七話 『最強の世代』
七!
海星大学附属高校野球部は今、最強の世代に突入している、とどこかで聞いたことがある。
多分、大河内文太郎が執筆を担当した校内新聞か何かの類だったであろう。
偶然、目に留まった時点で私の負けである。新聞を読むのなら小説で活字を読むタイプなので、まさに完全敗北と言っても過言ではなかろう。
何故、グラウンドに向かう途中、暇だからとは言え、こんなにも悔しい出来事を思い出してしまったのか。
三途の川に足を突っ込んだ際に走馬灯を見るそうだが、もし、これがそうだと考えたら涙が零れ落ちそうになったので哀しみを払拭する為に目的地まで青春を謳歌する好青年の如く、颯爽と走る事をこの淀みのない空に誓った。
颯爽と外を駆け巡る姿を見れば、『鶴神善幸ファンクラブ』が設立され、白馬の似合う天然純血爽やかであり、誰もが憧れる高身長の金髪で蒼い目をした王子様に対抗し得る存在へと急展開で急上昇して、麗しき乙女が放っておけない人物になるであろうと、小学生の算数ドリルを高校生になった今現在で解くぐらい容易に想像出来た。
途方も暮れに暮れ過ぎて、凍える真夜中に長時間立たねばならないぐらいの非常に無惨で虚しい拷問を受けているかのような夢に現を抜かす程には元気であるから心配するでないぞ、諸君。
「貴方、さっきから何を一喜一憂しているんですか」
心配という文字が辞書に登録されていないであろう、妖怪人間に声を掛けられた。
「一喜一憂したっていいじゃないの」
「貴方のにやけ顔、僕が見てきた誰よりも気持ち悪いですよ?」
「そんなに気持ち悪い顔しているのか? 嘘は良くないぞ、吉川くん!」
「なんなら、鏡を持ってきて差し上げましょうか?」
「どうしてすぐ現実に直面させようとするのかーなッ!」
「実に簡単な事ですよ、そうやって貴方がすぐに現実から逃避して、妄想の世界に入り浸るから良心的なこの僕が連れ戻して上げているのです」
「人の高尚な趣味に口を出すものではない」
「情報社会に生きる僕は不確かなモノに現を抜かしたりはしません。
妄想の何が面白いんですか、会えもしない人間を創り出して、会えもしない人間と遊んで何が楽しいんですか、僕にはわかりませんよ」
「心の綺麗な紳士にしか辿り着けない境地だから仕方あるまい。何も私は全世界に妄想は至高! と発信したいわけではないのでな。むしろ、妄想はひっそりと広まるべきである、と心からそう思っているよ」
「貴方が情報の世界を理解しないのと同じですね」
「そうだな、お互いに興味がないということで終わりにしよう」
分かり合えない運命に抗う程、愚かな人間ではないつもりだ。なので、あっさりと諦めてしまう。
仕方がなかろう?
私だって情報世界に興味がないし、吉川だって妄想世界に興味がないのだ。
そこはなあなあでいいんじゃなかろうか。なあなあで。
完全にやる気を削がれてしまったので、ゆっくりとだらだらと歩いている内にグラウンドまで辿り着いた。
どうやら、途中で無駄足を喰らった我々御一行は主役は遅れてやってしまったようで、入部希望の同級生たちから注目を浴びている。
厄介な先輩に捕まったのだから、そこは許して欲しい。
本来ならもっと早く着いていたはずなのだ。
だから、許せ。
「なあ、あれって所謂モブってやつか?」
吉川に問いかけてみた。
「そうですよ、モブキャラです」
「そうか、了解した」
「なんですか、不敵な笑みを浮かべちゃって」
「大丈夫だ、気にするな」
「なら、いいですけど」
それはそうと、モブ一年生達の視線が痛い。そんな気がするのは疲れているからだろうか。
いや、だから、すいません、もう、そんな目で見ないでくださいよ。申し訳ありませんって心の中で何度も唱えているじゃない……って、だから、謝ってンだろッッッ!!!
悪い方向で注目を浴びるのは好まないので、凄んで見せたらあら不思議、全員視線を逸らしてくれたではないか!
なんとまあ、理解のある良心的なモブばかり!
良心的な同級生たちに敬意を表して、声を大にして叫んでやろう。
「理解ある良心的な同級生諸君、ありがとう!
そんな優しさの塊のような君たちにお知らせしよう、これにて貴様らの出番は終了だ!
後はモブじゃない我々に任せてゆっくりと出番を待っていたまえ!
泣くことはないぞ、むしろ喜びなさい。ゆっくりしていれば聖地にいけるのだからッッ!!
俺がエースとして名を馳せるから心配せずに着いてくるがよいッッッ!!!
鶴神善幸という豪華客船に乗って、優雅にコーヒーを飲みながらモーニングを楽しんでいればそれだけで良いのだよ、諸君ッッッ!!!」
……決まった。まあ、ゆっくりしていれば聖地に行けるなんて嘘だけれども。
今、日本で一番気持ちの悪い笑みを浮かべているのはこの私ぐらいであろう。
調査してないので詳しい結果は知らないが。
というか、どこにそんなくだらない事を調査する団体がいるのやら。
確実にいない、いるわけがない。これだけは断言しても怒られないような気がする。
どうだ、完璧な演説であったろう?
大絶賛により拍手喝采の光景が目に浮かぶ。早速だが、モブ同級生たちの反応を見てみよう。
あれ、良心的な同級生諸君が倒れこんでいる。どうなっているのだ。
監督がものすごい勢いでこちらに向かってきている。
あれ、何か悪いことしたか?
「鶴神、テメェ~~~~ッッ!! 入部希望者のモチベーション下げるンじゃねぇッッ!!」
どうやら、そういうことらしい。血相を変えているところを見ると怒られているようだ。
「そういう星の下に生まれてきたのか……」
意識せずにモチベーションを下げるという才能を持っていたのを生まれて初めて気が付いたが、これといって得するわけでもないな。
「ふざけやがってッッッ!!!」
大真面目にやっていたのだが、こればかりは猛省しなければならぬ。
「それは申し訳ないことをした、猛省する」
「どうしたんだ、素直じゃねぇか」
「明日、槍が降るか剣が降ってくるかどうか期待していてください」
「あっさりと不吉なことを言うンじゃねぇッッッ!!」
「避けないと命を失いますよ、注意して歩いてくださいね」
「降らんわ!」
「それはどうでしょう」
「うるせぇッ! 黙らんと球拾いもさせねぇぞオラァッ!」
「なんとまあ卑怯な手を。参りました、黙りますッッ!!」
「おい、そこで倒れている一年連中、さっさと起きやがれッッ!! 顔合わせンぞ!」
連中、ずっと倒れていたのか。
何をしているんだか、と思いながら視線をそっちの方に向けると、お前が言うな、という表情をされてしまったので、すぐに目を逸らした。
口笛を吹いて誤魔化そう。
最高の逃げ手段だと思ったのだが、口笛を吹けないのを忘れていた。哀しいけどこれって、現実なのよね。
究極の切なさを体現しているかのような口笛しか吹けないのだよ……。
この哀しみ、どうしてくれようか。
負のエネルギーを何かいい方向に科学者が活用出来る様にしてくれれば、勝ち目はあるのだが!
現代の科学にそこまで求めるのは酷であろう。
何故、世の中は定期的に哀しみを与えようとしてくるのだろう。
幸福な世界でいいのではないか!
誰一人哀しむことのない平和な世界に生まれてきたかったな。
と、暇つぶしに憂いでいると、後ろから声を掛けられた。
聞き覚えのある声に周辺が爽やかさを纏っている時点で誰かは既に分かっておるッッ!!
逃げなければダメだ逃げなければダメだ逃げなければダメだ逃げなければダメだ以下略!
どこぞの人造人間アニメに出てくる主人公のように現実から逃避してみたが、ターゲットになっている以上、逃げる術は零に等しい
覚悟を決めろ、鶴神善幸ッッ!!
自分を鼓舞すれば何とかなると思っていた私はとんでもない阿呆であった……。
「あれ、楽しそうなことしていますね、監督。あ! 鶴神くんいるじゃないの!」
「エイジか」
「爽やかさを全面的に出すのはやめて頂きたいのだがそこはどうなのだろう、神宮寺先輩」
「ん、何か言ったかい。鶴神くん」
「無理でしたーッ!」
「知っているだろ、エイジは天然でこういうやつなんだから諦めろ、な。鶴神」
鬼と呼ばれる程の厳しさで有名な監督に慰められてしまった。
美しすぎる爽やかを受け入れる勇気ッ!
「完全敗北です、神宮寺先輩」
「親しみを込めてエイジさんと呼びなさい」
「エイジさん!」
「そう! その調子だ、鶴神くん!」
「……って、これ何ですか」
「僕にも分からないよ、ここが潮時じゃないのかな」
監督が痺れを切らし始めている。何故だ。
あれ、まだエイジさんしか来ていないじゃないか。
他の先輩方は何処に!
腕を組んでいて、サングラスの奥からはものすごい光を感じる。腕の血管が剥き出しで今にも切れそうな勢いだ!
どうしましょう、鬼がお怒りの様子ですぞ!
心配は杞憂に終わったようだ。
ここからは、先輩方の登場シーンである。
こんなにも勢揃いだと、賑やかを極めているように思えてしまう。
先に見学したことのある私からすれば、これほど和気藹々とした部活は見たことがない。
といえば、大袈裟になるであろう。
しかし、監督が怖いのは事実であって、嘘偽りは全くないので安心したまえ。
恐怖も慣れてしまえば、どうということはない、と自己暗示をかければ何とかなる可能性は零から一に増える!
と、信じてはいる。
「テメェらはいっつもゆっくりしすぎだろッッ!!」
先輩方に檄が飛ぶ。
「全員で喋ると怒られそうだから」「代表して」「この木原が訳を話しましょう」
木原主将は一回一回、区切らないと喋られないという変な人なのである。
「ああ!? 何か理由あるのかよ!」
監督はご立腹の様子。
「大方の予想通り」「エリオットが」「喋りすぎるから」「いつも時間を」「喰うんです」
口を開いていなければ死んでしまうんじゃなかろうか。その域まで達しているに違いない。
「……なら、仕方ねぇな。俺もあれは諦めているから」
納得していいのか、そこ!?
かといって抑止する方法はほぼない。だから、諦めてしまうのは仕方がないのである。
「一度喋ると」「誰にも止められない」「のはどうにかならないのか」「エリオットよ」
「ん、どうかしたかい、木原くん」
エリオット先輩は他人の話には興味がないから性質が悪いのだ。
「いや」「聞いてなかったのなら」「何でもない」
途切れ途切れ喋るのにも慣れてきたな、これは。
しかし、喋くり倒されるのには慣れそうにないぞ、どうしたものか。
考えたところでどうにもならんのは目に見えている。
よし、諦めよう!
流せばいいのだから、流せばいいのだ。
それでいいじゃないか、それで誰もが幸せになるのだから、それでいいじゃないか。
喋るに流す、これで成立する。
誰も傷つかないで済む最善の策、なのかは分からぬ。
しかし、全部に相槌するのは相当疲れる上に、相槌を打たなくても喋くり続けるので打つ必要性がないんじゃないか、と思っている。多分、ないのだろう。
何故なら、手で静止するまで喋り続けるからだ。
止めなければ延々と喋る、それがエリオット・ロビンソンという男である!
いつの間にか、一年生の向こう側に上級生が立っているという構図になっていた。
「お前ら、最強の世代ってことになってンぞ」
監督が上級生たちにそう告げた。
「照れますね」
と、全員で照れている光景は面白かった。
「最強の世代が初戦で負けはしないよな?」
この問いかけに上級生たちは目を輝かし、はっきりと応えた。
「負けるわけなかろうに!」
頼り甲斐のある先輩方だな。
「テメェらならそう言うだろうと思ってたわ」
「俺たちが」「この手で勝利を掴み」「監督を胴上げしてみせますよ」
心強い先輩方が後ろにいることを再認識した私は決意した。
決行するのはもう少し後でにしよう。
監督が一年生側を睨みつけている。
何だ、何が起こるというのだ。
「さあ、一年連中ッ! まずはテメェらから自己紹介していきやがれッッ!!」
嗚呼、恒例の行事を忘れていたか。
「出身校とポジションと後はなんか自由に言え! いいな?」
そんな睨まないでくださいな。
端っこにいる同級生から自己紹介は始まった。
しかし、中学と名前を聞いてもピンと来る訳がなかった。
そう、記憶力が乏しいのである!
当たり障りのない自己紹介が続き、徐々に自分の番が近づいてきた。
次は吉川の番か。
「皆さんの情報は隅から隅まで知り尽くしている、吉川と申します。海星大学附属野球部の正捕手は僕が手に入れますので、そこんところ、覚えておいてくださいまし」
真っ向からの宣戦布告とはやりよるな。悔しいが私も吉川に倣って自己紹介をするしかなさそうだ。
頭の中で整理し、喋ろう。
基本を忠実に、基本を忠実に、基本を忠実に。とりあえず三回唱えとけば何とかなるのだから、三回唱えておいた。
モブの自己紹介が終わったようだな、いざ参らんッ!!
「皆さんご存知かと思われますが、名乗るのが真摯であり紳士である私のポリシーですので、ご存知かと思われますが!
名乗りましょう。というか、これは自己紹介でしたな、失敬失敬。性は鶴神、名は善幸。北海道生まれの西東京育ち、北国の風雲児と呼ばれておりました。
北国で名を馳せ、西東京の海星大学附属高校野球部に乗り込んで参りました。そう、東京は広いですからね、強敵が多いと踏んでの事でございます。いなければ、何の為の人口一千万人越えなのか、理解に苦しむ所存であります。
さあさあ、建前とどうでもいい前置きはここら辺で終わりにしますか!
ここからは本音だけで語ってやろうではないか!
面倒な事は大嫌いだから、一人称は気楽に出来る『俺』でいこうかしらッ!
一度しか言わないから聞き逃すんじゃねぇぞ、覚悟して聞きやがれッ!
俺がこの野球部に入ったからには、甲子園優勝を目指して貰わないと困るんだよ、それはわかっているだろうな?
最終目標は真紅の優勝旗を持ち去るなんて緩いことじゃねぇンだ、プロになるのが目的なんだよ!
だから、三年間で必ず優勝して見せてやろうって話さ。不可能ではねぇぜ、うん。
確か、エースは新橋さんだったな? それは今の今までで終了ッ!
この一ヶ月で、俺が見事なまでに華麗にエースを奪ってやるから待ってな!
あっと驚く快進撃が始まるから楽しみにしていやがれってンだッッッ!!!
それと、吉川、貴様にも正捕手になって貰わねばならん。貴様のリードが全てを握るから、貴様じゃないとダメなんだよ、モブの捕手になんか取られたら承知しねぇぞ。そん時はどうなるか分かってるんだろうな?
監督、五月に練習試合を組んで頂けないでしょうか?
そこで私と新橋さんのどちらがエースに相応しいか決めてくだされ!
お前の自信はどこから湧いて来るんだって顔をしているな、貴様らは……。
嗚呼、根拠はないが、実力がない訳じゃない。才能が1%以上でもあれば、それは自信になるんだよ、思い知れ、世の中に蔓延る老害エリート共め。
という訳で、宣戦布告はこれにて終了!
お聞きくださった皆さん、有難うございました。世紀の瞬間に立ち会えた皆さん、一生の宝物になることを保証しますぜ、この俺がな!
三年間掛けたプロジェクトと言ってもいいぜ、断言してやろう。出来るだけショートカットしたいんだが、現実はそう上手く行かんだろうからな~
貴様ら諸君はタイタニック号並に大きな豪華客船に乗った気分で俺の右腕に全てを、高校野球人生を賭ければいいんだよッッッ!!!
あ、でもタイタニック号だと沈没しちまうか。さっきのはなし、なし! とりあえず、俺に着いて来いってこと、オーケー?」
両手を広げ、堂々と宣戦布告をしてやった。ジョークも入れるところが紳士たる所以である。
これ以上にない宣戦布告に違いない。不安要素があるとすれば、ただの入部希望者に対して試合を組んでくれる可能性が見込めるかどうか分からないのは残念でならない、と言ったところか。
大層な啖呵を切って、鬼は怒り爆発しないかそれも心配だな。視線を鬼の方へと向けてみよう。
あれ、なんで笑ってるの。どうなってんだかいまいち理解出来ないぞ。
何これ、どうなってンのーッッッ!?
吉川は『やりましたね、旦那』とか訳の分からない事を今にも言いそうな表情をしていた。何なんだコイツ。
どう見ても笑っているよな、見間違えではないだろうし、どうして笑っているのだろう。
理解出来ない事もこの世で大嫌いな事態の内の一つなんだよッッッ!!!
「監督、どうしたんですか。何故笑っているのです、あれさっきの宣戦布告面白かったとかですか、もしかして?」
問いただしてみたが、返答次第で監督だろうが鉄拳制裁の餌食になり得るぞ、このッ!
「すまん、すまん。決して馬鹿にして笑っていた訳じゃないぞ。
むしろ、俺は今から楽しみで夜も眠れそうにないぜ、鶴神善幸。
宣戦布告、大いに結構!
よし、五月は強化月間で試合を多く組むからその内の二試合をエース争いに与えてやるよ!
存分に暴れやがれッッ!! こっちは新橋をバックアップさせてもらうぞ?
勿論、新橋……負けねぇよな? 負けたらどうなるか考えてみるんだな!」
現実は案外、上手く行くのかもしれない。
これから、新橋さんとの対決に備える日々が始まりそうだ。
待ち遠しい、一ヶ月も待っていられない!
啖呵を切って自分を追い込むスタイルは今後採用の方向で話を進めよう。
新橋さんも目が燃えているように思える。嗚呼、そうだ、私も今猛烈に燃え滾っている!
負けられない戦いが火蓋を切って落とされた。
吉川、全ては貴様とこの右腕にかかっているんだぜ。
燃えるシチュエーションは用意した。後は存分に暴れるのみ。
やってやろうじゃないの!
我こそはエースに相応しき人間だッッッ!!!
己以外、有り得ない、己が最強、己に勝るモノなしッ!
全てを背負い、聖地を一周し、土を持ち帰らずに得意気な顔をして真紅の優勝旗を持ち帰るのはこの俺だ!




