『敗北の果て』
森の奥へ足を踏み入れる。
ナルドの姿はもう見えない。
「よし……。」
ロウは小さく深呼吸をした。
「一人でも、やるしかない。」
石を握り締め、慎重に歩き出す。
鳥の鳴き声。
風に揺れる木々。
穏やかに見える森。
だが、ここは空の大陸だ。
気を抜いた瞬間、命はない。
「食べられるもの……。」
「どこかにないかな。」
辺りを見渡しながら歩いていると、不意に地面が揺れた。
ズシン。
ズシン。
「……え?」
足を止める。
森の奥。
木々の隙間から、黒く光る巨大な影が姿を現した。
「……。」
高さは四メートルほど。
全身を漆黒の甲殻で覆い、人のように二本足で立っている。
腕は異様に長く、巨大な鎌のような鋭い爪。
顔には感情がなく、赤黒い光だけが静かに灯っていた。
「なんだ……あいつ。」
ロウの身体が震える。
その時。
視界の端へ数字が浮かび上がる。
────────────────
【黒皇甲兵】
【Lv1800】
────────────────
「せ……。」
「千八百……?」
「は?」
意味が分からない。
自分は三百四十一。
その五倍以上。
「いや……。」
「死ぬ。」
逃げよう。
そう思った、その瞬間だった。
ロウの足元から、小さな鳴き声が聞こえた。
「……?」
視線を落とす。
草陰に、小さな甲殻種の子どもが身を縮めて震えていた。
それを見た黒皇甲兵の瞳が、淡く赤く光る。
「対象確認。」
機械のような声が響いた。
「危険因子認定。」
一瞬、間が空く。
「排除を開始します。」
「え?」
消えた。
そう見えた。
次の瞬間。
ザシュッ――!!
「っ!?」
激痛が走る。
ロウは何が起きたのか理解できないまま後ろへ跳んだ。
遅れて、右腕から血が噴き出した。
「いっ……!」
「うそ……。」
「見えなかった……。」
黒皇甲兵は再び構える。
地面が砕ける。
「まずい!」
ロウは反射的に腕を交差させた。
ドゴォォォォォン!!!!
衝撃。
身体が宙へ舞う。
何本もの木へ激突しながら吹き飛び、深い森の奥へ叩きつけられた。
「がっ……!」
息ができない。
全身が痛い。
右腕から血が流れ続けている。
「やばい……。」
「やばいやばいやばい。」
「止血……。」
震える手で服を引き裂き、必死に腕へ巻き付ける。
「止まれ……。」
「お願いだから……。」
呼吸が荒い。
視界も霞み始めた。
「喉……。」
「渇いた……。」
腹も減っている。
このままじゃ、本当に死ぬ。
その時だった。
頭のすぐ横に、赤紫色の果実が落ちているのが目に入る。
「……。」
「頼む。」
「食べられるやつで……。」
震える手で拾い、そのまま口へ運ぶ。
ガブリ。
甘い。
「……助かっ――」
次の瞬間。
全身へ強烈な痺れが走った。
「ぐっ……!」
身体が動かない。
指一本動かせない。
「うそ……。」
「これも……毒。」
昨日の木の実より、何倍も強い。
痺れが全身を蝕んでいく。
「終わった……。」
「母さん……。」
「父さん……。」
「ゴード……。」
「ラムス……。」
「マユリカ……。」
「ごめん……。」
ゆっくりと意識が沈んでいった。
◇◇◇
「…………。」
どれくらい眠っていたのだろう。
ゆっくりと目を開ける。
「……あれ。」
「生きてる?」
「いや……。」
「死んだ?」
ぼやけた視界。
誰かがいる。
「母さん……?」
違う。
「……マユリカ?」
違う。
長い髪を風になびかせた、一人の女性。
山頂で見た、あの人影だった。
女性はロウの顔を覗き込み、小さく微笑む。
「起きた?」
その瞬間。
頭の奥で、あの無機質な声が響いた。
────────────────
【成長スキル発動】
【格上との決闘に敗北】
────────────────
【Lv341】
↓
【Lv428】
────────────────
「……は?」




