『伝説の上位種』
ロウたちは、公爵邸へ向かって王都の通りを歩いていた。
先ほどまで酒場の裏で騒いでいたとは思えないほど、街はいつも通りの賑わいを見せている。
荷馬車が行き交い、露店からは威勢のいい呼び声が飛び交う。
その中を歩きながら、ロウは隣にいるナルドへちらりと目を向けた。
「そういえば、ナルドさん。」
「なんだ。」
「ずっと気になってたことがあるんですけど。」
「言ってみろ。」
ロウは少し考えてから口を開いた。
「ランが言ってた、エルフ・ジェネシスって……そもそも何なんですか?」
「ああ、それか。」
ナルドは特に驚いた様子もなく答える。
「簡単に言えば、エルフ族が進化と覚醒を繰り返した先に辿り着く上位種だ。」
「進化と……覚醒?」
「ああ。普通のエルフが長く生きたからなれるって話じゃねぇ。何度も限界を越えて、種そのものを変えていった奴らだ。」
「種そのものを……。」
ロウの頭に、ランの姿が浮かぶ。
見た目だけなら華奢なエルフの少女。
いつも笑っていて。
自由で。
気まぐれで。
けれど、ゾーマコングの群れを平然と消し飛ばした。
あの異常な強さも。
ただ強いエルフだったからではない。
「じゃあ、ジェフさんも?」
「あいつも同じようなもんだ。」
「アダマント・ドワーフ……。」
「そうだ。ドワーフ族が進化と覚醒を繰り返した先にある上位種だな。」
「…………。」
ロウは思い出した。
炎の森で。
ランが自分をエルフ・ジェネシスだと名乗った時。
ジェフは確かに言っていた。
――ただの伝説か。
「ジェフさんが言ってた……。」
「ん?」
「ランがエルフ・ジェネシスって名乗った時、伝説だって。」
ロウは少し目を見開く。
「あれ、冗談じゃなかったんだ……。」
「ぶぅわははははー!」
ナルドが愉快そうに笑った。
「ジェフはああ見えて、そういう昔話には詳しいからな。」
「じゃあ。」
ロウはナルドを見る。
「エルフ・ジェネシスって、地上にもいるんですか?」
「おそらくいねぇ。」
「え?」
あまりにもあっさり返され、ロウが聞き返す。
「いないんですか?」
「少なくとも俺が知る限りではな。ただ、存在そのものは知られている。」
「どういうことです?」
「伝説としてだ。」
ナルドは前を向いたまま続けた。
「昔、通常の種族では辿り着けない領域まで進化したエルフが存在した。そんな話が地上にも残ってる。だから名前だけなら知ってる奴もいるだろう。」
「なるほど……。」
「ただし、本物を見た奴なんざほとんどいねぇだろうな。」
ロウは小さく頷いた。
確かに。
ジェフですらランを見た時、普通のエルフとは何か違うと言っていた。
名前は知っていても。
実際に存在するとは思っていなかったのかもしれない。
「じゃあランって、本当に伝説の存在なんですね。」
「まあな。」
「本人は全然そんな感じしないですけど。」
「それは俺も思う。」
「ですよね。」
二人は少しだけ笑った。
だが、その直後。
ナルドが何気なく続けた。
「まあ、地上にはいねぇが。」
「?」
「空にはいるぞ。」
ロウの足が止まりかけた。
「…………え?」
「どうした。」
「今、なんて言いました?」
「空にはいるって言った。」
「エルフが?」
「ああ。」
「ラン以外に?」
「いるぞ。」
ロウは思わずナルドの顔を見る。
「本当に?」
「嘘ついてどうする。」
「でも、僕……。」
空の大陸で五年間。
たくさんの者と出会った。
人間。
魔族。
獣人。
ドワーフ。
それ以外にも。
地上では見たことのない種族を何人も見た。
それでも。
ラン以外のエルフ・ジェネシスに会った記憶はない。
「僕、会ったことないです。」
「だろうな。」
「どこにいるんですか?」
「それは――。」
ナルドはそこで言葉を止めた。
「まだランには伝えてねぇ。」
「……ランにも?」
「ああ。」
今度はロウが驚いた。
「ランも知らないんですか?」
「知らねぇ。」
「どうして?」
「理由はある。」
「どんな?」
「それは本人がいるところで話す。」
「またそれですか。」
「ぶぅわははははー!」
「笑って誤魔化した!」
ロウは不満そうにナルドを見るが、ナルドはそれ以上話すつもりがないらしい。
ただ。
先ほどまでのような冗談めいた表情とは少し違っていた。
空の大陸には。
ラン以外にもエルフがいる。
しかも。
そのことをラン自身が知らない。
何か理由がある。
ロウの中に、新しい疑問が一つ増えた。
「…………。」
その時。
前を歩いていたアルフレッドが足を止めた。
「ロウ様。」
「はい?」
顔を上げる。
いつの間にか。
目の前には見慣れた大きな門があった。
ジグルザルソン公爵邸。
「到着いたしましたぞ。」
「あ……。」
考え込んでいるうちに。
もう屋敷まで戻ってきていたらしい。
アルフレッドが門を開けながら、少しだけ表情を引き締める。
「お客様は、応接室でお待ちです。」
「…………。」
ロウの頭に。
銀色の髪をした少女の顔が浮かぶ。
その隣では。
ナルドが懐かしそうに口元を緩めていた。
「行くか。」
「はい。」
ロウは頷き。
ナルドと共に。
屋敷の中へ足を踏み入れた。




