表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空の大陸の落ちこぼれ  作者: 滝本りお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/57

『三日後の真実』

――三日後。


 ジグルザルソン公爵邸。


 夜。


 夕食を終えたロウは、父に呼ばれ、屋敷の奥にある一室へ向かっていた。


 五年前までは。


 父の書斎として使われていた部屋。


 扉の前で立ち止まる。


「…………。」


 ロウは小さく息を吐いた。


 三日前。


 この家へ帰ってきた夜。


 父――ロドリゴ・ジグルザルソンは言った。


 話さなければならないことがある、と。


 五年前。


 ロウが空の大陸へ送られた日のこと。


 あの日。


 家族に何が起きていたのか。


 そして。


 なぜ兄――マル・ジグルザルソンだけが、授与の儀に姿を見せなかったのか。


 コンコン。


「ロウです。」


「入れ。」


 父の声。


 扉を開ける。


「…………。」


 中には。


 三人がいた。


 父。


 ロドリゴ・ジグルザルソン。


 母。


 そして。


 兄――マル・ジグルザルソン。


 全員がすでに席についていた。


「座れ、ロウ。」


「はい。」


 ロウは父の向かいへ腰を下ろす。


 机の上には。


 一冊の古びた書類。


 そして。


 王家の紋章が刻まれた封書が置かれていた。


「それは……?」


「五年前のものだ。」


「五年前?」


「ああ。」


 ロドリゴは封書へ手を置いた。


「お前が授与の儀を受ける前日、王家からジグルザルソン家へ届けられたものだ。」


「…………。」


 ロウの視線が封書へ落ちる。


「僕が授与の儀を受ける……前日?」


「ああ。」


「どうして……?」


 ロウの眉が寄る。


「だって、僕がスキルを一つしか持ってないって分かったのは、授与の儀の時ですよね?」


「…………。」


 ロドリゴは答えなかった。


 その沈黙に。


 ロウは何かを感じ取る。


「父さん?」


「ロウ。」


 ロドリゴは息を吐いた。


「まず、お前に謝らなければならない。」


「……?」


「五年前。」


「私は――お前が空へ送られることを、授与の儀の前から知っていた。」


「…………。」


 ロウの表情が止まった。


「……え?」


「正確には、前日の夜だ。」


「…………。」


「この封書が届いた時に知った。」


 ロウは。


 すぐには言葉を返せなかった。


「……待って。」


 封書を見る。


「それ、おかしくない?」


「ああ。」


「だって。」


「授与の儀でスキルを確認する前に……。」


 一拍。


「なんで僕が空送りになるって分かってたの?」


「…………。」


 ロドリゴは。


 しばらく息子を見つめたあと。


 静かに告げた。


「授与の儀で、初めて判明するわけではないからだ。」


「…………え?」


「空送りの対象となる子供は、その前にすでに判別されている。」


 ロウの瞳が揺れた。


「……どういうこと?」


「文字通りだ。」


「じゃあ……。」


 ロウの声が僅かに低くなる。


「あの授与の儀は?」


「…………。」


 父は答えない。


 だが。


 その表情だけで。


 ロウには分かってしまった。


「まさか。」


「そうだ。」


 ロドリゴの拳がゆっくりと握られる。


「あの儀式そのものに、空送りの対象者を選別する意味はない。」


「…………。」


「対象者はすでに決まっている。」


「そして対象となった子供の家族にだけ、前日の夜、王家から通達が届く。」


「じゃあ……。」


 ロウは呟いた。


「あの日。」


「僕がみんなの前でスキルを授かったのは……。」


「世に知らせるためだ。」


「…………。」


「その者が一つしかスキルを持たないこと。」


「そして。」


「空送りの対象となったことを。」


「公の場で示すための儀式だ。」


 ロウは何も言わなかった。


 十歳のあの日。


 大勢の人間が見ていた。


 自分のスキルが一つしか現れなかった瞬間を。


 周囲から向けられた視線。


 ざわめき。


 そして。


 告げられた空送り。


「……じゃあ。」


 ロウは小さく笑った。


「全部、決まってたんだ。」


「…………。」


「僕があそこに立つ前から。」


「ああ。」


「僕が何を言っても。」


「父さんたちが何を言っても。」


「最初から……。」


 ロウは。


 そこで言葉を止めた。


「茶番だったんだ。」


 誰も否定しなかった。


「…………。」


 静寂が落ちる。


 やがて。


 ロドリゴが口を開いた。


「前日の夜。」


「この命令書が届いてから、私はすぐに王家へ掛け合った。」


 ロウが顔を上げる。


「父さんが?」


「ああ。」


「対象から外すよう求めた。」


「ジグルザルソン家の名も使った。」


「公爵家当主として持つ権限も、人脈も、使えるものは使った。」


「…………。」


「だが。」


 ロドリゴの目が伏せられる。


「覆らなかった。」


「……どうして?」


「王命だったからだ。」


「それだけじゃない。」


 そこで。


 初めてマルが口を開いた。


「空送りに関する決定は、現在の王一人の意思で覆せるものではない。」


「兄さん?」


「五百年前から続いている制度だからだ。」


 ロウは黙って兄を見る。


「詳しい成り立ちは、陛下から聞いたんだろう?」


「……うん。」


「なら、そこは省く。」


 マルは淡々と続けた。


「重要なのは、父上が前日に王家へ掛け合っても、どうにもならなかったということだ。」


「…………。」


「だから別の手段も探した。」


 ロウの目が僅かに動く。


「別の手段?」


「ああ。」


「空送りそのものを止められないなら、制度の例外がないか。」


「過去に対象から外された者はいないか。」


「王家以外に、この決定へ干渉できる者はいないか。」


「記録を調べた。」


「人にも会った。」


「…………。」


 マルの話し方は。


 どこまでも淡々としていた。


 まるで。


 五年前の出来事を。


 ただ事実として並べているだけのように。


「でも。」


 ロウは気づく。


「それって……。」


 マルを見る。


「兄さんも?」


「…………。」


「あの日。」


「授与の儀にいなかったのって……。」


「そうだ。」


 短い答えだった。


「前日の夜に命令書が届いたあと、俺は王都を出た。」


「…………。」


「過去の記録に、一つだけ確認したいものがあった。」


「確認したいもの?」


「ああ。」


「もし記録に残っていた話が事実なら、お前を空へ送らずに済む可能性があった。」


「…………!」


「だから確かめに行った。」


「どこへ?」


 マルは少しだけ黙った。


「王都から離れた場所だ。」


「…………。」


「だが。」


 一拍。


「間に合わなかった。」


「…………。」


「俺が戻った時には。」


 マルの声が。


 ほんの僅かに低くなる。


「お前は、もう空へ送られた後だった。」


 ロウは。


 何も言えなかった。


 五年前。


 ずっと疑問だった。


 父もいた。


 母もいた。


 なのに。


 兄だけがいなかった。


 子供だった自分は。


 その理由を一つしか思いつけなかった。


 ――兄は、自分に興味がないんだ。


 そう思った。


 だから。


 空へ送られたあとも。


 何度か思い出した。


 死にそうになった時も。


 毒に苦しんだ時も。


 どうして兄は。


 あの日。


 来てくれなかったんだろう、と。


「……兄さん。」


「なんだ。」


「僕。」


 ロウは少しだけ笑った。


「兄さんは僕に興味ないんだと思ってた。」


「…………。」


 マルの表情が止まる。


「授与の儀にも来なかったから。」


「僕がスキルを何個もらうのかも。」


「どんなスキルをもらうのかも。」


「別に興味ないんだって。」


「…………。」


 マルは。


 何も言わなかった。


 ただ。


 握られた拳だけが。


 僅かに震えていた。


 その時だった。


「ロウ。」


 母が静かに口を開いた。


「……母さん?」


「それだけは違いますよ。」


「…………。」


「マルは。」


 母は。


 隣に座る長男を見た。


「ずっと、あなたを心配していました。」


「母上。」


「いいでしょう。」


 母は静かに首を振った。


「もう五年も経ったのですから。」


「…………。」


「あの夜。」


 母はロウを見る。


「王家から命令書が届いてから、一番取り乱したのはマルでした。」


「…………え?」


 ロウが兄を見る。


 マルは何も言わない。


「自分が必ず何とかすると。」


「何度もそう言って。」


「家に残っていた記録を片っ端から調べて。」


「夜が明ける前に屋敷を飛び出していきました。」


「…………。」


「授与の儀が始まる時間になっても戻らなかった。」


「あなたが空へ送られたあとも。」


「…………。」


 母の声が少し震える。


「戻ってきませんでした。」


「……え?」


「マルが帰ってきたのは、翌日の朝です。」


「…………。」


 ロウは。


 兄を見る。


「兄さん……。」


「やめろ、母上。」


 マルはそれだけ言った。


「結果として、何もできなかった。」


「それが全てだ。」


「…………。」


「お前を空へ送らせない方法は見つからなかった。」


「間に合いもしなかった。」


「だから。」


 一拍。


「俺が何をしていたかなど、どうでもいい。」


「…………。」


 ロウは。


 兄の顔を見つめた。


 五年間。


 ずっと胸の奥に残っていた。


 ――兄は来てくれなかった。


 その記憶が。


 音を立てて。


 形を変えていく。


「……そっか。」


 ロウは。


 小さく呟いた。


「そうだったんだ。」


 マルは答えなかった。


 ただ。


 僅かに視線を逸らした。


 その横顔を。


 ロウはしばらく見つめていた。


 やがて。


 机の上の古びた書類へ視線を戻す。


「父さん。」


「なんだ。」


「一つだけ聞いてもいい?」


「ああ。」


「王様から。」


 ロウは言った。


「一つしかスキルを持たない子供を空へ送る理由は聞きました。」


「ゼロスと同じ条件を持つ者を、地上へ残さないため。」


「…………。」


「でも。」


 ロウの目が細くなる。


「だったら、どうして空なんですか?」


 部屋の空気が。


 変わった。


「…………。」


「危険だと思うなら。」


「監視することだってできる。」


「閉じ込めることだってできる。」


「もっと酷い方法だってある。」


「なのに。」


「わざわざ空の大陸へ送る。」


「…………。」


「空には魔物がいる。」


「毒もある。」


「地上よりずっと危険だけど。」


「絶対に死ぬわけじゃない。」


 ロウは。


 自分自身を指した。


「僕みたいに。」


「生き残る人間もいる。」


「…………。」


「それどころか。」


 ロウの声が低くなる。


「空は、生き残れば強くなる場所だ。」


 ロドリゴの目が僅かに動いた。


「それって。」


 一拍。


「危険な人間を排除する方法としては、おかしくないですか?」


「…………。」


 誰も答えない。


 ロウは。


 父を見る。


「父さん。」


「どうして空なんですか?」


「…………。」


 長い沈黙。


 そして。


 ロドリゴは静かに息を吐いた。


「分からない。」


「…………え?」


「正確には。」


 ロドリゴは言い直す。


「我々も、明確な答えを持っていない。」


「…………。」


「何も知らないわけではない。」


「五百年前から残されている記録もある。」


「ジグルザルソン家だからこそ伝えられてきた話もある。」


「だが。」


 ロドリゴは古びた書類へ目を落とした。


「どれも断片的だ。」


「…………。」


「事実なのか。」


「当時の者たちの推測なのか。」


「意図的に残された偽りなのか。」


「それすら判断できないものもある。」


「だから。」


 ロドリゴは。


 ロウを真っ直ぐ見た。


「今ここで、それをお前に話すつもりはない。」


「…………。」


「なぜ?」


「混乱させるだけだからだ。」


 即答だった。


「お前は空から帰ってきた。」


「我々が五百年間、書物の上でしか知らなかった場所から。」


「ならば。」


「不確かな記録をお前へ教え、それを事実だと思わせるべきではない。」


「…………。」


「私が話せるのは。」


 一拍。


「確実に分かっていることだけだ。」


 ロウは。


 しばらく父を見つめた。


 やがて。


「……分かりました。」


 小さく頷く。


 そして。


 もう一度。


 机の上を見る。


 王家から届いた封書。


 五百年前から残る記録。


 あの日。


 自分が何も知らずに立っていた授与の儀。


 その前日の夜には。


 すでに。


 すべてが決まっていた。


 父は王家へ向かい。


 兄は屋敷を飛び出し。


 母は。


 帰ってこない二人を待ちながら。


 十歳の息子の傍にいた。


 そして翌日。


 何も知らない自分だけが。


 あの場所へ立った。


「…………。」


 ロウは。


 静かに拳を握った。


 五年前の真実は。


 自分が思っていたものとは。


 五年前の真実は。


 自分が思っていたものとは。


 まるで違っていた……。


「…………。」


 しばらく。


 誰も何も言わなかった。


 重く沈んでいた空気が。


 ようやく少しだけ落ち着き始めた。


 その時だった。


「ところで、ロウよ。」


「……はい?」


 ロドリゴが。


 まるで今思い出したかのように口を開いた。


「二日前。」


「友人たちと食堂へ行ったそうだな?」


「…………。」


 ロウの身体が。


 ピクリと止まった。


「は、はい……。」


「そうか。」


「…………。」


 嫌な予感がした。


 ものすごく。


「その食堂から連絡があった。」


「…………!」


 ロウの背筋が伸びる。


 ロドリゴは。


 先ほどまでとまったく変わらない落ち着いた声で続けた。


「食堂を壊滅させたとの報告を受けてな。」


「…………。」


「私がすべて対応しておいた。」


「…………。」


 ロウは。


 ゆっくりと頭を下げた。


「……申し訳ありません。」


 母が僅かに首を傾げる。


 マルも。


 初めて怪訝そうな顔をした。


「壊滅?」


「食堂を?」


「…………。」


 ロウは。


 顔を上げられなかった。


 あの日。


 食堂で起きたこと。


 それは――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ