『ロウの知らない』
「至急、お屋敷へお戻りください!」
「屋敷に?」
「はい。」
「何かあったの?」
アルフレッドは一度、呼吸を整えた。
「先ほど、お屋敷へ一人の女性がお見えになりました。」
「女性?」
「はい。」
アルフレッドの表情には、未だ信じられないものを見たような色が残っている。
「その方は――空の大陸から生還したと仰っています。」
「…………!」
ロウの目が見開かれた。
「そして、ロウ様に会わせてほしい、と。」
「僕に……?」
空の大陸から生還した女性。
その言葉を聞いた瞬間、ロウの頭には一人の顔が浮かんでいた。
銀色の髪。
尖った耳。
いつも楽しそうに笑う、あの少女。
まさか――。
「ランだろ?」
「…………え?」
ロウより先に。
ナルドがその名を口にした。
「…………。」
ロウがゆっくりとナルドを見る。
「今……。」
「あ?」
「ランって言いました?」
「言ったぞ。」
「…………。」
数秒。
「ええええええええええええええ!?」
ロウの声が空き地へ響いた。
「なんで!?」
「何がだ。」
「なんでナルドさんがランを知ってるんですか!?」
「なんでって……。」
ナルドは不思議そうに首を傾げた。
「知ってるからだ。」
「答えになってないですよ!」
「ぶぅわははははー!」
「笑って誤魔化さないでください!」
ロウはナルドへ詰め寄る。
「僕、一度もランの話なんてしてないですよね!?」
「してねぇな。」
「じゃあなんで!?」
「ああ。」
ナルドはようやくロウが何に驚いているのか理解したらしい。
「そういや、お前には話してなかったか。」
「何をですか?」
ナルドは頭を掻いた。
「お前よりひと足先に地上へ降り立った奴らがいただろ。」
「…………?」
「お前と一緒にいた――ラン。」
「…………。」
「それからジェフ。」
「…………え?」
ロウの表情が止まる。
「ジェフまで!?」
「ああ。」
「なんでジェフさんまで知ってるんですか!?」
「知ってるぞ。」
「だからなんで!?」
ナルドは、あっさりと言った。
「お前と出会う、ずっと前から会ってる。」
「…………。」
「え?」
「二人ともな。」
「…………。」
ロウの頭が追いつかない。
ラン。
ジェフ。
ナルド。
自分が空の大陸で、それぞれ別々に出会った者たち。
ロウにとっては。
それぞれが別々の出会いだった。
だが。
「じゃあ……。」
ロウはナルドを見る。
「ナルドさんとジェフさんって……。」
「ああ。」
ナルドは笑う。
「まあ、仲間だ。」
「…………。」
「ええええええええ!?」
再び。
ロウの声が響いた。
「知らなかった!」
「言ってねぇからな。」
「なんで言わなかったんですか!?」
「聞かれなかったからだ。」
「そんなの聞けるわけないじゃないですか!」
「ぶぅわははははー!」
「また笑った!」
そのやり取りを。
ザルヒとアルフレッドは呆然と眺めていた。
話の規模が。
まったく分からない。
「じゃあランも……?」
「ああ。」
ナルドの表情が。
ほんの少しだけ変わった。
「ランは特にな。」
「…………?」
「古い。」
「古い?」
「ああ。」
ナルドは遠くを見るように目を細めた。
「それはそれは――古い友人だ。」
「…………。」
ロウは。
しばらく何も言わなかった。
「どれくらい?」
「ん?」
「どれくらい古いんですか?」
「…………。」
ナルドがニヤリとする。
「それは本人に聞け。」
「えぇ!?」
「俺が勝手に喋ったら、後で面倒だからな。」
「何があるんですか!?」
「さあな。」
「絶対なんかある!」
「ぶぅわははははー!」
ナルドは楽しそうに笑った。
だが。
ロウは気づいていた。
ほんの一瞬。
ランを「古い友人」と呼んだ時だけ。
ナルドの顔から、いつもの笑みが消えていたことに。
まるで。
遥か昔を思い出しているような。
そんな顔だった。
「…………。」
ロウはますます気になった。
自分が知らない。
ナルドとランの過去。
そして。
ジェフまで。
自分が空の大陸で出会った者たちは。
自分が思っていたよりも、ずっと昔から繋がっていたのかもしれない。
「ロウ様。」
「あっ。」
アルフレッドの声で我に返る。
「申し訳ございませんが、お話の続きは道中で。」
「そうだった!」
ランが屋敷で待っている。
「すぐ戻る!」
ロウが駆け出そうとした。
その時。
「待て。」
「?」
ナルドが立ち上がる。
残っていた肉を口へ放り込み。
骨だけを皿へ置いた。
「俺も行くぞ。」
「え?」
「久しぶりだからな。」
「ランに会うのが?」
「ああ。」
ナルドはニヤリと笑った。
「それに。」
「?」
「あいつがわざわざお前の家まで来たんだ。」
ナルドは。
ゆっくりとロウを見る。
「ただ会いに来ただけじゃねぇかもしれん。」
「…………。」
ロウの表情が変わる。
「行くぞ。」
「はい!」
二人はアルフレッドと共に、公爵邸へ向かって歩き出した。
ロウはまだ知らない。
ナルドとランが。
いつ。
どこで出会ったのか。
そして。
どれほど長い時間を。
空の大陸で生きてきたのか。
ただ。
屋敷で待つ一人の少女が。
ロウの知らない空の大陸の過去を知る者であることだけは――。
間違いなかった。




