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十話 『地獄と地獄、時々、地獄』

⑩



後頭部が激しく痛いのだが、おそらく気のせいであろう。優秀な生徒ナンバーワンに選ばれる、というのは嘘だが、紳士なこの私が学生の本分である授業中に寝てしまうような失態を犯し、サングラスを掛けた教師から鉄拳制裁よろしく叩かれる訳がなかろうに。

ならば、何故、偉人が青天の霹靂よろしく1%の閃きでもして雷に打たれたかのように痛いのか、という疑問が浮かんでくるが、知らぬ。

才能溢れる先人たちにあやかり、鉄拳制裁という人為的雷を喰らったかと錯覚してしまうのは致し方がないにしても、先人たちの才能にあやかり泥水を啜る行為自体のそれは銀河の片隅にでも置いて、薄々気が付いている鉄拳制裁よろしく人為的雷を喰らった箇所が凹んでしまってはいないかだけを確かめ、生きとし生けるもの全てがタンスの角に足の小指を思いっきりぶつけたその刹那に感じるであろう世界への痛みを知ったところで、凹んではなかったことに安堵するが、しかし残念な事態を受け止めると哀しくなってしまう諸々考えて導き出した結果、小一時間は消し去るのは不可能であろうという答えに嘆きたくなる後頭部への痛みを感じながら、あの人、いかにも頭痛そうって感じ~などと言われて人がぞろぞろと集まり見世物になる前にそそくさと下駄箱に上靴をしまい、外靴に履き替え、校舎を後にする。

痛覚を遮断する為に猛威を振るう速度で扉を盛大に開いたその先に、燃え盛る太陽がうら若き乙女となり、胸に向かって飛び込んで来るハッピーイベントのような暖かい一筋の光となって飛び込んできた。

陽射しがいくらうら若き乙女になったとしても眩しすぎる事実を覆すのは不可能であり、何が言いたいかというと、目を瞑らなければならない程に眩しくて瞬きをしてしまったが、辛い現実から目を背けた訳ではなしに、そんなどうでもいい事とは関係なく唐突で申し訳ないのは重々承知であるからそれはどうか許して戴きたい。結論から言うと春夏秋冬、四季の中では春が好きである。いや、夏も好きだ。いやいや、秋も風情があって好きである。

しかし、冬は北の大地に居たせいかいい思い出がなく、どうも好きになれない。

極寒に慣れているこの私は、寒さでは何一つ驚かないぞ。冬将軍でも征夷冬将軍でも掛かってくるがよい。

とはいえ、本当に来られては困ってしまうので、冬将軍も新天地の東京では精力的に行動なんかせず、静かに暮らすのをオススメする。



毅然とした立ち振る舞いで、グラウンドまで目指す。

高らかと声を上げ叫びはしないが、実際に叫んでしまっては恥ずかしくて夜も眠れなくなってしまう事態に陥るので、心の中に留めておくという曖昧な気分で悠然と歩を進める。

善人にも悪人にも分け隔てなく平等に燦燦と降り注ぐ太陽の陽射しを受け、気分も上々で数年早く生まれていれば「桜道」と呼ばれるこの通りで桜を肴に酒を嗜みたいけれども『お酒は二十歳から!』と世間一般日本全国共通で謳われている文句なので守ろうじゃないか。

高校野球を制する前に日本を守る警察のお世話になるのは勘弁願いたい。

そもそも、鶴神家は代々お酒が弱いと聞いている上に、道徳的に許されざる事件に発展しかねないので、未成年の読者諸賢は注意したまえよ!


と、そろそろ頭の中が整理不可能な域に達しているようなので、グラウンドに辿り着くまで無心で歩く事にする。

そうすれば無駄な妄想もしなくて済むのだからな。

妄想というのは一度世界に入り込めば、何人たりとも足を踏み入れる事の出来ない高尚で且つレベルの高いお遊びなのであーる!

完全プライベートな空間に足を踏み入れるなんて言語道断。そんな輩がいるのならば、再起不能になるまで懲らしめてやらねばならぬ!

鋭いスパイクで踏み込んでくる輩がいるとすれば、即座に日本刀を創り上げて滅多滅多に斬殺してやろうではないか! 如何にして斬り刻んでやろうかのう!? さあさあさあさあさあ! 覚悟するがよい、悪人よッッ!! 今、研ぎ澄まされた日本刀を創造し斬り上げてやるッ! 悪・即・斬ッッッ!!!

ご覧の通り、妄想世界では孤高を極めし侍になったり、ハーレムランドを統べる王様になったり、陳腐なドラマの主人公になったり、青春を謳歌する高校生になったりと、想像の範囲で創造し、思う存分に遊ぶ事が出来る画期的で最先端の最先端を行く夢を実現させてしまう至高のシステムなのである。

妄想初心者諸賢に告ぐ、夢と現実が表裏一体になってしまうと廃人になるので、その境目を見極めて注意しなければ現実に戻れなくなってしまうからそこだけは気をつけたまえよ!

過去に暇を持て余した鶴神少年は、暇つぶし妄想愛好会を設立したが、レベルが高すぎて他の会員はついて来られず、妄想世界に置き去りにしてしまった事があるのだ。

それを教訓とし、糧にして至高なる高尚な妄想趣味を思いのままに自由自在に操ることに成功したこの私は群れるのを止め、一人、誰の迷惑にもならずにこっそりひっそりとあんぱんを頬張り牛乳を飲み犯人を尾行する刑事さながら目立たない所で嗜んでいるのだ。

大衆の面前で自分の妄想世界に入り込むような愚かな真似はしない。それが上級者である所以。しかし、誰もが一度は通る道なので恥じる必要はないのだよ、理想郷に魅せられた初心者諸賢よ。

収拾のつかなくなるところをいち早く区切りをつけ、潔く話を終えるのが紳士の紳士たる所以でもあるので、ここら辺で妄想についてのお話は終わるとしよう。

それでは皆の衆、解散ッッッ!!



太陽の光を全て受け入れる青年の姿は優雅なモノであった、と誰かは語る。そう、その青年は私であり、誰かも私である。なので、平たく大まかに簡潔に率直に言ってしまえば、誰もそんなような事は言っておらぬ。至極残念だが、こればかりは仕方がない。

グラウンドに向かう最中、暇すぎたので暇を持て余した青年は暇を持て余しきれなかった。暇という大いなる君を倒すのは不可能であり、暇という怠惰的惰性集合体に吸い込まれ、取り憑かれてしまっただけのことなので、心配する程ではないから安心したまえ。

だらけきったゆるさの塊のような主人公は卑怯とは言うまいね?

怠惰を振り切り、惰性を振り払い、悠然と前に進む。

腕を振り、地面を蹴り上げる。

さあ――風で麗しき乙女の風が靡いている。

春の心地良い風に靡く髪は、最高の景色となり、そして、風を受け、桜は舞う。

何故だろうか、女子部員の掛け声は黄色い。それに比べなんとまあ、呆れてしまう程に男子部員の青春を手にし損ね、辛酸を舐めに舐め汗と血と涙の結晶という綺麗事の裏にある腐りきった匂いの混ざった掛け声は全世界の人口をもってしても表現出来得る色など存在しない。

誠に残念である。無念である。遺憾である。悲壮感も漂っている。慈愛に満ち溢れてなどいる訳があるまい。汗と血と涙ではなく、哀しみと敗北と辛酸を舐め尽すが相応しいので即刻変えてもらうとしよう。

仮入部が始まる前からネガティブを極めてしまった訳だが、この物語はここで終わりを告げるのだろうか。

主人公が根暗な野郎で話が成り立つのか、否、成り立たない。

だからといって、爽快な明るい優等生を演じろと言われても天地がひっくり返っても無理である。

ならば、貫き通そう、紳士道と根暗道を。


ふと気が付くと黄色い掛け声はどこか遠くへ旅立ってしまっていた。

癒しを失うと人は暗くなり、黒い人間に成り下がると何かで目にしたが、その通りであった。

切なさと淋しさを噛み締め、涙を流しかけるが紳士は泣いてはならないので、地面を踏み蹴り上げ走り全速力で猪突猛進しなければ得体の知れない淋しさの塊に押し潰されてしまう。

逃げる為には、何が必要か。

愚問である。お前は朝起きたら布団から出るのか、と聞くぐらいに愚問中の愚問である。ちなみに、パンを食べた枚数など覚えておらぬ。

そう、ネガティブを振り払い、一生懸命に高校生活を有意義に楽しみ、そして、青春を駆け巡れ、両手で抱えきれないような青春を謳歌しろッッ!! 鶴神善幸ッッッ!!!

明日にときめき、夢にきらめけこの野郎が!

と叱咤し、この海星名物である無駄に遠く無駄に距離の長いグラウンドに腐敗した怨念を銀河の果てまで見事なまでの華麗なるフォームで投げ去り、覚悟を決め、仮入部先の野球部へと歩を進めたのである。

手にするは――過去か。

否、過去など捨てるモノである――間違えるでないぞ、読者諸賢、そう――手にするは栄光の未来ッ!!






モチベーションを最大限に持ち上げたところで、ここが目的地であり、全ての始まりの場所――野球部のグラウンドである。

辺りを見廻すと大勢の部員が連なっている。

一年から三年まで勢ぞろいで綺麗な列は壮観の域を超えている。

何故、視線が集まるのだ。

もしかすると、もしかするのだが、もしかするんだろう。偉大なる私は溢れ出るスター性を隠しきれていないのか。

どうやら、そうではない様子。

何だ、諸君。視線が痛いぞ。

何度でも何遍でも言ってやる。

「私は見世物ではない」と! 声を大にして高らかと叫び上げようではないか! 拳を天に突き上げろッ!



拳を天に突き上げたその刹那、鬼のいる方角から並々ならぬ殺意を感じ取った。

事態を把握するには十分すぎる数秒間だった。



あ、俺、遅刻したのね。




探せッ! この世の全てに生きる術を置いてきたッッ!! 悪にも善にも平等すぎる神は導いてくれたのだ――その答えを今、見せて進ぜよう!

「――鶴神善幸、本人が危篤なので自宅に帰らせて頂きます!」

人類の限界を軽々と超える速さで首根っこを掴まれ、列の中に放り込まれたのは書き記す必要がないので省略するとしよう。

波乱の仮入部が今、何度目の首根っこを掴まれたか分からないまま、始まろうとしている。

土下座の準備は出来ているぞ、俺ー!!

ハイスピードで自己最高速度を更新する勢いで行くぞ、俺ッ!

目標はあのサングラスをかけた鬼監督!

いざ、参らんッッ!!



「すいませんでしたーッ!!」

完璧な土下座と悲痛な叫びがグラウンド内に木霊したのを全ての生徒が忘れることはなかろう。

金輪際遅刻はしないと誓った高校一年生の昼下がりであった。

神を冒涜してでも授業中に熟睡をしないと誓わない自信は誇らしげに抱いていてもよかろう?

許せ、教師諸君。

学生の本分は、一に青春、二に青春、三、四も青春、五に青春なのだから!





土下座しながら心の中で誰にも届かない叫びを発信し続ける程虚しいモノのは世界のベスト3に確実に正確に緻密で厳正な審査の上、人生を何回やり直そうと誰も咎めなかったとしてもどう足掻こうが、確実に否が応でも食い込む。

これぞ、一生の不覚を体現した鶴神善幸であった。

幸先よろしくないが大丈夫なのか? 大丈夫な様子ではないが、大丈夫ではないな?




命短し、仰げよ青年。

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