グラウンドを全速力で駆け巡っている。

一人? いいや、一人だと惨めを最大限に引き出したこの状況を耐えられまい。

偶然という名の必然か、一人ではなく、二人だ。

罪を犯した二人が一キロはあるグラウンドを二十往復しなければ強制退部という罰を喰らっているのである。

待てよ、冷静になって考えると仮入部期間に強制退部とは可笑しいのではなかろうか!

嘆いても話は進まないので、事の発端を書き記す為に少し回想しよう。




ハリセンの痛みを感じた後、どうなったのか分からないが正座させられている。

正座させられているのは私と何がどうした、エリオット三年生である。

こちらを鬼が鬼の形相で睨み、鬼は腕を組み口を開いた。

「鶴神! 遅刻した罰としてエリオットと一緒にグラウンド二十往復してきやがれ!」

「鬼! 悪魔! サングラス!」

そうか、そうだったのか。嘆いても現実は変わりはしないのか。

それよりもエリオット三年生は理解し切れていないのが分かりすぎるほどに変な顔をしている。

「エリオット、テメェも遅刻したろ! 気づいてたんだからなオラァ!」

動揺しているのかしていないのか分からない謎の表情を浮かべるエリオット三年生であった。

エリオット三年生は深呼吸をして、反論開始の引き金を引いたのか、口を開いた。

「濡れ衣じゃないですか、監督!

絵に描いたような優等生の僕が遅刻をしたですって!?

何を言っているのかわかりませんよ、全く。何故、濡れ衣を着せられなければならないのか、理解出来ませんね。

自分の胸に聞いてみろとか言うんでしょうけれども、聞いたところで僕が冤罪なのは目に見えています。

だから! 聞かないですし、聞く必要がないってことでさあ! この優秀なエリオット・ロビンソンが遅刻をするだと!?

ふざけるのは大概にしてください。どこをどう見ればそのような人間に見えるんですかね? ちゃんちゃら可笑しいですぜ、監督。

思い返せば、もしかすれば、遅刻をした証拠があるのかもしれないけれども、思い返すような疑いを掛けられるような事をした覚えはさっぱりさっぱりさっぱりですね!

何故なら、この僕はどこかの誰かみたいに授業中に仮眠を取り、そのまま最後まで眠りにつき、起きるのを忘れてしまい最終的に部活に間に合わないなどという失態を犯す訳がないじゃないですか!

つまり、何が言いたいかと言うと、聖職者である監督がこの僕に濡れ衣を着させるのはやめていただきたい!

それでも僕はやってない。うーん、もしかしてもしかすると、仮入部希望の球児と競争し終わった頃に陸上部の女子部員がホットパンツ姿でランニングを始めたから、それを追いかけて最後まで着いていって、顔の広い僕はそのままホットパンツを眺めながら小一時間天国に居たぐらいしか心当たりないけれども、これは趣味の範囲内であるからして、冤罪とは無関係ですよ、うん。そうに違いないよ、うん。生理現象よろしく本能の赴くままに動いただけなんで。悪くないですよ、うん」



クロかシロかで言ったら完全に逃れようがないぐらいの真っ黒な混沌を通り越したクロじゃねーか、おい。

カツ丼も食べてないのにさらっとまるっとごっそり吐いてんじゃねーよ、おい。

つーか、何をしれっと女子部員の生脚追いかけてんだよ、おい。俺も混ぜろよ、おい!


邪念という名の願望は銀河の片隅に放り投げるとして、審議する必要のなし! 完全にクロであります!

この場にいた全員が「それだよ、それ!」とツッコミを入れたかったのを我慢し、監督である罰を与える当事者に任せよう。


「だから、それだよッッッ!!!」

「ごふっ!」

ハリセンがクリーンヒットした瞬間、エリオット三年生はものの見事にそれは芸術と言っても過言ではない程、綺麗すぎるぐらい地面に突っ伏した。

一体、どういう腕力をしているのか。気になるが、確認するのは無理である。命は惜しい。

確認するも何も先程一度喰らい脳みそがシェイクシェイクされたんだが、しっかりと目に焼き付けると恐ろしい威力であった。二度と喰らいたくはない。


そのまま、鬼は視線をこちらに寄越し、凄みながら地獄への切符を渡し、内容を告げた。

「鶴神とエリオットは罰として、グラウンドを二十往復しやがれ!

エリオットは全力で走れ、そして、鶴神はそれに喰らいつけ! でもしなきゃエリオットは怠けるからな。

一時間以内に帰って来なければ、強制退部だから覚悟して走れよ、テメェらッッッ!!! ほら、起きろエリオット!」

まさに鬼。

エリオット三年生は天に召されていたが、鬼によって現実に引き戻された。天に召して、それを自らの手(いや蹴り上げたから正確には足)で引き戻す、何と横暴な。

今後、失態を犯せぬぞ、これは。

意識を研ぎ澄まさなければ失態をいつ犯すか分からぬ。

研ぎ澄まさなければ、どんな超人でもハリセン一つで叩き倒されてしまう。

それだけは勘弁である。

嘘偽りなく、勘弁である。

命は惜しい。何度でも言うが、うら若き乙女に死刑宣告をされたとしても、命だけは惜しい。




回想終了。

事の顛末はこうである。

遅刻をしたが、エリオット三年生も遅刻をしたのでただでさえ辛い地獄のようなグラウンド二十往復をエリオット三年生の脚力が繰り出す最高速度に着いていかねばならぬ、ということだ。

もしも、今日が命日になったとしたら華々しく散った、と骨を拾っておくれ。

最終回になるかもしれんが、骨を拾っておくれ。

そうなったとすれば、あいつはいいやつでそれに誰しもが憧れる存在であったよ、と嘘でもいいから書き記しておくれ!



四分の一を終えたが、既に体力の限界が来ている。

誰がどう考えても無理である。

エリオット三年生の全速力に着いていくの自体が難しいというのにそれを二十往復しろ、一時間以内に帰って来い、など無理難題もいいところである!

エリオット三年生もどうやら不服らしい。

いや、この人に関しては完全な自業自得なのだが、何が不服なのだろうか。

この私が土下座大戦を繰り広げていた頃、のうのうとそれもわいわいと陸上部のうら若き乙女を相手に微笑ましい展開を繰り広げていたのだから天誅を喰らってもお釣りがごっそり来るとは思うのだが、聡明な読者諸賢よ、異論はあるまいね?

ある者は前に出ろ、鉄拳制裁を喰らわしてやる。

俺の拳が真っ赤に燃えるッッ!! 不届き者を破壊しつくせと轟き叫ぶッッ!! 



「随分、余裕なのねぇ。鶴神くん」

遊んでいたら声を掛けられた。

「エリオット先輩の方が余裕じゃないの。陸上部の女子部員を追っかけまわすなんて!」

不届き者には成敗を。

「どうどうどうどう、早まるんじゃないよ。鶴神くん!」

拳を固め、地面を踏み鳴らし、戦闘体勢を整えながら走る。これで何時でも鉄拳制裁を喰らわす事が可能になったのだ。

「問答無用ッ! 羨ましき哉、正義の為に犠牲になれいッ!!」

「避けさせてもらう!」

「避けるんじゃない!」

「避ける!」

「避けるんじゃない!」

「避けたっていいじゃない!」

「避けるな!」

「僕が何をしたっていうんだ!」

「大罪を犯したのだよ! 私を羨ましがらせるという大罪を!」

「知ったこっちゃない!」

「土下座大戦を繰り広げていた最中、貴様は女子の生脚にほいほいと着いて行っていたそうじゃないか、ああん!?」

問いたださなければならぬ。これは使命である。男子諸君、俺が使命を果たす。大船に乗った気分でどんと構えていたまえ!

「本能の赴くままに行動して何が悪いのか! 

我慢は体に良くないというのに我慢を強いるのか君は! 我慢なんて百害あって一利なしの代表的なものじゃないか、それを強いるなんて鬼の手先じゃないのか?

衝動に駆られて陸上部員の剛健な脚に喰らいつきそのまま追いかけることの何が違法だと言うのかね。

例えば、美味しいものが目の前にあったら君はそれを素通りするのかい? どうなんだい、そこは!?

それと同じだよ。誰もが美味しいものを求め、食べ歩くのと同じ原理、現象だよ。何が悪いと言うのか、僕を納得させるような理論をぶつけて欲しいね!

正々堂々と自分のことを棚にあげて発言するけれども、そもそも、鶴神くんが遅刻するから悪いんじゃないの!?

だって、そうでしょう? 鶴神くんが先に遅刻をしたから罰が用意された訳であって。君が遅刻をしなければ僕は一人で罰を受けていたかもしれないからそこは深くは追及しないけどさ!

最後の最後にもう一度自分を棚に上げて正々堂々と威風堂々発言させて貰うけれども、問題の根底は鶴神くんだと僕は思うよ! だから!

僕は何も悪くない。

女子陸上部員の麗しい生脚に魅入られて後を追い掛け回したのは事実だし、それで遅れたのも事実だけれど、懺悔も土下座も後悔もしないよ! 何度でも言おう、本能のままに動いただけの僕は何も悪くないと!」



口で反論するに値しないことは分かった。

こちらも本能のままに殴ろう。許してはくれるだろうか?

大丈夫だろうな、全力で殴ろう。


「エリオット三年生、歯を喰いしばれッッ!!」

「だが断る」

「断るんじゃない!」

「逃げろー!」

全速力で走り出した大罪人を捕まえるのが第一である。

一時間以内に間に合わなければ強制退部など二の次だッ!

クラウチングスタートの体勢から風を切裂け、鶴神善幸ッ!

目の前の悪を成敗しろッッ!!


「待ちやがれ、エリオットロビンソン!」

敵はものの数秒で遥か遠くまで駆け抜けていた。

このままでは背中すら見えなくなってしまう。

いくらなんでも関東で三本の指には入る音速を超えし男を相手に取るのは阿呆であったか。

いいや、待たれい。待て待て待て待て待て待てい。危ない危ない、つい諦めるところであった。

そうこうしている内にどこかへ消えてしまっているではないか、おおん!?


目には目を。歯には歯を。全速力には全速力で。

地面を蹴り上げ、腕を振り上げろ。

ここから先は瞬き一つ許されぬ世界であるぞ。

音速を相手に取るのだから油断はならぬ。先ほどのような迷いは消し去らなければ勝てるモノも勝てん。

論理的に私が勝つ確率は、零に等しい。これは分かりきっている。だから、皆まで言うな。涙を流すぞコンチキショウ。

つまり、どうすれば勝てるのか。



――そう、アドレナリンに頼る。

これしかなかろうッ!


「オラオラオラオラオラオラァッッ!!」

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァー!」

傍から見れば、珍妙な光景である。

何故かと言われると答えに困るのだが、読者諸賢の頼みならば仕方ない。答えよう。

全速力で走りながら一方は殴り続け、一方は避け続けているからだ。

全てを『そうか、それなら仕方がないね』、で終わらせる事が可能であるご都合主義に万歳、この言葉に尽きる。

殴る、走る、避けるを平行しているのだからご都合主義万歳と言わざるを得ないだろう。


そんな裏事情より、今重要なのは表事情である。

大罪人を裁くまで日が暮れようが地の果てまで追いかけるつもりだ。

「待たぬか、エリオットロビンソン!」

「待たない!」

「こちらも走りながら殴りながら喋りながらは体力面で相当苦しい。早く諦めて捕まれ!」

「何が何でも僕は自分の非を認めないったら認めないからね」

「認めろ、こんちきしょう。貴様は大罪を犯したという自覚をしろい!」

「嫌だ――ってか、追いついて来てるだと!?」

「負の感情に身を任せたこの私は無敵である。足の速さなど関係あるまい。地の果てまで追い掛け回す事だけを考えているのでな!」

「捕まるのだけは勘弁してくれー」

「ふふふ、追いつくぞ。勘弁などしないよ!」

「嘘だろ!? この僕に追いつく人間がいるだなんて!」

本人が一番驚いているのは言うまでもない。

アドレナリンの力、恐るべし。あと、敗北を喫した人間だけが使う事を許されたと言われている、負の感情。

燃え尽きた時、それを考えると怖い。


「堪忍しろい! お縄に掛かれこの野郎めー!」

「まだまだァー!」

「何ィ!?」

まだ速くなるだと……!?

それならこちらもアドレナリンを最大限に放出するのみだ。

地面を蹴り上げる。

時の流れがゆっくりになり、景色が止まって見える。

周りの全てが遅く感じる――これが、音速を超えた瞬間である。


さあ、手を伸ばしすぐそこにいる大罪人をひっ捕らえろ俺!

首根っこに手を伸ばし、首根っこを掴む。

あれ、届かないぞ。

よくよく考えれば身長さほぼ三十センチ、届くはずがなかろうに。

ならば、こうだ!

必殺、膝カックン!

さあ、崩れ落ちろ!

必殺技は見事に決まり、膝から崩れ落ち、首根っこを掴むことに成功し、そして、引きずり回している。

「さあて、捕まえたぞ。負けを認めろ、エリオットロビンソン」

「認めない」

「認めろ」

「認めん」

「ええい、埒が明かん、鉄拳制裁!」

「な!?」

埒が明かないので、鉄拳制裁で強制的に一件落着で、裁きを加えることに成功した。

これで使命は果たした。やり残すことはなかろう。

どうしたものか、体が崩れる。嗚呼、そうか。これが音速を超えた代償か……徐々にではあるが、着々と意識が遠のいて行く。

あ、倒れる。

そうか、これが逃れられない現実と言うやつか。またしても運命に抗えなかった。






薄れ行く意識の中、最後に視認したのは途方も暮れる程に広くどこまでも続いている先の見えないコンクリートであった。

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