『空の支配者』
巨大な手が、ロウを覆い隠すように迫ってくる――。
「ロウッ!!」
少女が叫ぶ。
ナルドは動かない。
いや、動けなかった。
「…………。」
巨大な手は、そのままロウの頭上で止まる。
あと少し。
あと数センチ。
それだけで届く距離。
ロウは震えながら、その手を見上げた。
(終わった。)
(食べられる。)
(潰される。)
(死ぬ。)
しかし。
巨人は攻撃しなかった。
代わりに。
ゴゴゴゴゴ……
ゆっくりと手のひらを開く。
「……え?」
その手のひらへ。
ロウの周囲を漂っていた異核が、一つ、また一つと吸い寄せられていく。
「だ、だめ!!」
思わずロウは叫んだ。
「それ、僕の!!」
異核は全部で二十六個。
巨人の掌の上へ整然と並ぶ。
まるで品定めをするように。
巨人はじっと見つめていた。
沈黙。
誰も動かない。
少女だけが、小さく呟く。
「……何してるん。」
その時だった。
一つの異核が、淡く光り始める。
青白い光。
続いて。
二つ。
三つ。
四つ。
「え……?」
ロウの持つ異核が、次々と共鳴を始めた。
ギィィィィィ……
巨人の身体へ刻まれた古代文字も、それに呼応するように明滅する。
すると突然。
ガコンッ。
巨人はゆっくりと片膝をついた。
「えぇぇぇぇ!?」
ロウが思わず叫ぶ。
少女も目を丸くした。
「がびーん……。」
「うそだよん……。」
ナルドだけは無言だった。
だが、その目だけがわずかに細くなる。
巨人はロウを見つめたまま、低く唸るような声を響かせる。
「…………。」
やはり意味は分からない。
だが。
その声には敵意がなかった。
ロウは恐る恐る一歩前へ出る。
「僕に……何か言ってるの?」
返事はない。
巨人は静かに掌を閉じる。
そして。
二十六個すべての異核を、傷一つ付けることなくロウの前へ返した。
「返して……くれるの?」
ロウは急いで異核を拾い集める。
その瞬間。
最後の一つを握った異核だけが、突然ひび割れた。
ピシッ――。
「え?」
異核はゆっくりと崩れ始める。
砂のようになって、ロウの手の中からこぼれ落ちた。
「うそ……。」
「壊れた……。」
少女も息を呑む。
「そんな……。」
「異核が壊れるなんて、聞いたことないん……。」
巨人はゆっくりと立ち上がる。
そして。
一度だけロウを見つめると、何事もなかったかのように森の奥へ歩き始めた。
ズシン。
ズシン。
その姿は木々の向こうへ消えていく。
静寂が戻る。
誰も口を開かなかった。
やがて。
ナルドが地面に落ちた異核の砂を指先ですくい上げる。
「……そういうことか。」
「え?」
ロウが振り返る。
ナルドは砂を風に流しながら、小さく呟いた。
「面倒なことになった。」
「何がですか?」
ナルドは答えない。
少女も珍しく笑わなかった。
その二人の表情を見て、ロウだけが何も分からず立ち尽くしていた。
森の奥ではもう足音は聞こえない。
だが。
誰も、その場を動こうとはしなかった。




