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九話 『僕たちと鬼監督さんの七日間戦争(仮)』

9



宣戦布告の余韻を味わう暇もなく、仮入部の日がやってきた。

最低でも二週間から三週間は余韻を味わいたかったのだが、流石に贅沢すぎて色々な方面から怒鳴り散らされてしまうのは確かなので、涙を流しながら歯を喰いしばり、前だけを見て生きていくことを決意した。

今世紀最大級で悔しいと言っても過言ではない、と言うと、大袈裟過ぎるのでタンスの角に小指をぶつけた時や、紙で指を切ってしまった時ぐらいには悔しい程度で抑えておこう。

モチベーションが途轍もなく低いのは、愛読する週刊少年ジャンプの発売日が終わり、憂鬱な火曜日を迎えたからである。

聡明な読者諸賢ならお気づきだろうが、私の一日は憂鬱に始まり、憂鬱に終わっているのだ。

赤ん坊の頃は純真無垢の権化だったのに今では成れの果てのような姿になってしまっているのはどうしてなのか。責任者に問いただす必要がある。そう、責任者は私だ。

優雅なブレックファーストに別れを告げ、黄昏ながらこれからの人生を見据え、コーヒーを啜る。世の中の酸いも甘いも感じられるダンディズム溢れる紳士が愛してやまないブラックコーヒーは苦渋の選択を強いられるような耐えられない苦さの為、舌に触れた瞬間に参ってしまう。

紳士道、極めて険しい也。



さてさて、家を出ようかしらん。

席を立ち、椅子を戻し、食器を下げる。

「ご馳走様でした」と、両手を合わせ朝食に関わった全てに感謝をする。

諸々を済ませ、玄関まで向かう。

靴を履き、靴べらで踵を確かめ、ドアノブに手を掛ける。

鞄を片手にドアノブに手を掛け、後ろを振り返り、行ってきます、と挨拶をしてドアを開ける。

これは振り向かなくても分かるのだが、母は笑顔で送ってくれているであろう。いつ何時も笑顔を絶やさないのが母である。

「ふぎゃん!」

家を出て数センチのところで転びかけるとは、どうやら幸先よろしくない。



さあ、たまには物事をポジティブに考えて、無事に一日が終わるのを祈り、学校に向かい悠然と歩を進めていこうではないか!

空を見上げれば、どこまでも広がる青!

右を見れば、満開の桜!

左を見れば、満開の桜!

前を見れば、春の風に髪を靡かせながら颯爽と自転車を乗り回すうら若き乙女たち!

後ろを見れば、想像上の建物を守る巨神兵のような漢!



「なんだ、白鳥か」

何故、朝からむさ苦しい漢に出くわさなければならないのか、と数秒で答えを導き出したが、乙女のお友達がいないだけという非情なる結果に落胆した。

家を出て数分で挫折を思い知るなんて誰も予想していなかっただろう。

あれ、晴れているのに雨が降っている……?

涙を拭い、前へ進もう、俺。


「なんだってひどいな」

「そうか?」

「あれ、最近、俺の扱い雑じゃない?」

「そうか?」

「ひどいと思うよ、うん。一度見直して貰わないと困る」

「さいですか」

「……この野郎、覚えてやがれッッッ!!」

白鳥は捨て台詞を吐いて、泣きながら逃げ去った。

日に日に可哀想なキャラになっていくのは否めないが、どうでもいいと言えば、どうでもいい。

だがしかし、走り去る後姿が虚しかったのを忘れはしないだろう。白鳥勇次郎という存在は皆の心の中に……。

「いや、俺死んでねーから!」

猛ダッシュで戻って来た白鳥は突っ込みをして、また猛ダッシュで戻っていった。

落ち込んだり突っ込みをしたりで朝から忙しい漢である。と思ったが、私もほぼ同じで虚しさが込み上げてきた――そうだ、現実を逃避しよう。

それよりも最近、どうも心を読まれてしまう。プライベートの侵害である。このままでは法廷で会うことになるぞ、貴様たち。


通学路も半分に差し掛かったところで、またも知り合いに声を掛けられた。

「よくも朝からくだらないことばかり考えていられますね、あなたは」

会ったが最後、人を貶すのが仕事で他人の不幸でご飯が三杯喰える男である、この男の名は以下略!

「略さないでくださいよ」

「いいじゃないか」

「あなたは人を平然と傷つけますねぇ……」

「その言葉、そっくりそのまま返してやろう」

「おっと、僕としたことが」

「鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしているな」

「そっくりそのまま返されるのは想定外でしたので」

「貴様なら朝飯よりもさらにその前ぐらいに想定していたと思っていたが、買い被りすぎたようだな」

「たまには素直に生きてみたのです」

「明日、世界が滅亡するのではなかろうか」

「あなた、ひどいことを仰る。今の発言で、僕の心は完膚なきまでに折れました」

「折れる心なんてある訳がなかろうに! 戯言はよせ」

「僕から無駄口と戯言を取ってしまったら、死んでしまうのです」

「いっそ、死んでしまえばいいのだ」

「この薄情者ーッ!」

吉川までも涙を流し、捨て台詞を吐いて走り去っていった。

と思ったが、戻って来たようだ。

「人でなしーッ! あんたは人じゃない! たとえ人だとしても冷徹人間だああッ!!」

「五月蝿い、黙れッッ!!」


朝から喜怒哀楽忙しい連中だこと!

聡明な読者諸賢なら気が付いているかもしれないのだが、もしかしなくても毎朝このやり取りをしなければならないのか、俺は。

何としてでも阻止せねば、青春を謳歌して高校生活をエンジョイする計画が破綻しかねない。

運命に逆らうしかなさそうだな。

爽やかな朝にこのやり取りをしたいか否かでアンケートを取れば100人に100人がノーと答えるに違いない。というよりも、イエスと答える人は相当な物好きである。そんな変人を私は知らない。



「うおっ! 眩しいっ!?」

スクープがあればどこにいても飛び込む男は一人しか知らん。

予想しなくても答えはわかっておる。

だとすれば、面倒なことになるのは必須か!

となれば、光の速さで結論に辿り着く。

地面に足を馴らし、蹴り上げ、飛び跳ね、骨を鳴らし、ターゲットを視認する。

――走れ俺、いざ参らんッッ!!



かつて首根っこを四回掴まれた男がいた……しかし、今その男は首根っこを掴んでいる。

「大河内文太郎、安心したまえ。この私は言い分を聞かずして鉄拳制裁を加えるような野蛮な生物ではないのでな」

「そうかい、ありがとう。ならば、声を高らかに主張しよう。そう! この世には知る権利があるのだよ、鶴神くん! だから、当然、書く権利もある!」

「とはいえ、書いていいモノと書かなくていいモノだってあるのだぞ、大河内」

「僕には書く使命があるんだ、それを邪魔する権利は君にないはずだぜ?」

「いーや、あるさ。何故なら貴様は確実に面倒臭そうな記事を書こうとしているのだから、な!」

「ふむ、諦めてはくれないようだね、うん。よし、提案しよう」

「どんな提案でも受け入れるぞ」

「僕のことを捕まえられたら、書くのはやめてあげるよ。そう、学校に着くまで――」

「受けて立――って、すぐ着くじゃねぇかッッ!!」

「もしかして、勝てないとでも?」

「残念、売られた喧嘩はどんな喧嘩でも買う主義だ」

「僕は書く、君はそれを防ぐ……どっちが勝つか見ものだねっ!」

「いいだろう、圧倒的勝利をしてみせよう、吠え面書くのは確実に貴様だがな、そうと決まっている、そうに決まっている、そうでなければ成り立たぬッ!」

「――遅い」


どうなっている!?

いつの間に走り出したのだ。

いや、今は考えている場合ではなかろう。

考えれば考えるほど大河内の思う壺であり、術中に嵌っているようなものだ。

策に嵌れば嵌るほど勝てる確率が下がってしまう。

負ければ『罪な男、鶴神善幸。朝から二人の同姓を泣かす』などと書き綴られ、誤解を招く急展開になりかねん。それだけは阻止したい。何があっても阻止する。

私はただ、乙女たちとの青春を謳歌する為に高校生活を送っているというだけなのに、その青春を邪魔されるような事態にだけはなってはならんのだよッ!

だからッ!

俺はッッ!!

ひたすら無心で走るッッッ!!!

勝利をこの手にするまではッッッッ!!!!

一について、よーい、ドンッッッッッ!!!!!



「――貴様こそ、遅い」

「何!? 捕まったァ!?」

「さあ、負けを認めろ、大河内文太郎」

「仕方ないね、潔く負けを認めるとするよ」

「やけに素直じゃないか。どうせ、裏があるんじゃないのか?」

「君は人を疑いすぎだよ。少しは信じなさい」

「男に二言はないな!」

「ああ、神に誓ってもいいよ」

「了解した」

「君と和解するのにここまで難儀な事とは思わなかったよ、うん」


私と大河内は睨みながらという熱い握手を交したのであった。

こうして、世間体と平和は守られたのだ。

罪な男、鶴神善幸の誕生を阻止しただけでどっと疲れたのだが、ふと気が付いた。

読者諸賢、聞いて驚くなかれ。まだ、学校は始まっていない。

急転直下の展開に惑わされ、一日が終わったかのような錯覚に陥ってしまったのだろう。

辺りを見回せば、登校中の生徒が多数。

下駄箱を開き、上靴を履いて、教室へと歩を進める生徒が多数。当然、私もその中の一人である。

踵を馴らし、教室へと向かう。

どうやら先に逃げていった二人は既に教室に着いているようだ。

一年間、濃い面子と一緒に時を過ごさなければならないとはどう考えても地獄でしかなかろうに。

あれ、もしかして校内、雨降ってないですか?

降り頻る雨と込み上げる虚しさに耐えながら、授業を受けていたのだが、あらま、気がつけば昼休みであった。

よし、弁当を食べ終えたら一眠りしよう。疲れを取らねば昼からの授業を受けられそうにないのでな。

幸いなことに移動する授業がないのだ。


疲れている、で導き出す答えはただ一つ――眠りにつくのみ。



さて、色々と無視し続け弁当を食べ終わったので、教室に戻り眠りにつくとしよう。

大方の予想通り、一日中寝てしまうだろうが、朝から面倒な事態に巻き込まれてしまったので許せ。






微温湯に浸かってきたこの人生だが、先ほどまでの地獄など比べ物にならない煉獄のような地獄を知るのはまだ先の話である。

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