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空の大陸の落ちこぼれ  作者: 滝本りお


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『繋がり始める』

戦闘が終わってから、しばらく後。


 空送りされるはずだった子供たちは、エレノアたちの保護下に置かれていた。


 王国騎士団は王都へ戻り、正式な報告を上げることになった。


 そしてジェフたちは。


「……で。」


 バルドは目の前の光景を見ながら、深くため息を吐いた。


「坊ちゃん。」


「なんだ。」


「つい数時間前、十三年ぶりに突然帰ってきたと思ったら。」


「ああ。」


「今度は子供を十人以上連れて戻ってくるとは、どういうことですかな?」


「成り行きだ。」


「成り行きでこの人数にはなりません!」


 アルマン鍛造商会の前。


 ジェフの後ろには、エレノア。


 さらに反空送り騎士団の者たち。


 そして。


 馬車から降りた子供たちが、不安そうに辺りを見回していた。


「まあまあ、バルド爺。細かいことはあとで話すからよ。とりあえず、このガキどもが安全に寝られる場所を用意してくれ。」


「簡単に言いますなぁ……。」


 バルドは額を押さえる。


 だが。


 子供たちを見ると。


 表情が変わった。


 誰もが疲れている。


 泣き腫らした目。


 汚れた服。


 空へ送られる直前まで連れていかれていたのだ。


「……分かりました。」


 バルドは静かに頷いた。


「商会所有の旧邸宅があります。今は来客用として使う程度ですが、部屋数も十分ありますし、厨房も風呂もあります。ひとまずそこへ移しましょう。」


「助かる。」


「ただし。」


「ん?」


「食事も寝具も人手も必要です。坊ちゃんにも手伝ってもらいますぞ。」


「俺が?」


「当然です!」


「空で魔獣倒すより大変そうだな。」


「子供の世話を魔獣討伐と比べないでくだされ!」


 エレノアが、ほんの少しだけ笑った。


「お兄ちゃん、昔からこうなの?」


「昔からこうです。」


「バルド爺!」


 そのやり取りを見て。


 子供たちの中にも。


 少しだけ笑う者がいた。


 ほんの少し。


 張り詰めていた空気が緩んだ。


◇◇◇


 商会所有の旧邸宅は。


 想像以上に大きかった。


「……これ、屋敷っていうより別宅だろ。」


「アルマン鍛造商会の規模を甘く見ないでいただきたい。」


「親父、ほんと何やってんだよ……。」


 ジェフが呆れたように建物を見上げる。


 二階建て。


 広い庭。


 いくつもの客室。


 厨房。


 浴場。


 それだけではない。


 かつて商会が他国の有力客を迎えるために使っていたため、警備もしっかりしている。


「ここなら、しばらくは安全です。」


 バルドが言った。


「王国側へも、この場所で保護することを正式に伝えておきましょう。勝手に隠していると思われては、話し合いどころではなくなります。」


「頼む。」


 エレノアが答える。


「子供たちの名簿もこちらでまとめる。家族へ連絡できる者には、可能な限り連絡を入れたい。」


「承知しました。」


 子供たちは、次々と屋敷の中へ入っていく。


「お風呂、入れるの?」


「ああ。」


「ご飯も?」


「食えるぞ。」


 ジェフが答える。


「腹いっぱい食え。」


「ほんと?」


「俺が保証する。」


 少年が不安そうに聞く。


「……空には行かなくていいの?」


 ジェフの表情が少しだけ変わった。


「ああ。」


「今日のところはな。」


「今日だけ……?」


「今後は国と話す。」


 ジェフは子供の目を見る。


「でも、勝手に連れていかせたりはしねぇ。」


「…………。」


「だから今日は、何も考えずに飯食って寝ろ。」


「……うん。」


 少年は小さく頷いた。


 その姿を。


 エレノアは黙って見ていた。


◇◇◇


 夕方。


 屋敷の中には。


 久しぶりに子供の声が響いていた。


「こっち空いてる!」


「先にお風呂入っていい?」


「お腹すいたー!」


「走らないで!」


 反空送り騎士団の者たちが、慣れない様子で子供たちの世話をしている。


 ジェフも厨房へ連れていかれ。


「なんで俺が野菜切ってんだ?」


「食わせると約束したのは坊ちゃんでしょう。」


「俺が作るとは言ってねぇ。」


「では誰が作るのです。」


「バルド爺。」


「私は商会の仕事があります!」


「エレノア。」


「私、料理できない。」


「…………。」


「何、その顔。」


「お前、十三年で騎士団長にはなったのに料理は覚えなかったのか。」


「必要なかったから。」


「嫁に行けねぇぞ。」


「……お兄ちゃん。」


「なんだ。」


「今それ言ったら包丁飛ばすよ。」


「怖ぇな。」


 ジェフは黙って野菜を切った。


 けれど。


 口元は笑っていた。


 十三年前。


 こんなふうに妹と話せる日が来るとは。


 空にいた頃は。


 想像すらできなかった。


◇◇◇


 夜。


 子供たちは。


 ようやく全員眠りについた。


 食事をして。


 風呂へ入り。


 暖かい布団に入る。


 空送りを宣告されてから。


 まともに眠れなかった子も多かったのだろう。


 部屋を覗けば。


 皆、深い眠りについている。


「……寝たか。」


「うん。」


 エレノアが小さく答える。


 二人は。


 屋敷の庭へ出た。


 夜風が心地いい。


 ジェフは庭に置かれていた長椅子へ腰を下ろした。


 エレノアも隣へ座る。


「…………。」


「…………。」


 昼間とは違う。


 戦場でもない。


 部下もいない。


 子供たちも眠った。


 十三年ぶりに。


 兄妹だけになった。


「……変な感じ。」


 エレノアが呟く。


「何が?」


「お兄ちゃんが隣にいること。」


「昼間からずっといただろ。」


「そうじゃなくて。」


 エレノアは膝を抱える。


「普通にこうやって話してるのが。」


「…………。」


「十三年間。」


 少し笑う。


「何回も想像した。」


「俺と話すのを?」


「うん。」


「何話すかまで?」


「それも。」


「怖ぇな。」


「うるさい。」


 ジェフが笑う。


 でも。


 すぐに静かになる。


「……悪かったな。」


「またそれ?」


「ああ。」


「もう謝らなくていいよ。」


「でもな。」


「いい。」


 エレノアは兄を見る。


「帰ってきたから。」


「…………。」


「それでいい。」


 ジェフは少しだけ目を伏せた。


「そっか。」


「うん。」


 しばらく。


 静かな時間が流れる。


 そして。


 エレノアが聞いた。


「ねえ。」


「ん?」


「空って……どんなところだったの?」


「…………。」


 ジェフは夜空を見上げる。


「一言で言うなら。」


「うん。」


「地獄だな。」


「…………。」


「でも。」


 ジェフは少しだけ笑った。


「悪いことばっかじゃなかった。」


「そうなの?」


「ああ。」


「仲間もできた。」


「仲間?」


「俺みたいに空送りされた奴もいた。空で生きてる奴もいた。」


「…………。」


「変な奴ばっかだったけどな。」


 エレノアは少しだけ安心した顔をする。


「一人じゃなかったんだ。」


「ああ。」


「よかった。」


「…………。」


「それだけがずっと怖かった。」


「何が?」


「お兄ちゃんが。」


 声が小さくなる。


「一人で死んだんじゃないかって。」


「…………。」


「誰にも看取られないで。」


「エレノア。」


「だから。」


 エレノアは笑った。


「仲間がいたって聞いて、ちょっと安心した。」


「……そうか。」


「うん。」


 ジェフは。


 妹の頭を軽く叩いた。


「心配しすぎだ。」


「十三年帰ってこなかった人が言わないで。」


「それはそうだ。」


 二人で。


 少しだけ笑った。


 そして。


 エレノアの表情が変わる。


「……ねえ、お兄ちゃん。」


「なんだ。」


「一つ聞いていい?」


「ああ。」


「今日。」


 子供たちが眠る屋敷を見る。


「王国騎士団長に言ってたよね。」


「何を?」


「空には。」


 一拍。


「生きてる人がいるって。」


「…………。」


 ジェフは頷いた。


「ああ。」


「どれくらい?」


「正確には分からん。」


「でも。」


「いる。」


「…………。」


「大勢な。」


 エレノアの瞳が揺れた。


「じゃあ。」


「ん?」


「私たちが。」


 少し息を呑む。


「今まで死んだと思ってきた人たちの中にも。」


「……いるだろうな。」


「…………。」


「全員じゃない。」


 ジェフははっきり言った。


「死んだ奴もいる。」


「うん。」


「でも。」


「生きてる奴もいる。」


 エレノアは。


 黙った。


 十三年間。


 何人もの家族を見てきた。


 泣き崩れる母親。


 何も言えなくなる父親。


 兄弟。


 姉妹。


 恋人。


 皆。


 空へ送られた人間は。


 死んだものだと思っていた。


「…………。」


「エレノア?」


「それ。」


 声が震えた。


「すごいことだよ。」


「ああ。」


「国が知ったら。」


「ああ。」


「三国全部が……。」


「ああ。」


 ジェフは頷く。


「だから。」


 エレノアが兄を見る。


「お兄ちゃんの帰還は。」


「…………。」


「空送り制度を終わらせるための、証拠になる。」


「……かもな。」


「かも、じゃない。」


 エレノアの目に。


 昼間とは違う光が宿った。


「絶対にする。」


「…………。」


「十三年間。」


「私は。」


 拳を握る。


「空送りは死刑と同じだって訴えてきた。」


「でも。」


「違った。」


「…………。」


「死ぬ人もいる。」


「だけど、生きている人もいる。」


「そして。」


 兄を見る。


「帰ってくることだってできる。」


「…………。」


「お兄ちゃん。」


「なんだ。」


「私。」


 一拍。


「絶対に、この制度を終わらせる。」


 ジェフは。


 しばらく妹を見ていた。


 そして。


 笑った。


「そうか。」


「止めないの?」


「止めねぇよ。」


「…………。」


「ただし。」


「死ぬな。」


「…………。」


「そこだけは約束しろ。」


 エレノアは。


 少しだけ笑った。


「努力する。」


「約束しろ。」


「……分かった。」


「よし。」


 ジェフが頷く。


 そして。


 少し考えてから言う。


「それにな。」


「なに?」


「空から帰ったのは。」


 エレノアが顔を上げる。


「俺だけじゃねぇ。」


「…………え?」


「もう一人いる。」


「誰?」


 ジェフは。


 ニヤリと笑った。


「ロウ。」


「……ロウ?」


「ああ。」


「誰、その人。」


「ガキだ。」


「ガキ?」


「まだ十五だったか。」


「十五……?」


「俺よりずっと若ぇ。」


「じゃあ、その子も。」


「ああ。」


「十歳で空送りされた。」


 エレノアの表情が変わる。


「五年前……。」


「ああ。」


「じゃあ。」


「今も家族が……。」


「いる。」


「…………。」


 エレノアは息を呑む。


「その子も。」


「帰ってきた。」


「…………。」


「しかも。」


 ジェフが少し笑う。


「とんでもなく強くなってな。」


「どれくらい?」


「俺よりヤベぇかもしれん。」


「…………は?」


「ガハハ。」


「ちょっと待って。」


 エレノアが兄を見る。


「お兄ちゃんより?」


「ああ。」


「十三年空にいた、お兄ちゃんより?」


「ああ。」


「…………。」


「名前は。」


 ジェフは静かに告げた。


「ロウ・ジグルザルソン。」


「…………。」


 その瞬間。


 エレノアの表情が。


 変わった。


「……ジグルザルソン?」


「ん?」


 エレノアは。


 ゆっくりと兄を見る。


「お兄ちゃん。」


「なんだ。」


「その名前。」


 一拍。


「私――知ってる。」

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