十一話 『至高を極めし最底辺土下座心理戦、開幕』
壱拾壱
今、気高き孤高の戦士こと鶴神善幸――そんな通り名は存在していないが、そんな些末などうでもいい肩書きは遠い銀河まで投げ捨てて、枯れるほどに涙を流そう。
何故なら、この世に生を受け十五年弱、予想外のところでぶつかった壁がある。掻い摘みすぎて何が何か分からないだろうから簡潔に纏めてしまおうではないか。
高すぎるハードルを潜り抜けるために仕方なくそうするしか策はなかったのだから当然の帰結なのだが納得するかと言えば100回でも答えてやる、これは人生最大の屈辱で、屈辱としか現せない程の語彙力の無さに自分自身を一日中責め立てたくなるような青春の苦さを思う存分にその身を以って知り、尚且つ、畳み掛けるかのごとく生きていく中で経験する必要のない現実から目を背けたくなる非情で無情な冷酷すぎる切なさを噛み締めすぎて噛み砕く勢いで味わっている。
結局のところ長々と語ってしまって申し訳ないのだが、こんなに長々と語らなくても一言で片付けるのは不可能ではない。だから、一言で片付けてしまおう。
読者諸賢、驚くこと勿れ!
即座に前言撤回をしよう!
この反応を見る限りどう転んでも切なくなってしまうのは見えに見えているではなかろうか! 涙も流れすぎて枯渇するんじゃないかこれ!? だからやっぱり、驚く事勿れとは言ったが君たち、驚いてくれたってよいのだぞ?
寧ろこちらから願い申し上げよう、少しは驚いてもらわなければ虚しいだけなので、遠慮しないでいいから思う存分に世紀の大発明をした偉人を褒め称えるかのごとく驚いてくれたまえ!
さーて、卒倒必至なので身構えておきなさいよ、諸賢。何を隠そう、いや隠す媒体が何一つなく包み隠す必要性もないぐらいに露見し続けているこの屈辱的日本人最終奥義であり、古来から受け継がれてきた人類が全ての苦難から逃避する為に辿り着いた先に手にした、これぞ、完成。形式美を極めたその完璧な姿勢は最早芸術と言ってもどの方面からも怒られないだろう、いいや申し訳ない、一言で片付けるつもりが癖で長々と語り尽くしてしまったが、今度こそ神に誓って簡単に平たく率直に簡潔に今の状況を伝えるのならば、そう――絶賛土下座中である。
これぞ、究極最終奥義ッッッ!
視界が地面で覆いつくされていたところ、足音が聴こえ、私の前に何者かが立ったのを確認した。
「面を上げろ、鶴神」
「鬼監督よ、その言葉――恐悦至極。だが、断らせてもらおう」
「なんで断るんだ、オイ」
「断るのをやめないし、面も上げんぞ!」
「なぜやめん! これじゃあ俺が悪役みてぇじゃねぇかッ!」
「やめんと言ったらやめんッッッ!!!」
「いいから面を上げろこの野郎!」
「漢、鶴神善幸はこの場を動かない事をここに誓います」
「誓うな!」
「素早いツッコミ……こいつ出来る……っ!」
「そうか、テメェの魂胆が分かったぞ――そうか、そういうことか。ひでぇやつだな、鶴神」
ふむ、この監督、勘が鋭いな。
バレてしまったのなら、仕方あるまい。全てを話そう。
「一から話してやるとしようではないか」
「え、土下座しながら話すの!?」
「何が可笑しい」
「どこをどの角度、360度全ての角度から細かく見なくてもおかしいだろこの状況!?」
「このままでは話が進まないからこのままでいいだろうがこの野郎め!」
「逆ギレしたぁ!?」
漫才はこの辺にしておいて、話を続けよう。
「もうアニメで言う、Bパートをだいぶ過ぎているからさっさと終わらせる!」
「訳分からんことを言うんじゃねぇ!」
「土下座をする→監督が面を上げいと凄む→そこに大河内文太郎、参上→記事になる→これ以上は言わなくても分かるだろう?」
お分かり頂けただろうか?
そうか、聡明な諸賢には愚問であったな。素直に謝罪しよう。
とはいえ、この見事な計画を発表せずに埋もれさすのは切ないものだな。
うむ、思い切って発表してしまおう!
諸賢、親切な私に感謝するが良い。孫の代まで感謝してくれたまえよ!
見事で華麗なる計画の全貌はこちら!
・土下座をする
・引き下がらない
・土下座を大河内文太郎に撮られる
・記事にされる→生徒に土下座を強いた、と書かせることでPTAを味方につける
・それを懼れた監督は遅刻したという事実をもみ消してくれる
・遅刻などなかった! これにて一件落着!
これが『土下座を利用した揉み消し作戦』の全貌である。
計画通りに事が進めば、私の愚行であった『遅刻』は無くなるのだが、さあ、大河内文太郎よ、早く来い。
始まれ、第二段階。
神出鬼没ではなかったのか。
無駄な逃げ足と無駄なタイミングでの登場が取り柄ではなかったのか。
『スクープあるところに大河内文太郎あり』ではなかったのか!
実現のしないキャッチフレーズなどキャッチフレーズに非ず!
いつまで地面と向かい合っていなければならんのだ! 早く来やがれ大河内文太郎! 温厚なこの私でもそろそろ堪忍袋の緒が引き千切れるぞ。
始まれと言ったが、誠に申し訳ない限りで申し訳なさ余って憎さ百倍、第二段階は既に失敗に終わっている。
全てを明かした時点で第三段階のプランBに移行しているのであーる!
名付けて『同情するなら揉み消してくれ』作戦。
これは単なる内容を晒し、同情を誘い揉み消してもらうだけという至極簡単な作戦であーる! 紳士な私が真摯に事を説明し、紳士を貫いたこの私が同情を誘えない訳が無かろう?
有無を言わさず同情を誘う自信があるぞ、しかし、根拠も証拠も実証も確証も事実も理念も理論も愛も哀愁も悲恋も情熱も真実も奇跡もご都合主義も何一つ含まれていない自信がどこから湧いているのかは不明ではあるがなッ!!
奇跡は介在しない。
ご都合主義も介在しない。
――というのは嘘で、奇跡は自由自在に介在する上に、ご都合主義は思う存分に挟み込める。
万歳、ご都合主義。
万歳、土下座。
万歳、主人公。
プランB、発動。
歯車は正常に動いている。
少し狂ったが問題は無い。
プランBこそ最終兵器であり、最善の策である。
だから、このフェーズに移行したのは当然の帰結であった。
「この私は残酷で冷徹な人間ではない。何を言いたいかって顔をしているな、武美洋一監督よ。冷徹ではない私が貴様の運命を二分させてやるのだから、地に這い蹲り頭を垂れながら数分考えた後に辿り着いた幾つかの策を選ぶ権利を与えることに感謝をしたまえよ!」
鶴神善幸は得意気な顔で言い放った。
しかし、相手側から顔は見えていない。
「形勢逆転の時は来た。ただ、それだけだ」
そう言い放ち、群雄割拠の戦国時代よろしく立ち上がった。
「鬼は愚かにも慢心したのだ。計画を見抜いただけで思い上がってしまったのが敗北の最大の理由である」
立ち上がり、淡々と喋る。
「確かに計画通り進めばそうなっていただろう。しかし、驚異的な程に用意周到で有名なこの私がパターンを数百近く想定していたのを見抜けなかった」
立ち上がりながら喋るのは思っていた以上に難しいモノであった。完全に立ち上がり、対等な関係に戻ったところで決め台詞を決め込む。
「愚かなり、武美洋一! この勝負……私の完全勝利によって幕を閉じるのだ!」
切り札はあらかじめ何百もの想定をして準備しておくのが当然である。
「さあ、選択肢はここに二つ。
一つ、土下座を拒否して追放されるか。
一つ、要求を受け入れ全てを免除するか。
どちらを選べど貴様に光は差し込まぬが、どちらかを選ばなければ終わりは来ないぞ、どうするかは決めさせてやろうではないか。
逃がしても地獄、逃がさなくても地獄。これほど楽しい余興は他にあるまい?
さあ、選べ!
終焉を導く為に!
波乱を巻き起こす為に!
遅刻を免除する為に!
世間体を守り抜く為に!」
格好良く決め台詞を決めた快感に浸り、そのまま鬼監督の顔を見ると、不敵な笑みを浮かべていた。
何か勝算があると言うのかッ!?
否、ある訳がなかろうに!
この計画は完璧で隙など何一つありはしない、負けることのない賭けを仕掛けたのだからなッ!
貴様、笑うのをやめろッッ!!
不敵な笑みを浮かべながら、武美洋一は口を開いた。それが終わりの始まりであった。
「仕方あるまい、受け入れてやろう。俺の土下座をとくと見よ!」
形勢逆転。
と思った矢先――光の速さでそれを遮る影が現れた。
「そこにスクープあれば飛び出ないわけにゃあいかないね! 神出鬼没の大河内文太郎、参上!」
タイミングが違うだろ、大河内文太郎!
怒り狂い、そのまま地面に埋めてしまいたい衝動に駆られたが、数秒で正気に戻り、今の状況下を把握することに専念した。
形勢逆転――つまり、する前の状況が今は逆になっているという訳だ。そこから導き出される答えはただ一つ。
非常によろしくない。
何度考え直しても今の状況下は完全に不利である。
このままでは確実に負ける。敗戦ロードまっしぐらにも程がある。
不敵な笑みの正体はこれだったのか!
謀ったな、武美洋一ッッ!!
こちらの心配を他所に新聞部部長は大騒ぎで駆け巡っている。非常によろしくない。さて、どうすべきか。
どうすべきか。
そうだ、大河内文太郎をひっ捕らえよう。
いっその事、自らの手で揉み消してしまえ。何故この手に気が付かなかったのか。
そうと決まれば、地面を蹴り上げ全速力で記事にしようとするその男の首根っこを掴むまで!
走れ、俺。
いざ遅刻という大罪を、土下座という屈辱を払いのける為に駆け抜けろッ!
――足が竦む凍える殺意。
待てよ、待てない、待たない、逃げろ、逃げさせてくれまいか!
希望は絶望へと変わり、首根っこを掴む前に掴まれ、正座をさせられ猛省を強いられた。
鶴神善幸の人生に歴史的大敗の一ページが刻み込まれた瞬間であった。
ある偉人は手記にこう残している。
『敗北者は多くを語る事勿れ』
もしかしたら残していないかもしれない。
土下座の心理戦に負け、新聞に見出しを書かれ、遅刻も免れることもなく、罰を逃れるのも不可能であった。
これを完全敗北と言わず何と言うのか。ありとあらゆる漫画と小説を読破した私でもこれを完全敗北と言わない理由が見当たらぬ。他に何かあるのなら、教えて貰えないだろうか?
不敵な笑みを浮かべ続ける鬼監督が考える罰など想像しなくても地獄が待ちわびているのを予想出来る。
さてと、甲子園を夢見る球児の命日は今日になるのか。
生きて帰るべきか、死して屍になり通過点である聖地を目指すべきか。
選択肢を与えた立場の人間が何故、人生の分岐点に踏み込んでいるという理解し難い現実を迎えているのだが、どうにかせねばここで最終回を迎えてしまう。
『俺たちの戦いはこれからだ!』になるのか『俺たちの明日は明るい! だがそれは今見せるモノではなかろう! だから、ここで終わりを告げよう!』になってしまうのか、主人公が窮地に追い込まれなければいけない理由はご都合主義万歳のどこにあるのか!
爪が甘かったのか。数百のパターンを想定した時点で慢心が生まれてしまったから招いた今があるのか。最悪の事態に対する怠慢が招いた最悪の現実なのか。
時は来ない、ただそれだけだ。
今、選択の時……ッ!
不敵な笑みを浮かべる鬼の存在に抗い、神出鬼没の新聞部部長を叩きのめすのが導き出した運命だ!
「私は、謝らない! そして、勝負にも負けない!」
それでも笑みを浮かべている鬼監督が企んでいるような表情を浮かべ、口を開いた。
「じゃあ、エースにしてあーげないっ!」
それありなのかよ!?
「職権乱用の極みではないか!」
「うるさいうるさーい!」
「前言撤回しろ! 今すぐに前言を撤回しろ! そもそも、そんな権限が一介の教師にある訳ないだろうに!」
「しないし、あるわ!」
「ないわ! キッサマァ~~~、驚くほどに頑なな男だな!」
「テメェだって相当頑固者だろうが!」
「今それは関係なかろう!」
「うるせぇい! エースにさせんぞこのスカポンタン!」
「タツノコプロ!?」
「まだ余裕が見られるな、さあ、鶴神、テメェには負けを味わってもらうぞ」
「敗北は知りたくない」
武美洋一は深呼吸をし、不敵な笑みを再度浮かべた。
数秒であった。
空気の流れが止まるとはこの事か、と感じた数秒間であった。
二度目の深呼吸をした武美洋一鬼監督は、不敵な笑みを浮かべ続けている。
口を開いた時が敗北を知る時だろう、と薄々気が付いていたが、止めようがなさそうなので覚悟を決めた。潔さも紳士たる所以である。
止まっていた時間がゆっくりと流れ始めた。終わりを覚悟しろ俺。
「そうかーなら仕方が無いね。エース対決の試合は相手側に言ってオジャンにしてもらおう!」
理解する必要もなく取るべき行動は至極簡単な行動であった。
「すいませんでしたーッ!」
光の速さで地面に這い蹲り深く頭を垂れた。
そして、理不尽な世界の空に向かってセンチメンタルな夜を思い浮かべ、屈辱を無情な鎮魂歌にすり替えて、こう呟くのだ。
「参りました」
と。




