第八話 『燃え滾る闘志、そして、忘れられる方々』
8.
燃え滾る闘志を前面に出したのはいつ以来だろうか。
多分、初めての事である。
漫画などで目が燃えるという描写があるが、まさに今その状態だ。
実際に燃えると視力が無くなってしまう上に、そんなこと超能力者の類にしか出来ないだろう。というか、超能力者も出来ないに決まっている。
せいぜい、ハンドパワーが限界で、上級者は絵からハンバーガーを取り出せる。
その程度では目に炎を宿すのは不可能である。
近未来でも無理だとは思うが、燃え滾っているのは闘志であって、肉眼で分かるとかそういう次元の話ではないのだよ!
分かったかね、諸君。
私と同じようにブラックコーヒーと砂糖を入れたコーヒーの違いを分かるような男になりなさい。
弱点その二、ブラックコーヒーが飲めないを晒しておくとしよう。
苦いのは無理なのである!
何か忘れている気がするが、気のせいだろうな、うん。
「忘れてるぞ、おい!」
「久しぶりの出番なのに扱いひどくないかな! 鶴神くん!」
気のせいではなかったようだ。
プロレス好きの三年生と、お喋りマシーンの三年生が雑な扱いにお怒りの様子である。
「この野郎、ヘッドロックするぞこの!」
それだけはお止めください。
「ひどいよね、これ、扱いひどすぎると思わない? 僕たちの自己紹介を端折るなんて!」
すいません、と思いながらこれ以上喋られると困るので、手で静止のポーズをとった。
「鶴神」「後で」「覚悟しとくがいい」
木原主将が笑顔の時は、逃げた方がいいというのをだいぶ前に学んでいる……ッ!
「いやー、監督もひどいですよ。ちょっとカッコいい宣戦布告に見惚れちゃって、僕たち上級生のことを忘れるなんてね!」
白馬に乗ってない王子様こと、エイジさんも笑顔でお怒りのご様子だ。
これは畏れて逃げ出す訳ではない、そこは勘違いしないでくれ、戦略的撤退なのだ!
「逃がしはせんぞ」「鶴神」
「待ちやがれこの野郎!」
「どこへ行くのかな!」
「鶴神くん、何をしているんだい?」
戦略的撤退ならず!
四人の先輩に囲まれてしまった!
四方八方怖い人たちでこれは逃げ場がないぞー!
また首根っこを掴むつもりか!?
身動き出来ない私の首に手が伸びてきている。あー、無理だろうこの状況。
紳士は潔くあるべきである。即ちどういうことか、そう、こういうことだ。
「木原主将、ちょっと離して下さいよ! なんでみんな首根っこを掴めるぐらいの腕力を当然のように持っているのだ!」
「うるさい」「落としても」「いいんだぞ」
「それは痛いからやめてくだされ!」
「面白いからそのままにしておけよ!」
「ひどいですよ、大泉先輩」
「一年生諸君、これがさっき大袈裟までの宣戦布告をしていた鶴神善幸くんですよー!」
「見世物じゃないんですって! もしかして、いつも手で静止するから恨んでません?」
不敵な笑みを向けられた。その通りだったようである!
許せ、エリオット先輩。そうしないとこっちが倒れてしまうのだから。
「今度はキャプテンに首根っこ掴まれているのか。鶴神くんは忙しいな~」
「そうですよ、これで四回目ですからね! というか、エイジさん! 見てないで助けてくださいよ~」
ちなみに二度目の首根っこを掴んだのがエイジさんである。
人生で初めて首根っこを掴まれたのがエリオット先輩であった。
この高校に来て半年近く経ったが、四回も首根っこを掴まれたのは私ぐらいであろう。
宣戦布告を格好良く決めたのに首根っこを掴まれ、まるで見世物のような状態になり、一気に残念なことになってしまった。
嘆いても嘆き足りない。
掴まれたまま、監督の方へと視線を向けると、大笑いをしている。
絹ごし豆腐のようなガラスのハートを上回る精神力を発揮する時が来たかッ!
「ちょっと、監督~! 笑ってないでどうにかしてくださいよ!」
「すまん、すまん。宇宙人発見の写真みたいに連れられてる感じがして面白かったから放置してたわ」
腹を抱えて、涙を浮かべるなんてどんだけツボに入ったんだよ!
もーう! 健全でいたいけな少年の心を弄ぶなんて!
同級生たちも笑っているけれども、何度でも言うが、見世物じゃないんだって!
首根っこを掴まれた状態で全神経を集中させる。
解き放てッッ!!
「逃げられる」「と思うな」「よ!」
首根っこの呪縛から解き放たれた。
一目散に退散する。
「鶴神に木原、お遊びが過ぎるぞ」
鋭い眼光に足が竦んだ。これ以上、動けそうにない。
止まったところで、監督は何かを考える仕草をし、空を見上げた。
手をぽんっと叩きまるで漫画さながらな仕草をし、何かを思い出したようだ。
「そうだ、上級生の自己紹介やってねェッ!」
「やっぱり、忘れていたのかよ!」
その発言を受けて、上級生全員が新喜劇よろしく前に綺麗過ぎる程、揃いながら倒れていったのを見届けるのは至極面白い出来事であった……。
「気を取り直して、テメェら自己紹介していけ!」
「扱いがひでーな、おい!」
大泉先輩は突っ込み役のようだな。
「うるせぇ、じゃあ、大泉、テメェからな!」
「じゃあってなんですか、なんなんですかこの扱いはッッ!!」
「早くやれ!」
「横暴にも程がある!」
そう捨て台詞を吐いて、大泉先輩は嘆いた。
お偉いさんが演説をするかの如く、咳をして、準備が整った様子。
深呼吸の後に口を開いた。
「おーっす!! 俺がこの野球部の四番に座っている大泉正志(大泉 まさし)だ!
趣味はプロレスと筋トレ! 覚えておけ!
プロレス技掛けられないように注意しろよッ! これで俺は終わり!」
大声で鼓膜が破れるかと思ったが、何とか持ち堪えてくれたようである。
筋トレを極めているかのような肉体をしていて恐ろしい。
指一本で腕立て等をやっているに違いない。絶対、やっているだろう。
「よくわかったな、鶴神。お前すげーよ!」
「いや、なんで人の心読んでいるんですか」
「そんな顔してたぞ」
指一本で腕立て伏せやっているんだろうな~って想像している顔ってどんなのですか、先輩。
「はい、そこらへんはどうでもいいからお終いっ!」
確かにどうでもよかった。
しかし、エリオット先輩にどうでもいいと言われると何故だろう、心外である。
「そこ、露骨に心外って顔しない!」
指一本で腕立て伏せの次は、指を指されてしまった。
「バレましたか、それでは自己紹介を続けてくださいまし」
「いや、言われなくても続けるからね」
ふむふむ、突っ込みの多い野球部である。
咳払いをし、深呼吸の後、自己紹介を始めた。
「海外生まれの日本育ち、エリオット・ロビンソンでございます。
そういう場合、どちらかが疎かになりがちだけれども、僕は英語も日本語も流暢だよ!
え、もう十分だって? まーだ、始まったばかりじゃないの。ひどいなー!
ちょっと、木原くんに鶴神くん、そんな怖い顔しないでくれよ~。
じゃあ、話を終わらせるけれども、我こそは、足でエリオット・ロビンソンに勝てる! って人がいるのならば、いつ何時三百六十五日二十四時間、挑戦を待っています!」
恐らく、いないだろうな。
陸上選手でも勝てるかどうかのレベルに達しているので、相当な労力がいることになる。
勝つ方法を考えるのならば、諦める方法を考える方が簡単なぐらいに勝ち目がないとも言えよう。
「はいっ! 次、どうぞっ!」
颯爽と白馬に乗っていない王子様がやってきた。
周りに爽やかな空気とお花畑が見える。
というのは嘘である。
「鶴神くん、いつまで僕のことを苦手でいるつもりなのか、な!」
「何故、私の心はこうも簡単に見透かされてしまうのだ!」
哀しみの叫びがグラウンドに木霊した。
「君たち、世界は幸福で、挫折で、怠惰で、憤怒で、哀愁で、理不尽で、迫害で、不条理で、憎悪で、嫌悪で、溢れ返っているんだ。
だが! それさえも愛せよ、諸君ッッ!!
愛するものは世界を制すとこの僕が証明してしんぜよう!
と、長い思想の話を終わりにして、自己紹介をしよう。
僕の名前は神宮寺エイジ(じんぐうじ えいじ)だ。親しみをこめてエイジさんと呼びなさい。
この野球部では二番目に足が速く、一番目に小技が巧い、と思われているはずさ!
あ、僕は日本生まれの日本育ちだよー、髪は金色だけどね!
ということで、自己紹介は終わり~。主将は最後だから他の皆さんどうぞよろしく」
この野球部にまともな人はいないのか……。
いないに決まっている。
こればかりは神に誓ってもいいぞ。違っていたら何回でも懺悔してやるわッッ!!
爽やかな空気は元に戻り、耐えられるレベルまで水準が下がった。
後数分、爽やかな空気を浴びていたら酸素がなくなって病院へと直行しなければならないところであった。
「鶴神くん、人を変人扱いしないでくれるかな~」
「心を読まないでください! プライベートの侵害で訴えますよ!」
「じゃあ、僕の出番は終わったから次会うときは法廷だね!」
天然純血王子様は満面の笑みで戻られた。
一にモブ、二にモブ、三、四もモブで、五もモブだったからさっさと飛ばしてそこにいるのは当面のライバルこと、新橋さん。
宣戦布告以降、お互いに燃え滾る闘志を持ち合わせてしまったので、目が合うと火花が散っているかのように思えてくる。
既に戦いの火蓋は切って落とされているので、いつ何が起こるか意識を張り巡らせなければ、負けてしまうだろう。
時空が歪むような錯覚に陥る程、火花が散っている。
「鶴神! 俺はお前に負けねぇ。
現エースの新橋でした、以上ッッ!!」
「エースは必ず、奪い取ります」
自己紹介というよりは戦いの延長線上でしかなかった。
野球を始めて以来、投手でのライバルに出逢ったのは初めてだったので、思っている以上に燃えている。
燃え盛る闘志が前面に出すぎて火災を巻き起こさないか心配してしまうが、そんなことは有り得ないので意味は無かった。
「はい、ラストの主将さん!」
真打登場。
表情が何一つ変わらない。
誰がどう見ても怖い。
物思いに耽っているとどうやら、睨まれてしまったようだ。
目には目を。歯に歯を。睨みには睨みを。
視線を逸らされてしまった。至極残念である。
「最後になりました」「海星大学附属高校野球部主将の」「木原正弘だ」
凛とした姿勢で自己紹介をされてはぶち込むモノもぶち込めぬ。
敗北を悟った瞬間である。
「未来の」「野球部を担う」「一年生たち」「相当厳しいが」「着いてこられるかな?」
木原主将はそう言った後に、深く深呼吸をし、空気を一変させた。
「着いて来られないような軟弱者はこの野球部にいらぬッッ!!
立ち去るのなら今だけ見逃してやろうッッ!!
三秒だけ待ってやる……気が変わった。逃げた奴は全員――
――完膚なきまでに殴るッッッ!!!」
無表情の先駆者だと思っていた木原主将には表情があった。
表情があるということは、つまり、何だ、人間だったのか。
確認をしていただけなのに、鬼の形相で睨まれてしまった。
この状況で逃げようとする猛者は存在するはずがない。
そう、誰も逃げなかった。いや、逃げられなかったのだ。
威圧感に押し潰され、足が竦み、体が震え、一歩たりとも進むことを許されなかった。
この私でさえそうであったのだから、他の同級生たちが逃げられる訳がなかろう。
何はどうあれ脱落者は零である。
仮入部すらしていないのに脱落とはこれは如何に、とならなくて済んだのか。
主将は笑顔になり、って、あれなんだあれ……なんだあれ!?
何はともあれ、主将は誰も逃げ出さなかったことにご満悦な様子であった。
「よし、全員解散ッッ!! 仮入部は明日からな!」
波乱の自己紹介は、これにて終了。
明日から仮入部か。
高校野球に籍を置くのか、と思うと感慨深いな。
確か、仮入部は一週間だったはずだが、記憶力が乏しいので、合っているかは定かではない。
これからウキウキ野球ライフが始まるのだッ!
さあ、家路を急ごう。
「って、おい。俺忘れてンだろッッッ!!」
……白鳥勇次郎、居たのか。
濃い面々に紛れて居たのか、この漢は。
完全に忘れていた。
こんなにも背が高くて目立つというのに。なのに、忘れていた。
「え、その反応……ここに居る全員が気が付いてなかった訳!?」
鋭い漢だ、まさにその通り。
正直、そこまで意識が廻らなかったのは否めない。だから、許せ。
さてと、家路を急ぐか。
今日の夕飯はなんじゃろなっ!
夕飯を予想しながら帰ろうとしたその時、聞き覚えるのある他人の不幸で三杯の飯が喰えるという男に声を掛けられた。
「カレーライスとかじゃないですか、鶴神さん」
「適当なことを言うんじゃないよ、吉川くん」
「何であろうと、僕には関係のないことです」
「嗚呼、その通りだ」
「偶然にも帰る方向が一緒なんですよ、知ってました?」
「知らん。興味がないぞ、しかし、ご一緒しますよ、と頭を下げれば一緒に帰ってやらんこともないがな」
「人間、素直が一番ですよ」
「捻くれ者の代表みたいなやつに言われたくはないな」
「よくもまあ、人をここまで傷つけられますね、貴方は」
「傷つく心もない癖に!」
「バレてましたか」
「あれ、この流れ、似たようなものを前にもやらんかったか?」
「気のせいですよ、気のせい」
「なら、いいんだ」
乙女と一緒に帰りたかったが、野球少女なんて滅多に存在しない。
だからといって、妖怪まがいの変人と帰らなければならんのか。
これぞ、憂鬱。
「……って、俺を無視するなよッッ!!」
白鳥勇次郎の心の叫びが校庭に響いた夕方の帰り道。




